第200話:文化祭 その4
教室だとスグリの作品が注目されているし、あの場での会話はまずいということで廊下を抜けて外へと出る。他の棟もだけど一階部分は大体の場所で窓も扉もないし、出入り自由だから楽だ。
外に出ても周囲は騒がしく、王都から来たと思しき子ども達が出店を目指して駆けて行くのが見えた。いやぁ、子どもはいいね。子どもなりに苦労があるんだろうけど、無邪気にはしゃげるのは羨ましいわ。
あー、空も良い天気。秋らしく雲が少ない快晴で、空が高いわ。風が心地良いなぁ。
「こうして直接言葉を交わすのは初めてですね。ミナト様の婚約者候補のカリン=プセウド=キドニアと申します」
「は、はじめ……まして。す、スグリ=レッドカラント……です」
そんな、現実から逃げるようなことを考える俺の傍で、カリンとスグリが挨拶を交わしていた。いや、現実から逃げてもどうしようもないし、逃げる必要もないんだけどね? なんかつい、逃げたくなったんだ。
(俺とスグリは友人で、それなりに親しいけど何もないし、疚しく思う必要はない……ないんだけど、なんだか背中に冷や汗が浮かぶというか、落ち着かないというか……)
スグリが落ち込んだ様子で、悲しそうに俺の顔を見てくるからだろうか。なんでそんな顔をするの? なんてことはさすがに聞けないし、聞かない。ここで理由を尋ねるほど残酷じゃないし、理由がわからないほど鈍感でもないのだ。
それでも『花コン』がどうだ、『魔王』がどうだで交流を持とうとする俺が酷いってだけの話である。そしてそれを負い目に感じ、申し訳なく思うのはただの甘えだ。理解してやっているのだから貫き通さなくてはならない。
そう、思ってはいるのだが。
(そう思ったからって実際にできたら苦労はしないんだよな……)
命懸けの実戦とは異なる、妙な緊張感。これが実戦ならたとえ相手が上級モンスターだろうと命懸けで立ち向かえるし、全身全霊を尽くして戦える。
だが、思春期の人間関係となるとお手上げだ。かつて前世で体験した思春期は遥か遠く、今世における思春期は二度目とあって勝手が違い過ぎる。
前世だと恋人はともかく、婚約者候補なんていなかったし、候補を外して婚約者なんて関係になる女性もいなかった。
それもあってカリンという女性が隣にいる状態で、友人であるスグリと顔を合わせた際の反応として何が正しいのか。
(……何も意識しないこと、だな。疚しく思えるのは俺が勝手にそう考えているだけだ)
先日のダンジョン調査といい、ここ最近、スグリと一緒に過ごす時間が多かったからどうにも意識してしまった。そういう意味でいえばエリカもそうだけど、エリカは性格が性格だけにそういった気分にはならないしな。
「ちょうどカリンと一緒に君の作品を見ていたんだよ。中品質のミストポーションなんてすごいじゃないか。また一段と腕を上げたな」
俺は称賛するように微笑みながら言う。話の流れとして褒めない方がおかしいからだ。
「あ……あり、がとう……ございます……」
だが、普段と比べてスグリの反応が悪い。一瞬嬉しそうにしたものの、カリンの顔を見て俯いてしまう。そしてカリンはそんなスグリの反応をじっと見ており、俺の胃が更にキュッと絞られた感じがした。
「わたしもすごいと思いましたわ。さすがは四大家の一つ、『赤』のレッドカラント家の錬金術師……素晴らしい腕前です」
俺に続くようにしてカリンが称賛し、薄っすらと微笑む。その笑みに裏はない……と思う。あくまで優れた腕を持つ錬金術師を賞賛しているだけ、だと思う。
(いかん、駄目だ……なんか勝手に疑っちまってるぞ、俺)
たまにあることなのだが、カリンとナズナが近付くと言葉で牽制し合うため、それと同じことが起きているのではないか、と疑ってしまう。言葉だけを聞けば本当にスグリを称賛しているだけなんだが。
(戦闘のプレッシャーならどうとでもなるのに……まだまだ未熟ってことか……)
こんなプレッシャーに慣れることがあるのだろうか。でもやっぱり、勝手にプレッシャーを感じているだけだから慣れようがないのか。
