第173話:武闘祭 その4
とうとう始まった武闘祭の本戦は順調に試合が行われ、透輝を始めとしてナズナやバリーが一回戦を突破し、学年不問部門の番が回ってきた。
魔法部門ではモリオンが出場したのだが――。
(実力差が大きすぎる……相手になってないな)
相手は三年生の先輩だったが、モリオンと戦うには厳しいものがあった。一応モリオンも相手を配慮して一方的に叩き潰すような真似はしていないが、真っ向から魔法を撃ち合って徐々に押し込んでいく。
見た目が派手だからか、観客達の視線もそちらへ釘付けだ。そして条件不問部門で試合を行うはずの俺が何故それを見ているのかというと、対戦相手から少し時間を欲しいと言われたからである。
本戦の一回戦ということもあってか、相手は三年の騎士科の男子生徒だ。予選で棄権した二年生と違って戦う気がある――が、どうやら魔法部門の戦いで観客の目が奪われるため、開始の時間をずらすことで注目する人を増やしたいという思惑があるようだ。
己の就職がかかっているからか、必死というか強かというか……俺は嫌いじゃないよ、そういうの。
そうやって準備を装いながら時間を潰していると、モリオンが勝負を決めた。相手が撃ってくる『火砕砲』を『水流陣』で相殺しつつ、『土槍』で相手を撃ち抜いて気絶させたのだ。ボディに一撃でダウンである。
「すまない、待たせたな」
「いえ、構いませんよ」
それを見届けると先輩がこちらへ向き直り、『召喚器』である剣を発現する。それに倣い、俺は腰元の『瞬伐悠剣』を鞘から抜いた。
「後輩相手にこう言うのも情けない話だが……胸を借りるつもりで挑ませてもらおう。火竜を倒したその剣腕、俺に是非見せてくれ。あと、できるなら倒すのに一分以上かけてくれると助かる」
「ははは……さて、それはどうでしょうね?」
就職先へのアピールのために、なんて言い放つ先輩に、俺はとぼけるように答える。本気なのか俺を油断させるための嘘なのか、いまいち判断がつかなかったからだ。
「双方、そろそろ始めてもいいな? それでは、試合開始!」
審判の教師が宣言し――俺も先輩も同時に前へと踏み込んだ。
「っ!? やっぱり油断してはくれないか!」
「動きを見ればある程度の技量は読めますからね!」
俺の油断を誘うための言葉だったんだろうけど、さすがに騙されてはやれない。互いに踏み込み、金属音を鳴り響かせながら幾度も剣を交え合う。
相手の先輩の剣術は実に正統派というか、スギイシ流と違ってなんでもありって気配がない。それでも騎士に多い、組み討ちありの実戦重視の戦い方だ。盾を使わない場合のナズナの戦い方に酷似している。
だからこそ俺としては慣れているわけで。
(『召喚器』の方はどうだ? 能力は? 位階は……『活性』段階か? 『掌握』には至ってなさそうだが……)
繰り出される斬撃の重さから、おそらくはこっちと同じで身体能力を強化するタイプの『召喚器』と見た。ただし『瞬伐悠剣』みたいに名前がわかっておらず、身体能力が強化されるとしても援護魔法と大きな差はない感じである。
もちろん、ここから能力を解放してくる可能性もあるが。
(剣の腕は……悪くない。さすがは三年生。身体能力の強化もあるから真っ当に強いタイプか)
虚実交えて次から次へと斬撃を繰り出してくるが、その全てを敢えて受け止め、弾き返していく。観客からは派手にやりあっているように見えることだろう。
ただまあ、王国騎士団のスカウトなんかがいればどんな評価が下されるか、微妙なところではある。見世物のように剣を振るっているが、その実力自体はたしかにあって、傍目からもわかる人にはわかるって感じだからだ。
