第176話:武闘祭 その8
武闘祭の二回戦が終わると、時刻は昼前。お昼の休憩に丁度良い時間になる。
休憩を取ったらある意味で武闘祭の本番、四カ所に分かれて試合をしていたこれまでと違って一組ずつでの試合となる。
これまでは大まかながらに観客から向けられる視線も歓声も四分割されていたが、これからはそうではない。一万人を超える観客からの視線が、歓声が、その全てが向けられるのだ。
プレッシャーに弱いタイプだと実力を発揮できずに負けてしまうかもしれない。最早一種のデバフがかかった状態で戦うようなものだ。
そんな注目の的となる準決勝の初戦。一年生の剣術部門の準決勝として行われるのは透輝対バリーという、俺としてはどっちの応援をするべきか迷う組み合わせだ。
派閥の長としてはバリーを、剣を教えた者としては透輝を応援したいところだが……うん、応援すると角が立つから、静かに見守るとしよう。
「注目の一戦ですね。東部派閥としてはバリー殿に勝ってほしいですが、ミナト様が鍛えたという意味ではテンカワに期待をします」
で、見守ろうと思ったら当然のようにモリオンが隣の席に座って話しかけてきた。いや、いいんだけどね?
「君はどちらが有利だと思う?」
「それはバリー殿でしょう。男爵家の人間として幼い頃から鍛錬を積んでいますからね。テンカワの成長ぶりもすさまじいものがありますが、長年の鍛錬を覆すのは容易ではありません」
そう話すモリオンだが、準備運動をする透輝をじっと見ながら、ただ、と言葉をつなげるようにして言う。
「ミナト様がテンカワに何を見ているのか……それ次第といったところでしょうか。私としては『召喚器』が使える条件不問部門に出場させるべきだと思いましたがね」
透輝から視線を外し、意味深に俺を見るモリオン。その口振りは俺が透輝を鍛える理由を見透かしているようだった。
(モリオンには『魔王の影』の暗躍を匂わせたし、裏事情も察する程度には情報を渡している……そこにきて俺が不自然なほどに透輝に構って鍛えているんだ。色々と見抜くわな)
アレクもそうだが、相手の頭が良いとこちらの言いたいこと、やりたいことを察してくれるから助かる。その上で俺がやることを黙って見守っているのだ。本当にありがたい。
「モリオン」
「はっ、なんでしょうか?」
俺が敢えて名前を呼ぶと、畏まった様子でモリオンが返事をする。
実家が寄り親、寄り子の関係ではあるけど、本来はここまで家臣のように振る舞う必要はない。それでもいつの間にかこういう関係に落ち着いてしまったが……情けない話だが、頼らせてもらっているなぁ、なんて思う。
「武闘祭が終われば透輝に魔法を学ばせたいと考えている。だが、俺は魔法が苦手だ。そこで君に透輝への指導を頼みたいのだが……」
「そう仰るということは、テンカワには魔法の才能があるのですね。それもおそらくは剣術と同様に破格の才能か、あるいは特殊な才能が」
魔法の指導を頼んだだけでそこまで見抜くのか。いやはや、恐ろしいな。
「断言はできないがね。ただ、俺の見立てが間違っていなければ君のお眼鏡に適うと思うよ」
「それはそれは……楽しみです」
言葉通り楽しげに笑うモリオン。いやぁ、『花コン』での性格を知っていると違和感があるけど、なんとも頼もしく、そしてありがたいことか。
(俺だと魔法は教えられないからな……いや、知識はあるけどさ。実技はもう全然駄目だし……)
昔は数秒かければ『火球』ぐらいは使えたんだけどなぁ。今だと数秒で使おうとするなら自爆覚悟で爆発させるぐらいしか無理だわ。
「それではこれより、一年生剣術部門の準決勝第一試合、一年貴族科のトウキ=テンカワ君対バリー=クローツ=アークライト君の試合を行います! 両者構えて……試合開始!」
そうやってモリオンと話をしていると、剣術部門の試合が始まった。
透輝もバリーも互いに一礼してから木剣を構え、正々堂々と向き合う。
こうして距離を取って眺めてみると、透輝の構えもだいぶ堂に入っているな。対するバリーも隙が少ない、長年積み重ねてきた鍛錬を感じさせるしっかりとした構えだ。ただ、少しばかり緊張が目立つか?
(ふむ……緊張している分を考慮しても六対四、いや、七対三でバリーが有利ってところか?)
