第153話:火竜退治 その3
リンネがどこからともなく出現させた火竜との戦い。
スギイシ流の奥義である『閃刃』を曲がりなりにも成功させて火竜を仕留めた俺は、その場に膝を突きたいのを堪えて額に浮かんだ汗を拭った。
(こいつはきつい……集中しすぎて一気に疲れが……火竜は斬れたけど、ランドウ先生の『閃刃』と比べたら再現度は何割ぐらいだ? たった一回……いや、腕を斬った分も込みなら二回だけど、体力を根こそぎ持っていかれたような感じが……)
『瞬伐悠剣』の力を使った時は大丈夫だったが、『閃刃』を放った反動というべきか、体の芯に疲労が広がっているのを感じる。『花コン』だとスギイシ流の技は基本的にHPを消費するが、こういう感覚なのか、と実感してしまった。
――だが、火竜が斬れた。
火竜の前肢を斬り、そのまま首を両断した時のあの感覚。それは何でも斬れるのではないかと思える剣士としての万能感、全能感が全身を満たし、癖になりそうなほど暴力的な快楽すら伴っていた。
(ふぅ……いかんいかん……飲み込まれたらまずいやつだな、これは……)
深呼吸を繰り返し、全身に溜まった熱を冷ますように息を吐き出す。駄目だとわかってはいるが、今まで以上に剣にのめり込みそうな感覚があった。
おそらく、ここで自制できなければ快楽殺人を繰り返す人斬りみたいになってしまうんじゃないだろうか。剣を振るのは好きだが、さすがにそんな願望はないぞ俺は。
「若様すごいですっ! 火竜の首をあんなにあっさり斬るなんて!」
すごいです、と繰り返すナズナ。それを聞いた俺は思わず苦笑を浮かべてしまった。あっさりじゃないよ。滅茶苦茶疲れたよ。
「モリオンの魔法のおかげでだいぶ弱っていたからな。それがなければどうなっていたか」
謙遜ではなく、これは事実だ。たとえ飛ばなかったとしても、火竜が万全のままなら動きの速度が段違いだった。その場合、さっきのように斬れたかどうか。
「ご謙遜を。デュラハンの時もそうでしたが、剣一本であのような……眼福でした」
「おいおい、君までそんなに褒めないでくれ。モリオンだって見事な上級魔法だったじゃないか」
あまり褒めると調子に乗っちゃうぞ? いや、今回の場合は調子に乗っちゃうと危険な人斬りみたいになっちゃいそうだから、乗るに乗れないんだけどさ。
「あら、それじゃあアタシの方から褒めちゃおうかしら。援護の魔法が切れた状態だったのにあの太刀筋……すごかったわぁ」
「ありがとう。本当は良くないことなんだが……つい、剣士としての意地を優先してしまったよ」
『閃刃』が使えるか挑んでしまったが、失敗していたらどうなっていたことか。今更になって博打をしたような気分になり、俺は自省することで精神を落ち着けていく。だからあまり褒めないでね? 褒められたら木に登ろうとして頭から落ちるタイプだよ俺は。
そうやってナズナ達と言葉を交わし、戦闘後の余韻に浸ることしばし。さて、これからどうしたものかと首を傾げる。
(火竜は倒したけど、さすがにおかわりはないか。でも他に中級モンスターがいたりしないだろうな……管理の兵士がいるし、そっちに任せても大丈夫か?)
『穏やかな風吹く森林』という名を返上しなければならないほど、広範囲に渡って木々が薙ぎ倒されている光景を見て悩んでしまう。
俺としては不可抗力だと主張したいところだが、リンネの目的が俺に会って火竜と戦わせることだったかもしれない、なんて思うと放置して学園に帰るのも戸惑われるわけで。
後始末を手伝うぐらいはしなければ、と思うが管理のための兵士や人員がいるため、まずはそちらと話をするべきだろう。
「おーい! ミナト! 無事かー!?」
俺が悩んでいると、そんな声を上げながら透輝が駆けてきた。一人ではなくアイリスや俺が実戦を経験させた生徒、それに先輩達も一緒で、おっかなびっくりといった様子でこちらへと近付いてくる。
(……怪我をしていたら助かるけど、アイリスを連れてくるのはちょっと……いや、農場に置いておく方が逆に危険と考えたのか?)
幸い、俺だけでなくナズナ達にも目立った怪我はない。平静を装っているが俺の疲労が激しいだけだ。そのためアイリスの治療を受ける必要はないのだが、それだけ俺達を心配しての行動だと思うことにしよう。
「ああ、全員無事だ。火竜も仕留めたよ」
「いや、見てたって! なんかミナトがビューンって空を飛んでさ! あのデカいドラゴンをズバーっと斬るところも見てたって!」
興奮しているのか、語彙力が死んでるな……なんて思ったが、そこには触れず俺は苦笑を浮かべる。
「そうか、だからこっちに来たんだな。農場の方は無事か?」
「大丈夫だったけど、ドラゴンに驚いたのかウサギとかオオカミのモンスターがこっちに来てさ。みんなで囲んで倒したけど、かなり焦ったぜ」
その返事にふむ、と頷く。どうやら追加で中級モンスターが出現することはなく、ホーンラビットやファングウルフが現れた程度らしい。それぐらいなら既に実戦を経験させた生徒達で囲めばどうにかなるだろう。先輩達もいたし、なんなら農場を警護する兵士もいるしな。
(リンネの気配は感じ取れないし、火竜を出したら撤退したか……まったく、扱いに困るな)
今回の件、どこに、どんな内容で報告すれば良いのやら。『穏やかな風吹く森林』は国で管理しているし、とりあえず今回あったことを王宮に報告し、リンネに関しては国王陛下やオリヴィア等の上の人に伝えれば問題ないだろう。
だいぶ荒らしてしまったが、火竜自体は討ち取ったし……火竜の素材を引き渡して迷惑料ってことにならないかな?
