第171話:武闘祭 その2
武闘祭の予選。
それは出場する部門によって出場者数が異なることから、本戦のトーナメントに進む十六人になるまで複数回戦うこともある。特に、俺が出場する学年不問条件不問部門は優勝すれば勲章が授与されるからか、例年だと多くの生徒が参加する人気の部門だった。
今年は例年の半分程度で、予選を二回勝ち抜けば本戦のトーナメント進出である。まあ、人気のない部門だと予選なしで本戦のトーナメントに出場できることもあるらしいから、まだ多い方か。
「予選二回戦は相手の棄権により、ミナト=ラレーテ=サンデューク君の勝利! これにて本戦に進出決定とする!」
そんなわけで予選の二回戦が始まるからとアリーナに行ったら、一回戦と同様に棄権されてしまった。
相手は二年生で、なんでも『火竜に勝てる相手に挑むのはただの自殺行為』とのことだが……一対一で火竜を倒したわけじゃないし、学園内のイベントなんだからいっそのこと棄権はなしにすればいいのではないだろうか?
結局戦うことなく予選を勝ち抜いた……勝ち抜いたで良いのかわからないが、兎にも角にも本戦トーナメント進出である。本戦では外部の観客が来るし、さすがに棄権はないだろう。
「…………」
それはそれとして、俺はやや不機嫌になりながら他の生徒の試合を見る。負けるつもりはなかったけど、勝ち負け以前に連続で棄権されるとは思わなんだ。
「あらぁ? 珍しくご機嫌斜めねぇ? ま、アナタの性格なら二戦連続で棄権されると不機嫌にもなるってことかしら?」
「……やあ、アレク」
観客席で試合を眺めていると、隣に座ってきたアレクが声をかけてくる。
道化師が武闘祭に参加してどうするの? ってことで参加を見送ったアレクだが、参加すれば良い線いくだろうに。
アレクの戦闘スタイル的に自分にバフを盛り、相手にデバフを盛っての近接戦闘だから参加するなら条件不問部門だろうな。一年生部門なら優勝を狙えるし、学年不問でも確実に本戦に進出できるはずだ。
「武闘祭というから楽しみにしていたんだがね……学園長から一度参加して優勝したら出場禁止、なんて言われて、ただでさえ少ない試合が棄権で更に減ったんだ。不機嫌というか、肩透かしをくらった気分さ」
「そうはいうけど、勝てない相手から逃げるのも立派な戦術じゃない?」
「まあ、ね。それはそれとして、お祭りっていうぐらいだから戦いたかったって駄々を捏ねているだけさ。楽しみは本戦に取っておくよ」
なにせ、予定通りというか予想通りというか、『花コン』のメインキャラ達や知り合いは皆、予選を突破しているのだから。
カトレアもジェイドもゲラルドも、そしてエリカも。予選でぶつからなかったのは運が良いというべきか。本戦の組み合わせ次第では、全員とぶつかる可能性もあった。
俺はアレクと言葉を交わしつつ、その視線をアリーナの一角へと向ける。そこでは一年生の剣術部門の予選が行われており、予選の一回戦を勝ち抜いた透輝が木剣を振るっているところだった。
「アナタが鍛えている透輝君、剣を振る姿がだいぶ様になってきたわね」
「君にそう言ってもらえると、剣を教えている者として自信がつくよ。まあ、まだまだ甘いけどね」
透輝の相手は騎士科の一年生だが、極端に技量の差があるわけじゃない。総合力で言えば相手の方が僅かに上だろう。
だが、透輝の動きに焦りはなかった。技量では劣っていても、相手の動きに容易に対応できるという不思議な状態だからだ。
「透輝君、困惑しているわよ? 普段、どこかの誰かさんと打ち合っているから相手の動きが遅く見えるんじゃないかしら?」
「そうかもなぁ……でも、目が慣れていても、隙を突くための腕がまだまだ未熟だからな。その辺を含めてトントンってところかね。あとは試合中に相手の動きから学習できれば……っと、決まったか」
アレクと雑談をしながら眺めていると、防戦に徹していた透輝がようやく隙を突いて相手の木剣を弾き飛ばし、首元に寸止めして勝利したところが見えた。