(なるほど、やっぱりこの人は優勝より就職を見越して武闘祭に出てきたのか)
本戦に出場できる実力があることをアピールし、良い条件でスカウトされるのを期待しているってわけだ。
ある意味では自分の実力に対して真摯に向き合っていると言えるのかもしれない。その姿勢は剣士や騎士というよりは自分の腕を高く売り込む傭兵に近いか。
「剣だけじゃあどうにもならないか! これならどうだ!」
先輩が大きく距離を開けたかと思うと、こちらに向かって左手を突き出す。それと同時に感じたのは魔力の集中――魔法の発動だ。
放たれたのは火属性の下級魔法、『火球』である。ただし決着を狙うというよりも、俺の視界を遮るため、防御させて動きを封じるためといった感じだ。
(……乗ってみるか)
回避して間合いを詰めることもできるが、敢えて先輩の思惑に乗る。剣に魔力を込めずに『火球』を切り上げて割断することで爆散させると、爆ぜた視界の向こうで先輩が大きく左手を振りかぶっているのが見えた。
「くらえっ!」
続いて放たれたのは、木属性の中級魔法である『雷撃槍』だ。モリオンも得意とする魔法で、直撃を許せば即死することもあり得る魔法である。
「――ふっ!」
中級魔法ともなるとさすがに『一の払い』で斬るしかない。観客席に魔法が飛び込まないようアリーナの端で教師が迎撃の準備をしているけど、下手に回避すると危ないしな。
というわけで、振り上げていた剣に魔力を通し、そのまま振り下ろして飛来する『雷撃槍』を真っ向から両断する。上級魔法ならともかく、中級魔法なら一息で斬れるから問題はない。
「…………あの…………魔法って、そんな風に……斬れるの?」
先輩が呆然とした様子で尋ねてくる。魔法で迎撃されることはあっても剣で両断されるのは初めてなのだろう。それでも俺に関する情報を集めていれば、『一の払い』で魔法を斬れるとわかるはずだが。
(学年が違うから本腰入れて情報収集をしなかったのか? 別に隠してたわけでもないんだが……)
あるいは、俺が魔法を斬ることができると知っていても実際に目の当たりにすると別ということか。俺程度で驚いていたらランドウ先生の戦うところを見るとどうなっちゃうんだろうな。
俺は血振るいをするように剣を振って雷の残滓を払うと、剣の切っ先を先輩へと向ける。
「さあ、次はどうしますか?」
また魔法を撃ってくるか、それとも斬り合うか。どちらを選択するか迫ると、先輩は頬を引きつらせるようにして笑う。
「剣で挑むけど……殺さないでくれよ?」
「ご安心を。回復魔法を使える治療のための人員がいますから」
なんならアイリスも治療を手伝ってくれる。そう言って笑うと、先輩は表情を引きつらせながら剣を振りかぶり、距離を詰めてくるのだった。
「そこまで! 勝者はミナト=ラレーテ=サンデューク君!」
先輩との斬り合いに一分ほどかけ、相手の体勢を崩してから首元に剣を添えるとギブアップしたため俺の勝利となった。
審判の教師が宣言するのを聞きつつ、残心を取ってから剣を鞘へと納める。
負傷はなし。魔力の消耗も軽微で、すぐさま二回戦が始まっても問題がない。俺が剣を納めると先輩が力尽きたように尻もちをついたが、怪我を負わせずに寸止めで済ませたから疲れただけだろう。
「こ、殺されるかと思った……俺、死んでないよな?」
「死んでないですし、怪我もしてませんよ。立てますか?」
「あ、ああ……」
手を差し出して立たせると、先輩は膝を震わせながらもなんとか直立する。本当に大丈夫かな?
