第201話:文化祭 その5
女性への贈り物。
男としてこれ以上の難題は中々ないだろう。その難易度はきっと、人生の中でも五本の指に入るに違いない。
女性慣れしていてそんなの簡単だよ、なんていう人もいるかもしれないが、相手が本当に喜んでいるという保証はなく。裏でため息を吐かれていたり、評価ががくっと下がっていたりするかもしれない。ただの被害妄想かもしれないけどな?
相手との関係性、これから発展させたい関係先、相手の性格や好み、年齢、外見、その他諸々を考慮し、適切に選び抜いて贈れば大丈夫……なんて保証もなく、喜ばれるかどうかはその時々の気分で更に変化する可能性もある。
つまり、そうなれば最早出たとこ勝負だ。もちろん相手が喜んでくれるであろう品物を選ぶという前提があってこそだが、こちらとしては必ず喜んでもらえる品物など選びようがない。ゲームならともかく、現実でそんなことは不可能だ。
(『花コン』を基準とすればカリンが喜ぶプレゼントはわかる……問題はこのカリンにも通用するかだ)
『花コン』の通りなら喜んでもらえるプレゼントが俺にはわかる。だが、それが本当に通じるかどうか。
俺が知っているのは主人公から各ヒロインやヒーローにプレゼントを贈る場合の話だ。俺は主人公ではなくミナトのため、俺が主人公と同じ物を選んでも同じ結果を得られる保証はない。
(文化祭では好感度が確実にプラスになるプレゼントしか売っていなかったはず……現実でそんなことがあり得るか? いや、ないわ。そうなるとやっぱり俺のセンスにかかっている……)
女性へのプレゼントに関して、ケースバイケースで何を贈れば良いか知識で学んではいる。だが、所詮知識は知識だ。
こういうプレゼントは避けましょう、このプレゼントにはこういう意味があるからやめましょう、みたいな常識レベルの話は良いとしても、それ以上に役に立つ知識があるかといえば微妙なところである。
「俺の見立てで、とは言うが……俺としても君に喜んでもらいたいし、一緒に探さないか? ほら、今日はたくさん出店があるから見て回るのも楽しそうだろ?」
自分一人で決めないのは減点されそうだが、とりあえずカリンの意見も汲む形で提案する。お金は出すから好きなものを選んでくれていいんだよ?
「いえ、ミナト様に選んでほしいんです」
「……そうかぁ」
俺のセンスを見ようとしている? それとも俺がカリンのことをどれほど理解しているかのチェック? 立場とこれまでの稼ぎから考えると金銭での不安はないだろうし、俺がどんな物を選ぶかで評価を下すのだろうか?
これで相手が同性の友人なら実用一辺倒で選ぶんだが、カリン相手ではそれも難しい。カリンの好みから外れず、それなりに実用性があり、なおかつ俺のセンスが感じられる物。うん、普通に難題だ。
しかも学園祭の出店で並ぶアクセサリー類となると、普段カリンが身に着けているものと比べると質が数段劣るだろう。あくまで学生向け、あるいは王都の民向けのそれなりの商品しか置いていないはずだ。
(関係性が薄い相手なら換金性が高いものでもいいんだろうけど……)
必要がなくなれば後々売って金になるような物もこちらとしては気楽でいいんだが、さすがにそうもいかない。
(正直なところセンスには自信がないし、あまり『花コン』の知識をアテにし過ぎるのも良くないけど、選択肢の一つにはしてもいいか?)
