第183話:魔法の訓練
武闘祭も終わり、普段の生活が戻ってきた十月の第二週。
俺は放課後になると普段通り透輝と共に第一訓練場で訓練をしていた。以前から予定していた通り、モリオンに頼んで魔法の訓練を始めたのである。
「うおおおおおおぉぉ……魔力……魔力ぅ……」
透輝は目を閉じて両手を前に突き出し、唸るような声を上げている。
魔法を使うための前段階、魔力を感じるための訓練だ。ただし、透輝ならすぐに魔力の扱いもできると思っていたが、さすがに初日ですぐには無理なのか時折ポーズを変えながら必死に魔力を感じ取ろうとしている。
(うーん……たしかに『花コン』だと主人公の性別によって得意分野が変わるけど、現実でもそうなのか……)
『花コン』で主人公の性別を選ぶ際、男性を選ぶと剣術が、女性を選ぶと魔法が成長しやすいステータスに変化する。
ただし、男性を選んでも魔法は覚えられるし、女性を選んでも剣術を磨くことは可能だ。あくまで得意なのがどちらかになるのであって、訓練などで稼いだポイントを使って自由に魔法や技を習得できるため、好みの形で育成することができる。
(その点から考えると透輝は魔法が苦手ってわけじゃない……はず……少なくとも光属性の魔法は最上級まで習得できる……よな?)
主人公は性別が男女問わず、光属性なら最上級まで魔法を習得できる。それ以外の属性に関しては習得に成長のためのポイントを必要とするが、光属性に関してはレベルが上がると自然と覚えていたはずだ。
(光属性だと初級魔法の『光弾』ぐらいはすぐに覚えられると思うんだが……こればっかりはやってみないとわからないか。それ以上の魔法はどうかねぇ。覚えられると滅茶苦茶便利なんだが)
初級魔法の『光弾』は闇属性の『黒弾』と似たようなもので、ダメージを与えつつ、相手が雑魚の死霊系モンスターなら二割の確率で即死する。
中級魔法の『光活唱』は味方全体を回復させつつ、全ステータスを上昇させるという援護魔法と回復魔法を合体させたような性能だ。
これが上級、最上級魔法になると味方全体の回復、全ステータスの上昇、敵モンスターへのダメージ、ボス以外の死霊系モンスターを即死させるなど、MPの消耗が大きいが効果もとんでもないものになる。
『花コン』で遊ぶ際は光属性だけだとMPの消耗が大きいため、他の属性の魔法も覚えさせて敵だけを攻撃できるようにするのが常套手段だったが……この分だと案外、先に覚えるのは光属性の魔法じゃないかもしれんね。
「はああああああぁぁぁ……魔力……魔力……」
透輝は相変わらず唸るような声を上げながら魔力を感じ取ろうとしているが……傍から見ると面白い格好だな。多分、両手を突き出して魔力というか魔法を発射するイメージを補完しているのかな? モリオンが何も言わずに見守っているし、問題はないのだろう。
そんな透輝を見ながら、俺もせっかくだからと久しぶりに魔法の練習をする。スギイシ流の技と魔法の相性が悪すぎて覚えるのが難しいが、使えるに越したことはないのだ。
(俺の『召喚器』も身体能力だけじゃなく、魔法についても強化してくれればいいんだけどなぁ……)
スギイシ流を学んだことに後悔は欠片もないが、それはそれとして魔法が使えれば対応力が更に磨かれるのはたしかだ。
スギイシ流は距離があっても『一の払い』で攻撃できるし、魔法は斬れるし、攻撃も防御も隙がない。だが、剣術である以上は仕方がないが、中級以上の魔法のように集団を一気に薙ぎ払うような攻撃はできないのだ。
一応『一の払い』で複数人を一度に斬ることはできるが、それも習熟が進んだ今だからこそできることである。魔法が使えたら複数人相手でも攻撃できるんだがなぁ、とないものねだりをしてしまうのは贅沢だろうか。
俺の『召喚器』もそのあたり融通を利かせて、魔法についても強化してくれれば非常に助かるんだが……いやうん、贅沢だな。
そんな俺の『召喚器』だが、武闘祭を終えて中身を確認すると何枚も新しいページが増えていた。
本戦の二回戦でエリカと戦った際、『天震嵐幡』による竜巻を斬った時の俺を見るエリカの絵が一枚。
本戦の決勝でゲラルドが繰り出した『水操天流』を斬った際の俺を見ていたのか、カリン、カトレア、ナズナ、エリカ、スグリ、アレク、モリオン、ジェイド、ルチル、コーラルと、十人分の絵が新しく追加で増えていた。
つまり武闘祭だけで十一ページも追加でページが増え、合計で六十九ページまでページ数が増えたわけだ。
