第199話:文化祭 その3
ジョージさんやアイヴィさんと別れると、カリンとの作品鑑賞を再開する。
まずはクラスメートの作品を見ていくが絵画が多い。全体の七割から八割程度は絵画だ。俺もそうだから他人のことは言えないが、似たような作風、似たような質で描かれた絵が並んでいる。
芸術関係に関してはどこの貴族家でも大差ないというか、教育水準が似たり寄ったりというか……もちろん人によって巧拙の差があるものの、大体の絵は基本はできているが面白みがない、みたいな評価に落ち着くんじゃないかと思う。
いや、下手ってわけじゃないんだ。普通に上手いんだ。手前味噌だけど俺が描いた絵もそれなりに見られる出来になっているんだ。ただ、それだけで終わるって話なだけで。
(うーん……なんというかこう、訴えかけてくるものがないんだよなぁ。上手な模写だね、なんて感想で終わりそう……)
自分が描いた絵を改めて確認し、そんなことを思う。周囲の他の絵も似たような感じで、上手いだけって感じの絵が多かった。
「おや? カリンの絵は……なるほど、自分の名前を表す花をモチーフにしたのか」
そんな中、カリンの絵を見た俺は目を細めて頷く。枝葉の緑に小ぶりな桃色の花が描かれているが、他の絵と比べるとしっかり熱量が込められているように感じられた。
俺は草原に木々が生えただけのつまらない風景画を描いてしまったが、カリンの絵はズームして至近距離から写真で切り取ったように小ぶりなカリンの花が色付く、なんとも味がある絵だ。その証拠に、というべきか、足を止めてカリンの絵を見ている人もちらほらといる。
「ほぉ……良い絵だ。カリン、君は芸術の才能があったのか」
「そう言ってもらえるのは嬉しいですが……少し、照れ臭いですね」
俺の言葉に照れ臭そうにはにかむカリン。それでいて嬉しそうに見えるのは、カリンとしても上手く描けたという自信があるからか。
「俺はこういうのはどうにも駄目でなぁ。参考ついでに聞くけど、何を思いながら描いたんだ?」
「えっ……」
俺の質問に対し、カリンは不自然なほどに固まった。そして視線を右へ左へとさまよわせたかと思うと、口元を隠すようにして微笑む。
「……自分と同じ名前の花なので、思い入れがあっただけ……ですね」
「そうか……それじゃあ真似るのは難しそうだな」
俺の場合、港の絵でも描けばいいんだろうか? でもサンデューク辺境伯家の領地に海はないし、港の絵を描けたらツッコミをくらいそうだ。なんで見たことないものを描けるの、なんて言われたら答えようがない。
「そういう意味でいうと、オブシディアン様の絵はわかりやすいのでは?」
「アレクの? どれどれ……ん?」
カリンに言われて視線を動かしてみると、そこにはアレクが描いた絵が三枚ほど置いてあった。その中でも一枚の絵に目を惹かれ、そちらをじっと見る。
抽象画と呼ぶべきなのだろうか? キャンバスには赤い、紅い、謎の塊が描かれており、雑にも精緻にも見える筆運びで模様を形成している。
子どもがただ書き殴っただけに見えるし、何かしらの意味を込めて描いてあるようにも見える。いや、アレクのことだから何か意味があるのだろう。生憎と芸術に疎い俺ではアレクが何を描きたいのかいまいちわからないが。
(んー……んんん? 人間……か? 赤い……何かしてる? なんだろ、コレ)
カリンと比べてもなお、すさまじいまでの熱量が込められているのはわかる。わかるが、何の絵なのかわからない。
「ふふっ……オブシディアン様は本当にミナト様と仲が良いのですね」
微笑ましそうにカリンが言うが、それを聞いた俺はまさかと思いながら絵画を指さす。
「……え? これってもしかして俺?」
「わたしはそうだと思いましたよ? 剣を構えた時のミナト様を描いたのかな、と」
そう言われて改めて見ると、そんな気もしてきた。アレクから見るとこんな感じに映っているのだろうか。
(……よく見たら絵のタイトルに『友』って書いてあったわ)
俺か? 俺かー……なんて思っていると、カリンがクスクスと笑う。
「本当に仲がよろしくて……わたし、少し妬いてしまいそうですわ」
