第17話:学んで覚えて練磨して
色々とあって凹んだ俺だったが、時間の進みは待ってはくれない。
ランドウ先生との訓練や様々な勉強にこれまで以上に精を出し、構って欲しがるコハクとモモカを甘やかし、ナズナの扱いに気を付け、日々を過ごしていく。
そうして日が経っていく内に、結局できることをできる限り頑張るしかないよな、という結論に落ち着いた。ただし、自分でも自覚できるぐらいには物事への取り組みが熱心になったと思う。
別にこれまで手を抜いていたわけではない。学ぶことの大切さを改めて実感したというか、以前よりも更に面白くなったというか。そんな感じだ。
「今です若様! 右に一回、ぐるっと回すんです!」
「こ、こうか?」
「違います! それだとぐるるっ、です! 勢いよく回し過ぎです!」
でもね、何事にも限度があるとも思えたんだ。
今、何をしているか? それは前世にはなかった錬金術の勉強と実践である。
――錬金術。
前世だと化学的な手段を使って卑金属から貴金属を精錬したり、漫画やゲームの題材になったり、色々な意味で有名な分野である。
『花コン』ではゲームでお馴染みのポーションを作ったり、作りたい物の材料を放り込んで完成形に変化させたり、石鹸や洗剤などの日用品を作ったり、変わった物では髪の染色剤やアクセサリーを作ったりと、中々にファンタジーなことができるのが錬金術だ。
何を成すにも幅広い知識があった方が有利だと感じた俺は錬金術の勉強も頑張っているけど、錬金術師というのは思ったよりも才能がいる職業のようだ。
以前サンデューク辺境伯家に関して調べた時、思ったよりも錬金術師の数が少なくて実力もあまり高くないって理解してはいたけど、想像以上に才能がものを言うのが原因だったらしい。
俺に錬金術を教えてくれているのは、サンデューク辺境伯家で召し抱えている錬金術師の中でも一番実力がある女性だ。王立ペオノール学園で錬金術も教える技術科を卒業しているが、同学年だったレオンさんにスカウトされたのがきっかけで当家に来たらしい。
学生の頃の成績は上位で、代々錬金術師をやっているような家系の者を除けばトップクラスに優秀だったそうだ。
それでも実力があまり高くない、と評価せざるを得ないところが錬金術の恐ろしいところである。いや、恐ろしいのは『花コン』に登場する、錬金術を得意とするキャラの方か。そのキャラと比べると、どうしても見劣りしてしまうのだ。
(あの子、主人公と交流する度に錬金できるアイテムが増えていくんだよな……)
そのキャラは王都在住のため会うことができないが、錬金術の大家に生まれたサラブレッドである。攻略可能なサブキャラでもあるのだが、主人公が交流の相手として選ぶとその度に錬金可能なアイテムを一つ、確定で増やしてくれるのだ。
それの何が恐ろしいかというと、ゲームを始めてそのキャラと交流できるようになった最初のターンで最高品質のポーションが作れるようになったり、万能回復薬と呼ばれるエリクサーが作れるようになったりする可能性があるということである。
もちろん材料がないと作りようがないし、作成難易度が高いアイテムの錬金レシピは出現率が低く設定されている。それでも運次第では序盤から強力な便利アイテムを使えるようになるのだ。
ただし、そのあまりの便利さから交流を繰り返して好感度を上げ過ぎてしまうと、そのキャラの個別ルートに突入する可能性が非常に高くなる。
そうなるともう、まずい。そのキャラはサブキャラだからルート数が少なくて、なおかつランドウ先生みたいな特殊なグッドエンドもないから『魔王』が発生して世界が滅ぶのだ。
『花コン』のプレイヤーからは、便利さを追求しすぎた人間、欲深い人間がどんな末路を辿るのか教えるためだ、なんて意見もあったけど単純にゲーム開発者が仕掛けた罠だと俺は思うよ。
さて、話は逸れたが目下の課題は錬金術に関してだ。事前に座学で学び、知識がそれなりについたと判断されてから実践に移ったわけだが、これがまた難易度が高いのである。
現在俺がチャレンジしているのは、以前お世話になった低品質のポーションを作る前段階、必要となる材料の一つの作成である。
錬金用の釜に水と魔力がこもった特殊な鉱石を放り込み、弱火でコトコト煮込んで魔力の溶液を作るという錬金術の基本――いやさ、基本にも満たない初級者用の初歩の初歩だ。
これの何が難しいって? 俺の目から見ると透明な水を煮立てているだけだから、どのタイミングで水をかき混ぜるか、その際の強さと回数はどれぐらいか、かき混ぜる場所はどこになるのか、材料を足したり逆に減らしたりする基準をどうするのか、一切わからないのだ。
教師の女性曰く材料の色の変化だったり、煮立った際の泡の音だったり、かき混ぜた際の感触だったり、ほんの僅かな匂いの変化だったりで判断しているそうだ。
今回の実践も錬金術の才能が高い者ならすぐに理解できるし、才能が並程度の者でも慣れると水から溶液へと変化していく様がわかるようになるそうだが――。
(全然わからん……ミナトが剣術にのめり込んだのって、コレも原因の一つじゃないのか?)
