第188話:王城からの依頼 その3
ネフライト男爵からの依頼を受けることに決め、王城宛てに承諾を伝えたら調査するダンジョンに関する詳細が記された書類が送られてきた。
名称や規模や場所、これまでに出現したモンスターや採取できる素材、ダンジョン内は地形が変化するためあまりあてにはできないが大まかな地図、そして今回希望する調査内容だ。
ダンジョンによって調査内容は異なるが、出現するモンスターや採取できる素材のどちらか、あるいは両方に変化がないかを確認するのが今回の依頼である。
あとは一応の捕捉として、万が一調査中にダンジョンが異常成長したら破壊も許可する、なんて書かれていた。
いや、そんなことが早々あってたまるものか、と思う俺だが、既に一度経験しているため何とも言えない。一度起きたことなら二度起きても不思議ではないのだ。
ただ、ベストメンバーとは言わないがナズナが同行しているし、透輝もそれなりに剣が使えるようになった。そしてエリカがいるから範囲攻撃も可能のため、ダンジョンを破壊することも脱出することも可能だろう。
スグリにはアイテム類を託して援護をしてもらう形になる。『花コン』だと錬金術師がアイテムを使うと効果も増加したが、現実だとさすがにどうだろうな……スグリが『召喚器』を使えるようになれば援護も可能なんだが。
兎にも角にも、依頼の情報が出揃ったため学園から馬車と馬を借り、食料や水、回復用のポーション類と野営の設備を積み込んだら調査に出発だ。予定通りにいけば村なり町なりで宿泊できるけど、何事も予定通りにいかないと思っての準備である。
一応、少しでも授業を休む影響が出ないように、日曜日に出発する。上手くやれば次の日曜日までには帰ってこられるはずだ。
御者はナズナが担当する。俺も馬に乗れるし御者も可能なためナズナが疲れた時は代われるし、ナズナと一緒に御者台で周囲の索敵を担当するつもりだった。
「わぁ……スグリちゃんも一緒なんだねっ! がんばろうねっ!」
「う、うん……よ、よろしくね、エリカちゃん……」
そして出発前の顔合わせをすると、早速エリカがスグリに話しかけている。エリカは物怖じしないというか、スグリはクラスメートだから既に友達という感覚なのかもしれない。
そんなエリカに対してスグリはやや押され気味だが、エリカは無邪気で裏がないと感じ取ったのか、すぐに柔らかい笑顔を浮かべた。
「透輝、その剣はどうしたんだ?」
俺はといえば、透輝に対して疑問をぶつけていた。俺が先日贈った剣帯を身に着けているのは良いとして、『召喚器』ではない、普通の剣を携帯していたからだ。
「これか? いやぁ、実はアイリスからのプレゼントでさ。俺が剣術部門で優勝したお祝いだって言ってくれたんだ」
そう言って剣帯から鞘ごと剣を引き抜く透輝。一言断って中身を確認してみると、俺は思わず頬を引きつらせてしまう。
「いや……そんな気楽な……かなりの業物だぞ、これ」
「え? そうなのか?」
透輝は不思議そうに首を傾げるが、俺としては何とも言えない。透輝が振るう『鋭業廻器』には当然劣るだろうが、『召喚器』ではない普通の剣として見るなら相当な業物だった。実際に振るったわけではないが、頑丈さも切れ味もかなりのものだろう。
(剣を学んで半年に満たない剣士に持たせるものじゃないだろうに……どこから入手したんだ? まさか王城の宝物庫? 王都で買った? 買うにしてもこれはかなりの高値がつきそうだが……)
『鋭業廻器』を使う透輝にとっては性能的な意味で副武器だろうが、透輝の顔を見る限りとても満足そうだ。おもちゃの剣を買い与えられた小さな子ども、とまでは言わないが、『召喚器』を手にするのとは違った感動と興奮があるらしい。
(アイリス、俺が贈った剣帯に見合う剣を選んだのか、俺が剣帯を贈ったことが気に食わなかったのか……まさか男に良い物を買い与えて喜ぶ性格ってわけでもあるまいし……違うよな?)
