第181話:武闘祭 その12
スギイシ流の技に関して、組み合わせて使用することをランドウ先生から教わったことはない。
だが、『王国北部ダンジョン異常成長事件』の際にボスモンスターと化したデュラハンを倒すべく、『一の払い』の要領で魔力を込めて『二の太刀』で斬るといったように、応用ともいうべき技を使ったことはこれまでにもあった。
それこそ奥義である『閃刃』が『一の払い』、『二の太刀』、『三の突き』の全てを複合させた技であり、その分だけ難易度も威力も高いのだが――。
(逆に、『閃刃』の打ち方を維持したままで『一の払い』を使えば威力が上がるんじゃないか? 『閃刃』も奥義じゃなくて技の一つだって認識ならいける……はず)
ランドウ先生と俺の差がどこにあるのか。それを考えた結果、俺が行きついたのはそんな結論だった。
この世界はゲームではなく現実である。ゲームみたいに決まった分だけHPやMPを消費して、決まった威力の技や魔法が使えるなんてことはない。
手加減しようと思えばできるし、技術で繰り出すものだから『二の太刀』や『三の突き』はHPを消費せずに使えるし、覚えたての頃と比べれば『二の太刀』も威力が上がっている。
『一の払い』はMPを使うから限界があるが、魔力の刃を飛ばすとしても威力の増減は可能だ。
つまり、これまでに覚えたスギイシ流の技には発展の余地が残されており、ランドウ先生と比べて威力が弱いということはそれを裏付けている……と、俺は見ている。
(問題は、この場でそれができるかどうかか)
飛んでくる『水弾』を切り裂きながら結論を着地させる。
挑戦せずとも、現状使える『一の払い』を連射することで強引に突破することはできると思う。剣に魔力を乗せたまま斬ることはできるため、『一の払い』を維持しつつ『二の太刀』で『水流陣』を叩き斬ればいい。
なんなら『閃刃』で防御を抜いて、そのまま踏み込んで更に『閃刃』を叩き込めば……それはゲラルドが死ぬか。
俺は観客席をチラリと見る。そしてそこに透輝の姿を見つけると、小さく苦笑した。何やら一生懸命応援しているのが見えたからだ。
(できるか、できないかじゃないな。やるか、やらないかだ。その二択ならやるしかないわな)
なあに、剣の才能は凡才でも、俺は割と本番に強いんだ。
習ったばかりの『一の払い』をリッチ相手に実戦で使えたし、できると思ったからデュラハンを『一の払い』と『二の太刀』を複合させて斬ることができた。野外実習の時の火竜だって、ぶっつけ本番で『閃刃』を使えた。
これまで練習してきたことなら多少の応用は上手くやれるんだ。さすがに透輝みたいに教わってもいないことを見て真似て本番でいきなり成功させる、なんてことは無理だろうけどさ。
「ゲラルド」
俺は二十メートルほどの距離を隔ててアリーナの中央に立つゲラルドの名を呼ぶ。発動した『水流陣』による水の壁越しだから聞こえているかはわからないが、一応は警告する。
「想像以上の強さで驚いたよ。そんな君の将来の主君として、俺も自分自身の全力を超えてみようと思う。だから……死んでくれるなよ」
俺の言葉が聞こえたのか、唇を読んだのか、ゲラルドが頬を引きつらせるのが見えた。俺はそれに一度だけ笑って顔から表情を消すと、剣を担ぐように上段へと構える。
『一の払い』を覚えて三年余り。最初は直接斬るだけで、斬撃を飛ばせるようになったらそれで技として完成だと思っていた。
だが、まだまだ上がある。あくまで推測に過ぎないが、俺は技として形にしただけで技を磨いてこなかった。もちろん技の扱いに慣れて、精度を上げてきたが、劇的な変化は想像だにしなかったのだ。
ほんの数瞬だが攻撃すべきか防御すべきか逡巡するゲラルド目掛け、大きく踏み込む。それと同時に『閃刃』を繰り出す時と同じ体の運用をしながら、普段と同じように『一の払い』で斬撃を飛ばすよう強く意識する。
