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ハッピーエンドの未来を目指して  作者: 池崎数也
第7章

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第162話:天賦の才 その1

 透輝を鍛えるようになってから三週間ほど経った、ある日のこと。


「若様の見立て通り、テンカワの成長ぶりは凄まじいものがありますね……わたしは剣の扱いよりも盾の扱いに力を入れてきましたが、それでも長い年月剣を振ってきました。しかし剣術だけならあと数ヶ月もしない内に追い抜かれそうです」


 放課後、いつも通り透輝の指導をしていたら、時折透輝の訓練相手を務めてもらっていたナズナがそんなことを言ってくる。


 その視線は素振りをしている透輝へと向けられているが、以前と比べると眼差しがだいぶ柔らかくなっているように思えた。訓練相手を務める内に多少なり透輝のことを認めるようになったらしい。


「剣術だけなら、か……普通に戦うとすればどうだ?」

「盾を使って良いのなら早々には負けませんが……テンカワがこのまま成長し続けたとして、防御に徹したわたしの盾を貫くには剣以外の何かがないと厳しいと思います。さすがにほんの数年で若様のような剣技は身につかないでしょうし」


 いや、身に着けてもらわないと困るんだけどね? しかしナズナから透輝への評価がそれなりに高くなっているな。良いことだ。


「まだまだ基礎が身についていない段階だが、限界ギリギリまで追い込めば案外()()かもしれんぞ。ルチルに頼んだポーションも納品されたし、手持ちのポーションもあるからな。そろそろ一度追い込んでみるのもいいかもしれん」

「なんか滅茶苦茶怖いこと言ってない!? 限界ギリギリってなに!?」


 なあに、ちょっとばかり命の危険に晒してみるだけさ。俺もそうだったけど、命がかかった状況での真剣勝負っていうのは経験値が大きいからな。あと透輝、素振りに集中しなさい。


 ただ、さすがに訓練を始めて一ヶ月も経っていないのに実戦に放り込むというのは、スパルタではなく無責任だ。


(ここ三週間、休日は朝からみっちり訓練をしてきたけど弱音も吐かないしな……透輝も自分自身がどんどん()()()()()()()()ってのを理解しているんだろうが)


 当然の話ではあるが、何事も玄人より素人の方が成長が早い。中には素人並みの速度で成長し続ける玄人もいるかもしれないが、それは天賦の才を持った極々一握りの例外だろう。


 今のところ透輝は間違いなく天賦の才を持っていると断言できる。凡才だとランドウ先生に言われた俺が一週間かけて覚えることを一日で覚えるぐらい、優れた才能がある。


(一人の剣士としちゃあ、その才能が妬ましくも羨ましいな。ただ、育てる側として考えると楽ではある、か)


 剣士としてはともかく、師匠としては半人前にも届かない俺が教えているにも関わらず、この成長速度なのだ。


 将来ランドウ先生にバトンタッチする予定で、変な癖がつかないよう気を付けつつ、剣術の基本を徹底的に叩き込んでいるところだが……基本以外も教えてしまいたいと思えるほど、透輝の成長ぶりはすさまじい。


(いや、焦るな焦るな……ここで基本を疎かにすると後々痛い目を見る。しかもその痛い目を見るのが俺や透輝じゃなくて、()()()()が対象になるかもしれないからな……我慢だ)


 透輝に教えることで俺も基本に立ち返り、再び学び直すことで良い経験になっている。


 弟子は師匠を映す鏡とでもいうのか、俺が教えたことが正しければきちんと吸収し、こちらの想定した通りに剣が振れるようになるが、教えたことが間違っていればそれが剣に表れるのだ。


 それがなんとも難しく、それでいて楽しく思える。


 透輝も透輝で、『花コン』だと割と飽きっぽいというか、集中力が続かない年頃の男の子って感じで描写されていた割に、俺が教えることを素直に受け止め、吸収しては次の教えを受け止めて更に吸収して、と良い循環ができている。

 『花コン』だとランドウ先生に教わる時でさえたまに集中力が途切れて怒られていたんだけどな……今のところそういう傾向もないし、良い生徒だわ。


(この分ならあと三ヶ月もしない内に基礎が固められるな……そうなったらオリヴィアさんに頼んで野盗の情報をもらって斬らせるか? いや、さすがに人を斬るのはきついか。ダンジョンに行ってゴブリンとかの亜人系モンスターなら大丈夫かな?)