剣を振っていれば筋肉が付いたり、剣の振りが速くなったりと、上達を実感する機会が多い。それと比べれば錬金術は最初の段階で才能の有無がはっきりとわかるし、作業に慣れたとしてもアイテムを作れるようになる保証もない。
まあ、ランドウ先生曰く俺の剣術の才能は凡才ってすぐにわかったみたいだし、『花コン』でも才能がないって評価のミナトが剣術に没頭し続けるのが正しかったかというと判断に困るけど。
「大丈夫ですよ若様。たとえ才能がなかったとしても、頑張り続ければ低品質のポーションぐらいは作れるようになりますから!」
そう言って俺を励ましてくれる錬金術師の女性。それを聞いた俺は、目の前の水にしか見えない物体を見て呟く。
「ちなみに、どれぐらい頑張り続ければ低品質のポーションを作れるようになると思う?」
「……えー……今のペースだと十年ぐらい、ですかね? 若様が錬金術だけに励まれるのなら一年から二年もあれば可能だとは思いますが……」
なるほど。他の訓練や勉強を続けた場合、『魔王』が発生する時期の少し手前ぐらいで低品質のポーションを作れるようになっているかもしれないのか。錬金術だけに没頭しても一年から二年かけてようやく低品質のポーションを作れるぐらいの才能、と。
我がサンデューク辺境伯家が雇った錬金術師の女性は、ある意味で教師として実に優秀だった。
(座学での勉強は続けるとしても、錬金に使う材料費と時間を考えると……さすがになぁ)
――こうして、才能がない分野に関してすっぱりと諦めさせてくれたのだから。
というわけで、才能がない錬金術より凡才の剣術に精を出す俺がいた。どんなアイテムがあるか『花コン』で知っているし、『花コン』にない知識は今後も学び続ける所存である。
「そういえば先生、質問があるのですが」
「なんだ?」
朝から剣を振り、休憩を取るタイミングで俺はランドウ先生に話を振った。訓練の最中はともかく、休憩中なら戦い方以外の疑問に対しても割と答えてくれるのである。
「ナズナの才能はどうなんですか? あの子にも手ほどきをしてくださったりは……」
俺が話題に出したのはナズナのことだ。俺がランドウ先生に戦い方を教わる際、練兵場にこそいるが離れた場所で兵士に手ほどきを受けているのだ。それが何故なのかと疑問に思って尋ねると、ランドウ先生は遠くで剣の素振りをしているナズナをチラリと見る。
「あの娘は剣の才能自体はそこそこあるんだが、適性が全くねえんだ。正当な剣術を学んだ方が強くなるだろうよ」
「適性とは?」
一体何のことだろう、と首を傾げる俺。するとランドウ先生は自分の頭を指で叩く。
「俺の戦い方はなんでもありだ。普通の剣術でも殴る蹴るは当然あるが、俺はそれ以上になんでも使うしどんな状況でも戦えるよう訓練をする。だが、あの娘は頭が固い。だから向いてねえんだよ」
「あー……」
『花コン』でも直情径行で猪突猛進な感じだったわ。そう考えた俺が納得したような声を漏らしていると、ナズナを見ていたランドウ先生は小さく肩を竦める。
「魔法の才能もなさそうだし、攻撃の意識も薄い。剣と盾を持たせて防具で固めて、要人の護衛に徹する……それが一番向いているだろうな」
すげえ、まさに『花コン』でのナズナの適性そのまんまだわ。それを見るだけで理解できるあたり、ランドウ先生の戦いに対する才覚だけでなく見る目までもが突き抜けているのを感じる。
「あと、俺が使う技の中には魔力を使うものもある。その点ミナト、お前は合格だ。あのナズナって娘だと足りねえな」
