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ハッピーエンドの未来を目指して  作者: 池崎数也
第8章

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第191話:ダンジョン調査 その3

 ダンジョンの調査としてあちらこちらのダンジョンを巡ったところ、今のところ問題はないが面白いことが起きた。


 いや、これを面白いと表現するのはおかしいのかもしれないが――。


「あっ、素材見っけ。なんだこりゃ?」


 ダンジョンを巡って五日目。


 今日も今日とて小規模ダンジョンに潜っていたら、不意に透輝がそう言ってしゃがみ込んだ。それに釣られて視線を向けると、そこには俺の目から見ると何の変哲もない草が生えている。


「おーいレッドカラントさーん! この草ってなにー?」

「え、えっと……あっ、そ、それに素手で触っちゃだめですっ! それは痺れ草って言って、触ると痺れますっ」

「やばいやつじゃん!?」


 透輝が慌てて手を引っ込めるが、今まで手を伸ばしていた辺りを見て俺は眉を寄せる。


(……わからん。色と形が周囲と比べて少し違う……か? でもパッと見だと他の草と同じに見える……あ、なんかトゲが生えてる?)


 スグリが言った痺れ草というのは『花コン』でも登場し、アイテム単体で使っても相手を麻痺させることができる素材アイテムである。錬金に使えば麻痺状態から回復するポーションを作ることができるのだが。


「…………んん?」


 その場にしゃがみ込んで目を凝らすが、やっぱり周囲の草と大差ないように見える。スグリが素手で触るなと言った通り、触ると刺さりそうなトゲがあちこちに生えた草が一本生えているが、トゲは細いし短いし、歩きながらだとすぐには見つけることができそうにない。


「透輝……よくこんなものを見つけられたな?」


 ここ最近、ダンジョン内を歩いていると今回のように透輝が足を止め、錬金術の素材を発見するようになった。スグリと比べれば頻度が少なく、かなり近付かないと気付けないようだが、俺なんか真上を通っても気付かない。


「え? 近くを通ったらなんか違和感がないか? ここに何かあるぞ、みたいな感じで」

「ないんだよなぁ……おかしいな、視力なら負けないはずなんだが」


 錬金術もそうだが、素材を集める時点で才能が必要なのだろう。近付いてしっかりと目を凝らしてようやくそれらしいものを見つけることができたが、歩きながらだと気付ける自信がない。


(ナズナに探してもらうとダンジョンの資料通りの数が見つかるから、俺の錬金術に関する才能が低すぎるだけか……ミナトの体だしなぁ……)


 知識だけは勉強を続けてきたが、実践は全然駄目な俺である。素材を探す時点でここまで駄目だと逆に諦めもつくな。


(ま、まあ? 俺は辺境伯家の嫡男として能力のある人間を雇えばいいだけだし? 才能オバケの透輝にできることができなくても仕方ないっていうか?)


 そんな負け惜しみみたいなことを内心で思いつつ、透輝とスグリの会話に耳を傾ける。


「素手で触っちゃ駄目って、どうやって採取すればいいんだ? ハサミ?」

「さ、採取用の手袋で摘むんです。これならその、トゲも刺さりませんから……」

「へぇ……そんなものが……すげぇな、錬金術師って」

「た、試してみます……か? 採取用の手袋は予備がある……ので……」

「えっ? いいのか!? やるやる! ありがとうな、レッドカラントさん!」


 透輝はウキウキとした様子で痺れ草を採取し始める。そんな透輝にスグリは採取の仕方を教えているが、ダンジョン調査を始めた当初の透輝に対する悪感情は薄れているようだった。


(うーん……やっぱり主人公とうきとスグリは相性がいいよな。グイグイ前に出る透輝と、控えめなスグリ……これが案外()()()()()がいい……)


 そういう意味では透輝とエリカの相性も良い。二人とも明るいからスグリとは違った形で気が合うのだろう。


(スグリとエリカがサブヒロインでなければもっと背中を押すんだけどなぁ……まあ、スグリからは錬金術について学べるし、仲が悪いよりも良い方が負の感情の発生って点でも助かるからな)


 『花コン』の主人公の場合、自分でアイテムを錬金すれば経験値が入って錬金レベルが上がっていくからなぁ。時間と素材と手間はかかるが、鍛えていけばスグリ並の錬金術師になることもできる。


 『花コン』だと錬金レベルを上げるのはスグリを生徒会入りさせず、スグリルートに入らないために必須――とまでは言わないが、便利なアイテムを錬金してプレイングを楽にすることができる。


 もちろん錬金レベルを上げないと必ずしも攻略が詰むなんてことはないし、高い品質のものでなければ学園の売店で回復アイテムを買うこともできた。なんなら回復をアイリスに任せ、消費アイテムはダンジョンで拾って蓄える、なんてプレイもできた。


