第155話:主人公育成計画 その1
さて、本格的に透輝を鍛えることになったわけだが――。
(えーっと……初日で夜だし、最初は何をさせようか……俺の場合は手の平から血が流れて腕が上がらなくなるまで木刀を振り続けて、そこから腕を折られたっけ)
今になって思い返してみても、七歳児相手にやらせることじゃないな……あの時のランドウ先生からすると、子ども相手に剣を教えるのが面倒だったっていうのが理解できるけどさ。体が成長していない子ども相手だと、教えられることにも限度があるしな。
その点、透輝は現時点である程度体が成長している。今はまだ成長期と言える年齢だが、俺がランドウ先生に習い始めた時みたいに体への悪影響なんかはそこまで考えなくてもいいだろう。
そうなると多少の無茶も許容できるだろうが、どこまでやるかが問題だな。
俺は自分の経験をもとに透輝の訓練メニューを考えていく。ただし俺を基準にすると反復練習が非常に多くなってしまうから、ある程度駆け足気味に育ててもいいかもしれない。
(才能の差を考慮して、なおかつ子どもの頃の俺を基準にすると体力や筋力が違うから……でも俺の場合、本の『召喚器』が身体能力を強化してたしなぁ……)
まずは透輝の身体能力を確認するところから始めるべきか。そこから剣の振り方を最低限仕込んで、あとは実戦的に鍛えるべく、俺とひたすら模擬戦を繰り返し、怪我したらアイリスに治してもらう、なんて方法なら透輝も飽きないかな?
「ミナト? なんか滅茶苦茶悩んでるっぽいけど、どうかしたのか?」
「いや、君をどうやって鍛えようかと考えていただけさ。確認だが、体力に自信はあるか? 筋力や動体視力は?」
「えっ? 体力は……まあ、それなり? 学校のマラソン大会でも二百人中二十から三十位ぐらいには入ってたぞ。筋力も運動部のトップには負けるけど、ぼちぼち鍛えてる……かな? 動体視力は……どうだろう。悪くはないと思うんだけど」
『花コン』でも透輝は運動神経が良い方で、平和な世界の学生としては平均以上の身体能力を持っていた。そのため剣を振るのに最低限の身体能力は備わっていると見ていいだろう。
「精神力は? 柄がささくれ立って手の平に突き刺さって出血しても構わず木剣を振れるか? 師匠に腕を圧し折られても何クソと立ち向かっていける気概はあるか?」
「なにその質問、怖いんだけど……特に後半が……え? 俺、ミナトに腕を折られるの?」
自分の腕を庇いながら後ろへと退く透輝。半信半疑といった様子だが、俺が本当に腕を折ると思っているんだろうか。
「質問の仕方が悪かったな。実戦だと腕が折れようと泣き言はいってられないから、それを確かめるための質問だったんだ」
「……ミナトも実戦で腕を折られたことが?」
「肋骨を根こそぎ圧し折られたことならあるぞ。腕の骨は……まあ、七歳の頃に、師匠に弟子入りしようとした時に折られたぐらいだ」
「弟子入りしようとして腕を折られるってどういう状況!? 甘く見てたつもりはないけど、剣の道ってものすっごく厳しいな!?」
いやぁ、甘えた貴族のボンボンを諦めさせるには手っ取り早いと思うよ。俺の場合、諦めたら死亡フラグが乱立するから必死に立ち上がったけどさ。
(でも、アレはアレで剣を教える側と教わる側、上位者と下位者の立場を刷り込むにはうってつけではある、か……やるか?)
