第165話:武闘祭を目指して その1
この世界は前世の日本と比べると過ごしやすい気候になっているが、それでも六月に入ると夏が徐々に近付いてきているのを実感させる暑さになりつつあった。
日本を模したと思しきキッカの国ならまだしも、パエオニア王国にも四季があるため真夏に向かって徐々に暑くなってきているのだ。いくら記憶にある日本よりマシとはいえ、しっかりと四季があるのはやはりゲームが基になっている世界ということなのだろうか。
「おりゃあっ!」
そんなことを考えつつ、透輝が繰り出してきた木剣を同じく木剣で受ける。鍛え始めて一ヶ月経ったし、素振りと同じ分だけ打ち合いも行うようにしたのだ。
一ヶ月という短期間とはいえ剣を振るってきたからか、決闘した時と比べるとかなり剣筋が鋭くなっている。木剣でこれなら『鋭業廻器』を発現すればもっと鋭い斬撃を繰り出せるだろう。
(鍛えて一ヶ月程度の太刀筋じゃないな……これが天才か)
既に素人とは呼べないぐらいには成長しているな。
授業がある日は放課後に指導し、休日は朝から一日中剣を振らせてきたが、取り組んだ時間的には前世の学校でやっていた部活と大して変わらない。それでも一目見て成長が感じ取れるほどに透輝の腕が磨かれている。
「剣の振りは悪くないが、防御の意識が薄すぎるな。ほら一本だ」
まあ、いくら成長速度が早くても簡単に追いつかせるほど俺が積んできた鍛錬も軽くはない。透輝が繰り出す斬撃を弾いて捌いて受け流して、そのまま体勢を崩したら首元に木剣を突き付けて寸止めする。
「うっ……ま、マジか……もう一本お願いします!」
「よし、殺す気で全力で打ち込んでこい!」
木剣を当てるのと真剣で斬るのとでは大きな差があるが、今はまだ、剣を振ることを体に馴染ませているところだ。そのため姿勢や踏み込み、剣の振り方はともかく、斬るための意識はそこまで植え付けない。
俺もランドウ先生に弟子入りするまでは体づくりを兼ねて木剣を振っていただけだし、斬り方を教えるのはまだまだ先のことだ。
ただし、透輝の成長ぶりから計算すると八月には斬り方を教えてもいいかもしれない。
「どりゃああああああぁっ!」
「気合いは良いが剣筋が甘い! 威勢の良さに見合うだけの剣を打ち込んでこい!」
気合いの声と共に打ち込んでくる透輝だが、成長はしていてもまだまだ未熟だ。俺のことを信頼しているのか、あるいは本当に殺す気で打ち込んでも通じないと思っているのか、直撃すれば軽く骨が折れる勢いで打ち込んできているが、威力はともかく鋭さがまだまだ足りない。
次から次へと繰り出される斬撃を受け流していくが、透輝もだいぶ慣れてきたのだろう。受け流されても体勢を崩すことが少なくなり、斬撃の継ぎ目を意識して次の動作へとつなぐようにしているのが見て取れる。
「全力で打ち込むのは雑にしろって意味じゃないぞ! 踏み込みが強すぎて下半身と上半身の連動が甘くなって力が逃げてる! 常に全身を意識しろ!」
「このっ! 全然! 当たら! ねえんだけど!?」
途中から受け流すことを止め、足捌きと体捌きだけで回避していく。そして避けるついでに木剣を振って隙がある場所を寸止めで何ヵ所も指摘する。
「脛! 太もも! 肋骨! 脇! 体の中心を開けるな! 正中線は急所だぞ! 急所を突かれたり斬られたりすれば即死することもあるから注意しろ!」
「即死に注意!?」
どういうこと!? なんて叫んでるけどそういうことだよ。正中線には急所が集まっているし、即死しなくても攻撃をもらえばそれで終わりってこともあり得る。
訓練の打ち合いとはいえ、急所に寸止めされるぐらいなら片腕を犠牲にして防御するぐらいの姿勢は見せてほしいところだ。実戦なら腕一本で済めば安い、死ななければ上等って状況は割とあるからな。
ただ、俺と同じで日本出身といっても、生まれ変わってから貴族として教育を受けてきて、なおかつランドウ先生に師事した俺と、いきなり召喚された高校生の透輝では覚悟を固める時間も環境も異なる。
そのためこうして少しずつ、すり込むようにして恐怖や苦痛に対する耐性を身につけさせていかなければならない。
