表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
158/159

第156話:主人公育成計画 その2

 ――他人に何かを教える際、困ることは何か?


 教え方? 正しく教えられているかという迷い? 教える対象と自分の感覚の違い?


 俺としては、相手が教わることを()()()()()()()()が一番大きいと思う。


 俺がランドウ先生から剣を教わった時は、強くならなければ将来死ぬ可能性が高まるという危機感があった。


 悪役ミナトという立場はそれだけ危険で、死亡フラグが満載で、せめて強くなければ切り抜けられるものも切り抜けられないだろうと思ったのだ。


 ケツに火が点くどころか、首がギロチン台にセットされても足掻かないなんてことは俺には無理だ。なにせ一度死んで転生した身である。二度目は御免被りたいし、可能なら今世こそ大往生で死にたい。


 そんなわけで剣にどっぷりとハマった今はともかく、昔の俺がランドウ先生に課された修行を乗り越えられたのは死にたくないという思いが根底にあったからだ。


 ランドウ先生が振るう剣があまりにも綺麗で、人間という生き物はここまで動けるものなのか、と憧れた部分もあるが……そんな純粋で綺麗な思いだけで剣を振ってきたわけではない。死にたくないから頑張るという、生き物としての当たり前の欲求に縋った面があった。


 そういうわけで、透輝が俺に剣を教わりたいと申し出て承諾した時から、まずはどれだけ()()()()()()と不安に思ったものだが――。


「九十七! 九十八! 九十九! 百!」


 透輝に剣を教え出して五日目。


 授業が終わって放課後になったため、透輝を第一訓練場に連れ出してウォーミングアップがてら素振りを百本の三セット程させているが、生き生きとした顔で木剣を振るっている。


 とりあえず三日坊主を超えて油断したら来なくなった、なんて事態は避けられたな、と思っていた俺だったが、透輝の表情を見た限りでは教え始めた初日の時からやる気が目減りしていない。俺が教えたことを忠実に守り、一本一本気を付けて素振りをしているのが見て取れる。


(こうして楽しんで訓練に取り組めるのも才能かな? 俺の場合は必死だったからなぁ……)


 剣の握り方を教えるところから始まり、基本的な剣の振り方、様々な姿勢での剣の振り方などを教え、実際に振らせて()()()()()()()()()ところだが、やる気が高ければ覚えも早い。


 自分に合った剣の振り方を少しずつ、しかし確実に物にしていく透輝を見ると苦笑しか出てこない。なんだこの才能の塊。


「三百! っと!」


 しっかりと素振りをして、最後に残心を取ってから構えを解く透輝。それを見ていた俺は一つ頷くと、素振りの最中に気になった部分を指摘してから次の修行に移ろうとする。


「そういえばミナト、一つ質問があるんだけど……訓練だと木剣を使うけど、実戦だとどうすればいいんだ? 木剣? この形に似た真剣? それとも『召喚器』?」

「おっと、良い質問だな。その答えは簡単だ。『召喚器』を出してみるといい」

「え? お、おう……ちょっと待っててくれよ」


 俺の返答を聞いた透輝は木剣を地面に置くと、右手を突き出して意識を集中するように目を閉じる。うーん、やっぱり発現が遅いな。暇があれば発現させて消すのを繰り返すようにって伝えてあるけど、『召喚器』の発現を早くするにはまだまだ時間が足りないか。


 数秒かけて剣の『召喚器』を発現した透輝に、そのまま素振りをするように言う。すると首を傾げながらも剣を振り――不思議そうな顔をした。


「あれ? なんか手応えというか、振りやすさが木剣と同じ……ような?」

「そりゃあ木剣の重さや重心の位置を君の『召喚器』に合わせてあるからな。訓練の段階から真剣を振り回してもいいけど、今の状態じゃあ自分の手や足を斬りかねないから木剣を使わせているんだ。で、そのせいで感覚がズレたらまずいから重さや重心は揃えてあるんだよ」


 俺がそう説明すると、透輝は木剣を拾い直し、感心したように『召喚器』との重さを比べている。


「へー、なるほど、たしかに一緒だ。すっげー……って、んん? な、なあ、俺ってミナトに『召喚器』を渡したことがあったっけ? どうやって重さや重心が同じ木剣を用意した……んですかね?」


