第154話:王城への報告
リンネによる中級モンスターや火竜の襲撃が発生した野外実習が終わり、学園へと帰還した日の翌日。
俺は学園長室に足を運んで野外実習での件に関して報告書を提出し、口頭でも報告すると、その足で王都へと向かうこととなった。
既に王城にも報告が行われているが、当事者の代表として俺の方から直接報告するよう通達があったのだ。
モリオン達は呼ばなくて良いのかと思ったが、火竜を直接倒したのが俺だからと国王陛下からの御指名である。
一応は親族だから気軽に呼び出してるんだろうか……直臣子爵家の次男であるモリオンはともかく、ナズナは陪臣の娘だし、アレクは道化師だから消去法で俺を選んだ可能性もあるが。
なんだかんだで慣れてしまったから俺も割と気軽に行くけど、今回は国で管理している『穏やかな風吹く森林』での出来事だ。農場に被害は及んでいないが、それなりに広範囲で木々を薙ぎ倒しているから怒られるか何かしらの罰があるかもしれない。いやまあ、それをやったのは火竜だけどね?
そんなわけで礼服を着て王都に行き、今回は事前に話が通っているためそのまま王城へ向かう。そしてある意味いつも通りというべきか、謁見の間で正式に報告を行ったあとは三階の応接室へと呼ばれた。
するとそこには国王陛下に加え、護衛であるネフライト男爵もいたためそちらには目礼を送っておく。
国の上層部とオレア教はつながっているし、国王陛下に報告すればオレア教やオリヴィアにも伝わるだろう。まあ、オリヴィアに対しては学園の使用人を通して個人的に報告書を出しておくが。
「改めまして……お久しぶりです、陛下」
謁見の間でも会ってるけど、相手が相手だけに片膝を突いて礼儀を払う。すると国王陛下は苦笑を浮かべ、軽く手を振った。
「ミナトはそういったところがレオンと似ておるな……そう畏まらずとも構わん。本来学園の行事で起きたことを報告するのは教師達の役目だが、そこをわざわざお主に頼んだのだ。必要以上の礼儀は求めぬよ」
「はっ……それでは失礼いたしまして」
俺はある意味でお決まりのやり取りをしてから立ち上がる。さすがに相手の許可なくいきなり失礼を仕出かすわけにはいかないのだ。
「それで? 今回『穏やかな風吹く森林』に現れたのは以前、王都に出現した『魔王の影』と同じ個体だったのだろう? その目的はわかるか?」
「……正直なところ、リンネの目的はわかりません。一体何を考えていて、私に何をさせたいのか。今回の件も、何かしらの意味があるのでしょうが……」
とぼけるわけではなく、本当にわからないから俺も困ってしまう。俺に火竜を斬らせてどうしたいんだ、アイツ。
「状況だけを見るなら、君を強くするため……なんてことも考えられるな。以前会った時に一皮剥けて一人前になったと思ったが、今、こうして見ると更に研ぎ澄まされているように見えるよ」
私的な場だからか、護衛として控えているはずのネフライト男爵からそんなことを言われた。お世辞かと思ったけど表情にその色はない。
「お褒めいただき光栄ですが、王国でも一、二を争う腕を持つと評判のネフライト男爵閣下にそう言われては、こちらとしても反応に困りますね」
国王陛下の護衛として侍るだけあって、ネフライト男爵から感じ取れる技量はすさまじい。火竜を斬って剣士として更に一皮剥けた俺だが、勝ち目がほとんど見当たらないのだ。
命を賭けてようやく一太刀届くかどうか、といったところだろうか。まあ、以前なら命を賭けようと一太刀も届かなかっただろうから、たしかな成長といえる。その届いた一太刀で勝負を決められれば俺の勝ちなのだ。うん、成長したわ。
(回避されるか防御されるか反撃されるかで終わる可能性もあるけどな……勝ち目が出ただけよしとしておこうか)
そう自分に言い聞かせていると、国王陛下が顎に手を当てながら思案するように目を細める。
「この国の将来を担う若者の一人がより強くなった、で終わる話なら歓迎するのだがな。現状だと目的が不明で対策のしようもないのが厄介だ。その辺りの面倒を抜きにすれば、小規模ダンジョンに何故か現れた火竜や中級モンスターを若き英雄が倒してくれた……ということで片付けられるのだが」
「前回のように、王都に『魔王の影』が侵入していて民衆の不安を煽る、といったわかりやすく推測できる理由があれば良いのですが……判断がつきませんな」
国王陛下とネフライト男爵がそう話すが、俺としてもリンネの目的が推測できないため何とも言えない。『花コン』に登場する『魔王の影』達はシンプルに『魔王』の発生を目指して行動していたから、余計にリンネの目的が見えないのだ。
(今回の件、どう考えても『魔王』の発生にはつながらない……いや、待てよ?)