その点、やっぱりランドウ先生の初手で腕を折るっていうのは乱暴だったけど効果的でもあったな、なんて……ここまで仲良くなった俺がいきなり骨を圧し折ってきたら透輝にトラウマを刻んでしまうだろうが。
でもランドウ先生? 今になって思い返してみても、七歳児の腕を叩き折るのはやり過ぎじゃないかと思うんです。当時は必死だったし、後々になって考えるとアレも必要なことだったんだなって思えるけどさ。
(主人公らしいド根性と精神力で乗り切るかもしれないけど……無駄に博打は打たなくてもいいだろ)
俺と違い、透輝には才能があるのだ。真っ当な育て方でしっかりと育ってくれる……はず、である。強引な手段に訴えるのは透輝の成長が鈍った時でもいいだろう。
そうやって俺は時に木剣で受け止め、時に受け流し、時に空ぶらせながら透輝との打ち合いを続けていくのだった。
「イテテ……木剣で軽く叩かれただけなのに滅茶苦茶痛いな……」
透輝を鍛えていたある日のこと。放課後の訓練の終了を告げると透輝が膝を突き、痛みに呻くような声を漏らした。
「木剣も十分に凶器になるからな。そりゃ痛いさ」
それに対し、俺はそれも当然だと伝える。硬くてなおかつ粘りがある木材を使っているから、木剣っていうのは思った以上に頑丈なのだ。それこそ俺が透輝と決闘をした時みたいに、真剣が相手でもある程度打ち合えるほどに。
そんな木剣を使って打ち合う際、基本的に寸止めで済ませる俺だが、痛みに慣れさせる意味も込めて時折かすめる程度に傷を負わせることがある。
骨を折ったりしないし、関節を砕いたりもしないし、筋を断ったりもしないし、内臓が破裂するような一撃を叩き込んだりもしない。精々打撲程度に留めるが、それでも十分に痛いと思える威力で打つ。
それが何故かというと、自分が振るっている武器がどれほど危険かを身を以て教え込むためだ。
木剣でさえ人を殺めようと思えば可能だし、真剣になればそれがより顕著で、透輝の『召喚器』である『鋭業廻器』になるとその危険さは真剣さえ軽く上回る。
剣を振るうにあたり、そういった心構えに関しても教えていかないとむやみやたらに暴力を用いるようになってしまう。曲がりなりにも剣の師として、それは看過できない話だ。
まあ、そんな真面目な理由以外にもちょっと、いやかなり俗な理由もあるのだが――。
「今日もこんなに腕を腫らして……両腕とも見せてください透輝さん。すぐに治しますから」
「いつもごめんな、アイリス。あっと、他の人がいる時は殿下って呼ばないといけないんだっけ」
「べ、別に構いません。他の生徒ならいざ知らず、見ているのはミナト様だけですから」
それは、透輝を迎えに来たアイリスに手ずから治療を施してもらい、接触の機会を増やすためだ。
アイリスは放課後になると生徒会室で生徒会長としての仕事を行うが、生徒会長になったばかりの頃はともかく、だいぶ慣れてきた今となっては透輝の訓練が終わる時間になると丁度仕事が終わるようになった。
そのため最近では仕事帰りに透輝を迎えにきて、回復魔法で傷を治してから一緒に寮に帰っていく、という日々を繰り返していた。
アイリスを守れるぐらい強くなりたい透輝。
透輝の気持ちが恥ずかしくも嬉しいアイリス。
そしてそんな二人を見てしたり顔で頷く俺。
(うんうん、良いぞ良いぞ。青春と呼ぶには物騒だけど、中身が歳を取った身としては微笑ましくも眩しいねぇ)
いやはや、透輝とアイリスの仲を深めるのが目的とはいえ、イイモン見れてますわ。
これならやっぱり腕の骨の一本や二本、ポッキリ折っても……さすがに仲を深めるために折るのは駄目だな。回復魔法やポーションがないのなら、腕が使えない間、アイリスが透輝の世話を焼くことで更に仲が深まりそうなんだが。
(しかしなんというか……アイリスがやけに積極的というか、透輝の役に立つことを喜んでいるというか……回復魔法の腕が伸びるから良いっちゃ良いんだけどさ)
透輝に対するアイリスの好感度が高くなるのは良いことだが、俺が予想していた以上に甲斐甲斐しく世話を焼いているというか……自分のために強くなろうとしている透輝がそれだけ好ましいってことなのかね?