 なんで敬語になるの? なんて思いながら俺は答える。


「どうやってって、以前決闘で打ち合ったし、使うところを見ているからな。振り方で重心の位置がわかるし、打ち合った時の衝撃で重さもわかるんだよ」


 さすがに木剣と『召喚器』で全く変わらない、一緒の物を選ぶのは無理だが、重さでいえば数グラム、重心の位置は数ミリぐらいの誤差で収まっているはずだ。ランドウ先生なら誤差なくピッタリの物を選ぶだろうけど、俺だとこれぐらいが限界である。


「……そっか! なるほどな!」


 俺の返答を聞いた透輝は目まぐるしく表情を変化させたかと思うと、最後には考えることを諦めたように笑顔になって頷く。


「そういうわけで、今使っている木剣で訓練しているのは実戦で『召喚器』を使うことを想定してのことなんだ。だから透輝、『召喚器』はもっと早く、最低でも一秒を切る速度で発現できるようになること。いいな?」

「い、一秒か……わかった、頑張る」

「おう、頑張ってくれ。本当は一秒もかけてられないんだ。一秒あれば多少距離があっても踏み込んで斬られるからな。目標はコンマ一秒、可能なら瞬きぐらいの速度で発現できるようになれば上出来だ」

「……が、頑張ります、ししょー……」


 俺の本型の『召喚器』みたいに、直接戦闘に使えないタイプの『召喚器』なら発現の速度が遅くても問題はない。だが、透輝の『召喚器』は剣型だ。発現が遅いのはそれだけ不利である。


 俺は肩を落としている透輝に苦笑を向ける。


「いいかい、透輝。鞘から抜けない剣に意味はないんだ。実体がある剣の話なら鞘ごとぶん殴ってもいいけど、武器型の『召喚器』の場合は発現できないと意味がない。こちらが武器を抜くまで相手が待っていてくれる、なんて考えるのはただの甘えだよ」

「……おう。たしかに、そりゃそうだ」


 俺の言葉を聞いた透輝は納得したように顔を上げた。そして自分の手の中にある『召喚器』をじっと見つめる。


「『召喚器』って普通の武器より強いんだよな?」

「強いというのが何を指すかによるけど、頑丈さ、切れ味、携帯性。その全てで並の武器を上回るだろうね。通常の武器が『召喚器』を上回る点があるとすればその多様性、あとは金を出せば入手できる点かな」


 『召喚器』は発現できなければスタート地点にも立てないからな。その点、普通の武器は店で買える。今の透輝みたいに『召喚器』の発現が遅い相手なら、店売りの武器でも余裕を持って対処できるだろう。


「俺が教わったスギイシ流は剣だけに非ず。打撃、投げ技、締め技、投擲術……つまり素手でも戦えるし、その辺にある物でも拾って投げて傷を与えられる。『召喚器』はたしかに強力だけど、それだけに頼るのは危険だからな」

「あー……そういえばあのジェイド? って先輩と決闘をする時も素手で戦ってたっけ。すごいなスギイシ流」

「なに、君も鍛錬を重ねていければ強くなれるとも。準備運動は木剣で、実戦的な訓練では『召喚器』を使って、まずは剣術の基礎を教え込んでいく。君の『召喚器』の場合、発現すると身体能力が上がるからその辺りの感覚の違いを慣らさないといけないしな」


 透輝の『召喚器』は俺の『召喚器』みたいに常時身体能力を高めるタイプではなく、発現している間は身体能力を高めるタイプだ。そのため発現の速度を上げるというのは本当に大事である。もちろん、発現していない状態も戦えるように鍛えるつもりだが。


 まあ、つまりは基礎を固める、『召喚器』の扱いに慣れる、実戦形式で経験を積ませるという突飛なところがない、段階を踏んだ育成方針というわけだ。


 そうしてある程度剣の扱いに慣れたら、モリオンに協力を仰いで光属性の魔法について習得を勧めるつもりである。もちろん俺がそれを言い出したら、なんで光属性の魔法を使えるって知ってるんだ? なんて思われるため上手く誘導する必要があるが、習得は必須だ。


(接近戦はスギイシ流で行い、距離を離せば光属性の魔法が飛んでくる……うーん、この才能の暴力……いっそ羨ましいぐらいだ)


 ()()()に至るのはまだまだ先の話で、まずは剣術の基礎を固める段階だが、上手く育てば遠近問わず戦えるようになる。


 スギイシ流自体『一の払い』で遠距離攻撃も可能な流派だが、そこに光属性の魔法が加われば魔法による遠距離攻撃、補助、回復と隙がなくなるだろう。


(そこまで強くならないと『魔王』や『魔王の影』に勝てないってことでもあるんだが……今は基礎から、一歩一歩強くしていこう)


