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第168話:武闘祭を目指して その5

 こちらに気付いているのか、距離があるにもかかわらず一直線に向かってくる一体のゾンビ。


 一見するだけなら青白い顔の人間に見えるが、歴としたモンスターだ。『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時にカリンの従者であるエミリーがゾンビ化したが、ダンジョン内に死体があったのでなければ自然発生したゾンビだろう。


 ゾンビが自然発生するというのもおかしな話だが、そこはダンジョンという理不尽な場所である。ドラゴンが自然発生するよりは遥かにマシだろう。


「お、おい、ミナト? ダンジョンの中なのに人が……遭難してたとか? なんか顔が真っ白というか、真っ青だけど……」


 相手がゾンビだと看破し、警戒態勢に入っている俺やナズナ、モリオンと異なり、透輝の反応はなんとも平和的だった。なまじ外見が人間そっくりだから、多少距離がある状態だとゾンビだって気付いていないんだろう。


(オリヴィアさん……たしかに人型は人型だけどさ……)


 てっきり亜人系モンスターだと思ったんだが、たしかに手紙には人型としか書いてなかったわ。もしかすると亜人系も出現するダンジョンかもしれないけどさ。


「テンカワ? アレは人間じゃない。ゾンビだ」

「……ゾンビ? ゾンビって……えっ? ゾンビ!?」


 透輝の疑問に対してモリオンが答えると、透輝はこちらへ向かってくるゾンビを二度見する。


「嘘だろっ!? この世界ってゾンビがいるのかよ!?」


 ハンドガンとか持ってないんだけど! なんて叫ぶ透輝だが、そんなに叫んでいると他のモンスターまで寄ってくるぞ? あと、ハンドガンはなくても火縄銃ぐらいなら作られているし、君の持つ『鋭業廻器』ならゾンビ程度簡単に斬れるからな?


「あ、あのゾンビってさ、噛まれたらこっちもゾンビになったりとか……しない、よな?」

「……? いや、そんな話は聞いたことがないが……そうですよね、ミナト様?」

「ああ。心配するな、透輝。ゾンビに噛まれてゾンビになった、なんて話は聞いたことがないからな」


 モリオンからの確認に相槌を打つが、前世だとゾンビって映画やゲームでそういう扱いだったっけなぁ、なんて思う。それを思えば透輝が怖がっているのも仕方がないことだろう。


「……そうなると、夜が更けるのを待ってからダンジョンに入れば良かったか?」

「嫌だよそんなの!? 俺、ホラーゲームあまり好きじゃないんだよ!」


 暗くて視界が限られる中、ゾンビが現れるダンジョンで実戦を行う……うん、たしかにホラー関係が駄目だと無理か。実戦だとそんなことは言ってられないけどさ。


「若様、あのゾンビはどう対処しますか?」


 そうやって俺が透輝と言葉を交わしていると、盾の『召喚器』を発現したナズナが尋ねてくる。


 正直なところ、俺やナズナ、モリオンにとってはゾンビ程度、大した相手じゃない。今のところ一体だけだし、これが十体に増えたとしても慌てることはないだろう。仮に百体に増えたとしても、モリオンに上級魔法で薙ぎ払ってもらえばいい。


 ゾンビは下級の死霊系モンスターだが、死霊系の割に闇属性の魔法を使ってこない。その代わりにというべきか、下級のモンスターにしてはHPと防御力が高く、なおかつ攻撃を受けると低確率で毒になるという特性があった。


「透輝、どうだ? 斬れるか?」


 俺は透輝に話を振る。ここに来たのは人型のモンスターを透輝に斬らせるためだからだ。そしてそんな決断を下すということは、既に透輝にそれだけの腕があると判断した証でもある。


 ただし、人型の生き物を斬れる技術があったとしても、実際に斬ることができるかは別問題だ。精神力というか決断力というか、()()()()()()()が必要になる。


 前世のホラー映画を少し思い出させるように、ゆっくりとした足取りで近付いてくるゾンビ。その外見は中肉中背の特徴がない男性で、こういっては何だが女性や子どもの姿をしているよりはまだ斬りやすいのではないか。


 ――少なくとも、エミリーを斬った時よりはまだ気が楽なんじゃないか、なんて。


「……一つだけ、確認したいんだけど。あのゾンビってさ……もとは人間だったり?」

「可能性はゼロじゃない。ダンジョン内では死んだ人間がゾンビ化することがあるし、それは俺も実際に見たことも斬ったこともある。ただ、ここは新しくできたダンジョンだからな。近くに村もないし、アレは正真正銘、ダンジョンが生み出したモンスターだろうさ」


 ダンジョンが発生した際に旅人が取り込まれ、脱出するよりも先に出現したモンスターに殺される、なんてことがあればその限りではないが……ゾンビという割に外見が()()()()()し、人間がゾンビ化したって可能性は捨ててもいいだろう。