 その前にルチルに頼んで竹とゴザを取り寄せてもらわないとな。俺もそうしたように、人を斬る感覚を手に馴染ませておかないと。


「……若様、楽しそうですね」


 俺があれやこれやと考えていると、ナズナがそんな言葉をかけてくる。ちょっとだけ声色に拗ねたような響きがあったため視線を向けると、ナズナはほんの少し不満そうにしていた。


「ああ、楽しいぞ。コハクにも剣の手解きをしたことはあるが、人に本格的に剣を教えるというのがここまで楽しいとは思わなかった」


 まあ、教えているのが透輝で、こちらの想定以上にドンドン成長しているから楽しく思えるんだろうが。これで俺みたいに凡才か、あるいはまったく才能がない者を育てていたら同じような感想は抱けなかったかもしれない……いや、それはそれで楽しんでそうだな。


「それもこれも、ナズナが協力してくれているからだな。ナズナはどうだ? 才能ある素人を育てるのも面白くないか?」


 不満そうだから軽くなだめるように話を振る。するとナズナは素振りをする透輝を見て、僅かに浮かんでいた不満の色を消した。


「……まあ、面白くないといえば嘘になりますが」


 おっと? これは思ったよりも透輝に対する好感度が上がっている……のか? 割と素直に認めたな。

 俺がそう考えていると、ナズナは透輝に聞こえないよう声を潜める。


「ただ、派閥の人間でもないテンカワに対し、若様がここまで気を遣って教育を施すことを不満に思っている者もいます。アイリス殿下の従者に相応しい存在になるよう育てる、というのも理解できる話ではあるのですが……」


 そう言ってナズナが心配そうな視線を向けてくる。


「モリオン殿は『ミナト様のお考えに従うのみ』なんて言って取り合ってくれませんし……かといって派閥の生徒達の意見を無視するわけにもいきません。若様はテンカワのことをどうするおつもりなんですか?」

「透輝をどうするか、か……」


 俺はナズナの話を聞いて小さく呟く。


 ナズナは俺の傍付きの従者として、派閥に属する者達から色々と言われているらしい。モリオンも同じような感じだろうが……モリオンだしなぁ。盲信ってわけじゃないけど、俺がやることには何か意味があるって見抜いているっぽいんだよな。


 だからこそ、というべきか。モリオンは俺が透輝を鍛えることに対して何かを言うことはない。むしろ協力できることがあれば何でも言ってください、なんて協力的な姿勢を見せるほどだ。


 逆にナズナは俺が頼めば透輝を鍛えてくれるが、こうして不満を見せる。ただしナズナ自身の不満だけでなく、派閥内の不満だったり俺を思っての忠言だったり、色々と複雑なものを混ぜての意見だ。


(昔なら単純に拗ねてたんだろうけど……ナズナも成長したってことか)


 今もちょっと拗ねているが、十分許容範囲だろう。俺はナズナの成長ぶりを感じ、思わず温かい目でナズナを見てしまう。


 まあ、派閥の不満はもっともだし、その不満を伝えられるナズナに負担がかかるのも理解できる。


 ただ、今の時点でナズナに『魔王』の発生云々は伝えても意味がないし、透輝を鍛えているのも『魔王』や『魔王の影』の対策だって言っても信じてもらえるかどうか。

 ナズナでさえそんな状態だというのに、もっと付き合いが浅い派閥の面々が相手となると余計にこじれそうだ。ただし俺に直接言ってこないあたり、本気で不満に思っているわけではないのか、あるいは怖がられていてナズナを通して文句を言う程度に留めているのか。


(派閥の頭としては割と好き勝手に動き回ってるからなぁ……俺がそういう性格だって理解してくれると助かるんだが)


 あとは性格以外にも将来を見越して動いているのが原因だが、その見ている未来が派閥の生徒とは別物だっていうのが大きいか。でも側近であるナズナにも伏せている状態だし、派閥の生徒達の不満を解消するには至らない、と。


「ナズナ」


 俺は透輝に聞こえない程度の大きさで、それでいて真剣な声でナズナの名前を呼ぶ。するとナズナも俺の声色から真剣な話題だと察したのだろう。それまでのちょっと拗ねた表情を消して真面目な顔になり、続く言葉を待つ。


「俺が透輝を鍛えているのには理由がある……が、それを伝えるつもりはない。何故だかわかるか?」

「それだけ重要で、周囲に漏れるとまずい話ということでしょうか?」

「うん、正解だ。君には迷惑をかけているが、透輝の件に関しては改めるつもりはない。()()()()()()()()()()()からだ」


 冗談抜きで『魔王』関連の話は世界が滅ぶかどうかがかかっている。冗談込みで理由を挙げるなら透輝を鍛えるのは国王陛下からの要望って面もあるが……いやまあ、陛下からすると娘の傍にいる異性ということで、冗談ではなく割と本気かもしれないが。


(そういう意味でいうと、陛下からの理由はちょうど良いカモフラージュになる……って、まさかそれを見越してあんな態度を取ったのか?)