今の俺ならランドウ先生ほどではないにせよ、ある程度は綺麗に腕の骨を折ることができるはずだ。中品質のポーションも持ち歩いているし、治療に関してはバッチリである。
「っ……!」
そんなことを考えていると、透輝が慌てた顔で後ろへと下がった。それを疑問に思った俺が視線を向けると、透輝は更に距離を取りながら口を開く。
「今なにか怖いこと考えただろ!? なんかそんな空気だったぞ!?」
「ほう……良い勘をしているな」
すごいな。これが『花コン』でランドウ先生が評価した破格の才能の一端か。かなり露骨だったとはいえ、今の段階でこちらの殺気を読んだか。
(ふむふむ……これはやっぱり、実戦的な訓練の方が伸びるか? ランドウ先生に引き渡すまで徹底的に基礎を固める方が良いかなって思ったけど、これならある程度は模擬戦で感覚を研ぎ澄ましても良さそうだな)
模擬戦といっても自由に打ち込ませて、こちらは悪いところを指摘しながら時折反撃して、間違ってもボコボコにしない形での模擬戦だ。
「修行って筋トレとか素振りでいいんじゃないのか? 腕を折られるのも修行?」
「いや、さすがにそれは修行じゃないな。それと筋トレは剣を振るのに必要ない筋肉までつくから、やるなら素振りの方だよ」
まずは体力をつけさせて、剣の振り方を教えて、その上で模擬戦を繰り返すか。でも今は夜だし、これからは放課後、日のある内に走らせるか徹底的に木剣を振らせて、まずは最低限の基礎を固める必要があるな。
というか、俺は慣れているからいいけど、さすがに透輝は日がある内に鍛えるべきか。夜に鍛えるのはある程度形になってからでも良いかもしれない。前世みたいに夜中でも広範囲を明るくできる電灯があれば話は別なんだが。
(待てよ? 電灯といえば透輝は光属性の魔法を覚えるんだよな……モリオンに協力を頼んで、魔法の方も鍛えるか?)
スギイシ流は覚えると魔力の運用方法の違いから魔法の扱いが難しくなるが、『花コン』だと透輝は剣技も魔法も両方問題なく習得する。
その辺りを指してランドウ先生も破格の才能だって褒めたのかもしれないが、光属性の魔法は『魔王』や『魔王の影』に対する特効の攻撃方法だ。
(俺からモリオンに頼めば透輝の面倒を見てくれるとは思うが……指導を通して仲良くなれば好感度が上がって、透輝の『絆石』も輝くか? そうなるとモリオンだけでなくナズナにも協力してもらうか……傷の治療はアイリスに任せて仲を深めてもらって……)
捕らぬ狸の皮算用だが、『花コン』のメインキャラ達と接する時間を増やせばそれだけ仲良くなる機会もあるのではないか、なんて考えてしまう。
もちろん接する時間が増えるだけで仲が良くなる保証はないし、むしろ険悪になる可能性もあるが、接する機会がないのでは仲良くなるも何もないだろう。
(そう考えると、ナズナ、モリオン、アイリス……あとはアレクなら様子を見に来るだろうな。剣の修行をしていたらカトレア先輩も興味を持つだろうし……カリンは厳しいか? 俺が鍛えてるんだよって紹介して……いや、苦しいなそれ……)
俺が透輝を鍛えることで、複数のヒロインやヒーローとの接点も増える算段だ。ただ、それでも仲を深めるのが難しい子がいるから、その辺りはどうするべきか。
(カリンは押し倒しちゃったし、現状だとジェイド先輩やルチルも透輝との絡みがないっぽい……コハクとモモカは来年入学したら俺の方から紹介できるし、カリン達三人が鬼門か)
ジェイドなら俺が鍛えているから、なんて理由で透輝にも絡むかもしれないが、カリンは透輝に対する印象が悪いだろうし、ルチルは技術科だから接点がない。俺を経由して接点を作ろうにも、俺もルチルとの接点は多くないのだ。
(ポーションの試供品をもらったし、そこからなんとかいけるか? でも以前話した感じだと、俺に対して敵意があるっぽいしな。その点、ジェイド先輩は直接絡んでくるからまだ楽なんだが)
まだ『花コン』が始まったばかりで、一年目の五月だ。しかしもう五月と捉えることもできる。『穏やかな風吹く森林』に行ったから『花コン』だとここからは完全に自由に動けたが、現実だとそれも難しい。