色々と理由を探す俺だったが、ふと、思いつくことがあった。おそらくはネフライト男爵も同じことに思い至ったのか、俺と視線がぶつかり、発言を促すように目線で促される。どうやら俺に譲るつもりらしい。
「もしかしたら、ですが……ダンジョンで発生するモンスターに関して、人類側で予測されていた基準の例外を見せ、こちらの不安を煽ろうとしているのかもしれません」
小規模ダンジョンでは下級のモンスターが、中規模ダンジョンでは下級と中級のモンスターが、大規模ダンジョンでは中級と上級のモンスターが出現していたが、今回のリンネの行動によってそれは崩れたと言える。
もちろんリンネがいたからこそ崩されたわけだが、それが他のダンジョンで起こらないとも限らないのだ。『花コン』だとダンジョンの規模によってそう定められていたが、この世界ではダンジョンと長年接してきた経験則による予測に過ぎないのだから。
(ただ、それがリンネの目的かって聞かれると……どうにもな)
可能性としてはあり得るからと口に出したが、リンネと直接会話をした身としてはいまいちピンとこない。それでも他にそれらしい理由が見つからないのだが。
「ふむ……そう言われてみればたしかに。『魔王の影』に関して民衆には伏せているが、我々上層部はそうではない。ダンジョンの規模に見合わぬ強力なモンスターが出現するかもしれないというだけでこちらの動きが制限されるな」
「『魔王の影』ならそういうことができるのではないか、という可能性が考慮されていましたが、実際に起こったことがないため警戒が薄くなっていました。王国騎士団だけでなく、各諸侯にも注意を促しておくべきかと」
国王陛下は納得がいったようで、二度、三度と頷いている。リンネの目的が別にあったとしても、警戒する分には損はない。実際、『魔王』が発生すれば各ダンジョンから規模に見合わぬ強さのモンスターが現れることもあるため、意識しておくだけでも違うだろう。
そうやってリンネの目的を推測し、今回の件に関して俺が咎められることはないと正式に伝えられてほっとすると、空気を変えるためか国王陛下が悪戯っぽい顔をして俺を見る。
「ところでだ、ミナトよ。アイリスが召喚したというトウキ=テンカワという男……お主はどう見る?」
「突然ですな、陛下」
話題を変えるにしてもなんですか、それ。
「なに、王ではなく一人の父親としては、だ。可愛い娘の傍に突然同年代の男が現れたのだぞ? 気にしない父親もいるのかもしれぬが、余は気にする。どんな男なのだ?」
立場が立場だけに、こういう話題を口にする機会が少ないのだろう。国王陛下はどこか楽しそうに笑って……あ、目が本気だ。娘の傍に現れた異性を本気で警戒しているっぽいぞ、これ。
「アイリス殿下の傍に侍るということもあり、私も気を配ってはいますが……良くも悪くも年頃の男です。明るく、無鉄砲で、情に厚い。殿下からすると物珍しい、興味をひく存在かと」
「ううむ……邪心は?」
「ありません。いえ、年齢相応に殿下を意識している、という意味では邪心といいますか、下心がありますが、それを咎めるのはさすがに酷というものでしょう」
年頃の男だからね、可愛くて美人なお姫様がいたらそりゃあ見栄を張るし下心もゼロとはいかないよ。ですから陛下? その、娘を害する虫だったらどうしてくれようか、みたいな目はやめていただけますか?
「私も噂で聞いた程度だが、君と決闘をして勝ったのだろう? 話を聞いた限りでは君が勝利を譲ったようだが、武の才はどの程度なんだい?」
完全に私的な会話になったからか、ネフライト男爵も態度を崩してどこか興味深そうに尋ねてくる。国王陛下の話題の矛先を逸らすためかもしれないが。
「私の目が節穴でなければ天才の類でしょう。今は私が勝ちますし、一年後、二年後もまだ勝てるでしょうが、そこから先はどうなるか……」
「ほう……君がそこまで言うのか。二年程度で君が追い抜かされるとは思えないが、将来性はある、と」
いえ、追い抜いてくれないと困るんですよ本当に。二年というのもあくまで予測だし、できるのなら一年とかけずに追い抜いてくれてもいいのよ?
