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ハッピーエンドの未来を目指して  作者: 池崎数也
第8章

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第198話:文化祭 その2

 アイリスの開会の宣言により始まった文化祭。


 具体的に言うと九時に始まり、十六時に終了となる。王都の民が帰宅する関係上、それ以上に開催時間を延ばすのは難しいのだ。十六時に閉会してそこから歩いて王都に帰った場合、王都に辿り着くのが日暮れ前になる。


 開催時間がそんな感じのため、午前中は屋台や展示物を見て回り、昼食を取り、午後も午前中と同じように色々と見て回る形になるだろう。開会式が行われた大ホールでは学生が演劇を行うため、そちらを見て時間を潰すのもアリだ。


 疲れたらあちらこちらに用意してある休憩所で休んでも良い。学園内には普段から各所にベンチがあるし、腰を掛けて休むだけでも十分だろう。食堂も開放されているから昼食以外で利用するのもアリだ。


 アイリスの開会の宣言のあと、学園長であるコーラルから『羽目を外し過ぎないように』なんて旨を手短に伝えられ、自由な時間となった。


 武闘祭もそうだったが、文化祭は外部の客を多く招くということもあり、その運営は教師や使用人が中心となって行われる。商人との折衝も含まれるため、学生が運営するには難しい部分が多いのだ。


 そのため生徒会のメンバーである俺も気兼ねなく学園内を見て回ることができる。もちろん何か揉め事があれば生徒会として対応するが、多くの使用人が学園内を巡回しているためその機会は滅多にないだろう。


 そんなわけで文化祭が始まったわけだが、俺の傍にカリンが立ち、覗き込むようにして見上げてくる。


「それではミナト様、わたし達はどうしましょうか?」

「そうだなぁ……まずは学生の展示品でも眺めるとして、ゆっくりいこうか」


 生徒達は我先にと大ホールから移動を始めており、それを見た俺は苦笑してしまう。外部から客を招いているし、この分だと移動するのも一苦労かもしれない。


(うーん……さすがに初めての文化祭だからどの時間帯にどの辺りが混むかわからないしなぁ。こんなことならカトレア先輩かゲラルドに去年までの情報を確認しておけば良かったか)


 思った以上の混雑ぶりにそんなことを思う。ただし、毎年同じ人数が来て同じ時間に同じ場所を訪れることはあり得ないため、聞いても意味がない情報かもしれないが。


 そのため生徒達が大ホールから減るのを確認してからゆっくりと見て回ろうと思った。威圧感を垂れ流して掻き分けて進むこともできただろうが、今日はお祭りである。それはさすがに無粋ってもんだろう。


 そうやって考え事をしていると、カリンに袖を引かれた。何事かと思えば、恥ずかしそうにしながらも俺の左肘に手を這わせている。


「え、エスコートをお願いしても?」

「もちろんです、御嬢様レディ……なんて言いたいところだけど、腕を組むのはまた後で、だ。さすがに並んで歩くと他人の迷惑になるからね」


 建物の外なら大丈夫そうだけど、屋内だと廊下のスペースが限られているし、厳しいものがある。そのため苦笑しながら言うと、カリンは恥ずかしそうに俯いた。


「うぅ……先走ったようで、恥ずかしいです……」

「いやいや、俺としては嬉しいお誘いだったよ。ただ、思った以上に混んでいるからなぁ」


 そう言いつつゆっくりと移動していく。大ホールを抜けて廊下に出てみると、生徒だけでなく訪問客と思しき若い男女の姿がちらほらとあった。


 耳を澄ましてみると、『コーラル学園長は大ホールにいる?』やら『懐かしい』やら色々な会話が聞こえてくる。多分、この学園の卒業生なのだろう。開会式の直後ならコーラル学園長に会えると思って足を運んだらしい。


(学園長は見た目のインパクトがすごいからな……卒業しても早々忘れられたりはしないか)


 なにせパッと見は若い美少年である。四十歳前後には到底見えないし、何も知らない人が見ればただの子どもだと思われるだろう。


 『花コン』だと学園長は自分の外見を密かに気にしており、せめて口調ぐらいは老成したものにしたいということであんな喋り方している、みたいな話があったはずだ。


 コーラル学園長が学園長の席についたのはここ数年前の話だったはずだが、卒業生にとってはいつまで経っても外見が老けない、親しみやすい学園長として記憶されているのだろう。


