第187話:王城からの依頼 その2
「え? ミナト君達とダンジョンに行ってちょうさ? うん、いいよー!」
エリカの方から来たため頼んでみると、なんともあっさりと承諾されてしまった。本当に大丈夫なのかと確認すると、文化祭ではできることがないから暇だったらしい。生まれも育ちも王都の一般家庭のため、錬金術も芸術も苦手どころか触れたことすらなかったのだ。
(とりあえずこれで範囲攻撃できる人材を確保できたな。エリカの場合味方を巻き込んで攻撃する可能性があるけど、その時は俺が『一の払い』で斬って無効化すればいいだろ)
少し扱いが難しいが、上級魔法にも劣らない威力で範囲攻撃も可能と思えばお釣りがくる。まあ、基本的にそんな威力で攻撃する機会は少ないんだけどな。一応の保険だ。そこまで高威力でなくとも、下級から中級程度の威力で範囲攻撃してもらえれば十分である。
「あのー、ししょー? 俺に選択権は……」
「師匠命令だ。実戦経験を積みに行こうじゃないか」
「あ、うん、ないんだな。わかってた」
調査に行くダンジョンは小規模がほとんどだが、出現するモンスターが変わればこちらの戦い方も変わる。剣もそうだけど、モリオンに習った魔法を実際に使ってみるチャンスでもあるのだ。
今のところ透輝がまともに使えるのは『火球』ぐらいだけど、的に向かって撃つのとモンスター相手に撃つのとでは雲泥の差がある。
(実戦で魔法を使ってたら『光弾』も使えるようになるかもしれないしな……状況が許すのならメリアに同行してもらうのも手だったんだが……)
オレア教の最終兵器であるメリアはそう簡単に学園から離れるわけにはいかない。『花コン』だと生徒会メンバーになるとダンジョンにも行ってたけど、現実では気軽に外出できる立場ではないのだ。
(……まあ、本人が強く望むのならオリヴィアさんも許可を出しそうな気がしないでもないけどさ)
さすがにダンジョンのちょっとした調査にメリアを連れ出すのは過剰戦力もいいところだからやらないが、将来的には誘ってもいいかもしれない。大規模ダンジョンの攻略が必要になればメリアの力は必須だろう。
ただ、『花コン』でなら大規模ダンジョンすらも攻略の対象だが、現実でそれをやるには中々厳しい。戦力的にもそうだが、ダンジョンを破壊した後のことを考えると難しいのだ。
大規模ダンジョンは他国との国境にまたがっている。いや、またがっているというか、侵食しているというべきか。それがいきなり消えた場合、大規模ダンジョンだった場所を巡って陣取り合戦が始まるだろう。
大規模ダンジョンが誕生して既に幾百年。大規模ダンジョンが消えた場合、その土地は自分の国の土地だったと主張してぶつかり合うこと間違いなしだ。
その場合、急速に負の感情が溜まって『魔王』が発生するに違いない。つまり大規模ダンジョンを破壊するのは色々な面からアウトだ。
破壊するとすれば、最早他国に気を払う余裕がなくなった時ぐらいか。あるいは『魔王』が発生する場所を特定させるためぐらいだろう。
大規模ダンジョンを破壊し、『魔王』の発生に合わせてダンジョンを取り囲んで集中攻撃を加える……いや、無理か。取り囲むには大規模ダンジョンが広すぎる。それでも人類側の戦力を結集してぶつかることができる、という意味ではやる価値はあるか。
(それで戦力を集中した結果、別の場所で『魔王』が発生して人類が詰むパターンもあり得るけどな。『魔王の影』が一体でも生き残っていたら十分あり得るし、大規模ダンジョンを破壊するメリットがないか)
『花コン』はゲームのため、大規模ダンジョンに行けばそれまで戦ったモンスターよりも強いものが出現し、経験値やお金を稼ぐことができ、拾えるアイテムも良いものになるという利点がある。
そしてエンディングによっては大規模ダンジョンを破壊する必要があるため、ゲームのプレイヤーとしてなら攻略する価値もあるだろう。しかし、現実だと難易度に見合ったメリットがない。