「はははは……おっと、あっちにあるのはモリオンの論文かな? どれどれ……」
からかうようなカリンの言葉と微笑みから逃れるように、俺は話を逸らすのだった。
そうして絵画などを見て回ることしばし。
数が多いだけあって時間を潰すのには最適だが、そればかりでは面白みに欠ける。透輝が作った低品質の回復ポーションが置かれているのを横目で確認し、マジかよと二度見した俺は、カリンと共に他の学年や他の科も見て回る。
(錬金術を学び始めて一ヶ月も経っていないのに回復ポーションが作れるのかぁ……いくら低品質だっていっても作れない生徒の方が多いんだけどなぁ)
透輝の成長ぶりに内心で舌を巻きつつ、苦笑を浮かべてしまう。低品質の回復ポーションは錬金レベル一で作れるが、そこに到達できるだけでも才能を必要とする世界なのだ。
絵画や彫刻、論文などに混ざってポーションやその前段階である薬草の薬液、更にその前段階である魔力石の溶液など、錬金術に挑んだ結果を展示している者もチラホラいる。
(錬金したアイテムに注目している人もあちこちにいるけど、あれは貴族や商人のスカウトかな? そうなると透輝もスカウトされそうだが……)
サンデューク辺境伯家で雇っている錬金術師でさえ、低品質の回復ポーションを作れる程度の腕前だ。ダンジョンで探してくるよりも安定してポーションが作れるだけでもありがたいが、魔力の溶液や薬草の薬液レベルでもスカウトされる人はスカウトされるのだろう。
そうやって他の場所も見てまわるが、技術科に足を運ぶとスカウト目的と思しき来場者の数が一気に増える。錬金術を題材にした者は騎士科が一番数が少なく、次に貴族科となるが、やはり錬金術を本格的に学ぶ技術科の方が腕も良く、スカウトに来る者も多いようだ。
「ミナト様、アレは……」
そう言ってカリンが視線を向けたのは、技術科一年生の教室である。丁度今から見に行くつもりの場所だったが、何やら人だかりができているのだ。
「技術科だから錬金術で作られたアイテムが置かれているんだろうが……それにしても人が多いな」
カリンにそんな言葉を返しつつ近付くが、まあ、予想はできている。錬金術において、学生レベルでは圧倒的に突き抜けた才能と技術を持つスグリが在籍しているのだから。
(どれどれ、何を作ったかな……って、アレは回復のミストポーション? それも中品質か? うわ、透輝の作品を見てビックリしたけど、スグリも錬金レベル上がってるじゃないか……)
低品質のものは作れるようになったと以前聞いたが、いつの間に中品質のものまで作れるようになったのやら。
『花コン』において中品質の回復ミストポーションは錬金レベル十で作成可能になるアイテムだ。錬金レベルだけで見れば高品質の回復ポーションが作れるようになるのも十レベルからで、スグリは既に錬金術師として一流の域にあると見て良いだろう。
「ミストポーションとは……それも中品質? 作成者は……レッドカラント?」
「四大家の御令嬢か。それなら納得……いや待て、レッドカラントなら『赤』の家系じゃないか」
「攻撃アイテムではなく回復アイテムでこの品質……前途有望という言葉も生温いですな」
スグリの作品を見た人々の間でワイワイと声が飛び交う。感心、感嘆、驚愕、興奮と肯定的な声が多く、スグリ本人が聞いたら恥ずかしがって卒倒しそうだ。
(うーん、さすがというべきか。他の生徒は……薬草の薬液が精々で、低品質の回復ポーションが一人……二人……? 一年生だしこんなものか)
これで二年生になればもう少しポーションを作れる割合が増えるのだろう。それでも中品質のミストポーションを作れる生徒はいないだろうが。
(錬金レベルが十……『花コン』通り最大レベルが三十なら既に三分の一に到達したわけか。でも正直なところ、三十レベルまで上げる必要があるかというと微妙なんだよな……)
三十レベルに到達すると高品質のミストエリクサーという、味方全体のHPとMPを全快させ、なおかつ状態異常も全て治すという、いわゆる全回復アイテムを作ることができる。