「娘の『召喚器』から現れた以上、その身柄を預かるのは道理ではあるが……顔は?」
「陛下?」
娘に近付く異性を警戒する父親ですか? いや、父親だけどさ。顔て……。
「私の印象がアテになるかはわかりませんが……悪くはないかと。それこそアイリス殿下が城に戻られた際に印象を聞いてみてはどうですか?」
「それで娘に嫌われたらどうする? 王族として必要があれば情を排して命令もするが、私的な場では可愛い娘なんだぞ? 世間では娘に構い過ぎる父親は鬱陶しがられると聞くしな」
「陛下?」
最早遠い親戚のおじさんぐらいの感じでツッコミを入れるが、陛下の顔は真剣かつ本気だ。あ、血縁上はこの人本当に親戚のおじさんだったわ。まさか透輝のことを聞くために応接室に呼んだんじゃないだろうな……。
「私も聞かせてほしい。うちの馬鹿息子が君に喧嘩を売りにいったようだが、どうだった? 以前からなにやら君のことを意識していたようでね。迷惑をかけたとは思うが……」
「……真っすぐな御仁でしたよ?」
ジェイドのことに関しても聞かれるが、現状だと他に答えようがない。するとそれだけで察したのか、ネフライト男爵は申し訳なさそうに眉を寄せた。
「息子が本当に迷惑をかけたようだ……すまない」
「いえ、お気になさらず。男同士、拳での勝負でしたから」
ネフライト男爵と頭を下げ合う。ジェイドに関しては突っかかってくる理由は聞いたけど、父親であるネフライト男爵に俺を引き合いに出されたからといって、なんであそこまで反発したのやら。
「むう……アイリスの傍に侍るのがお主のような男なら余も安心できるのだが、現状ではなんとも評価がし辛いな。ミナトよ、もしもそのテンカワなる男がアイリスに良からぬことを仕出かせば……わかっておるな?」
「……そうならないよう、私がきちんと鍛えますので」
この国のトップである国王陛下は、思った以上の子煩悩だった。親馬鹿というべきかもしれないが、さすがに不敬だからそこまでは言えない。
こんな会話ができるということはリンネの件について、本当に俺を咎める意図はないのだろう。それに感謝しつつ、俺は王城を後にするのだった。
そしてその日の夜。
普段通り第一訓練場に向かった俺は、先に到着している透輝の姿を見て苦笑する。
昨晩、弟子入りを志願されて承諾したが、思った以上に気合いが入っているようだ。国王陛下の反応を見た感じ、本当に頑張ってもらわないとアイリスの傍に侍ることすら出来なくなるかもしれないし、俺も気を付けて指導しなければ。
「おっすミナト! 今日から早速頼むぜ!」
透輝はキラキラとした目をしながら駆け寄ってくる。うーん……王女であるアイリスの傍に侍るには、もう少し落ち着きや礼儀作法を身に着けさせた方がいいんだろうか……でも一朝一夕で身につくものじゃないし、長い目で見ながら教え込んでいくしかないな。
俺はそんなことを考えつつ、透輝を真っすぐに、じっと見つめる。
「鍛えることを承諾したが、俺もまだまだ未熟な身だ。もちろん教える以上は全力でやるが、至らないところもあると思う。何か気になることがあればすぐに言うこと。これは徹底してくれ」
「わかった! えーっと……それで、ミナトのことはなんて呼べばいいんだ? 師匠が駄目なら先生?」
「……今まで通りで構わないとも。師匠や先生と呼ばれるほどの腕があるわけじゃないからな。ただ、教えている最中は俺を上位者と思ってきちんと従うこと。いいな?」
ここでいう腕というのは、教育者としての技量って意味だ。剣士としてはそれなりになってきたと思うが、他者を本格的に鍛えるのはこれが初めてである。
弟であるコハクに剣の手解きをしたことはあるが、あれはあくまで手解きレベル。こうして透輝を鍛えるのと比べると、お遊びみたいなものだ。
(しかし、こうして弟子みたいな存在を育てるとなると……昔、先生が言っていたことを実感するな)
かつて、ランドウ先生は『俺には自分の剣の腕を磨く時間を削ってまで弟子を取る意味が理解できなかった』と言っていた。そして俺に対し、『剣を教えるのは存外、面白かった』とも。
今ならあの時のランドウ先生の気持ちが理解できる。ようやく、曲がりなりにも『閃刃』を使えるようになった俺からすると、弟子を取るよりも自分の腕を磨いていたいのだ。
俺を弟子にした時のランドウ先生と比べれば俺の腕は数段落ちるだろうが、それでもまだまだ技量が伸びると思えるのに、他者を鍛えるために時間を割くのがもったいないと感じる。
(でも、透輝を鍛えないと『魔王』が発生した後に困る、と……)
現実ではゲームみたいにモンスターを倒して経験値を集めてレベルアップ、なんてことは起きないのだ。そのため地道に鍛えていく必要がある。
仮にモンスターを倒してレベルアップするのなら、透輝をダンジョンに連れて行ってモンスターと何度も戦わせたんだが……もちろん、モンスターと戦えば実戦経験を積めるから効果がゼロとは言わないが。
「教わる側がそれでいいのかわからねえけど……そっちがそれでいいのなら、わかった。これからよろしくな、ミナト!」
そう言って笑う透輝に対し、俺は内心を隠して応じるように笑って返す。
「ああ。こちらこそ、だ」
こうして、悪役による主人公の育成が始まった。