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第158話:夜の密会 その2

 前回『魔王』が発生してからずっと生きてきた、と告げたオリヴィアを前に、俺は取るべき反応に迷ってしまった。

 本当なのか、オリヴィアなりの冗談なのか、別の意味が含まれた話なのか。それらを脳内で思考、検討し、オリヴィアの様子から本当のことなのだろうと判断して話に乗る。


「前回の『魔王』が発生した時、と仰いますと……」

「約三百年前。正確な年数は……三百二十一年ほど前のことね。あら……『魔王』が発生した時で数えるなら三百二十二年前だったかしら?」


 冗談ですよね、と今更ながらに言いたくなる発言だった。しかし冗談の気配はなく、オリヴィアは昔を思い出すように目を細めている。


()()を知る人間はわたし以外残っていないから、証拠や証人を出せと言われると困るのだけどね。サンデュークの神童君、今は何年か知っているわよね?」

「新暦三二一年ですよね」


 『花コン』でも出てくる設定だが、初めて『魔王』が発生し、それを『封印』した年を境に旧暦、新暦とわかれていたりする。


 現在は新暦の三二一年で、旧暦は一二九〇年まで続いていた。通算すれば現在は一六一一年といったところだろう。


 旧暦は千年以上続いていたのに、新暦は三百年とちょっとで『魔王』が発生してしまうのは、人口が増えて負の感情が溜まりやすくなったのが原因と言われている。あとは『魔王』を『封印』したからどうしても初回と比べて発生のスパンが短くなるのだ。


「そういうわけで、わたしは三百年以上生きているの」

「どういうわけなんですか?」


 思わずツッコミを入れてしまった。百歩譲って三百年以上生きているのは良いとして、どうやって生きているのかを教えてくれないと反応に困ってしまう。


(『花コン』に不老不死……この場合は不老だけでいいのか。そういう種族とか存在っていたっけ……『魔王の影』以外だといない……よな?)


 ファンタジーな世界なら()()()というべきか、エルフのような長寿っぽい存在も『花コン』にはいなかった。この現実となった世界でもそれは同じで、『魔王の影』以外に三百年以上生きていられる存在は覚えがない。


(可能性があるとすれば、そういう効果がある『召喚器』か? 不老の効果があるなら権力者の間で争奪戦が起こりそうな……ああ、そうか。オレア教の教主だから抑え込めているのか)


 仮にそういった効果の『召喚器』があるとしても、オリヴィア以外の立場の人間では扱えまい。あるいはオリヴィア自身、権力者には自身が不老だということを隠している可能性がある。


(……いや、待て、待って。本当にそうならなんでそれを俺に伝えるの? なんで?)


 やっぱり嘘じゃない? そうであってほしいんだけど、なんて思いながらオリヴィアを見ると、オリヴィアは襟元に手を入れて何やらアクセサリーを引っ張り出す。

 赤い宝石があしらわれた、一見すると高級そうな見た目だが、王都でならどこかしらの店で売られていそうなネックレスだ。


「『召喚器』には色々な種類があるけれど、中には特殊な効果を発揮するものもあるわ。それは知っているわね?」

「まあ、知ってはいますが……『想書』の原型も特殊な『召喚器』ですよね?」


 『花コン』でもそういう話題があったはずだ、と思いながら答える。


 『召喚器』は俺が使う『瞬伐悠剣』のように、武器の形をしていて能力も戦闘向きのものもあれば、アイリスの『鏡天導地』のように他者を召喚するもの、アレクの『三面碌秘』のように確率で効果が変わるものなど、様々なものがある。

 中でもアレクの『三面碌秘』は必殺技が特殊というか、運試しというか……『花コン』というゲームだからこそできることだろうが、戦闘での経験値が倍化したり入手するお金が倍化したり、逆に何割かに減ってしまったり、味方のステータスを上げたりと、他にも色々とランダムで効果が出てくる運命操作みたいな能力だ。


 そういうわけで戦闘に特化したものだけでなく、それ以外の能力を持つ『召喚器』というのは珍しくはあってもゼロではない。


 しかし、この話の流れだと、今しがた取り出したアクセサリーが()()()()()』なのだろう。


「以前ダンジョンで入手したこの『召喚器』がわたしを不老にしているわ。名前は『永営無朽えいえいむきゅう』……その名の通り、朽ちること無く永い営みを送らせてくれるわ」

