第161話:勧誘 その2
「技術科のスグリ=レッドカラントさんを生徒会に、ですか?」
スグリから生徒会に入るという承諾を得た俺は、その足で生徒会室へと向かってアイリスへ報告を行っていた。
書類仕事をしていたアイリスは俺の報告にきょとんと目を瞬かせている。
「はとこ殿が回復魔法を使えるものの、錬金術による回復アイテムも必要だと思いましてね。その点、スグリなら四大家であるレッドカラント家の錬金術師です。俺もポーションを買ったことがありますが、その腕前は保証しますよ」
「は、はあ……事前に相談はされていましたし、それは別に構わないのですが……」
アイリスはどことなく戸惑った様子で言い淀む。何か気になることでもあったのだろうか?
「スグリは生まれも育ちも王都ですし、派閥的にははとこ殿の中央派閥になります。その点からもお勧めの人材だと思うのですが」
「いえ、ミナト様の推薦ですし、その辺りも特に気にしていません。派閥がどうこうというには、東部派閥が一強体制ですから……その点は気にしても、という感じですし」
そう言って苦笑するアイリスだが、なんだかんだで王女という肩書きは強い。今は俺やナズナ、モリオンが先日の野外実習で火竜を倒した立役者ということもあって東部派閥が目立っているが、アイリスが率いる中央派閥は二番手でどっしりと構えている。
「スグリさんとは直接会ったことがありませんが、錬金術師としてそこまでの才覚をお持ちと?」
「俺は錬金術の才能がないですし、そんな奴の保証には価値がないでしょうが……間違いなく天才の部類ですよ」
むしろスグリを超える天才がいるのなら見てみたいほどだ。他の四大家の生徒がいたとしても、全ての錬金アイテムを作成可能になるスグリが相手では分が悪すぎるだろう。
「それほどの……えっと、わたしは本当に構わないのですが、スグリさんを生徒会に入れて大丈夫ですか? 目立ってしまいますが」
「たしかに、本人の性格的に目立つのは好むタイプではないですが……」
何かを心配しているアイリスに内心で首を傾げながら答えると、アイリスはどことなく戸惑った様子になる。
「ミナト君? 会長はそれだけ優秀な錬金術師なら、貴方以外にもスカウトに走る生徒が出るんじゃないかって心配してくれているのよ」
「……ああ、そういうことですか」
話を聞いていたカトレアの言葉に、俺は納得して頷きを返す。たしかに優秀な錬金術師はどこの家でも欲しがるものだ。それが四大家の生まれで、なおかつ才能豊かとなると引く手数多だろう。
「その判断を下すのはスグリです。たしかに当家でもスカウトしたい腕前ですが、本人の意思が一番大切ですからね」
嫌々働くのでは雇う側も雇われる側も不幸になる未来しかない。スグリなら実家を継いでも良いし、サンデューク辺境伯家に限らず他の大貴族のところでも十分に錬金術師として務まるだろう。
(まあ、そんな未来を考えるためにもまずは『魔王』をどうにかしないといけないんだよな……)
ふとした拍子にプレッシャーが圧し掛かってくる。昨晩オリヴィアと話をしたからか、余計に意識せざるを得ない。
それでも、スグリを生徒会に招いて錬金術で色々なアイテムを作ってもらうことは、たしかなプラスになることだ。
アイリスに限らず、回復魔法だと怪我が治るのに多少の時間がかかってしまう。その点、ポーションは傷口に振りかけるなり、飲むなりすればすぐに効果を発揮してくれる。
ゲームみたいに回復魔法を使ったら即回復、なんてことはさすがにないのだ。逆にいえば、安全と時間を確保できている状態なら回復魔法の方が良いし、使い手の技量によっては戦闘中でも十分に使用に耐え得るんだろうが。
(訓練で透輝をボコボコにしたとしても、治療って名目でアイリスと触れ合う機会が増えるしな……いや、必要だからボコるわけで、そのためだけに傷を負わせはしないけどさ……)
そんなことを考えながら、俺はアイリスに笑いかける。
「そういうわけでして、スグリには是非ともその腕を揮ってもらおうと思っています。透輝の訓練についても、思わぬ怪我が発生する可能性がありますからね」
「……透輝さんの怪我はわたしが可能な限り治しますが、限度がありますからね。生徒会で回復用のアイテムが常備できるのは良いこと……です、よね?」
自信がなさそうに首を傾げるアイリスだが、良いことだと思うよ、うん。ほら、カトレアも頷いているじゃないか。
「十分な備蓄ができたらわたしも使いたいわね。回復の手段が複数あれば、多少過激に模擬戦をしても問題ないでしょうし」
そう言って俺を見てくるカトレア。どうやら以前のような模擬戦をお望みらしい。
「ええ、俺もそう思います」
だから俺もにっこりと笑って返す。大歓迎だよ、なんて意図を込めて。
「そ、そうですか……カトレア先輩もそう仰るのなら……」
ただ一人。アイリスだけが置いていかれたように困惑しながら、そう言って許可を出してくれたのだった。
さて、話を持ち込んだのが俺ということで、早速生徒会用の錬金工房のチェックに向かう。
学園の設備は使用人が掃除してくれているため改めて掃除する必要はないが、どんな器具があって何が足りないかは確認しておかなければならない。
特に、今までろくに使われていなかったから錬金術に使用する素材の在庫は壊滅的になっているはずだ。その辺りはスグリの好きなように発注させてもいいが、最低限、錬金に必要な素材だけでも揃えておくべきだろう。
俺は錬金術に関して才能がないし、いまだに回復用の低品質ポーション――の、前の段階で必要となるアイテムさえ錬金できないが、勉強だけは続けてきた。
そのため必要となる素材についても知識だけはあるし、発注ぐらいならできる。
「…………」
生徒会用の工房に向かっていたら、何やら背後に気配を感じた。トコトコと足音もするが、俺が足を止めると足音もピタッと止まる。
「…………」
俺が再び歩き出すと、背後の足音も再び動き出した。トコトコと音を立てながら俺の後ろをついてくる。
「……っ」
「……?」
敵意も何もないが、さすがに気になったため振り返るとそこには制服姿のメリアが立っていた。そして俺と視線が合うなり不思議そうな顔をする。
(いや、そんな顔をされても困るんだが……)
疑問に思っているのは俺の方なんだけど、なんて思いながら再び歩き出す。すると背後のメリアも歩き出し、トコトコと音を立てながらついてくる。
俺は十歩ほど歩いてから足を止め、もう一度背後へと振り返った。これはさすがに何かしらの用があってのことだろう、と思ったのだ。
「……?」
俺が振り返って視線を向けると、メリアは俺の顔を見てから自分の背後を確認するように振り返る。いや、君を見ているんだよ? 背後には誰もいないよ?