「あれだけ優れた腕があるということは勧誘の声も多いのでは? レッドカラントさんは将来はどうされるのかしら?」
「えっ、あ、その……」
チラ、と俺を見てくるスグリ。その視線は何かを期待しているようで、同時に、何かに怯えているようでもあった。
「ふぅん……なるほど」
そしてカリンはといえば、スグリの反応から何かを確信した様子である。一体何を確信したんだろう……。
「これも何かの縁。家名ではなくスグリさん、とお呼びしても? わたしのことも名前で呼んでいただけると嬉しいですわ」
「え? えっ、え……か、カリン様?」
「……様付けでなくてもいいのだけど、そちらの方が呼びやすいのかしら? これからよろしくね、スグリさん?」
そう言ってにっこりと微笑むカリン。そこには含むものも、裏側に隠した何かも感じ取れない。俺が感じ取れないだけで隠しているのかもしれないが……本当に、何も感じ取れなかった。
「今度一緒にお茶会でもしましょうか。その時はお招きするから受けてくださるかしら?」
「は、はい……よ、喜んで……?」
いや、むしろ積極的にスグリとの仲を深めようとしている? え? 何か気に入る要素があったのか? 『花コン』の『女帝』なカリンなら性格が合わないだろうけど、この世界のカリンなら性格が合うのか?
スグリもスグリで、カリンの反応を受けて当初浮かべていた悲しげな表情を困惑したものへと変えている。多分、俺と似たような心境ではなかろうか。
「それでは失礼するわね。ミナト様、そろそろ行きましょうか」
「あ、ああ……それじゃあスグリ、また」
カリンに促されてスグリに声をかけ、俺もこの場を後にするのだった。
そうしてスグリと別れ、しばらく歩いたあと。
カリンが不意に立ち止まったかと思うと、俺に苦笑を向けてくる。
「一つ、納得できたことがあります」
「……何かな?」
やばい、カリンが何を考えているのかわからない。そのため受け身になってしまうが素直に尋ねると、カリンは自分の胸に手を当てて苦笑を深めた。
「ミナト様は婚約者候補としてわたしを求めてくださいました。ただ、わたし個人というよりも、当家で産出される魔力石を求めてのことだと思っています」
「いや、それは違うぞ」
思わぬことを言い出したため、即座に否定する。
建前上はそういう理由を使ったが、本当は『花コン』通りに事態を進めたいという、クソみたいな俺の勝手な目的があった。今ではそれとは別に、将来を共にすることに抵抗もなく、大切にしたいと思っているが……どっちみち酷いか。
そんな俺の反応に、カリンは苦笑を浮かべたままである。
「ごめんなさい、伝え方を間違えました。ミナト様がわたしを大事にしてくださっているのはわかりますし、何かと気を遣ってくださるのも伝わっています。わたしが言いたかったのは、ミナト様はわたしが思う以上に将来の領主として行動されているんだな、ということです」
カリンはそう言うが……すまない、多分、何かの勘違いだと思うんだが……。
もちろん将来のサンデューク辺境伯として相応以上に教育を受けてきたが、ここ最近は透輝の育成が最優先でその辺りの意識は薄くなっていた。レオンさんに見られたらため息を吐いた後で怒られるんじゃないか、なんて思えるほどだ。
そんな俺を見て、将来の領主として行動されている、なんて言われても困惑しかしないんだが。
「当家の魔力石は良質なものです。そうなると当然、それを活かせる錬金術師が必要になります。ミナト様はそれを見越してスグリさんと懇意にされているんですよね?」
「…………」
思わず無言になったけど、多分、表情は動かなかったと思う。
「将来、取引される素材を活用できる人材を事前に見つけ、勧誘する……ほら、領主として正しいじゃないですか」
そう言って微笑むカリンは、普段のからかうと慌てたり、少し強く押すと可愛らしい反応を見せたりする少女ではなく、領主の妻となるべく仮面をかぶった貴族だった。
(つまり、なんだ……将来嫁ぐ家で働くことになる錬金術師だから、カリンもスグリと仲良くしようとしている……と?)