「……世の権力者が知ったら奪い合いそうですね」


 俺としてはそんな感想しか出てこない。効果はともかく、求める人が多そうな『召喚器』だということは理解できる。

 ただし、他人の『召喚器』の力を引き出せるかは相性次第だ。オリヴィアが不老になったからといって、この『召喚器』を奪ったとしても不老になれる保証はない。もちろん、保証がなくとも欲しがる者は大勢いるだろうが。


「あら、貴方は欲しがらないの?」

「御冗談を。俺は死なずに『魔王』をどうにかできたら、ベッドの上で大往生すると決めていますので」


 仮に死なずに『魔王』をどうにかできたら、それぐらい望んでも罰は当たらないだろう。一度目は刺殺されたし、二度目ぐらいは穏やかに死にたいものである。いやもう、本当に。


「ふーん……欲がないのね」

「いえ、この上なく強欲でしょうよ。俺が大往生できるということは、()()()『魔王』をどうにかできた……最低でも長期間の『封印』、最高なら『消滅』することができたって証拠なんですから」


 オリヴィアの探るような言葉に苦笑を返す。


 世界を滅ぼせる存在を相手にして()()()()()()()のなら、それはこの上ない幸福というものだろう。


 色々と発達していて不自由なく暮らせるこの世界だが、平均寿命は前世の日本ほど長くない。それでも学園を卒業して、サンデューク辺境伯を継いで、結婚して、子どもをもうけて、その子どもを育てて、爵位を譲って、あとは悠々自適に老後を過ごし、最期はベッドの上で大往生。


 それが叶えば最高だ――ただし、俺の中では優先順位は三番目である。


 『魔王』をどうにかすること、死なないことの方が優先順位が高いのだ。その両方をどうにかできたならベッドの上で大往生っていうのも可能だろうが……。


(でも何事もなく老衰で死ねるのって、前世でも確率が低かったような……十人に一人ぐらいだっけ? い、いや、とにかく『魔王』をどうにかできて、戦いの中で死ななかったのならセーフってことで……)


 そういえば、と前世の記憶を思い出してちょっと焦る。大往生って地味に難しいよね。その分、目標として掲げるにはピッタリなのかもしれないけどさ。


(で、だ……問題は、なんでわざわざ俺に自分が不老だって伝えて、なおかつそれを実現させている『召喚器』まで見せたのかってことだけど……)


 俺が不老を求める存在かどうか確かめたかった? 仮にそうだとすればその理由は? でも不老になりたいかって聞かれたら前世の頃でもノーって答えるタイプの人間だぞ、俺は。


(あり得るとすれば……俺がまだ『魔王の影』だと疑われているとか? ()()()()()()()であるオリヴィアさんが不老なら、『魔王の影』にとっても厄介な話だ。ここで不老の『召喚器』を破壊するか、奪うような仕草を見せないか観察している?)


 でも奪ってどうするんだ? 『魔王』が発生するまで三年もないんだ。オリヴィアが不老じゃなくなったとしても、『魔王』への対策は問題なく可能なはずだ。


(『召喚器』の効果が不老じゃなくて不老不死なら『魔王の影』も手を打つんだろうけど……不老ってだけじゃなぁ)


 人類でも屈指の強者であろうオリヴィアが不老不死なら、『魔王の影』としてもこの上なく厄介な存在だろう。

 たとえ話だがランドウ先生が不老不死なら『魔王の影』としてもどうしようもない。死なないのをいいことに、『魔王』側を磨り潰せる。しかし『永営無朽』は不老というだけだ。


(……うん、わからん)


 色々と考えたが、オリヴィアが俺に『永営無朽』を見せて不老だと明かす意味がわからない。あるいは、意味を求めてのことじゃないのかもしれないが。


 仕方ない、ここはもう直球でいくか。


「教主殿、もしかしてですが俺をまだ『魔王の影』と疑っていますか?」


 真っすぐにオリヴィアを見詰め、そう尋ねる。自分でも怪しい行動を取っていると思うが、そこは信じてもらうしかない。以前『巧視魂動』で確認してもらったから、本気で疑っているわけではないと思うのだが。


「貴方はどう思う? わたしはどうしてこんなことを伝えたのかしら?」

「えぇ……」


 しかしとぼけるように問い返され、俺は思わず呟きを漏らしてしまった。これはもしかしてツッコミ待ちなんだろうか? おばあちゃん、俺がそんなことを知るはずがないでしょうって。いや、言ったらグーパンチが飛んできてもおかしくないな。