透輝は一回戦も二回戦も序盤は押され、防御して耐え凌ぎ、相手の動きを学習して逆転勝利を収めてきた。しかし相手がしっかりと鍛錬を積んでいるほど崩すのが難しくなる。
実力差がある場合、普通は逆転勝利するには奇策を用いるなり何かしらの手段を講じるなりしなければ勝ち目は薄いが……透輝の場合、なんか普通に戦闘中に成長して勝つからな。
短時間で透輝を仕留められるだけの技量がバリーになければ、これまでの試合と同様に逆転負けを許すだろう。ただ、透輝は普段、俺と打ち合っているから――。
(おー……しのぐねぇ)
バリーも透輝が逆転勝利を収めてきたことを知っているからだろう。試合開始と同時に全力で斬りかかるが、透輝は最初から防御を固め、バリーが繰り出す斬撃を丁寧に弾いていく。
「……大した学習能力ですね。バリー殿の太刀筋をどんどん吸収しているように見えます。ミナト様ならどう対処されますか?」
「実戦なら最初の一太刀で勝負を決めるかな」
なんなら奥義である『閃刃』を叩き込む。だけどまあ、それは透輝の学習能力を知っているからこそ出せる結論だ。初対面で初めて戦う敵だった場合、出方をうかがうためにも『閃刃』は使わないだろうな。
今の透輝なら『閃刃』はおろか、『一の払い』だろうと『二の太刀』だろうと『三の突き』だろうと、スギイシ流の技を使わずとも倒すことができるだろう。普通に斬撃を繰り出して二、三手で仕留められる。
逆にいえば普通に攻めたら二、三手は凌がれる可能性があるわけで。全力で斬りかかれば一撃で倒せるとは思うが、剣を学び始めて五カ月程度のひよっこがずいぶんと成長したもんだ、と感慨深くなる。
(二、三手しのいでいる間に勝つ方法を見つけたり、急成長したり、俺に勝てる援軍が駆け付けたりしそうだけどな……)
そういうのが主人公に必要な能力じゃないか、なんて思ったけど、『花コン』だと能力が足りないと普通に死んでゲームオーバーになるか。そんなことを考えながら透輝を遠目に見る。
意識を集中しているのだろう。透輝は観客からの声援も聞こえていないようにバリーの動きをじっと見て、的確に斬撃を防御していく。その学習能力の高さこそが透輝の持ち味で、才能の破格さを証明しているように感じられた。
バリーも攻め方を変え、太刀筋を変え、少しでも有効打を与えようとしているのがうかがえる。攻め筋の豊富さ、激しさはこれまでの試合で透輝が戦った相手と比べても数段上だ。しかし、透輝はまるで、既に学んだとでもいわんばかりに的確に動き始めている。
(ただ、それにも限度があるな……相手の動きから学んで強くなるのは大したもんだが、それだけで強くなり続けるのは無理だ。それでいいのなら俺を超えるまでひたすら模擬戦をし続けるだけだしな)
それでも、今はまだ。適切な強さを持つ相手と戦うことで、相手の動きを学び取っていくことができている。
(……俺には、できなかったなぁ)
思わず苦笑するように、自嘲するように、そんなことを思いながら。透輝がバリーを上回って倒すところを、じっと見ていた。
準決勝も順調に進み、透輝だけでなくナズナも勝ち上がって決勝でぶつかることが決まったり、モリオンが相変わらず圧勝して決勝に駒を進めたりと、観客を沸かせるような試合が続いている。
そして今度は俺の番が回ってきたのだが――。
「あの……サンデューク君? 一つお願いがあるんだが……頼むから、間違っても殺さないでくれよ?」
準決勝の相手は二年生の騎士科の男子生徒だった。三年生を抑えて勝ち上がってきたあたり、たしかな実力があるのだろう。だが、何故か試合が始まる前に命乞いみたいなことをされてしまった。
「それはもちろんですが……何故そこまで警戒を?」
俺、そんなに対戦者を斬りそうな顔をしているのか? そんな雰囲気があるのか?