『花コン』だとヒロインの場合は名前のもととなった花、ヒーローの場合は鉱石に関連するものを選ぶと好感度が大幅に上がる。カリンが自分の名前のもととなったカリンの花を絵に描いたように、思い入れが強いのだ。
(あとはカリンの花がデザインに使われたものとして……何が売ってるかな? ブローチ? ネックレス? 指輪……はさすがに重いか)
婚約者候補という関係だが、指輪を贈るというのはそういう意味しかない。贈り物としてはこれ以上ないと言えるが、さすがに俺の方がそこまで覚悟が決まっていなかった。
(むむむ……手頃な値段ではあるけど、種類が多いな。地金の種類、使われている宝石の種類もバラバラだし、組み合わせによって千差万別……やばい、助けてアレク……)
道化師の友人の顔を思い浮かべる。アレクならきっと、こういう時でもスマートに完璧なプレゼントを選び出すだろう。
俺はカリンを改めて見る。頭のてっぺんから爪先までじっと見て、髪の色や顔立ち、体形などからカリンに一番合いそうなアクセサリーを吟味していく。
優柔不断と取られるか、それだけ真剣に考えていると取られるかはわからないが、あまり時間はかけたくない。時間をかけるということはカリンのことを理解していない、と取られる可能性もあるのだ。
ただし、あまり即断で決めるのもそれはそれで『本当にきちんと考えてくれたのかな?』なんて疑問を抱かせるかもしれない。そのため丁度良い塩梅で決める必要があるのだが。
(……あれ? カリンの花をあしらったアクセサリーがないな……アイリス、カトレア、ナズナ、エリカ、スグリ、アルストロメリア、モモカ……は来年入学だからないとして、あれ? カリンの花は?)
カリンの花がデザインされたものを、と思ったら何故か見当たらない。わかりにくいデザインにしてあるのかと思ったが、それらしいものは一つもなかった。
それだというのに他のヒロインの花……隠しキャラであるメリア用のアクセサリーも売ってあるのに、何故かカリン用のものがない。
(えぇ……なんで? これで他のキャラのアクセサリーがないのならわかるけど、なんでカリンの分だけないんだ? 偶然? いや、どんな偶然だ?)
他のヒロインを表したアクセサリーを贈った場合、キャラクターによっては好感度が上がるどころか下がることもある。そのため回避するのが無難だが、何故かカリンの花をあしらったアクセサリーだけが売っていない。
(そりゃたしかに、文化祭が始まってからここに来るまで時間が経ってるし、売れる可能性はゼロじゃないけど……仕方ない別の店にするか)
アクセサリーを扱っている出店は一ヶ所だけではない。そのためカリンを促して別の店を見てみる――が。
(……こっちの店にもない? あ、アイリスのアクセサリーもないからこっちは透輝が買ったのか?)
次の出店でもカリンの花をあしらったアクセサリーは売っていなかった。他の花をあしらったアクセサリーや鉱石を使ったアクセサリーは売ってあるため、こちらの店でも売れてしまったのだろう。
(他にアクセサリーを扱っている店は……もう一ヵ所だけ、か)
俺はそちらにも足を運んで品揃えを確認する。しかし、やはりというべきかカリンの花をあしらったアクセサリーだけがなく、俺は眉を寄せてしまった。
「すまない、カリンの花をあしらったアクセサリーが欲しいのだが」
「カリンの花? ああ、それならさっき売れちまったよ」
「……どんな客が買っていった?」
「いやいや兄ちゃん、客の情報を漏らせるわけないだろ。ま、女の子だったよ」
詳しい情報は教えてもらえなかったが、女の子が買っていったらしい。それを聞いた俺はますます深く眉を寄せる。
(女の子用のアクセサリーだし、女の子が買ってもおかしくはない、か……困ったな)
カリンに買おうと思った最有力候補が消えてしまった。そうなると完全に俺のセンス任せになってしまう。でもアクセサリーよりも短剣を贈ろうかな、なんて思ってしまう男だぞ俺は。
(カリンの赤い髪に合わせた色合いのアクセサリーを……いや、逆に白系統でメリハリを……地金は銀……金の方がいいか? 俺の名前が鉱石関係だったらそれをあしらったものを……いや、普通に重すぎるわソレ……どうしよう……)
悩めば悩むほど自信がなくなっていく。カリンに立ってもらってアクセサリーをかざして似合うかどうか確認していくが、似合うものがいくつもあって絞り切れない。
「うーん……長くて綺麗な赤い髪だからなぁ……赤い宝石で……いや、それはちょっと単純すぎるか? 補色で青緑……顔も綺麗だしスタイルもいいからネックレスも捨てがたい……いやいや、そうなると……うーん……敢えてシンプルなデザインでギャップを……」
ドレスみたいに着飾った時に使えるデザインにするか、普段使いできるようシンプルなデザインにするか。あまりゴテゴテしていると引っかかったり邪魔になったりするし、やっぱりシンプルな方がいいかな?