(これが本戦出場か……予選で負けたらどうしようかと思ったぞ……あとで軽く褒めて、本戦までに鍛えられるだけ鍛えないとな)
まずは予選を勝ち抜いたことを祝うとしよう。俺は褒めるところは褒めて、叱るところは叱るのだ。
ナズナも予選を勝ち抜いたし、予定通り決勝か本戦のどこかで当たってくれることを祈るばかりである。ナズナは剣だけの戦いだと本来の実力から数段弱くなるが、それでも俺と一緒に大規模ダンジョンで訓練した身だ。その辺の一年生には負けようがない。
(あとは……モリオンも勝ち抜いたか。というかモリオンが相手だと当たった生徒を心配するべきだな)
学年不問の魔法部門はそこまで出場者が多くないからか、一回勝てば本戦へ進むことができる。予選を行った者の中でもモリオンはトップクラス……というか、贔屓目なしでトップの実力があるし、当たった相手は運が悪かったという他ないだろう。
どこの生徒が光と闇を除いた全属性、それも全て中級魔法、属性によっては上級魔法まで操る天才魔法使いに勝てるんだって話だ。
モリオンに真っ向から勝つには魔法を掻い潜って近付き、近接戦闘で仕留めるぐらいしか勝ち目がない。少なくとも俺ならそうする。魔法を斬って近付くか、MPがなくなるまで魔法を斬り続けてから近付くかだ。その前に押し切られる可能性も十分にあるが、選択肢があるだけまだマシである。
しかし魔法部門は魔法を撃ち合って勝敗を決めるため、モリオンに勝つにはモリオンよりMPが多くて、なおかつ最低でも複数の中級魔法が使えないと厳しい。中級魔法が一種類しか使えなかった場合、使った魔法の弱点となる属性の魔法を使われて押し切られるからだ。
まあ、中級魔法が使えれば天才扱いされ、大体の生徒は下級魔法しか使えない学園でその条件を満たせる生徒が何人いるのかと聞かれると、答えに困るんだが。
(モリオンの腕なら学年不問条件不問部門に出場した方が良いと思うんだがなぁ……でも一年生の頃から学年不問で魔法部門に出場して、三年連続で優勝したって方が箔が付くか?)
勲章は出ないし、来年以降に魔法に関してモリオンを超えるほどの才能と実力を持つ生徒が入学してくれば実現できないかもしれないが、そんな野生の天才が出現する可能性は限りなく低いだろう。そんな新入生がいたら『魔王』が発生した際に滅茶苦茶頼りになるから助かるけども。
とりあえず、モリオンの実力なら学園最強の魔法使いという評判を容易に得られるだろうから、将来のことを考えるならアリな選択ではある。問題はそんな名声を得てどうするのかだが。
(……ま、就職の時とかに有利だしな。少なくとも王国騎士団だろうと入ろうと思えば入れるだろうし)
モリオンの行動を見ていると他のところに就職する気満々っぽいけどさ。
俺がそんなことを考えていると、不意にアレクが立ち上がって俺の肩を叩く。
「あまりアレコレ考えすぎちゃ駄目よ? 何かあるなら相談してちょうだいな。アタシ、友人のために割く時間はいくらでも持っているつもりなんだからね?」
そう言って、軽く右手を振りながら俺に背中を向けて去っていくアレク。そんなアレクの発言に目を瞬かせた俺は、思わず小声で呟いた。
「……いつも助けてもらってるし、気を遣ってもらってるからなぁ」
今もまた、不戦勝になって不機嫌になった俺を気遣って声をかけてきてくれたのだろう。それを感じ取った俺はアレクの背中に黙礼を向けると、肩の力を抜いてアリーナの試合を再び観戦するのだった。
「見てたかミナト! 俺、ちゃんと勝って本戦出場が決まったぞ!」
「ああ、ちゃんと見てたぞ。防戦一方で押されまくって、ようやく隙を見つけて一発逆転するところをな」
「言葉にトゲが多すぎじゃねえ!?」
予選が終わり、夜が訪れた第一訓練場。
そこで普段通り訓練を行う前に、実に嬉しそうな様子で透輝が報告してきたため軽くからかう。すると透輝が目を剥いて叫ぶが、ちゃんと褒めてるからな? 普通は防戦一方で押されまくったらそのまま押し切られるのに、きちんと隙を見つけて逆転したんだ。さすがは主人公だ。