(あとはたまに固定の共通イベントが挟まるぐらいで、各キャラの好感度を上げて個別イベントを起こしていくんだが……メリアの件から考えると、本当にゲーム通りに起きるか疑わしいしな)
現実とゲームは違うのだ。
行動がプログラム化されたゲームキャラと人間では何から何まで千差万別というか、ゲームの情報が多少アテにできたとしてもその日の機嫌や体調なんかでも反応が変わるし、一度仲良くなったからといって放置していれば好感度も下がるだろう。
現実の人間に好感度っていうゲージはないけれど、どんなに親しい相手でも疎遠になれば自然と仲が薄れる。そのため仮に特定の誰かと仲良くなって『絆石』を光らせることができたとしても、放置していたら『絆石』が光を失う、なんてことも起こり得る。
「み、ミナト? ミナトさん? 滅茶苦茶真剣に悩んでるみたいだけど、さすがに骨を折るのは勘弁してほしいというか……いや、実戦でそんな泣き言をいってる暇はないっていうのもわかるよ? わかるけど、いきなりは心の準備が……ね?」
俺が考え事をしていると、不安そうな顔で透輝が話しかけてきた。どうやら俺がどうやって透輝を追い込むか考えていると思ったらしい。
「つまり、いきなりじゃなければ大丈夫と?」
「い、いやぁ、前振りがあるとそれはそれで怖いというか……」
「ははっ、冗談だ。意味もなくそんなことはしないとも」
意味があったらやるんだ、と戦慄した様子の透輝を眺めつつ、俺は差し当たり当面の育成方針を伝えることにする。
「たしか、君は武術の経験はないんだったな? 多少体を鍛えてはいても、剣術に限らず武術に関しては完全な素人……それで間違いないな?」
「ああ。学校の授業で竹刀……こっちの世界にあるのかわからないけど、竹っていう植物で作った剣を振り回したり、柔道で受け身を取ったり簡単な投げ技を習ったりはしたけど、武術って言われるとまったくのゼロだな」
うん、体付きや足運びを見ればわかるけど、この点に関しては『花コン』との差異はないらしい。その割に俺と決闘をした時とか、野外実習でモンスターと戦わせた時とか、動きは悪くなかったんだが……ああ、それが才能ってやつか。
俺の場合、運動の範疇を超えないが幼い頃から兵士に剣の振り方を習って、七歳になったらランドウ先生に弟子入りして、十二歳になってランドウ先生に斬り方を教わってから初陣を行った。
そう考えると、透輝は俺がやってきたことを何段階も飛ばしているわけで。
(……透輝に教えるべきことが見えてきたな。その上で俺には必要だったけど透輝には不必要なこと、逆に俺には不必要だったけど透輝には必要なことを取捨選択して、上手く教えていかないといけないのか)
やばい、安易に引き受けてしまったんじゃないか、これ。ランドウ先生が来るまでに基礎を固められれば、なんて思っていたけど、基礎を固められるかどうかも俺の手腕にかかっているのか。
他人を鍛え、教えていくことの難しさ、そしてそれに伴う責任の重さを今更ながら実感する。ランドウ先生、よく俺を鍛えようと思ってくれたな。
(待て待て、前向きに考えるんだ……『閃刃』を成功させた今、基本に立ち返るのは悪いことじゃない。他人に教えるにはそれだけ理解している必要があるからな。俺も基礎を固め直すか)
他人に教えられるほど習熟して初めて身に着けたと言えるだろう。そういう意味では今のタイミングで透輝という弟子を取るのは俺の鍛錬にもつながるってわけだ。
そう、何事も前向きに、ポジティブシンキングだ。そうしないと俺の胃が捻じれそう。
「……よし、透輝。ここに木剣がある。まずは剣の握り方から始めようか」
俺は考えを改め、きちんと初歩から教え込むことにした。だが、微笑みながら告げた俺に対し、透輝はどこか不審そうな顔をする。
「難易度が下がり過ぎて逆に怖いんだけど……剣を握った瞬間、『甘いわ馬鹿めっ!』とか言って俺の腕を折ったりしない?」
「しない」
どうやらまずは信頼関係を築くところから始める必要があるらしい。
俺はニッコリと笑い、木剣を透輝に差し出しながらそう思うのだった。