(ゾンビなら亜人系モンスターを斬るよりも抵抗感があるだろうけど、実際に人間を斬るよりはマシ……のはず。オリヴィアさんもそれを見越してこのダンジョンを紹介してくれたのかもな)


 人間は人間、ゾンビはゾンビ、と割り切るには外見が人間にそっくりすぎる。それでも別物だと思えるぐらいには違いがあるため、乗り越えられるかどうかは透輝次第だ。


「……やれるさ」


 そう呟いて、僅かに震える右手をかざし、『鋭業廻器』を発現する透輝。緊張しているからか発現に三秒ほどかかったが……まあ、今日のところは咎めまい。


 俺はナズナとモリオンに手で合図をして、無言で後ろへと下がる。透輝もここまで走ってきたから体は温まっているだろうし、問題なく剣を振れるだろう。


 振ることができれば、だが。


「っ……はぁ……はぁ……」


 透輝はゆっくりと正眼に剣を構え、ゾンビとの間合いを測る。しかしひどく緊張しているようで呼吸が荒く、剣の切っ先が呼吸につられて小刻みに揺れていた。


「…………」


 俺はそれを無言で見つめる。何かあった時のために右手を『瞬伐悠剣』の柄に添えているが、よっぽどのことがなければ抜くつもりはない。透輝とゾンビの動きをじっと観察する。


『アアアアアアアアァァァッ!』


 距離が近付いたからか、先に動いたのはゾンビの方だった。悲鳴のような声を上げながら、しがみつくように両腕を広げて透輝へと向かっていく。その姿だけを見れば前世のホラー映画かホラーゲームのようだ。


「ッ!?」


 透輝はゾンビに向かって剣を振る――ことができず、慌てた様子で横へと逃げた。


 それを見た俺は小さく眉を寄せるが、今はまだ、何も言わずに見るだけに留める。


 ナズナもモリオンも何も言わない。二人とも既に実戦を、それも激戦を経験しているからだろう。魔法を撃ってくることもない、動きが遅いゾンビと一対一という実戦経験を積むには絶好の機会なのだ。二人とも余計な手出しはせず、俺と一緒に透輝の動きを見ている。


 そうして見ていると、ゾンビが距離を詰めて襲い掛かっては透輝が回避する、という光景が連続する。

 透輝は手を出していないが怯えて逃げているわけではなく、きちんとした足捌きでゾンビを回避し、距離を取っては自分にとって斬りやすい間合いを確保する、といった動きを繰り返していた。


 足りないのはそこから踏み込み、ゾンビを斬るという踏ん切りである。あと一歩、人型の生き物を斬るという()()()()()ができないのだ。


(野外実習で獣系モンスターは斬れたし、あの時みたいに考える暇がないぐらい動きが速いタイプの方が良かったか? モリオンがいるし、ゾンビに援護魔法をかけてもらうとか……いや、さすがにそりゃ駄目か)


 もどかしいが、俺が手を出すことはできない。透輝が剣士として乗り越えるべき、初めての壁だからだ。


 本来ならもっと時間をかけて精神面も鍛えてから斬らせるべきだが、既に人型の生き物を斬れるだけの技量が備わっているし、『鋭業廻器』もあるため、あとは一歩踏み出すことができるかどうかだ。


 透輝は何度も何度もゾンビの突進を回避し、間合いを取り、剣を構えては息を荒げている。ゾンビを見据えるその瞳にはたしかな迷いの色があった――が、こちらに助けを求めるような視線を向けることはしなかった。


「はぁ……はぁ……はっ……ふぅ」


 ゾンビの突進を回避する内に、透輝の呼吸が整っていく。揺れていた剣先が動きを止め、しっかりとゾンビへと向けられるようになる。


 透輝は『鋭業廻器』を構え直し、大きく息を吸った。どうやら深呼吸できる程度には思考がはっきりしてきたらしい。


「…………ッ!」


 そして、透輝の瞳に決意の色が宿る。逃げ回って二分少々といったところだが、覚悟を固めるには十分早い方……かな?


 透輝の視線がゾンビの動きに合わせて目まぐるしく上下する。それでいて足はきちんと動いており、間合いを測りながらゾンビの隙を探っているのがうかがえた。


 当然ながらゾンビは武器を持っておらず、素手だ。相手の攻撃は噛み付くか引っ搔くかの二択で、斬り込むだけなら容易である。引っ掻きに合わせて剣を振るい、腕を斬り飛ばしてから首を狙えば安全に勝つことができるだろう。


 だが、さすがに今の透輝にそこまで()()()()ような真似はできないらしい。透輝の動きと目線から、一撃での決着を狙っているのが読み取れる。

 相手が人間なら急所を斬れば即死させられるが、今回はゾンビが相手だ。つまり、一撃で決めるには斬るべき場所が限られている。


(そうだ、透輝。一撃で決めるには()()しかないぞ)