(でも立場上、アイリスのために強くなろうって考える騎士や兵士は多くいたはずだし……身近な人物で、と限るとそうじゃないからか? 同年代で、常に傍にいて、良くも悪くも王族に対する礼儀ができてなくて、常識がなくて……)
前世でたとえると普段接することがない軽薄な男に出会って、新鮮味を感じて心惹かれる良いところの御嬢様みたいな……ま、まあ、透輝は軽薄ってタイプじゃないけど。王女の周りにいなかった性格の異性って意味なら合ってるか。
チャラチャラした性格の騎士や兵士が王女の周りにいたら即座に左遷されるだろうしな。仮に腕が立つとしても王女の傍には置けないだろう。『王女様チィーッす』とか言われたら……いや、この世界だとそういう性格の人を見たことがないし、考えすぎか。
「えーっと……アイリス? ミナトなら別にいいのか?」
「え? あ、はい。血縁上は親戚ですし、わたしも頼りにしている方ですので……歳が近い兄みたいなものかな、と」
俺が考え事をしていたらそんな会話が聞こえてきた。そのため俺は苦笑を浮かべる。
「はとこ殿、頼っていただけるのは嬉しいですが、公の場ではそんなことは言わないでくださいね?」
貴女なら大丈夫だとは思いますが、と一応釘を刺しておく。兄のように思ってもらえるのは光栄だが、血縁上ははとこ、という部分が厄介なのだ。
口さがない宮廷貴族なんかに聞かれたら、アイリスが血縁者の俺を使って他の王位継承者を排除しようと企んでいる、なんて噂を立てられる可能性すらある。俺もアイリスもそんなつもりは微塵もないが、可能性がほんの僅かにあるだけでも騒ぐネタになるのだ。
(どこにどんな目や耳があるかわからないからな……さすがに『魔王の影』が学園内の噂を集めてるなんてことはないだろうけど)
宮廷貴族までいかずとも、学園では様々な噂が飛び交う。それこそこの場には俺と透輝、アイリスしかいないが、遠くへ視線を向けると女子生徒と思しき姿がチラホラあった。何が面白いのか、時折俺と透輝の訓練風景を見に来るのだ。
(あ、メリアもいるな)
そして割と高い頻度で何故かメリアも姿を見せる。直接話しかけてくることはないが、距離を取った状態で俺や透輝をじっと見つめてくるのだ。
訓練に使っている第一訓練場はグラウンドのようになっているため近場には遮蔽物がないが、その周りには用具室や休憩のためのスペースがあり、あとは日差し除けに木が植えられていたりする。
そのため、ふとした拍子に気配を感じてそちらへ視線を向けると、メリアが物陰からこちらをじっと見ていることがあった。
まあ、訓練を見に来るのはメリアだけじゃない。カリンが差し入れを持ってきてくれることもあるし、直接声をかけてはこないがスグリが遠巻きに見ていることもある。
以前押し倒した件が影響しているのか、カリンが来ると透輝の方が恐縮した様子で身を縮こまらせ、それを見たカリンが苦笑を浮かべるという、俺としても反応に困る状況になってしまうが……ほんの少しずつだが関係が改善されているようでなによりだった。
スグリに関しては透輝に確認しても面識がなかったため、俺の様子を見にきているのだろう。もう少し近くにきてくれれば透輝を紹介して、錬金できるアイテムが増えるかどうかを確認できたんだが、さすがに不自然すぎてできていない。
(ナズナやモリオン、アレクも様子を見にきてくれるし、透輝と話す機会も増えてきた……良い傾向だな、うん)
今のところは俺を間に挟んだような関係だが、もう少しすれば透輝と仲良くなって個人的な関係を築く者も出てくるだろう。
ゲームのようにいかないのはもどかしいが、こればかりは仕方がない。人同士のつながりというのは一朝一夕では構築されないのだ。
(アイリスとも仲が深まっているみたいだし、このままの調子でいければいいな)
俺は楽しそうにしながら言葉を交わす透輝とアイリスを見ながら、そんなことを思うのだった。