「俺、魔法苦手なんですけど……魔力自体は足りるぐらいあるんですね」
弟であるコハクは既に魔法を使えるのに、俺はまだその前段階で足踏みをしている状態だ。それでも辛うじてランドウ先生の御眼鏡に適ったらしい。
「俺がお前の弟の魔法を斬ってみせただろ? 武器を魔力で覆えばああいうこともできるんだよ」
平然と言っているけど、魔法を剣で斬るのはとんでもない芸当だったりする。
斬ろうと思っても普通は刃を当てた時点で魔法が効果を発揮するのだ。
たとえコハクの未熟な魔法だろうと、飛んできた『火球』を斬った時点で爆発なり炎に巻き込まれるなりするはずなんだが……まあ、ランドウ先生だしな。将来『魔王』を斬るかもしれない人だしな。未熟な魔法を斬るなんて飛んでいる蠅を斬るぐらいの感覚なんだろう。普通に難しいか。
「さて、休憩は終わりだ。剣を構えろ」
「はいっ!」
そうして今日も俺はランドウ先生にボコボコにされながら一日を送るのだった。
だが、出会いがあれば別れもあるもので。
ランドウ先生に師事するようになって半年。子どもからすれば非常に長いが、大人からすれば子どもより短く感じるであろうその期間を経た日のことだった。
それまでダンジョンの情報があれば数日留守にすることがあったランドウ先生だったが、サンデューク辺境伯家の領内にあるダンジョンや冒険者ギルドからの情報をもとに、近隣にランドウ先生が求める物がないと判断すると旅立ちの準備を始めたのである。
さすがに大規模ダンジョンに関する情報は多くないが、他の中規模や小規模のダンジョンに関しては粗方情報が集まった。その結果、大規模ダンジョンに挑むことを決めたらしい。
これまでにもいくつか『召喚器』と思しきアイテムが宝箱から見つかっているようだが、かつての想い人の『召喚器』とは似ても似つかず、ランドウ先生が留まる理由がなくなってしまったのだ。来た時も突然ならば、旅立ちも突然なのがランドウ先生らしい。
「ミナト、俺は東の大規模ダンジョンに行ってくる。お前も来るか?」
「それって先生はともかく、俺は死にに行くようなものじゃないですか」
そして、辺境伯家の嫡男を大規模ダンジョンっていう危険地帯に連れていこうとするランドウ先生がそこにいた。嫌ですよ先生ったら、剣の腕は天下一品なのに冗談が下手なんですから……目が本気だけど冗談ってことにしておこう。
「さすがに冗談だ。小規模ダンジョンには放り込もうと思ったが、レオンに恨まれるからな」
そう言って先生は口の端を吊り上げて笑う。良かった、本当に冗談だったんだ。その後の言葉は聞かなかったことにします。ほら、見てくださいよ。それまで話を聞いていたナズナがギョッとした顔になって、俺を連れて行かせまいとしがみついてきてますから。
そんな俺とナズナを見てどう思ったのか、ランドウ先生は目を細めてじっと見つめてくる。
「今回教えることはこれが最後だ」
「はい」
この人がいる生活にも慣れて、ある意味当たり前になっていた日々が終わる。それを察した俺はナズナの肩を掴んでそっと引き離すと、ランドウ先生の目を真っすぐ見つめ返した。
「寝ている時、飯を食っている時、クソや小便を垂れている時、風呂に入っている時、女を抱いている時……っと、最後はまだ早いとして、人間、どう気を付けても隙だらけになる時がある」
どんな教えかと思えば、少しリアクションに困るものだった。もしかするとナズナがしがみついてきたのを見て教える気になったんだろうか?