 俺は答えを伝えるように心中で呟く。透輝が狙うべきは、ゾンビの首だ。ゾンビだろうとなんだろうと、首は急所である。両断できれば勝てるのだ。デュラハンは除くが。


 踏み込んで水平に首を斬れ、なんて。巻き藁を斬る時みたいに、斬り方と場所をこちらから明示しようかとも思った。だが、そんなことはしない。透輝の決断をただ見守る。


「オオオオオオォォッ!」


 自分自身を奮い立たせるように、透輝が裂帛の気合いがこもった声を上げた。そしてゾンビに向かって踏み込み、『鋭業廻器』を振りかぶる。


 ゾンビとの間合い――最適だった。


 剣の構え――きちんとできていた。


 握る武器――これ以上がない、最上だった。


 それらが揃った上で踏み込むことができれば、結果は決まっていた。踏み込みは荒々しく、まだまだ未熟さを感じさせるものだったが、透輝は今、たしかに剣士として最初の壁を越えた。殻を破った。


 透輝が繰り出した斬撃かゾンビの首へと迫り、抵抗もなかったように、音もなく食い込んで両断していく。それは『鋭業廻器』の切れ味があったからこそできたことだが、透輝自身の技量も感じさせる一閃だった。


「…………あ」


 透輝に迫っていたゾンビの体が数歩進み、地面に倒れ込む。しかし透輝はゾンビに視線を向けず、何かに気付いた様子で己の手を見下ろした。


「は、はは……ああ、そっか、()()()()()()かっ! なるほどっ、たしかに! このためだったのか!」


 興奮した様子で声を上げる透輝だが、あの様子だと巻き藁を斬らせた意味を心から理解できたのだろう。『鋭業廻器』を消し、両手に感じた感触を確かめるように開閉する透輝の姿を見た俺は、足音を立てずに近付いて透輝の頭に拳を振り下ろす。


「あいだっ!? ちょっ!? 何するんだよ!」

「馬鹿野郎。斬った後の残心はどうした? 剣まで消しやがって……ここからゾンビが起き上がってきたらどうするつもりだ?」

「えっ? あ……あー……」


 あくまで斬ったのはゾンビで、人間ではない。それでも人型のモンスターを斬ったことで俺の初陣の時みたいに()()()()()()のか、残心などが頭からすっぽ抜けたようだ。


 俺は透輝の瞳に理解の感情が広がるのを確認してから、大きくため息を吐く。


「まったく……これじゃあ素直に褒めることができないな」

「す、すいません、ししょー……」


 透輝も残心の大切さは理解しているからか、素直に謝罪する。それを聞いた俺はもう一度ため息を吐いてから透輝をじっと見た。


「その辺りの意識付けがまだまだできていないようだし、今後の訓練メニューにしっかりと付け加えるとしようか……だけど、まあ、なんだ。最後の失敗を除けばよくやった。良い太刀筋だった」


 訓練期間が短いから仕方ない、と流すことができないミスだが、その辺りは今後矯正するとしよう。そんなわけで、最後にはきちんと褒める。


 すると透輝は目を瞬かせ、表情を徐々に笑顔へと変化させた。そんな透輝の笑顔を見た俺はそれに応えるように笑い――す、と遠くを指さす。


「というわけで、次だ。今度は残心を忘れるなよ?」

「……え?」


 俺が指さした先。そこにはゾンビの()()()()が姿を見せていた。こちらに気付いているのか、一直線に向かってくる。


「ちょっ、嘘だろ!? 俺、今の一回で滅茶苦茶疲れたんだけど!?」

「そうか、良かったな。疲れた状態で実戦ができるじゃないか。万全の状態での戦いとどう違うか……それをよく感じながら戦ってこい」

「~~っ! やってやらぁっ!」


 再び『鋭業廻器』を発現してゾンビへ向かって駆けていく透輝の背中を見て、俺は笑みを浮かべて大きく頷く。


 気配を探ってみるとこちらを窺う他のモンスター……ゴブリンの姿もあった。どうやらオリヴィアはゾンビだけでなく、亜人系モンスターも出現するダンジョンを見つけてくれたらしい。


(あのゾンビを斬ったら次はゴブリンだな。まあ、ゾンビを斬れたんだからゴブリンの方は楽勝か)


 そんなことを思いながら、ナズナやモリオンと顔を合わせて頷き合う。


 ――この日、透輝は剣士としてたしかに一皮剥けたのだった。

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― 新着の感想 ―
もちろんかってなイメージですが動きの速さ的にはゴブリンのほうがやっかいそう。 人形を切るって意味では勿論ゾンビの方がいい経験になるだろうけどね。ゲームではないので○〇ポイントはないのだろうけど召喚器っ…
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