 『召喚器』が使用者の魂と呼ばれて本人と同等に扱われるというのもあるが、アイリスが召喚したとあればその面倒を見るのは当然のことである。


 客観的に見た場合、透輝は他所の世界から召喚した――それも同意なく誘拐してきたも同然の身である。


 そんな透輝を雑に扱うというのは王家としても矜持にかかわるのだろう。万が一、透輝がいた世界から何かしらのコンタクトがあって抗議を受けた場合、透輝を手厚く保護していたか、雑に扱っていたかで相手が受ける印象も異なるからだ。


 不慮の事故で召喚してしまったため、贅沢をさせるわけではないが人道的にきちんと一人の人間として扱っていたと言えるように。まあ、それはそれとして陛下としては娘の傍にいる異性ということで、本当に警戒している部分もあるのだろうが。


「若様がそうしなければならないような相手となりますと……国王陛下からのご依頼ですか?」


 だからこそ、というべきか。ナズナも国王陛下の存在に思い至ったようで、どこか納得した様子へと変わる。


(ちょっと情報を渡すだけで『魔王』や『魔王の影』に気付いたっぽいモリオンが異常なだけで、ナズナの反応が普通なんだよな……)


 俺としては助かるが、ナズナを騙しているような気になってしまう。ただ、都合が良いためわざわざ訂正もしないが。


「それならたしかに、若様がここまで気を配ってテンカワの面倒を見るのも理解できます。てっきりわたしは、強くなったテンカワと戦うのが楽しみだから育てているものと」

「ははは、そんなわけないじゃないか」


 そんなことは半分ぐらいしか思ってないよ? 本当だよ?


「しかし若様、そういう事情なら納得できますし派閥の面々も説き伏せられますが、テンカワをどこまで育てるおつもりで?」

「まずは剣術の基礎を固める。で、ある程度の水準に達したら次は魔法だ。その時はモリオンの手を借りるつもりだが、透輝からは強い魔力を感じるからな。最終目標は剣も魔法もどちらもこなせる魔法剣士といったところか」


 『花コン』でもそうだったが、カトレアの上位互換とでもいうべき強さ、戦い方が主人公とうきの到達点だ。


 剣術としてスギイシ流の技を使い、光属性の魔法を最上級まで操る魔法剣士……うーん、戦うとすれば腕が鳴るな。そこまで育てば俺の方が挑戦者か。血が沸くわ。


「待ってくれししょー! そんなこと聞いてない! 俺聞いてないよ!? 魔法まで覚えるの!?」


 素振りをしていた透輝が悲鳴を上げるようにしてそんなことを叫ぶ。どうやらこちらの会話が聞こえたらしい。


「距離がある相手は魔法で薙ぎ払い、近付けば剣術で斬り伏せる……すごく強そうじゃないか? それに格好良いぞ」

「強そうだけど! 格好良いけど! 覚えるのは俺なんだよな!?」

「なあに、君ならいけるいける。それと素振り中なのにこっちの会話が聞こえるなんて集中力が足りんな。素振りをあと三百回追加だ」

「はいししょー! やるけどさすがにひどいと思います!」


 そう叫んで素振りに集中する透輝。あと師匠呼びはやめてね? 冗談というか、愛称みたいなもんだってわかるけどね?


(このまま基礎を固めていくとして……タイミング的に秋の武闘祭イベントで()()()()するのが丁度良いか?)


 『花コン』では秋になると武闘祭と呼ばれるイベントがある。これは剣術や魔法、その両方、なんでもありと条件をつけてのトーナメント戦だ。一応、前世の学校行事でいうところの運動会がこれに該当する。

 その辺はゲームらしいというか、観客を招いて学園の闘技場で一対一の戦いが行われるのだ。


 生徒全員が戦うと時間がかかりすぎるため事前に予選を行い、闘技場では選出された十六人がトーナメント方式で戦うこととなる。


 それでも学年ごと、あるいは全学年参加で剣術、魔法、剣術と魔法、なんでもありの四種類で戦い、全学年参加可能かつなんでもあり――この場合のなんでもありというのは『召喚器』の使用も可能という意味だが、そのパターンが優勝の難易度が一番高くなる。


(さすがに全学年参加の条件不問に透輝を放り込むのは厳しいか? しかし教える側としては敢えて厳しい勝負に叩き込む……もとい、挑ませるべきだよな……)


 そうは思ったが、俺はランドウ先生ほどスパルタではない。


 剣術の基礎が固まったと判断して出場させるのなら剣術部門で良いだろう。剣術部門なら貴族科や騎士科の生徒達が多く出場するだろうし、幼い頃から剣を振ってきた生徒が相手なら丁度良いはずだ。


(俺も剣術部門に参加して、決勝戦かその手前で透輝と当たり、実戦形式で成長具合いを確かめる……それなら透輝もやる気が出そうだな)


 大舞台で剣を教えた相手と戦うというのもおもしろ――じゃない、成長を確認出来て最適だろう。


(よし、そうするか。成長次第だけど、一年生の剣術部門で透輝と勝負だ)


 後で出場に関して詳しく確認しておこう。


 俺はそう思い――確認したら一年生の剣術部門への参加が却下されたのだった。

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― 新着の感想 ―
一番最後の文で吹いたw
ミナトの強さがどれくらいかと言うと、ネフライト男爵に一太刀浴びせる可能性があって、ドラゴン刃が届けば倒せて、ケルベロスは楽勝で、魔王の影には一歩及ばず、師匠にはまだ勝てない。つまりは人類の上澄みです(…
師匠がランドウ先生じゃなきゃ師範代を名乗れるような生徒が学生の大会に出られるわけないだろ!いい加減にしろ!このドラゴンキラー!
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