剣帯をプレゼントした俺に対抗して剣を買い与えたわけではないだろう、多分。アイリスにそんな、男に貢ぐことで喜びを見出すような感性はなかったはずだ。少なくとも『花コン』で知る限りではなかった。もちろん、現実の世界では異なる可能性もあるが。
(ま、まあいい。仮に、もしもだけど、アイリスにそんな趣味があったとして、だ。透輝に剣を買ってあげたということは、相応に好感度が高いってことの裏返しでもあるはずだ)
なあに、アイリスは立場上他者からプレゼントをもらうことに慣れてはいても、あげることには慣れていないはずだ。だからこそ透輝にプレゼントしてみたかっただけ、なんて可愛らしい理由も十分にあり得る。
透輝に剣を返しながら、プレゼントするには全然可愛らしくない値段だということから目を逸らしながら、そう思うのだった。
出発前にそんなちょっとしたハプニングがあったものの、準備が整えば出発である。
まずは学園からそう遠くない、一番近い場所にある小規模ダンジョンを目指して街道を西へと進んでいく。
最初に行くのは『小鳥舞う平原』という小規模ダンジョンで、その名前の通りダンジョン内が平原かつ鳥系モンスターが出現する。平原といっても多少の起伏があったり木も生えていたりするようだが、資料を読む限りダンジョン内で迷うほど地形が複雑ということはなさそうだ。
小鳥、つまり鳥系モンスターの中でも弱いものばかり出現するダンジョンで、基本的に頭上に注意しておけば不意打ちも喰らわないらしい。
ただ、そんなダンジョンが何故残されているかというと、MPを回復するマジックポーションの素材である植物……魔力草が自生するからだ。
『小鳥舞う平原』に生える魔力草は低品質のものばかりだが、MPを回復する手段は乏しく、マジックポーションは貴重なアイテムとなる。そんなアイテムを作るための素材もまた貴重であり、容易にはダンジョンを潰せないのだ。
ただし、魔力草は地面に生えるため、地面ばかり気にしていると鳥系モンスターに気付きにくく、逆に鳥系モンスターを警戒していると魔力草を踏み潰しかねないという、地味に面倒なダンジョンでもある。
魔力草は一応、そのまま食べてもMPを回復する効果があるが、ポーションにするよりも少ない回復量でしかない。具体的には三分の一程度だったはずだ。
(でも、マジックポーションの材料が生えるダンジョンとなると、しっかり管理されていそうなもんだが……現地に兵士もいるよな?)
『穏やかな風吹く森林』では薬草の農場を作っていたし、『小鳥舞う平原』でも同じようにしてそうなもんだが。あるいは人工栽培が非常に困難で、定期的に見回る程度で済ませているのかもしれない。
資料を読んでもその辺のことは書いてないが……ま、現地に行ってみればわかることか。
そんなことを考えつつ、ガタゴトと馬車に揺られて街道を進む。『小鳥舞う平原』は学園から西に十二キロほど進んだ場所にあり、馬車なら二時間とかからない。午前中に到着し、昼食を取ってからダンジョンに入れば今日中に調査が終わるだろう。
(んー……野盗の気配はなし、と。斥候もなし、か……)
ネフライト男爵から送られてきた資料を再度読みつつ、御者台で周囲を索敵する。
街道は進みやすいよう整備されているし、野盗などが潜みにくいよう拓かれた場所に街道が作ってあるため、遠くを見るだけで索敵ができる。その結果、野盗が伏せている気配はないし斥候がこちらを監視しているってこともなかった。
ま、野盗も馬鹿じゃない。王都に近ければ近いほど、新たに生まれたダンジョンの調査で兵士達が頻繁に往復しているだろうし、お仕事がやりにくくなるはずだ。
そんな考えを逆手に取って王都の近郊に潜む野盗も時折出るらしいが、何か仕出かすと王国騎士団が出動してすぐに捕まるらしい。