「いや、褒めてるぞ? 単純な技量なら相手の方が上だった。それでも勝てたんだから大したもんだよ」
「え? あ、そ、そうか? へへへ……」
俺が褒めると素直に喜ぶ透輝。その素直さは美徳だよ、本当に。
「期間は短いけど、本戦に向けて更に特訓をしたい……ところなんだが」
「普段は人が少ないのに、今日は滅茶苦茶多いなー」
俺が周囲を見回すと、透輝も釣られたように周囲を見回す。そこには普段は見かけないほどに多くの生徒の姿があり、剣を振ったり『召喚器』を振り回したりしているのが見えた。おそらくは予選を勝ち抜いた生徒なのだろう。
(いつも自主訓練をする生徒がゼロとは言わないけど、本戦出場が決まったからって訓練を始めてもなぁ)
真面目な生徒なら普段から訓練をしているが、今晩は普段見かけない顔の生徒も多い。自主訓練ができないほどではないが、普段と比べると狭いスペースしか空いていない。
おそらくは第二、第三訓練場、屋内訓練場もこんな感じなのだろう。訓練する生徒を応援する生徒、見学する生徒もいるため、普段と比べるとなんとも騒がしい。
まあ、俺も他人のことを言えないんだが。
「ミナト様、休憩の時に食べるサンドイッチと飲み物、それとタオルをお持ちしました。一応、テンカワさんの分も」
「ありがとう、カリン。わざわざすまないね、実に嬉しいよ。透輝?」
「あざまっす! いただきますっ!」
俺が話を振ると、部活の後輩か何かかな? って勢いでカリンに向かって頭を下げる透輝の姿があった。相変わらずカリンに対して頭が上がらないらしい。
カリンも婚約者候補として色々と気を遣ってくれるが、こういった差し入れも『花コン』での関係ならあり得なかっただろう。だからなんとも言えない感慨が湧くなぁ。
「そういえばミナト、前々から聞きたかったんだけど、カリンさんとは婚約者候補? って関係なんだよな? それってどんな関係なんだ?」
「……アイリス殿下からその辺りのことを習ってないのか?」
透輝、お前……俺の婚約者候補だからこそ、カリンを押し倒したのが問題になりかけたのに……なんて、呆れたような目を向けると、透輝は慌てた様子で首を横に振る。
「いや、違うって! ごめん、俺の質問の仕方が悪かった! 婚約者みたいなものなんだろ? それはわかってるんだけど、俺の世界だと俺ぐらいの歳で婚約者がいる奴っていなかったから、いまいち実感がわかなくてさ! 知識として知ってはいても、いまいち実感が湧かないというか!」
「そういうことか……うーん、改めて聞かれると中々難しい質問だな」
そう言いつつカリンに視線と向けると、ばっちり視線が合ってしまった。カリンはカリンでどことなく期待するように、じっと俺を見詰めてくる。
「婚約者候補っていうのは……あー、詳細は省くけど、婚約者の前段階って思えば大きな間違いはない、かな。その昔この学園で二組の男女がいて、二組とも婚約者同士だったんだが二組とも好きな人がもう片方の異性っていう事態が発生したことがあってな」
「……え? それって問題になるんじゃ……」
「本来なら問題になるんだけど、奇跡的に男女共に好きな人が婚約者じゃなくてな。こう表現すると聞こえが悪いが、互いに婚約者を交換することで軟着陸することができたんだ。そういう事態に陥っても大丈夫なように婚約者候補ってことで仕組みが作られたんだが……」
ぼかしてるけど、思いっきり身内の話なんだよな……だからちょっと言葉を濁してしまう。
「貴族同士で婚約者って関係になると、それはもう一種の契約だ。正当な理由もなく破談にすれば家同士の戦争になってもおかしくないほどのな。というか破談を言い出したその場で殺されても文句は言えないぐらいだ」
「……新しく好きな人ができたからお前との関係は解消する、みたいな感じで宣言しちゃったら?」