 そうやって周囲を観察していると、カリンが遠くを見るようにして卒業生と思しき人達を見ていることに気付いた。コーラル学園長や他の教師を探したり、生徒や校舎を見て懐かしんだりしている者達の姿に何か思うところがありそうである。


「カリン? 外部の客がどうかしたのかい? おそらくはこの学園の卒業生だと思うが……」

「あ、いえ……いつか、わたし達もああやって学園を訪れて懐かしむことがあるのかな、なんて思ってしまいまして」

「……ああ。領地からは遠いけど、きっとそういう機会があるさ」


 サンデューク辺境伯家の領地から王都までは遠く、学園祭のためだけに訪れるというのは難しいだろう。そしてそれ以上に、()()()()()()には『魔王』をどうにかして人類が滅ばない未来を手にしなければならない。


(カリンにそんなつもりはないんだろうけど、不意に刺されたような気分だな……)


 鋭いナイフが臓腑を抉ったような気分だ。不意打ち過ぎて心が痛い。いや、カリンに悪気はないし、俺が未来のことに関して過敏になっているだけなんだがね?


 『魔王』をどうにかできなければ学園祭どころかこの学園自体が灰燼に帰すだろうし、懐かしむどころの話じゃなくなってしまう。

 だが、カリンは侯爵家の生まれながらも立場は次女だからか、『魔王』や『魔王の影』に関する情報は知らされていないようだ。普通は嫡男などに伝える程度だから仕方ないといえば仕方ないが。


 似たような立場だと子爵家の次男であるモリオンがいるけど、俺と一緒に行動している内にそれとなく情報を渡したら自力で察したっぽいからな。モリオンと違い、未来のことを素直に語れるカリンが羨ましくもあった。


(っ……やめだやめ。今そんなことを考えても仕方がないだろ)


 カリンは悪くない。悪いのは『魔王』が発生する直前になっている今の時代だ。

 学園の文化祭が行われるのだって学園行事って面もあるけど、王都の民を楽しませて負の感情を低減させるためだろうし、それなら楽しまないと損だろう。


「ミナト様? どうかされましたか?」

「……いや、カリンがそんなに先のことを考えて、しかもその隣に俺がいるって前提でいることが嬉しかっただけさ」


 俺がそう言うと、カリンの顔がボッと音が鳴りそうなほど、あっという間に真っ赤になる。いや、何事もなければ婚約者候補として結婚しているんだし、そんなに恥ずかしがることか?


「ち、違いますっ。いえ、違わないですけど、違うんです!」

「うんうん。そうだな。違うよな」

「~~もうっ!」


 照れたように、拗ねたように視線を逸らすカリンの姿を見て、俺はようやく笑うことができた。






 さて、からかったら拗ねてしまったカリンを数分かけてなだめ、それが終わったら学園内を散策する。


 文化祭ではそれぞれの教室に名前付きで作品が置かれており、たとえば俺の場合は貴族棟の一年生教室に名前と一緒に絵が置かれる形となっていた。


 そして来場者には一人につき一枚投票用紙が配られており、自分が見た展示物の中でも()()()と思うものに投票することができる。


 投票箱はそれぞれの教室に置かれており、投票の締め切りである十五時になったら教師が回収。その後すぐさま集計して十六時の閉会式で票数が多い者を表彰するという流れだ。


 『花コン』だとこの投票で一位を取ると『百花勲章』をもらうことができ、三年連続で一位だと『白銅百花勲章』が授与される。まあ、周回プレイをするか、よっぽど錬金レベルを上げていないとスグリに負けるから三年連続で勝つのは無理なんだけども。


 ちなみに投票用紙を配られるのはあくまで来場者だけであり、生徒には配られない。第三者による公平な投票で上位者が決まるというわけだ。


「わたし達の教室にもそれなりに人が来ているんですね……どちらかというと作品より教室を見ている感じがしますけど」

「多分、卒業生だろうなぁ。王都に住んでいても学園の各棟に入れるのは文化祭だけだろうし」


 武闘祭の場合は闘技場周辺しか開放されていないし、文化祭の時ぐらいしか教室などは見て回れない。そのため王都に住む卒業生が思い出に浸りに来ているのだろう、と思えるぐらいに見知らぬ人々の姿があった……とぉ?