学園に入学するために王国東部から旅をしてきた際、大規模な野盗団に四回襲われたが、アレはレアケースだ。野盗団の規模も襲ってくる頻度も、普通はもっと大人しいものである。
つまり、今回こそが普通の旅路だ。旅路といっても目的地まで片道二時間もかからないが。
「惜しいな……」
「何が惜しいんだよ?」
御者台に顔を出していた透輝が尋ねてくる。そのため俺は周囲を索敵しながら答えた。
「野盗の群れが襲ってきたら透輝一人、放り込んで戦わせるんだけどなって思ってさ」
「野盗の群れ!? しかも俺一人!?」
目を剥くようにして驚く透輝。いやぁ、良いリアクションだ。
「ははは、冗談だ。さすがに一対一で戦わせるさ」
「野盗と戦うところは本当なんだ!?」
そこは驚くところじゃないぞ? 事前に通知しているだけまだ優しいだろ? なんて、そんなことを考えながら透輝へ視線を向ける。
「それで? 客車の中にいないのか?」
学園から借りた馬車は割と大きく、御者台に二人、キャビンは荷物を積んだ状態で六人は座ることができる。そのため透輝はキャビンでくつろいでいてもいいんだが。
「いやほら、エリカもレッドカラントさんも面識がね? エリカは話しやすいけど、レッドカラントさんはなんか警戒されているというか、嫌われているような感じが……ね?」
いや、ね? って小声で言われても困るんだが。馬車の中に聞こえないよう注意しているんだろうけど、同意を求められても困るよ?
でもたしかに、エリカは持ち前の明るさで透輝が相手でも元気良く接するが、スグリは透輝が言うようにどことなく溝があるように感じられた。
おかしいなぁ……『花コン』だと初対面の時から透輝に対して好感度が高いんだが……。
(なんて、目を逸らしてもいられないか……以前透輝について話をした時も反応がおかしかったしな)
俺が透輝と決闘をして負けたことに対し、思うところがありそうだったからな。嫌うというか、何やら複雑な感情がありそうだ。透輝と交流を深めることで新しいアイテムが錬金できるようになるかどうか、この機会に確認したかったんだが。
(ゲームならともかく、現実だとどうやって錬金のレシピを思いつくんだろうな……透輝が自分がいた世界の話をして、それをもとにスグリが閃くとか?)
いくらスグリが錬金術の天才でも、さすがに無理があるだろう。いや、それができるからこその天才なのかもしれないが……透輝だって見様見真似で『二の太刀』を使ったし、天才はそういうことができるからこその天才なのかもしれんがね。
「と、とにかく、キャビンの中が気まずくてこっちに来たんだよ。なあミナト、御者台変わってくれないか? ナズナさんなら俺も話しやすいし」
「透輝、何故若様が呼び捨てでわたしがさん付けなの?」
「え? だって、剣を教わったし……なんかさん付けの方が合いそうだから?」
それなら俺も剣を教えたはずだぞ、透輝。でも敬称をつけられるよりも今の方が気が楽なのはたしかだ。
ナズナはため息を吐くと、手綱を操りながら透輝へ視線を向ける。
「若様をさん付けにしてわたしを呼び捨てにしなさい。いいわね?」
「えー……ミナトもそっちの方が良かったのか? ミナトさん?」
「俺もナズナも呼び捨てにすればいいじゃないか」
舐めた態度を取られたら様付けだろうとなんだろうと受けて立つのが貴族という生き物だが、透輝の場合は生まれた世界が違うんだから仕方がない。それに、弟子兼友人に呼び捨てにされて怒るような性分じゃないよ、俺は。ナメたら畳むけど。
(しかし、俺やナズナはともかく、思った以上にスグリと透輝の相性が悪そうなのが気になるな……)
スグリルートに進んでほしいわけではないが、あまりに仲が悪いとそれはそれで気になる。スグリには色々なアイテムを錬金してほしいし、透輝と接して少しでも多くの錬金レシピを閃いてほしいところだ。
(ま、まあ、大丈夫……だよな?)
一抹の不安を抱きつつ、馬車は街道を進んでいくのだった。