「あー……メリア? どうかしたのかい?」
いきなり現れたメリアにどう反応すれば良いか迷ったが、俺は結局普通に声をかけることにした。声をかけないとこのままずっとついてきそうだったからだ。
生徒会室がある学術棟の四階は教室などがないため、生徒の往来もほとんどない。今も廊下には俺以外いないため、別人に用があったわけではないだろう。というか、これだけ後をついてきたのに別人に用があったらビックリだわ。
「…………」
だが、メリアは無言で俺の顔をじっと見つめてくるだけだ。穴が開きそうなほどじっと、まっすぐに見つめてくる。
「メリア?」
もう一度名前を呼ぶと、メリアは一歩、二歩と近付いてくる。そして身長差があるため、下から見上げるようにして俺の顔を見つめてくるが――。
(え? な、なに? 本当にどうした? 何かついてたりは……しない、よな?)
思わず自分の顔を手で触るが、何かおかしなところがあるわけじゃない。そのためメリアの行動が理解できずにいると、何やらメリアが俺の行動を真似るようにして俺の顔に向かって手を伸ばしてくる。
そして俺の頬を指で二度、三度と突くと、どこか満足した様子で頷いた。
「っ!?」
そのためメリアの指を掴んでみると、ビクッと音が立ちそうな様子で肩をはねさせる。続いて慌てた様子で俺から離れ、そのまま廊下の柱の陰に隠れたかと思うと僅かに顔を覗かせ、こっそりと俺を見てくる。
(野良猫か何かかな?)
何がしたいのかわからないが、メリアなりに何か目的があるのだろう。ただ、その目的がメリア自身、わかってない感じもするが。
「一応聞いておくけど、オリヴィアさんから何か言われて来たわけじゃないんだよな?」
「……?」
昨晩顔を合わせたし、一応の確認として聞いてみるがメリアは不思議そうな顔をするだけである。オリヴィアもメリアに対してそんな指示は出していない、なんて言ってたしな。
(そうなるとメリアが望んでの行動なんだろうけど、行動が謎すぎてなぁ……)
『花コン』でも初期の段階だとこんな感じだったとはいえ、理由を尋ねても答えが返ってこないため反応に困ってしまう。悪意があってのことでもないため叱るわけにもいかないし。いや、そもそも叱るって選択肢がおかしいのか。
「俺はこの先にある工房に用があるんだけど、メリアは何か用があって来たのかい?」
とりあえず反応をうかがうためにも話を振ると、何を思ったのかメリアが柱の陰から出てきた。そして俺の傍まで戻って来たかと思うとじっと見上げてくる。
(この顔をじっと見つめてくるのって、小さな子どもっぽいな……まあ、メリアの情緒は育ってなかったはずだし、あながち間違いじゃないのか)
『花コン』を基準にしすぎるのも危険だが、序盤のメリアは無垢というか、ある意味で常識がないというか。オレア教の育成方針がおかしかったのでは、なんてプレイヤーに思われるぐらい行動が純粋だ。いっそ機械的だと表現してもいいかもしれない。
こうしてメリアの行動を見ているとそれを強く実感する。主人公がメリアルートに入るぐらい交流すると、この状態から『魔王』が発生する三年後までに情緒が育ち、普通の女の子らしい反応を見せるようになるのだが。
「そういえば、第一訓練場で透輝が剣の修行をしているんだよ。もしも興味があるなら見に行ってみたらどうだ?」
俺じゃなくて透輝の方を見に行ったらどうかな、と勧めてみる。するとメリアは小さく頷いて背中を向けて歩き出した――と、思ったら数歩で足を止め、振り返って戻ってくる。
「あの、メリアさん?」
「メリア」
「あ、うん。メリア? 透輝のところに行かないのか?」
さんづけも駄目らしい。俺が改めて尋ねると、メリアは不思議そうな顔で首を傾げた。いや、首を傾げたいのはこっちなんだけどね?
「んー……っと、俺は今から工房のチェックをしに行くんだが、ついてくるかい?」
まさかと思い、膝を折って目線の高さを合わせて尋ねてみると、無表情ながらもメリアの表情が輝いたように見えた。そしてコクコクと頷き、俺が歩き出すと後ろをついてくる。
(……えっと……あ、そうだ……工房を確認したら、錬金に必要な素材の入荷先にルチルの実家が使えないか聞いてみるか……話しかけるための話題が欲しかったんだよな、うん……)
俺は現実から逃避するようにそんなことを考えるが、メリアはその間も無言でついてくる。
結局、何が楽しいのかはわからないが、この後も俺が工房のチェックをする間、メリアはずっとついてきたのだった。