そして俺はといえば、カリンからすれば仲を深めてスグリをサンデューク辺境伯家に勧誘しようとしているように見える、と。
貴族としては間違っていないのだろうが、俺個人の価値観としてはただのひどい男だ、としか思えない。いやでも、学生時代に仲良くなった相手を勧誘し、就職先の世話をする、と考えるとおかしくはない……か。
(そういえば、うちにいる錬金術の先生も父さんが学生時代に成績が良いからってスカウトしたんだったな……おかしいのは俺の方か。いやはや、透輝に構いっぱなしで貴族として思考することが減っていたか。鈍ったかな?)
俺が錬金術を教わった女性も、レオンさんがスカウトして連れてきたと聞く。さすがに俺とスグリみたいに友人関係ではなく、ビジネスライクな関係だろうが。
(……あれ? 錬金術の先生、俺が気付かなかっただけで父さんと仲が良かったりする……のか? 父さんは母さん一筋だよな? え? ジョージさん達の件で大変だったって話だし、複数の女性に手を出すプレイボーイじゃないよな? プレイボーイって死語か)
そしてついでに思考が逸れてそんなことを考えてしまう。あくまでビジネスの関係であって、恋愛関係にはない……とは思うんだが。というか息子としてそんなことは考えたくない。気まずい。
(ま、まあ、父さんは俺と違って本物の貴族だし、そんな下手は打たないだろ。母さんの同級生でもあるんだし、面識くらいはあるだろうけどさ)
そこまで考えて、思考を打ち切る。あれこれと想像で物を語っても仕方がないからだ。それにカリンを放置するわけにもいかない。
「買いかぶりさ。それに未来のことはわからないものだし、俺が家督を継げない可能性もある。今の内からアレコレと手を伸ばし過ぎるのは良くないさ」
『魔王』関係が存在しなければ、俺も家督を継いだ後のことを心から考えて行動できる。しかし今は無理だ。透輝を鍛えることに意識が向いてしまう。
それでも貴族なら並行して考えて行動しろ、と言われるんだろうけど、中々に難しい。派閥の管理や謀略もモリオンに丸投げしているぐらいだしな。
「ふふふ……そういうことにしておきますね?」
カリンは口元に手を当てて笑うが、そういうことも何も、貴女の婚約者候補はそこまで考えていないと思うよ? 目の前のことだけでいっぱいいっぱいになってる凡人ですよ?
「ははは……おっと、あれは王都の商人かな? 装飾品を扱っているようだが」
話しながら移動してきたため、俺は話を逸らすように視線を向ける。
足を向けたのは訓練場に並ぶ出店の一つで、品の良いアクセサリー類を取り扱っているようだ。
「……装飾品、ですか」
カリンが小さく呟く。貴族の女性として、身を飾るのはドレスだけじゃない。指輪やネックレス、イヤリングや髪飾りなど、使用される宝石や材質によってはそれこそ千差万別である。カリンとしても興味があるのだろう。
「見ていくかい? 君に似合うものがあればいいのだが」
話題を逸らせたことに内心で安堵しつつ、カリンを促す。するとカリンは僅かに考え込んだあと、少し恥ずかしそうにしながら俺に視線を向けてくる。
「それでは……その、ミナト様の見立てで何か選んでいただけませんか?」
そして、ある意味当然といえば当然かもしれないが、そんな俺にとって難易度が高いお願いが飛んできたのだった。