「し、心臓に悪かったけど、なんとかアピールもできた……はず! 対戦ありがとう、サンデューク君!」
「いえ、こちらこそ」
お礼を言われたためこちらも礼を返す。すると先輩はゆっくりとした足取りで控室の方へと去っていった。速く歩くことができないのだろう。
さて、俺もひとまず控室に引っ込むか、なんて思っていると、次の試合の出場者であるジェイドが歩いてくる。そして俺に気付くと獰猛に笑った。
「よお……サンデューク。この日を待ってたぜ。お前と全力で戦えるこの日をな」
「ジェイド先輩」
今にも殴りかかってきそうな戦意をぶつけられ、俺は思わず苦笑してしまう。嬉しいお誘いだが、今日は武闘祭だ。きちんと決められた場所で戦わなければ問題になってしまう。
「二回戦を楽しみにしとけ。首を洗って待ってろ」
そう言ってアリーナへと歩を進めるジェイド。その背中に向かって俺は声をかける。
「気持ちは嬉しいですが、油断しない方がいいですよ」
「…………」
ジェイドは俺の言葉に無言で返し、そのまま歩き去ってしまう。ジェイドとは戦ったことがあるが、今回の相手はエリカだ。俺の見立てではジェイドにとってエリカは相性が悪すぎる相手なんだが。
(結果はふたを開けてみないとわからない、か)
俺の予想が当たらず、あっさりとジェイドが勝つかもしれない。そう思った俺は向かう先を控室ではなく観客席へと変え、二人の戦いを観戦することにした。
「それでは学年不問! 条件不問! 一回戦二試合目! 一年技術科のエリカ君対二年貴族科のジェイド=ネフライト君の試合を開始する! 両者構えて……試合はじめっ!」
エリカとジェイドの戦いは、十メートルほどの距離を挟んで始まった。これは武闘祭のルールでそう定められているからで、魔法部門の場合はもっと距離を取った状態から始まるのだが、条件不問部門の場合は最初に十メートルという距離の壁がある。
「えへへ……よろしくお願いしまーす!」
「……おう」
試合開始の合図と共に、エリカは礼儀正しく頭を下げた。相手が先輩だから……いや、何も考えてないな、あれは。とりあえず元気に挨拶をしておけば失礼にならないだろう、みたいな感じか。
そんなエリカの様子に、ジェイドは毒気が抜かれたように応じる。そしてその顔に『この子どうやって倒したらいいんだろうか。女の子は殴れないし』なんて迷いが浮かび上がるのが見えた。
(――詰んだな)
俺はジェイドの敗北を確信する。卑怯の謗りは免れないかもしれないが、ジェイドの勝機は試合開始直後、エリカが構えるよりも先に速攻を仕掛けるしかなかった。
そんな俺の予想を裏付けるように、エリカが旗の『召喚器』を発現し、手甲の『召喚器』を発現したジェイド目掛けて振る。応援旗でも振るように、バサリと音を立てて。
「っな――」
そして次の瞬間、ジェイドが吹き飛んだ。バットで野球のボールでも打ったように、男子生徒の中でも体格が良いジェイドが放物線を描きながら吹き飛んでいく。
「んだぁっ!?」
学年不問条件不問部門の予選は事前に行われていたが、ジェイドはエリカがどんな戦い方をするかきちんと見ていなかったのだろう。そしてそれは、近接戦闘が主体で遠距離攻撃の手段を持たないジェイドにとって致命的なミスだった。
ジェイドは数十メートルも吹き飛ばされておきながら、きちんと足から着地して体勢を立て直す。それ自体は見事なもので、優れた身体能力を窺わせるものだ。
それでも、エリカとの距離が大きく空いた……空いてしまった。
それがどれだけ不利なことか、ジェイドもすぐさま理解したのだろう。しかしジェイドは硬く拳を握り締めると、前傾姿勢になって一気に駆け出す。姿勢を低くして少しでも風の影響を防ごうという考えなのだろう。
だが、エリカが振るう『天震嵐幡』は『花コン』の中でも数少ない上級の『召喚器』だ。主人公やメリアといった最上級の『召喚器』は特殊性が目立つが、エリカの『天震嵐幡』は最強に近い強さを持つ『召喚器』である。
今はまだ未熟で、扱いにも慣れていない。旗を振るって風を起こし、相手を吹き飛ばすだけだ。やろうと思えば『風刃』のように切り刻めるのだろうが、エリカの性格がそうさせるのか、風で吹き飛ばすに留めている。
人が一人宙を舞って飛ぶほどの暴風を手加減と呼ぶのなら、きっとそうなのだろう。余波だけで観客席の大勢に風を届け、注目せざるを得ないほどの暴力だ。
エリカに近付こうとする度に風が押し寄せ、足が地面から離れてジェイドが吹き飛ばされる。何度も地面を転がされ、時折アリーナの端、観客席の足元にある壁に激突しては立ち上がり、愚直に立ち向かっていくが何度やっても届かない。
結局、審判の教師が意識こそあるがボロボロになったジェイドに勝ち目がないと判断し、エリカの勝ちを宣言したのは試合開始から五分ほど後のことだった。