死霊系モンスターに向かって投げれば雑魚は群れごと即死するだろう。それほどまでに強力なアイテムだが、作るには当然ながら相応に高品質な素材が必要になるわけで。
ゲームなら集めれば良かったし、足りないなら買えば良かった。だが、現実で集めるのは難しいだろう。なにせ大規模ダンジョンの奥に足を踏み入れて探す必要がある素材ばかりなのだ。
俺もそうだが、ランドウ先生ですら足を踏み入れたことがないであろう場所だ。もっとも、俺は実力が足りないから足を踏み入れることができないだけで、ランドウ先生は足を踏み入れる理由がないからそうしていないだけだろうが。
「レッドカラント……」
俺がそんなことを考えていると、来訪者の会話が聞こえたのかカリンが呟く。そして俺へ顔を向けたかと思うと、にっこりと微笑んだ。
「錬金術師として有名な家名ですが、名前はたしか、スグリさんでしたか……ミナト様が懇意にされている錬金術師の方ですよね?」
「…………」
微笑みながら告げられた言葉に、俺は思わず沈黙を返してしまった。懇意にされているっていう部分に、何か深い意味があるように感じてしまったのだ。
「……ああ、そうだな。優れた錬金術師だからよく世話になっているよ」
それでも不自然にならない程度に、すぐに言葉を吐き出す。気のせいか、キュッと音を立てて胃が引き絞られた感じがする。心臓が冷たいというか、内臓に冷や汗を掻いている気がした。もちろん俺の内臓にそんな機能はないんだが。
「さすが、ミナト様のお眼鏡に適うだけのことはある、ということでしょうか。一年生の時点で中品質のミストポーションだなんて、本当に前途有望ですね?」
「そうだろう? ほら、透輝の錬金術の師匠でもあるんだよ。俺は錬金術の才能がないし、やっぱり自分にできないことができる人っていうのは尊敬できるよな」
なんだろう、おかしなことは言っていないはずなのに、言い訳を口にしている気がしてならない。疚しいところはない……うん、ない。少なくとも俺にはない……はず。
「たしかにそうですね。それに貴族……特に領主にとって、優秀な錬金術師は何人いても困らないでしょうし、領地の発展や軍備の充実にもつながるでしょう」
「まったくもってその通りだよ。優秀な錬金術師は一人でも多い方が良い。まあ、みんな考えることは一緒だし、本当に優秀だって思える錬金術師は中々育ちにくいのが現状だがね」
カリンの実家であるキドニア侯爵家は良質な魔力石を産出する鉱山を領内に抱えているし、錬金術師の重要性をよく理解しているのだろう。だからスグリに対して隔意があるわけじゃないし、俺に対して言外にチクチクと言葉で刺しているわけでもない、と思う。
(つまり、俺の方が勝手に疚しく思っているのか?)
貴族としての思考がそうさせるのか、今のカリンは普段よりも落ち着きがあるように見えた。前途有望な錬金術師であるスグリについて、雇うことができれば貴族として非常に大きなメリットがある、なんてことを考えているのだろう。
それなら俺も貴族として思考しながらカリンと接すれば良い。そういった切り替えは幼少の頃から習ってきたし、俺もそれなりに得意だ。
「あっ、み、ミナト様……えっ?」
不意に、そんな声が背後から聞こえた。それは聞き馴染みのある、それこそ今しがたカリンと話をしていたスグリの声で。
途中から不自然に声が途切れたため何事かと思って振り返ると、そこには俺と、そして俺のすぐ傍に立つカリンを交互に見るスグリの姿があったのだった。
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。
今回の更新でプロローグ込みで200話になりました。
早いもので毎日更新も半年を超えました。毎日更新が途切れたら力尽きたと思ってください。
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それではこんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。