(結局、人間側にできることは生まれるダンジョンを潰しつつ負の感情の発生を抑えて、稼いだ時間で打開策を探すことぐらいか。オレア教が頑張ってるけど、それも終わりが迫ってるわけで……王族や貴族も兵を鍛えて迎撃態勢を整えているけどさ……)
いかん、そんなことを考え出すと気分が落ち込みそうになる。俺は俺でできることを、透輝を鍛えて『魔王』や『魔王の影』の対策を進めることを頑張らなければ。
「ミナト? なんか顔色が悪いというか、怖い顔をしているというか……大丈夫か?」
そうやって俺が考え事をしていると、透輝が心配そうに尋ねてくる。エリカも首をかしげて俺を見ており、それに気付いた俺は苦笑を浮かべた。
「少し考え事をしていただけさ。ダンジョンの調査で君に何をさせようかってね」
「お、お手柔らかにお願いします……いやもう本当に。無茶ぶりはやめてね? ね?」
両手を合わせて拝むような仕草をしながら頼み込んでくる透輝だが、その仕草、この世界じゃ通じないからな? 何を考えているかは伝わるだろうけどさ。
そんなわけで透輝とエリカの参加が決まったわけだが、錬金術関係において非常に頼りになるスグリに関してはまだ参加の有無を確認できていない。生徒会室から錬金工房へ直行したものの、スグリがいなかったから後回しにしたのだ。
今すぐに確認する必要もないため、とりあえず透輝の訓練をしてからにしよう。
エリカが『召喚器』の扱いについて練習するつもりみたいだから丁度良い。威力を抑えて突風を起こしてもらい、その風の中で俺と模擬戦だ。吹き飛びはしないけど体勢を崩しかねない風速に調節することで、エリカの訓練にもなるだろう。
調節にミスって風の刃とか竜巻とかが飛んで来たら? 透輝にとっては危険を察知して回避する良い訓練だ。
そう考えて、早速訓練を始めるのだった。
そうやって透輝やエリカと訓練を行い、秋の季節ということで日が落ちて真っ暗になったら切り上げて俺は生徒会用の錬金工房へ向かう。
この時間ならスグリがいるだろうと判断してのことだったが、予想通りというべきか、錬金工房にはスグリの姿があった。
(ん? 今日は何もしてないのか)
だが、スグリはソファーに座って何やら落ち込んだ様子である。普段以上に背中を丸めてため息を吐きそうな顔をしており、それを見た俺は首を傾げながら近付いた。
「スグリ? 何やら顔色が悪いようだがどうした?」
日が暮れたこともあり、錬金工房の中はランプが照らす明かりだけである。それでもわかるぐらいスグリの表情が優れなかったため声をかけたが、俺が入室したことに気付いていなかったのか、スグリは体が浮き上がるほどにソファーの上で飛び跳ねる。
「ひゃっ!? えっ? あ、み、ミナト様!? やだ、ご、ごめんなさい、全然気づかなくて……」
「お、おう。それは構わないが……驚かせたようですまないな」
あまりの驚きぶりにこっちの方がビックリしたわ。意図したわけじゃないけど、驚かそうとしたら相手のリアクションが大きすぎて逆に驚かされたような気分だ。
「こ、こんな時間にここに来るなんて、珍しい……です、ね? その、えっと、わ、わたしに何かご用です、か?」
スグリは目線を彷徨わせるように左右を見ながら尋ねてくる。普段以上にオドオドとしたその仕草に疑問を覚えた俺は、失礼にならない程度にスグリの様子を観察した。
両腕を持ち上げて胸の前に置き、人差し指同士をつつき合わせるようにしながら上目遣いで見上げてくる。ただまあ、前髪がぱっつんで瞳が隠れており、前髪の隙間から覗き見るような感じになっているが……どこか不安そう、か?
(俺に対する不安じゃないな。どちらかというと距離は近い……でもそれはそれとして何か不安に思うことがある、と)
問いただせば答えてくれるだろうか? いや、俺が相手だとスグリの性格的に答えないし、誤魔化すな。そうなると俺相手だと答えられない問題を抱えているって考えるべきか。
(俺と親しいからクラスメートに何かと聞かれていたっけか。それがエスカレートしている……とか?)