「あ、あの、ミナト様?」
「待ってくれカリン。もうちょっと、もうちょっとだから! 似合うのがいくつもあるのが悪いんだって! あ、そっか、全部買えばいいのか」
「ミナト様!?」
いっそ全部買っちゃうか、なんて思ったらカリンからツッコミのような声が上がった。駄目か? 駄目か……やっぱり一つに絞るべきだよな。
そんなことを思いつつカリンの顔を見ると、何故か真っ赤になっている。待ってくれ、肌の色が赤くなるとデザインと色の組み合わせが変わっちゃう。白くなってくれ。いや、電化製品じゃないんだし、そんな気軽に色を変えたりはできないか。
「すまない、どうにも決めにくくてな……」
「兄ちゃん、褒めながら選ぶのはやめてやれよ。それとも学生の間じゃあそうやって選ぶのが流行ってんのか?」
「? 本音を告げるのは褒めるのとは別だと思うんだが」
『花コン』云々を抜きにしてカリンを見た場合、普通に美少女としか言いようがないしな。伸ばした赤い髪は綺麗だし、肌もきちんと手入れがしてあって綺麗だし、顔立ちも綺麗だし、スタイルも良い。いやまあ、顔立ちは俺から見ると年齢的に綺麗と可愛いの中間ぐらいだけどさ。
で、乳母のアンヌさんからも女性はきちんと褒めるよう教わっているし、前世含めればそれなりに長く生きていると褒めることに照れるような感性も薄れてしまった。可愛いものは可愛いし、綺麗なものは綺麗なのだ。
「綺麗な女性が綺麗なもので着飾ればそりゃあ綺麗になるだろうけど、好みや合う合わないがあるからな……カリン、最初に聞いておくべきだったが普段使いと着飾った時、どちらで使えるアクセサリーの方がいい?」
「そ、その二択なら普段使い……です、かね?」
よし、褒めて照れさせている間に条件を聞き出せたぞ。俺に任せるって言ってたけど、これで少しはデザインを絞りやすくなる。
(それなら重すぎないよう細めのネックレスかな。カリンの花をモチーフにしたやつがあればそれを選んだんだけど……カリンの髪と同じ、赤色の宝石でいいか。この宝石なんだっけ? ガーネット? たしか悪い石言葉はなかったはず……うん、よし、これでいこう)
店主に聞けばいいんだけど、隣にカリンがいるし聞きにくい。それにこういうアクセサリーでは悪い意味を持たせたものは扱わないし、買ってもハズレはないだろう。
「それでは店主、これを買おう」
「まいどあり。包装はどうしやす?」
そう言われてカリンを見る。せっかくだからプレゼントっぽく包装してもらおうか、なんて思っていたら上目遣いで見上げてきた。
「では、その……せっかくなので、ミナト様の手でつけていただけませんか?」
「……仰せのままに、御嬢様」
ここまできたら全部やり通すとも。俺は店主に金を払って商品を受け取ると、正面から手を伸ばしてカリンの首元にネックレスを巻く。留め具の形状から考えると……よし、しっかりはめられた。うん、サイズも丁度いいな。
「苦しくはないかな?」
「はい……ピッタリみたいです」
そう言って目線を下げ、ネックレスを見るカリン。金額的には学生がちょっと背伸びをしたって感じで、貴族の令嬢が普段使いする分には問題がないぐらいだが……地金は銀にしたけど、一粒の宝石が輝いて見えるな。
カリンは嬉しそうに指先で宝石を撫でる。そして俺を見て、心底嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。ふふっ……嬉しいです」
「気に入ってもらえたのなら何よりだよ」
俺がそう言うと、カリンは笑みを深める。
「ミナト様が一生懸命、時間をかけて選んでくださったものですから。大事にしますね――ずっと」
そう改めて言われると照れるな、なんて言葉を飲み込むほど、その笑顔は綺麗だった。