 俺は透輝の未来に思いを馳せながら、指導に集中するのだった。






 放課後に透輝の訓練、日が落ちれば自分の訓練を行い、寮の部屋に帰ってきた俺は部屋に備え付けてあるタンスの一番上の段を開ける。オレア教の教主であるオリヴィアから定期的に確認するよう言われていた、()()()()()()()だ。


「……ん? これは……」


 俺はタンスの中に一通の手紙が入っているのを見つけ、手に取って眉を寄せる。


 先日、野外実習でリンネが現れて中級モンスターや火竜を出現させた件の報告書を送ったが、その返事だろうか。


 オレア教の情報網を使ってもリンネの足取りを掴むのは容易ではないだろう。それはリンネに限らず他の『魔王の影』に関しても同様のことが言えるが、困難だからといってやらなくてもいいということにはならない。


 中身はなんだろうな、なんて思いながら封を開け、内容に目を通す。するとそこにあったのは報告書に対する返事ではなく、オリヴィアからの呼び出し状だった。


(こっちに戻ってきてるのか……って、呼び出しは今から? いや、来いっていうなら行くけどさ……)


 手紙に記されていたのは、夜更けにも関わらず図書館へと呼び出す内容である。よっぽど急ぎの用件があるのだろうか、なんて首を傾げながら部屋を出ると、気配を隠しながら寮を出て図書館へと向かう。


 時刻は既に深夜。学園の敷地内に人気はほとんどなく、時折見回りの使用人が通路を行き来しているぐらいだ。


 俺は学園の東南方向にある図書館へつながる門へと到着すると、普段はいるはずの門衛がいないことを確認し、思わず苦笑しながら門を開ける。おそらくだがオリヴィアから俺を通すために開けておくよう言われているのだろう。


 そんなわけでどこかしらの扉が閉まっていて通れない、なんてこともなく図書館へと到着する。普段は日のある内にしか訪れたことがないが、ほとんど明かりがない状態の図書館というのは中々にホラーチックだ。前世だとホラーゲームの舞台でありそうである。

 まあ、モンスターとしてゾンビや霊体が出現する世界だし、それらは『王国北部ダンジョン異常成長事件』で既に斬っているし、何か出てきても斬ればいいよね、という精神で図書館を進んでいく。


 そうして辿り着いたのは図書館の一番奥。普段ならメリアが本を読んでいるであろう読書スペースだった。


「……来ましたね」


 そこにいたのは俺を呼び出したオリヴィアである。ただし、これまでに会った時と比べてどこか疲れた様子で、こちらを一瞥もせずに書類に目を通している。


「呼び出しを受けて来ましたが……忙しそうですね?」

「普段からこんなものですよ。こんな夜更けに呼び出すことになってしまい、申し訳なく思っていますが……」

「いえ、それは別に構いません」


 相変わらずこちらを見ることもなく謝罪するオリヴィアの様子に、別段失礼と思うこともなく答える。


 これまでオリヴィアとは二回ほど会っているが、オレア教という巨大な組織のトップという立場がどれほど忙しいかは想像するに余りある。下手せずともこの国のトップ、国王陛下よりも忙しいだろう。


 初めて俺と会った時も、辺境伯であるレオンさんの要請かつ俺に『魔王の影』ではないかという疑惑があったとはいえ、会うために頑張って時間を作ったのだとすれば頭が下がる思いだ。


 二回目に会った時も、俺がアイリスによって透輝が召喚されると予言じみた真似をしたから時間を作っていたんだろうし。


 俺がオリヴィアの手が止まるのを待っていると、一分と経たずに書類を机へと置く。そして一息ついてから俺へ視線を向ける。


「ふぅ……それで、呼び出した用件なのですが……リンネとやらについてです。それとトウキ=テンカワに関する報告をお願いします」


 そう言って早速本題へ入ろうとするオリヴィアに、俺は苦笑を浮かべながら手近なところにあった椅子へと腰を下ろすのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
夜の図書館で女教主と密談。カリンが女の勘を発動させそうなぐらい、イケナイ雰囲気がプンプンしますなぁ。
やっぱりリンネが透輝のことを知っていたのはデカすぎるよね……。 リンネの謎めいた動向に透輝の様子確認。オリヴィアは良く呼び出してくれましたね。まさか総責任者が自ら事情聴取してくれるとは。普通なら(スパ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