「いや、だって……二回戦の試合を見ていたらさすがに勝てないってわかるからな。それと、戦っている時に怖い笑顔を浮かべることがあるから……勢い余って斬ったりしないかなって……」
「斬りませんよ。さすがにそこまで未熟ではないです」
勢い余って斬るなんていうのは、透輝と初めて決闘をした時みたいに素人がやらかすことだ。俺がそれをやってしまえばランドウ先生にあわせる顔がない。次回会った時に報告したらボコボコにされるわ。
そんな会話を事前に行った、学年不問条件不問部門の準決勝第一試合。
一回戦で戦った先輩と同じく、将来の就職を見越して武闘祭に出場したのだろう。二年生の先輩は俺に勝つためというより、武闘祭を見に来た王国騎士団や各貴族のスカウト向けに自分がどの程度の腕か、何ができるかをアピールするように戦う。
(一回戦もそうだったけど、ここまで徹底しているとむしろ清々しいな……俺としては本気で戦ってほしいけど、これも武闘祭の一つの形か)
相手は手を抜いているわけじゃない。俺を相手にして本気で戦い、自分の実力を周囲にアピールしている。だが、それだけだ。何がなんでも俺を倒してやるって気迫が感じられない。勝てないなら就職に有利になるようにしようって考えが透けて見える。
(別にいいけど、その辺りの考えを見抜かれたらどうするんだろ? まあ、俺が心配することじゃないか)
これならエリカとの戦いの方が心が躍った。そう思いながら、二分ほど相手の就職活動に付き合ってから殴り倒して気絶させるのだった。
そんなわけで決勝進出が決まった俺だが、決勝での対戦相手が決まるということで控室には引っ込まず、観客席で次の試合を観戦する。
「学年不問! 条件不問部門! 準決勝第二試合! 三年貴族科ゲラルド=ブルサ=パストリス君対二年貴族科カトレア=リンド=ラビアータ君の試合を開始する! 両者構えて……試合開始!」
試合はゲラルドとカトレアの対戦だ。ゲラルドはサンデューク辺境伯家の未来の騎士団長として面識があるが、実力に関しては三年ほど前の軍役で見た範疇でしか知らず、現在の実力はわからない。もちろん立ち居振る舞いである程度の見立てはできるが。
カトレアは手合わせで戦ったこともあり、その実力は知っている。剣術と魔法、更に『召喚器』を組み合わせて戦う器用さから、学園内でもトップクラスの実力があると言えた。
(俺の見立てじゃあカトレア先輩が有利だが……ゲラルドの『召喚器』がどんなものかによるか)
俺はゲラルドが発現した『召喚器』を見る。形状は短槍で、石突から穂先までの長さは二メートルに満たない。『召喚器』だけあって鋭利かつ頑丈そうで、かつて共に戦った時は発現できなかった『召喚器』を発現できているというだけで成長したんだな、なんて思えた。
俺が決闘三昧で迷惑を掛けた時、立会で必ず発現していたがその能力は見ていない。位階は『召喚』の段階か、『活性』で多少は能力を使えるのか、それ以上か。発現して三年も経っていないと考えると『活性』かな?
そんなゲラルドと相対するカトレアの『召喚器』は蛇腹剣だ。槍と剣では間合いの差から剣の方が不利だが、蛇腹剣ならその不利もなくなる。むしろカトレアの『召喚器』の方が短槍よりも間合いが長いぐらいだ。
そのためカトレアの方が有利――そう、思ったんだが。
(……ん? アレは……)
試合が始まって剣と短槍での打ち合いが始まったが、カトレアの様子がおかしい。短槍と打ち合う度に動きが乱れ、瞬く間に追い込まれていく。
先ほどまでゲラルドが戦ってきた対戦相手には見られなかった反応だ。何かしらの魔法を使っているのか、『召喚器』の能力なのか。どうやらカトレアはゲラルドにとって隠していた切り札を切るに足る相手だったようだ。
観客席からではゲラルドが何をしているのかいまいちわからない。しかしカトレアはひどく戦い難そうにしており、距離を取って魔法での戦闘に切り替えようとしたが遅かった。
後方に下がろうとするカトレアを追い、距離を詰めたゲラルドが短槍を操ってカトレアの『召喚器』を弾き飛ばす。『召喚器』は消してもう一度発現すれば良いが、それをさせるほどゲラルドは甘くないようだった。
「そこまで! 勝者! ゲラルド=ブルサ=パストリス君!」
そのまま穂先をカトレアの首元に突き付け、勝負ありと判断した審判が勝敗を決する。それを見た俺は、事前の予測を覆したゲラルドの姿に小さく、しかしたしかに拍手を送った。
(何をしたのかはわからなかったが、見誤ったか……俺もまだまだだな)
正確に見抜くには経験が足りないか、なんて思いながら俺は苦笑する。
そうして、決勝の相手はゲラルドに決まったのだった。