 そんなわけで錬金レベルはプレイを楽にするため、あるいは特定の目標を達成してクリア実績を解除するために上げるものだ。


 つまり、透輝には()()()()()()()()錬金レベルを上げられるだけの才能がある、ということである。


(剣に魔法に錬金術……『花コン』の設定通りではあるけど、本当に万能だな。いや、逆に考えるとこれぐらい才能豊かで万能じゃないと『魔王』をどうにかできないってことか……)


 当事者でなければ笑って済ませるんだが、『魔王』や『魔王の影』をどうにかしようと考えている身としては笑えない。

 それだけの才能を持つ透輝が実際に召喚されたことに感謝しつつ、これからの育成はより注意を払って厳しくしなくては、なんて考えていると不意にスグリと目が合った。


「あっ、や、ち、違いますからね?」

「何が?」


 思わず素で返してしまったが、本当に何が違うんだ? スグリは慌てた様子だが、何故そんなに慌てているのやら。周囲に危険は迫ってないし、時間もあるからゆっくり透輝に教えてくれていいんだよ?


 『魔王』を倒すのに必要かどうかを問われれば不必要だろうけど、せっかく透輝が楽しんでいるんだ。のめり込まれると困るものの、ストレスを発散するのにも役立ちそうである。


(透輝の立場だと無意識の内にストレスが溜まってそうだしな……そっちにも気を付けておかないと)


 生まれ育った世界から突然引き離され、こちらの世界に召喚されたのだ。今の生活に慣れた顔をしている透輝だが、ストレスを感じていないはずがない。


 そのためストレスの発散につながるのなら俺としても止めるつもりはなかった。剣を振るのもストレス発散になっていそうだが、それ以外でも選択肢は多い方が良い。


 慌てた様子で両手をパタパタと振るスグリを見ながら、俺はそう思った。






 そうしてダンジョンの調査を行うこと一週間。


 途中で移動できなくなるほどの悪天候に襲われることもなく、ダンジョンで異常が発生することもなく。


 ネフライト男爵から依頼された分の調査は予定通りに片付けることができ、あとは学園へと帰還するだけとなった。


 ダンジョンを巡ってあちらこちらを移動したため、学園に帰るには丸一日かかってしまうが……まあ、日曜日に出発して次の日曜日に帰還するのはこれも予定通りか。


(おかしいなぁ……こんなに平穏だなんて……いや、毎回何か起こる方がおかしいのか)


 調査したダンジョンの数は七ヶ所。場所によっては一日に二ヶ所調査した時もあるが、全てのダンジョンで資料通りの結果だった。出現するモンスターも採取できる素材もボスモンスターも、全てに異常がなかったのである。


 採取した錬金の素材も大量にあるし、調査に関して王城から報酬も出る。時間と手間がかかっているから丸儲けとは言わないが、スグリが使用する錬金の素材に関しては当面困らないほどに採取できた。


 調査の最中、宝箱も三つほど見つけることができ、透輝に開けさせたら低品質の回復ポーションが二つ、中品質の回復ポーションが一つ出てきたため全て透輝に持たせている。俺が贈った剣帯のポケットに嬉しそうに差し込んでいた。使ってもらえて何よりである。


 そんなわけで昨晩お世話になった村から学園目指して出発だ。今回のダンジョン調査で収穫があるとすれば、錬金の素材や金銭もそうだが、それ以上に透輝がエリカやスグリと打ち解ける絶好の機会になったことだろう。


 サブヒロインである二人のルートに入るのは困るが、スグリの錬金術といいエリカの『召喚器』といい、頼ることができれば非常に強力な能力だ。それはきっと、これからの透輝にとって大きな助けとなるだろう。


(人の感情だから断言はできないけど、透輝はどう見てもアイリスを意識しているし、ここから他の個別ルートに入ることはないだろ。そうなると()()()()仲良くなるのは大助かりだ)


 スグリが錬金できるアイテムが増えるかもしれないし、エリカも『召喚器』の扱いが上手くなるかもしれない。そんな打算だけではなく、身の回りでギスギスとした人間関係があるのは面倒だからな。いや、それも打算か。


 メインヒロインの一人であるナズナとも仲が深まっているし、ダンジョンで透輝にモンスター相手の実戦経験を積ませることもできた。今回のダンジョン調査は良いことばかりだったと言える。


 もちろん警戒を解いたわけではない。帰るまでが遠足である。これで学園へ帰る途中で野盗に襲われて大惨事になりました、なんてことがあったら意味がない。


 そう思って俺は馬車の御者台に座り、しっかりと周囲を索敵して――ん?