ゲラルドが防御を固めるように追加で『水流陣』を使い、水の壁が二枚に増えた。それを見ながらも意識はすることなく、振り上げた剣を袈裟懸けに振り下ろす。
「っ!?」
その瞬間、僅かに剣筋がブレるのを感じ取った。手応え自体は『閃刃』を繰り出す時に近かったが、普段とは違う形で剣を振るったからか、思い描いた軌跡からほんの少しズレた形で剣を振り下ろしてしまう。
それでも、理屈は合っていた。
放った魔力の刃は剣筋がブレた分、収束が甘い。だが、それでも水の壁を一枚両断し、若干勢いを殺されながらも二枚目に到達してほぼ両断した形で霧散する。
両断したことで操作できなくなったのか、ばしゃりと派手な音を立てて水が地面へ落ちる。二枚の水の壁を突破されかけたゲラルドは小さく目を見開き、俺の顔を見て苦笑を浮かべた。
「一応、中級魔法なら突破されないぐらいの強度があるはずなんですけどね……それを二枚とも抜きますか」
「本当は二枚とも突破した上で勝負を決めるつもりだったんだけどな……この技は発展させようと思ったら想像以上にじゃじゃ馬みたいだ」
だが半分、いや、七割方成功していた。もう一度挑戦すれば今度こそ成功できる。そんな自信が湧く。
ただまあ、『閃刃』もそうだが消耗が大きい。普段使う『一の払い』と比べて魔力を何倍も持っていかれた。次で成功させないと一気に不利になるだろう。
それでも安全策に逃げるつもりはない。失敗したら負け。成功したら勝ち。なんともわかりやすくて良い、と自分を追い込む。
俺が『水流陣』を二枚まとめて両断したことで、観客席からの声援も大きさを増している。実戦ではなく試合だが、こんなに自分を追い込める機会は滅多にないのだ。
次で決める。そう決意して視線を向けてみると、ゲラルドは苦笑を深める。
「やれやれ、若様こそじゃじゃ馬ではないですか。将来は辺境伯として家臣に命令する身でしょう? そこまで強くなってどうするんですか?」
それは『魔王』のことを知らなければ当然と言える質問だっただろう。辺境伯に限らず、貴族の当主にとって必要なのは個人の武力ではない。
子爵にして騎士団長という立場に就くゲラルドの場合は相応の武力が必要になるが、俺の場合はそんなゲラルドに指示を出して動かす側だ。もちろん個人の武力があるに越したことはないが、なくても困るものではない。
武力だろうと統率力だろうと知力だろうと、必要ならそれを持つ者を家臣にすれば良いのだ。それを思えばゲラルドの疑問ももっともだろう。
「強くなるに足る理由があるのさ。今の俺なんかじゃ足りない……もっと強く、今の俺の全力を超えて強くなりたい。なんで強くなりたいか? そのままさ。強くなりたいからそうするんだよ」
ランドウ先生ほど強くなるには時間も才能も足りない。だが、せめてその影を踏めるぐらいには強くなりたい。そこまで強くなれば、『魔王』は無理でも『魔王の影』ぐらいは俺でもどうにかできるかもしれない。
俺の言葉を聞いて何をどう思ったのか、ゲラルドは困ったように笑う。そして大きく息を吸って吐き出すと、手に持つ槍の穂先を俺へと向けた。
「若様……それでは私も、いや、俺も自分自身の全力を超えるとしましょうか」
そう言うなり、これまで以上の巨大な魔力がゲラルドに集中し始める。その魔力の量と集中具合いはモリオンを想起させるもので――俺は剣を構え直しながら笑った。
「おいおい……! 上級魔法も使えるのか! 俺の代の騎士団長は前途有望だなぁ!」
「生憎と、使えるだけですがね。使いこなすにはほど遠い……だからこそここで、貴方の前で完成させてみせます!」
それはたしかな宣言だった。同時にゲラルドの周囲に『水流陣』を遥かに超える量の水が溢れ出し、しかし周囲に流れ出ることなくゲラルドを囲うようにして留まり続ける。