「できるかは別として、相手側を族滅しても王家から咎められることもない……かな? それぐらい相手の面子に泥を塗りたくる行為になるから、学園に通う生徒の場合は婚約者じゃなくて婚約者候補って関係になるんだ」
そう言いつつ、俺はじっと見つめてくるカリンの瞳を見つめ返す。
「ま、俺の場合は直談判してカリンの婚約者候補になった身だからね。後ろに候補なんてつけなくてもいいぐらいだし、一緒に戦った戦友でもある。透輝がカリンを押し倒した時も、事故でなければその場で斬り捨てたな、ってぐらいの事態だったのさ」
「その節は本当に! ほんっとうに! 申し訳ございませんでした!」
俺がからかうように言うと、透輝は拝むようにして謝罪してくる。謝罪のポーズにはいまいち見えないけど、声に込められた感情は本物だ。
「それで? そんなことを急に尋ねてどうしたんだ?」
何か意図があっての質問だったのだろう、と尋ねてみると、透輝は視線をあちらこちらへ彷徨わせ、最後には僅かに顔を赤くしながら声を潜める。
「一応……一応、聞いておきたいんだけど、さ……アイリスって、その、婚約者候補がいたり……」
「……ああ、そういうことか」
実は俺が婚約者候補になるところだったんだ、なんて爆弾発言を投げつけてやろうかと思ったが、周囲に人がいる状況でやる冗談じゃない。いやまあ、実際に国王陛下に勧められたけどさ。
「今のところはいないはずだ。なあ、カリン?」
「ええ。わたしも聞いたことがありません」
俺とカリンがそう言うと、透輝はあからさまにほっとした様子で息を吐く。
「王女殿下のお相手ともなると、中々容易には決められないんだろうさ。それでも学園を卒業する頃には決まるだろうが……いやはや、誰になることやら」
「だ、誰だろうな? ははは……」
「ちなみにだが、アイリス殿下の隣に立つとなると相応に高い家格があるか、何かしらの実績を積んで貴族になるか、誰もが反対できないほどの功績を挙げて求婚するぐらいしか道がないだろうな。いやぁ、大変だ。せめて学生の内に武闘祭で優勝ぐらいはしておかないとな」
「……ははは……はは……」
透輝は壊れたロボットみたいに笑い声をあげるが……安心しろ。『魔王』をどうにかできたらアイリスに求婚しても問題ないぐらいの功績になる。それこそ勲章の第一等、『黄金神花勲章』か、最低でも第二等の『白銀王花勲章』が授与されるはずだ。
(そのためにも、まずは一年生の剣術部門で優勝してくれよ?)
俺は心の底からそう願った。
そして、明けて翌週の月曜日。
本戦出場者が集められ、事前にトーナメント表を作成するために各部門でくじを引くことになった。
くじには番号が書いてあり、一番から十六番まででランダムにトーナメント表が作られることになるのだが。
(んー……なんとも反応に困るな、これは……)
どんどんくじが引かれ、トーナメント表が埋まっていくのを見ながら俺は内心で呟く。
運次第ではエリカやカトレア、ジェイドやゲラルドと一回戦から当たって決勝まで誰かしらと当たる、なんてことを考えていたのだが、俺の一回戦の相手は三年の男子生徒だった。
勝ち上がれば二回戦でエリカとジェイドの勝った方と当たり、決勝まで進めばカトレアかゲラルドのどちらかと当たる可能性がある。
視線を横へ滑らせてみると、一年生の剣術部門のトーナメント表を確認することができるが――。
(透輝は……っと、ナズナとは決勝まで当たらないか。こりゃ本当に決勝で戦うことになるか?)
俺の方はともかくとして、透輝の方はさすが『花コン』の主人公というべきか、ナズナと当たるとしても決勝である。もってるなぁ、なんて思った。
そして、透輝にはああ言ったが、本当に武闘祭で優勝ぐらいはしてもらわないと困る。『魔王』や『魔王の影』を倒すためにも、強くなってもらわなければならないのだ。
(あとは本戦でどうなるか、か……お手並み拝見だな)
次々に決まっていくトーナメント表を眺めながら、俺はそう思った。