 すると珍しく――本当に珍しく、ほんの少しだけだがオリヴィアの表情に笑みの感情が宿ったように見えた。


「ふふっ……余計な話をしたわ。本当に疲れているのかもしれないわね」


 疲れているのは間違いないだろう。俺の反応を見て息抜きになったのなら幸いだが、それだけで済ませるには話の内容が怖すぎる。


「不老には興味がないですが、初めて『魔王』が発生した時のことについては興味があります。その当時はオレア教が存在しなかったんですよね?」


 とりあえず話を続けてオリヴィアの意図を探ろう。忙しそうだったけど、手を止めて話せるぐらいには余裕があるんだろうし。


「あの頃はなかったわね。『魔王』を『封印』して、()()()()()必要があるって考えた時、何をどうすれば『魔王』が発生するまでの時間を延ばせるのか……わたしの友人が、仮説程度だけど考えていたのよ。わたしはそれを実行しただけ」

「…………?」


 そう話すオリヴィアの表情に陰がさしたように見えて、俺は内心で首を傾げる。


(そういえば、以前死に別れた友人がいたって言ってたな……俺がその人に似ているとも)


 外見か性格か雰囲気か、何が似ていたのかはわからない。それでも話の流れから尋ねた方がいいな、と思った。


「その友人というのは、以前俺に似ていると仰っていた方ですか?」

「ええ。でも、似ていると言っても外見は全然似ていないわね。雰囲気というか、()()()()()を口にした時の反応が似ていたのよ」


 それって初めて会った時に、俺が年齢について尋ねたことを指しているだろうか。しかしそんなことを言われても、妙齢の女性に年齢の話をするのはタブーだって……。


「それは……気が合いそうな方ですね。もしかしてですが、オレア教で祀られているお三方のどなたかですか?」


 そう言って俺は図書館の最奥にある、三体の石像へと視線を向けた。時間帯が時間帯だけに図書館の中が暗くていまいちよく見えないが、石像の輪郭が薄っすらと見える。


 三体の石像はオレア教が祀る、かつて『魔王』が発生した際に『魔王』を『封印』するための決定打を与えたという三人の像だ。


 一人は中年手前ぐらいの男性、一人は年若い男性、一人は年若い女性が石像として彫られている。その中の誰かを指しているのだと思うが。


「そうよ。あの三人の中の一人、オオイシという男性が――」


 そこまで口にして、オリヴィアの表情が固まる。無感情という意味ではなく、不意に動作を停止したロボットのように、ピタッと音が鳴りそうな様子だった。


 それに疑問を覚えていると、オリヴィアは口元を苦笑の形に変える。どうしようもないものを見たような、思わぬ失敗を悟ったような、そんな表情だった。


「……駄目ね。もう、あの人の顔も思い出せないわ」


 石像の顔を毎日見ているのにね、とオリヴィアがどこか悲しそうに言う。


 オリヴィアが本当に三百年以上生きているのなら、最後に会ったのもそれだけ昔になる。思い出せないというのも仕方がない話だ――と、言うだけなら簡単なのだろうが。


(本当に大切な人だったとして……そんな人の顔を思い出せなくなるっていうのは、どういう気持ちなんだろうな……)


 俺も前世で亡くした両親の顔や声を忘却しつつあるが、それでも思い出そうと思えば思い出せる。しかしそれが百年、二百年、三百年と経てばどうなるか。俺だと百年後には思い出せなくなっていそうだ。

 そうやって俺が言葉に迷っていると、オリヴィアは首を横に振って一度だけため息を吐く。


「まあ、疲れはともかく、わたしも色々と()()()()()()()()のはたしかよ……今日のところは帰りなさいな」

「……わかりました。無理はしないでください」


 俺は余計なことは言わずに頷きを返し、一礼してからオリヴィアに背を向ける。そして真っ暗な図書館の中を進みながら、まさか、と思考を巡らせた。


(限界が近いから、()()()()()()を探しているってわけじゃないだろうな……仮にそうだとしても、俺には荷が重すぎるぞ……)


 オレア教みたいな巨大組織をまとめ、各国のパワーバランスに気を付けながら『魔王』に備えて色々と手を打つなんて無理だ。それができそうな能力がある人間なんて……うーん、アレクならできそうか?


 オリヴィアの様子に少しだけ不安を抱きながらも、俺は図書館を後にするのだった。

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