その分、身体能力が更に強化された。これなら常に中級の援護魔法がかかっているのと大差ないだろう。そう思えるほどに身体能力が上がり、今は感覚を慣らしている最中である。
これならば更に剣技に磨きがかかるだろう。そう思えば嬉しい限りだが、魔法に関しては微塵も強化されていない。身体能力は上がっていても魔法の扱いに関して達者になるようなことはなく、相変わらず魔法使いとしてはへっぽこな俺である。
「魔力……まりょ、く……だああああああぁぁっ! 駄目だ! わかんねぇっ!」
俺がそうやって考え事をしていると、とうとうギブアップしたのか透輝が叫び声を上げた。うんうん、魔法がない世界から召喚されたんだし、いきなり魔力を感じ取る訓練を始めてもピンとこないよな。
その点、剣術は剣を振れば身についていくし、透輝なら剣の方が向いているだろうから魔法ほど苦労することはない。『花コン』を基準とするなら剣に関しては天才で、魔法に関しては秀才といったところだろう。なんだその才能の化け物。俺に才能をわけてくれ。
「テンカワ、まずは魔力を感じ取れないと魔法は扱えないんだ。好きな体勢で良いから体の周囲を覆うように存在する魔力を感じ取るんだ」
「そうは言ってもなぁ……殺気とかは感じ取れるようになったけど、魔力はいまいちピンとこないんだよな。いや、待てよ? 殺気が感じ取れるんだから魔力も感じ取れるのか……異世界すげぇな」
すごいのはお前だよ。なんで剣を教えて五ヶ月ちょいで殺気を感じ取れるようになってるんだよ。俺の場合ガキの頃から剣を振り始めて、ランドウ先生に教わって、初陣を乗り越えるあたりだから八年ぐらいかかってるんだぞ。
俺が内心でツッコミを入れていると、モリオンが人差し指を立てる。すると指の先に炎が生まれ、続いて中指も立てるとその先に水が、薬指も立てると雷が生まれる。
「魔力を感じ取って、操作して、変換する……そうすればこうやって各属性の魔法を発現できるんだ」
「うっわ、すっげぇ……ミナトもこんな感じで魔法を使えるのか?」
「無理に決まってるだろ」
思わず素で答えてしまうが、無茶を言うな。いくら初級にも満たない、ちょっとした魔法の発動だとしても三属性同時に発現できるのは学園でもモリオンぐらいだぞ。
(んー……魔法ならモリオンに教えてもらえばいいと思ったけど、モリオンは魔法に関しては天才肌だからなぁ。教える側としてはいまいち合ってないか?)
相応の努力もしているだろうが、モリオンは魔法に関して掛け値なしの天才である。魔法の威力に関してはメリアの方が上だと思うが、使える属性の多彩さではモリオンがトップだ。
ちなみに『花コン』だと威力だけなら『召喚器』を使ったカリンもトップクラスだが、この世界だとそんな兆候は見られない。『召喚器』自体は発現できるが、貴族の令嬢として振る舞うだけだ。
(回復魔法が使えるアイリス、剣も魔法も使えるカトレア先輩はまだしも、カリンを鍛える理由がないしな……貴族の御姫様を連れ出して、『召喚器』だけでもいいから鍛えるのにおかしくない理由って何かあるか?)
俺、強い女性が好きなんだ……なんて伝えたらカリンも頑張ってくれる? さすがに無理だよな? 貴族の女性としては強いというより強かな方がそれらしいし。
あと、鍛えるなら透輝が最優先で、他の人については手が回らん。俺自身の鍛錬もあるし、時間と手が足りん。一日が倍の長さにならないかな。それでも足りないか。
「テンカワからは魔力を感じるから、あとは自分で感じ取ることができれば訓練も一気に進むと思うんだが……ミナト様はどう思われますか?」
「同感だよ。問題は感じ取るまでなんだよなぁ……」
俺は剣に関しては凡才だとランドウ先生に言われたが、魔法に関しては落ちこぼれもいいところだ。錬金術に関しても才能がなかったし、感覚で物を覚える分野が全体に苦手なのだろう。剣は振っていれば自然とある程度までは覚えるしね。
物は試しにと、右手を突き出して魔力を集中させていく。剣に魔力を通すのなら慣れているから瞬時にできるが、自分の体の中で一点に集中させて魔法に変換するのって感覚が違うから苦手なんだよな。
この辺りはランドウ先生からスギイシ流を教わる際に言われたことだが、魔力の運用方法が違うからどうにもならない。スギイシ流の技を極めれば極めるほど、魔法の扱いからは遠ざかっていくのだ。魔力を集中させるだけなら得意なんだけどね?