ふむ、と内心だけで推測する。
自惚れではなく単純な事実としてだが、俺は一年生の中でもトップクラスの知名度がある。辺境伯家の嫡男ってだけでも有名になるし、入学前の実績、入学後の決闘騒動、それにこの前の武闘祭での優勝と、名前が売れない方がおかしいだろう。
スグリはそんな俺が直々にスカウトして生徒会に入ってもらい、普段から接する機会がある相手だ。
これでスグリが自身の能力に見合った強気の性格なら何も起きなかったかもしれないが、錬金術以外の部分に関しては気弱なのがスグリである。周囲からの扱いがまずいものになっている可能性がある、か。
そうなると距離を離せば良いのかというと、ことはそう単純でもない。適切に対処しなければ余計に問題になるだろう。
(うちの派閥の生徒を使って手を回すにしても限度がある……というか人間関係はどう変化するかわからんからな。スグリを調査に連れ出して大丈夫か?)
力は借りたいが、それが原因でスグリが苦境に追い込まれるのは憚られる。いや、俺の推測が的外れで、単純に今日は体調が悪いだけ、みたいな可能性もあるのだが。
(うちの派閥の生徒で錬金術が得意な子を連れて行って……こう評価するのは駄目なんだろうけど、スグリと比べるとどうしてもなぁ……)
能力が突出しているスグリと比べ、他の生徒は団栗の背比べだ。そのため調査に駆り出すには不安が残る。かといって俺の予想が正しいなら……なんて考えた時、先ほど参加が決まったエリカの笑顔が思い浮かんだ。彼女なら、あるいは。
「実は王城のネフライト男爵からダンジョンの調査に関する依頼が回ってきたんだ。出現するモンスターに変化がないか、ダンジョン内に生える薬草などの植生に変化がないか……そんなことを調べるんだけど、錬金術に関しては君が一番優れているから手を借りたくてね」
俺がそう言うと、スグリの前髪で隠れた瞳が僅かに揺れた。大きな喜びと……僅かな不安、それと期待だろうか。
「えっ……それは、その……み、ミナト様と二人きりで、ですか?」
「いや、他にも同行する生徒がいるんだが……」
さすがに二人きりではないよ、と苦笑する。
「俺の従者であるナズナ、剣を教えている透輝、それと君のクラスメートであるエリカなんだが」
そう言いつつ、俺はスグリの反応を見る。
スグリがどんな状況に置かれているかは推測でしかないが、エリカは性格的にスグリに対して好意的、悪くとも中立のはずだ。
スグリと同じく王都の生まれで、王都で育ち、天真爛漫な性格のエリカならスグリも拒絶はしないと思う。
その上でエリカは強い。本人にそのつもりはなくとも、友人に勧められて出場した武闘祭でベスト8まで勝ち進んだのだ。それも学園内での最強を決める学年不問条件不問部門でのベスト8である。
エリカが振るう『召喚器』の威力は知れ渡ったし、エリカに出場を勧めた友人に悪意があった場合、今頃は手の平を返していることだろう。
今回の調査でエリカと仲を深めてくれれば、技術科におけるスグリの扱いも良くなるはずだ。あとはうちの派閥の生徒に手を回しておけばどうとでもなる。
(問題があるとすれば、スグリにちょっかいを出しているのがうちの派閥の生徒だった場合だが……)
さすがに俺と親しくしているスグリに手を出す命知らずはうちの派閥にはいないと思う。いたとすればさすがに気付くし、俺よりも先にモリオンが動いてそうだ。そして俺が気付く前に派閥から追放されていそうである。
「あ、エリカちゃんですか……えと、エリカちゃんなら大丈夫……です……他の人はちょっと、よくわからないですけど……」
「ということは、参加してもらえると? 一週間以上かかるかもしれないけど、大丈夫かい?」
「……はい。その、ミナト様がいらっしゃるのなら……」
そう言って、もじもじと視線を逸らすスグリ。
それを見た俺は、作った笑顔を浮かべて頷く。
助かるよ、スグリ。本当に助かる――なんて考えて、痛む胃から目を逸らした。