「っとと……申し訳ございません、若様。馬が急に言うことを……」


 馬車が大きく揺れ、何事かと思えば馬車を曳く馬が急ブレーキを踏むように減速してしまった。そして耳をピンと立てて周囲を警戒する素振りを見せており、それを見た俺も周囲の様子をうかがう。いくら鍛えていても人間より動物の方が勘が鋭いからだ。


(野盗の伏兵は……いない。斥候に見られてるってわけでもない。そうなると何が……っ?)


 僅かに違和感を覚え、勘に任せてそちらへと視線を向ける。すると時間を追うごとに違和感が膨れ上がり、波打つようにして周囲に広がっていくのが感じられた。


(これは……ダンジョンが異常成長した時の? いや、あの時より弱いというか、若干感覚が違う……か?)


 押し寄せる違和感に眉を寄せつつ、透輝達に警戒を促す。とりあえず俺と透輝は馬車から降り、左右から馬車を挟むようにして背を向けた。


「み、ミナト!? なんか空気がおかしくないか!?」

「ああ。ダンジョンが異常成長した時に似ているが、以前遭遇したものと比べると威圧感が弱い……それに近場にはダンジョンが一つしかないしな」


 昨日調査を行った小規模ダンジョンが近くにあるが、それでも五キロほど離れた場所にある。異常成長したにしても一気に大きくなり過ぎだ。


 『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時は近隣に三つダンジョンがあったからこそ大きくなったが、一つのダンジョンがここまで大きくなったのだとすればその面積は何倍だ? いや、何倍どころか何十倍になるのか。さすがに無理だろう。


 そうなると新しくダンジョンが発生し、それに飲み込まれてしまったと考える方が妥当か。問題は、このダンジョンがどんなタイプでどんなモンスターが出現するかだが。


「うわっ!? ちょ、ミナト? こんな時に驚かさないでくれよ! なんでいきなり足を掴んで――」


 周囲を窺っているとそんな透輝の声が聞こえ、そして途切れた。一体何事かと視線を向けてみると、透輝は自分の足元を見て硬直している。


 そこには、地面から伸ばした手で透輝の右足を掴み、光が宿らない瞳と腐った顔で透輝を見上げる男性ゾンビの顔があり。


「ぎゃあああああああああああぁぁぁっ!?」


 透輝が思わずといった様子で悲鳴を上げる。ホラー映画よろしく、地面からゾンビが湧き出て自分の足を掴んでいるのだからそれも仕方ないだろう。自分の真下、両足の間からゾンビが顔を出しているのだから尚更だ。攻撃がしづらいことこの上ない。


「焦り過ぎだ、透輝」


 それでも、ここには俺がいる。すぐさま馬車の車体を潜り抜けるように駆け、スライディングするようにゾンビの顔面を蹴り飛ばす。するとボキリと生木を圧し折るような音と感触が伝わり、ゾンビの首が千切れて転がっていく。


「おわああぁぁっ!? ちょ、それはそれでタマがヒュンってなるって! 股の下でスライディングキックとか怖いって!」

「我慢しろ。今度から足元に向かって攻撃する練習もさせるべきか……いや、俺の教育不足か」


 頭上や足元は割と盲点だからな。これからの訓練に追加するとしよう。というか、モンスターの出現地点の真上にいたからか、気配が感じ取れなかったな……これも今後は注意しないと。


(何事もなく帰れると思ったんだけどな……)


 ゾンビが出てきたということは、少なくとも死霊系モンスターが出現するダンジョンということだろう。場合によってはそれ以外の種類のモンスターも出現するだろうが……小規模ダンジョンならそこまで種類は多くないはずだ。


 『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時みたいに複数のダンジョンが混ざってモンスターの種類、出現数が大量ということがなければ良いのだが。


「とりあえずさっきの村に戻るぞ。ダンジョンを抜けるかダンジョンを破壊するかはそこで決める」


 今回は軍役ではないが、昨晩世話になった村を放置してダンジョンから脱出するわけにもいかない。そのため俺はそう指示を出し、踵を返して村へと戻るのだった。

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― 新着の感想 ―
さらに返信返しですみません。 なるほど、そうなるとスグリもナズナもワンチャンありそうですね。 あとはミナトの甲斐性次第ですな。 まぁ当のミナトは生き残ることに必死だからというのもありますが、皆の気持ち…
返信ありがとうございます。 なるほど、ナズナが反応しちゃうんですね。 さす嫁…いや、さす幼馴染…さす従者(笑) とか思ってたら、そう言えばこの世界的に良くないんでしたね…>負の感情 ミナトーっ! …
まあ何話にも渡ってガッチガチにフラグ立ててたもんねえ……
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