「……………………よし、『火球』」
五秒ほどかけて『火球』を発現する。昔と比べると更に遅くなった気がするが、一応、まだ発現することができた。
「おお……ミナトも魔法を使えるんだな。いつも剣を振ってるから魔法は使えないのかと思ったよ」
「いや、その認識で大体合ってるよ。俺は下級魔法をいくつか使えるだけで使いこなせないし、実戦じゃあわざと暴発させるぐらいしかできないしな」
魔法を撃つより近付いて斬った方がはるかに早いぐらいである。『火球』で火を点けたり、『水弾』で飲み水を確保するのに使えればいい、という認識だ。
俺も昔は魔法という存在に多少なり憧れたものだが、この肉体の才能のなさを舐めてたわ。魔力はあるのに魔法が苦手でほとんど使えないってどんな罰ゲームだよ。
「そうなのか……でも魔力を感じ取ったり、少しとはいえ魔法が使えるんだろ? 何かコツみたいなものってないのか?」
「コツか……そうだな……」
一応、何かないか考えてみる。呪文を唱えて発動するようなものではなく、完全に感覚頼りのため、コレだというコツは中々ないんだが。
「まず、『召喚器』を発現する時とは感覚が違う。『召喚器』は力を込め続けるような感じだろ? 魔力の場合、まずは体の表面にある魔力を意識して操作する。で、操作して一点に集中して、そこから魔力を燃料にして魔法を発動するわけだが……」
「『召喚器』とは別……体の表面……あ、これか」
「嘘だろ?」
思わずツッコミを入れてしまった。冗談かと思ったが、透輝の顔は思わぬタイミングで歯車が噛み合ったように驚いた表情を浮かべている。
「た、多分コレかなって感覚が……でも操作……あ、意識を集中する感じでいける……いけたわ」
「嘘だろ?」
再度ツッコミを入れるが、たしかに透輝から感じ取れる魔力が動いている。そして右手に魔力を集中させていくが――。
「……で、えーっと……ここからどうやれば魔法になるんだ?」
「あ、さすがにそこは無理なのか」
このまま魔法を使えるようになるんじゃないか、なんて思ったが無理だったらしい。透輝は右手に魔力を集中させたままで首を傾げている。
「ふむ……まだ魔力の集中が甘いな。テンカワ、手の平の上に丸い魔力の塊があると思ってイメージしろ。ボールのように握れる大きさだ」
「ボール……ボール……こ、こうか?」
「そうだ。そのままボールの形を維持しながら、ボールが燃え上がるようイメージを加えるんだ」
「ボールが、燃え上がる……」
透輝は目を閉じて意識を集中する。そしてそのまま十秒、二十秒と時間が過ぎ、さすがに無理か? なんて思った瞬間だった。
「……おっ?」
透輝が声を漏らし、それと同時に手の平が燃え上がった。間違いない、魔法の発動だ。『火球』と呼べるほどきちんと発動したわけではないが、たしかに今、魔法使いとしての第一歩を踏み出したのだ。たった一日で。
「お、おおおおおおぉぉっ!? て、手が燃えてる!? あっつい! いや熱くない!? えっ? どういうこと? あっ、これが魔法か!」
透輝は自分の手を見ながらはしゃぐように大騒ぎする。うんうん、初めて魔法を使えると感動するよな。でも初日から使えるようになるとはさすがに思わなかったよ……。
(しかし、魔法の才能もあるのは良いことだけど、光属性の魔法はどうやって教えればいいんだろうな……)
光と闇属性以外の魔法に関してはモリオンが教えられるし、まずは魔法の発動に慣れるところから始めるべきだろうが。それから先、俺が望む光属性の魔法に関してはどうやって覚えさせたものか。
(……メリアに教えてもらう、か?)
モリオンでも無理なら、使える人から教えてもらうしかない。そのためにはメリアが適任だろうが、他人に教えることができるか、という面では適任とは思えなかった。
(今度訓練場に顔を出したら頼んでみるか)
それでも、頼めば案外あっさりと問題が片付くかもしれない。
俺は魔法を発動して大喜びしている透輝を見ながら、そんなことを思うのだった。