水属性の上級魔法、『水操天流』だ。『花コン』では敵全体に大ダメージを与えつつ、三ターンの間速度を低下させる効果を持つが……なるほど、水を操るってわけだ。
それでいてバチバチと音を立てる『紫電征槍』によって水に電気が宿り、触れるだけで感電する凶器へと変化させた。
まあ、俺の身長を遥かに超える高さの水の塊だ。直撃すればそのまま飲み込まれて窒息するか、水の圧力だけで全身の骨がバラバラになるか、観客席の壁に叩きつけられて圧死するか。
いやはや、試合だっていうのに殺気に溢れていて大変けっこうなことだ。こっちも全力だから人のことは言えないしな。
(これで失敗はできなくなったな。うん、いいじゃないか。腹も据わる。成功するか失敗するか、勝つか負けるかだ……なら、やるか)
意識して息を吸い、吐き出す。そうして気息を整えたら構え直した剣を強く意識する。
『瞬伐悠剣』の能力は使わない。あくまでスギイシ流の技を、剣技を使うだけだ。ただでさえ磨き直し真っ最中な『一の払い』はじゃじゃ馬なのに、そこに『瞬伐悠剣』の力を上乗せしたら確実に失敗するだろう。
かつて、ランドウ先生が『俊足の指輪』のようにステータスを強化する装備アイテムを嫌った理由が、今ではよくわかる。己の感覚と実際の身体能力が異なれば、できる技もできなくなるのだ。
その点、俺の本の『召喚器』は通常の援護魔法と異なり、上がった身体能力こそが俺自身の身体能力だと認識できている。そのためズレはなく、そこに追加で上乗せしなければ今のところは大丈夫だ。
『召喚器』は使用者の魂の具現だとか言われているから、これでズレがあったら大惨事だが。
再度息を吸う。意識を集中する。轟音のような観客の歓声も、ゲラルドの『紫電征槍』が鳴らす雷の音も、全てが消えていく。
意識するのは両手で握った相棒の感触と、長年ひたすら体に叩き込んできた数々の動作の複合。そして遅まきながら、これまでにランドウ先生が教えてくれた数えきれない動きの中に答えが混ざっていることに気付いて内心で苦笑を一つ。
そんな苦笑も消えて、集中が極限に達して。
「いくぞ」
「いきます」
宣言は同時だった。
俺が前に踏み込み、ゲラルドが槍を振るう。まるで巨大な蛇のように蛇行し、俺を飲み込んで押し潰さんと濁流が迫る。
最初に覚えてから、早三年。これまで自分なりに磨いてきたつもりの技を、一気に昇華させる。
俺は上級魔法を撃たれようと、斬ろうと思えば斬れる。ただしそれは直接剣で斬ればの話で、剣から飛ばした斬撃では威力を弱めるのが精々だった。
その殻を今、破る。
スギイシ流――『一の払い』。
今度は剣筋がブレることはなかった。袈裟懸けに振り下ろした剣の先、射線上に存在した水の塊を両断し、斜めにズレて地面に崩れ落ちる。
弾けた水がかかるが、水も電撃も全てまとめて斬れたのだろう。痺れることはなかった。
「……ふぅ……これまでで一番手応えがあったんですがね……まさか、一撃で両断されるとは」
ゲラルドが槍を下げ、呆れたように言う。話していた通り、『水操天流』の扱いに関してはまだまだ未熟で集中力を要したのだろう。濃い疲労を滲ませるように肩で息をしている。
「はは、はぁ……今のを破られたのなら、最後まで足掻くのは潔くない、ですね……」
それでもどこか、満足そうな顔だった。ゲラルドは手に持っていた槍を消すと、膝から力が抜けたように尻もちをつく。
「……俺の、負けです」
それは降参の宣言だった。それを聞いた俺はゲラルドと同じように荒い息を吐き、剣を鞘に納める。
「そこまで! 勝者! ミナト=ラレーテ=サンデューク君!」
学年不問条件不問部門の優勝を告げる審判の声が響き、観客からは爆発的な歓声が上がるのだった。