「お爺様、お婆様も」


 見知らぬ人々ばかりかと思ったら、知っている顔がいたため思わず声をかける。ジョージさんとアイヴィさんが二人並んで作品を見ていたのだ。俺の顔を見に来たのか、デートなのか。


「あら、ミナトちゃん! 会いたかったわ!」

「ミナトか……おや、そちらのお嬢さんは」


 アイヴィさんは顔を輝かせ、ジョージさんは俺の隣に立つカリンを見て訝しげな顔をする。


 二人の視線を受けたカリンはといえば、俺の発言から関係性を悟ったのだろう。スカートの裾を摘まんで貴族令嬢らしいカーテシーを披露してみせる。


「このような場でのご挨拶、ご容赦ください。お初にお目にかかります。ミナト様の婚約者候補、カリン=プセウド=キドニアと申します」


 そして折り目正しく一礼すると、アイヴィさんの目がキラキラと輝き出した。


「まあ……まあまあまあ! 可愛らしいお嬢さんだこと! ミナトちゃんの祖母のアイヴィ=ラレーズ=サンデュークよ。よろしくね?」

「ミナトの祖父、ジョージ=ラレーズ=サンデューク男爵だ。キドニア侯爵の娘さんだね? お父上はお元気かな?」


 嬉しそうにカリンの手を取るアイヴィさんと、硬さがあるが優しげに微笑みながら尋ねるジョージさん。先代の辺境伯だし、カリンの父親であるキドニア侯爵とも面識があるのだろう。


「はい、壮健です。ラレーズ男爵閣下のことは父や祖父よりよくお聞きしております。もちろんアイヴィ様のことに関してもですが」


 そう言って微笑むカリンだが、どことなく緊張しているように見える。そりゃまあ、前置きもなく突然婚約者候補の親族と遭遇したわけだしな。それでもきちんと対応できるのは貴族令嬢として受けてきた教育の賜物か。


 それでも勢いが強いアイヴィさんが相手だと少々押されている感じがするが、臣籍降下したとはいえ元王族だし、対応に困っているのだろう。


「お婆様、カリンが困っていますからほどほどにしてあげてください。歓迎してもらえるのは嬉しいですけどね?」


 俺としても祖母だし、苦笑しながら注意することしかできない。悪意があるなら別の対応も取れるが、アイヴィさんは孫が結婚する予定の相手を見て素直に喜んでいるだけなのだ。


 同じ王族でもアイリスとは性格が違うというか……でもアイヴィさんもアイリス同様に上に兄がいて、その妹として育ってきたはずだからアイリスと大差ない立場だったはずなんだが。


 ま、似たような環境なのに違う性格に育つというのも珍しい話じゃないか、なんて思いながらジョージさんやアイヴィさんと言葉を交わしていく。するとジョージさんがアイヴィさんに視線を向け、何かを促すような目付きになった。


「名残惜しいが、若者の邪魔をするのも良くないだろう。アイヴィ、そろそろ行こうか」

「あら……残念ですけど仕方がないですね。それじゃあミナトちゃん? カリンさんのことをきちんとエスコートするんですよ?」


 どうやら邪魔をするのは良くないと思ったらしい。アイヴィさんに声をかけ、カリンに向かって一礼してからジョージさんが歩き出す。

 そのためカリンも一礼を返すが、二人仲良く連れ立って歩くジョージさんとアイヴィさんの背中を見送ると、感嘆したように息を吐いた。


「急なことですまないな。どうかしたか?」

「いえ……お二人の()()は聞いていましたけど、素敵なご夫婦だな、なんて思いまして」

「……孫としては反応に困るんだけどね」


 心底羨ましそうにジョージさんとアイヴィさんを見送るカリンに俺が言えたのは、そんな言葉だけだった。

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