「それでも隙をなくせるよう、普段から意識するようにしろ。もしもこの教えを思い出すようなことがあれば、それはお前の本能が危険を察知しているってことだ。この半年でそれができるぐらいには仕込んだつもりだからな」
そう言って、本当に珍しいことにランドウ先生が膝を折り、目線の高さを俺と同じものへと変える。そして不器用そうに笑うと、右手を伸ばして俺の頭をガシガシと撫でてきた。
「俺には自分の剣の腕を磨く時間を削ってまで弟子を取る意味が理解できなかったが……まあ、お前に剣を教えるのは存外、面白かったぞ」
「…………はい」
そんな、まさかの言葉に俺は返答に詰まる。まるで今生の別れのような雰囲気だったからだ。
「教えることはまだまだたくさんあるが、お前の体は日々成長する。背が伸びたり筋肉がついたり……ま、色々とある。教えた通りのことを毎日こなしていけば、自然と上達していくだろう」
「そう……なんですかね?」
「おう。あとはしっかり飯を食って、しっかり寝ろ。時間が空けば様子を見に来るつもりだが……俺にはやるべきことがあるんでな」
そう言うなりランドウ先生の雰囲気が鋭いものへと変わる。半年前ならば怖いとしか思わなかっただろうが、慣れた今では頼もしさすら覚える。
だが、この世界が『花コン』と全く同じように進んで行くのなら、ランドウ先生が大規模ダンジョンに挑んでも求める物は入手できない。
彼の想い人の形見である『召喚器』は『花コン』で登場するが、それはつまり、まだまだ先の話だということだ。しかも主人公の性別を女性にしてランドウ先生の好感度を一定以上に上げ、なおかつ条件を満たすことで出現する特殊な中規模ダンジョンに挑まなければならない。
それを伝えるか? いや、伝えたところで証拠はないし、本当に『花コン』の通りに進む保証もない。そもそも、進むとしても女性の主人公が召喚されなければ意味がない。
(それに、これから大規模ダンジョンに挑むことで更に強くなるんだろうしな……)
わざわざ大規模ダンジョンに挑むということは、そういうことなのだろう。パエオニア王国にはサンデューク辺境伯家が領有するものの何倍、何十倍ものダンジョンがあるのだから。
『花コン』の舞台までまだ年数があり、それまでの期間がランドウ先生の修業期間だと思えば邪魔をするのも憚られる。サンデューク辺境伯家に滞在したことで腕が落ちたかもしれないが、初めて会った時の危うさが多少とはいえ鳴りを潜め、顔色も良くなったように思えた。
それに加えて、『花コン』でもランドウ先生はダンジョンに挑んで手に入れた情報やアイテムをサンデューク辺境伯家へと渡し、その見返りとしてパエオニア王国各地にあるダンジョンの情報を集めてもらっている。そうすることで効率良く目的の代物を探そうとするのだ。
だから、ここで休む機会を得たのは悪いことではない、と思う。
「長年溜まっていた疲れも抜けたし、お前に剣を教えて良い復習にもなった。レオンからも大規模ダンジョンに挑む許可をもらったしな。ここの領内のダンジョンにちまちま挑むより、ほとんど手つかずの大規模ダンジョンに挑んだ方が効率もいいだろ」
そんな俺の心情を見抜いたわけではないだろうが、ランドウ先生はそう言って笑う。
それは、この人もそんな風に笑えるんだな、なんて思える顔だった。もちろん満面の笑みなどではなく、本当に小さな、口の端を吊り上げるだけで目は笑っていないけれども。
――俺には、たしかに笑顔に見えた。
「じゃあな、ミナト。見に来た時に腕が落ちてたら本当にダンジョンに連れて行くから、サボらず励めよ」
そう言って俺に背を向けて歩き出すランドウ先生。既にレオンさんとの別れは済んでいるのだろう。それでも屋敷に向かって一度だけ手を振ると、振り返ることなく背中が小さくなっていく。
思わぬ方向に転んだ出会いだったが、悪いことではなかった。最後の最後に冗談とは思えない言葉を残していったが、それもまた、ランドウ先生らしいと思う。
大規模ダンジョンに挑むのなら滅多にこの屋敷を訪れることはないだろうが、ランドウ先生なら本当にいつか、ひょっこりと様子を見に来るかもしれない。
(……自主訓練、しっかりとやろう)
毎日欠かさず、体の成長に合わせてしっかりと励もう。俺はそう思った。
――まさか本当に時間が空けばランドウ先生が様子を見に来るなんて、この時の俺は思わなかったが。