そんなことを考えたものの、ひとまず無事に乗り切れたことに安堵のため息を吐くのだった。
そしてその日の夜。
『穏やかな風吹く森林』を管理する兵士に協力を求められたため、中をぐるっと一周して強力なモンスターがいないことを確認し、予定よりも遅れて学園へと帰還してきた俺は、ひとまず明日提出する報告書を簡単に書き上げてから第一訓練場へと足を運んでいた。
正直なところ、疲労がある。ベッドに潜り込めばすぐに眠れそうなぐらい疲れている。今日は火竜相手に戦ったし、訓練はなしで休んでも良いのではないか、と思う気持ちもあった。
しかし、『閃刃』を放った手応えが俺を寝かさず、こうして素振りをしようと思うぐらいには脳が興奮してしまっている。眠たいのは眠たいが、素振りでもして興奮を落ち着けなければ寝付けないように思えたのだ。
(うーん……興奮して寝付けないなんてまだまだ未熟だな)
火竜を斬って剣の上達は感じられたが、精神面での鍛錬は足りないということなのだろう。学園に帰ってきて平常心を取り戻したつもりだが、実際は落ち着かずにこうして訓練に出向いているのだから。
(まあ、明日は日曜日で休みだしな。多少夜更かししても問題はないだろ)
野外実習は金曜日、土曜日の二日間で行われたため、明日は休日だ。報告書を学園長に提出して、そこから王城で事情聴取を受ける予定だが朝はゆっくりとできる。
そんなことを考えながら第一訓練場に到着し、軽く準備運動をしてから素振りをしよう、なんて思った時のことだった。
(ん? 気配が……誰だ?)
何やら気配が近付いてくるのを感じ取る。一瞬、またリンネが現れたのかと思ったが、近付いてくる気配は足音を隠しておらず、歩く際の音から素人だと判断した。
「うわっ、もしかしたらと思ったら本当にいた」
そう言って姿を見せたのは、透輝だった。それも何故か体操服姿である。
「透輝? こんな夜更けにどうした?」
「いや、たしかにミナトに会いたくてここに来てみたけど……そのセリフはそのまま返したいな。ドラゴンと戦ったのに訓練までするのか?」
「火竜と戦ったから、だよ。恥ずかしながら興奮して寝付けなくてね」
俺は透輝の言葉に苦笑を返す。そりゃあ透輝の目から見ても俺がここで訓練をしているのは過剰だって思うわな。
「それで? 俺に会いたかったっていうのは?」
素振りをしようと思ったが、興奮が治まるのなら会話をするだけでも構わない。疲れているのは本当だし。ああ、でも、もう一度『閃刃』の手応えを感じたくもある……いや、ハマったらまずいんだって。
「あー……えっと、だな」
俺の問いかけに対し、透輝は歯切れが悪かった。普段ならもっとあっけらかんと答えるんだが……何かあったっけ?
(こんな時間にわざわざ訓練場まで来るぐらいだし、よっぽど大事な用件が? ……思いつかねえな……)
アイリスを除くと貴族科の中では透輝と一番親しくしている自信があるが、こんな状況で用件を看破できるほどの親しさはさすがにない。そのため首を傾げていると、透輝はどことなく真剣な表情になった。
「その、さ。俺も初陣? っていうのか? モンスター相手に戦って、昨日からいまいち寝付けなくて……ああいや、そういうことを言いに来たんじゃなくてだな……」
「ハッハッハ。別に逃げたりしないから落ち着いて、用件を整理して話すといい。わざわざここまで来るぐらいだし、大切な用件なんだろう?」
大切な用件じゃなかったら他の日にしてもいいわけだしな。そう思って透輝を促すと、照れるように頭を掻いた。
「すまねえ、どうにも言葉が見つからなくてさ。なんていうか、こういう気持ちになったのが初めてで……」
ん? どういうことだ? 余計に用件が読めなくなってきたぞ。
「今日、ミナトがドラゴンを倒すところを見たって言っただろ? あれを見てすげーなぁって、俺と同い年なのにとんでもないことをしてるなぁって、そう思えたんだ」
「……そう言ってもらえるのは嬉しいが、面と向かって言われると照れるな」
ナズナ達に褒められても照れる気持ちがあったが、相手が主人公となるとまた違った感情が胸をくすぐった。それを素直に吐露すると、透輝は拳を握り締めて力説するように言う。
「いや、本当にすごかったって! なんか滅茶苦茶高く跳んでドラゴンの翼を斬ったり! そのあとは首を斬ったり!」
農場からそこまで離れていなかったからか、火竜と戦うところをバッチリと見られていたらしい。いやまあ、見られて困るもんじゃないけどさ。二十メートル近い高さまで跳躍すれば、石の壁があっても農場からも見えるだろうし。
それでも反応に困って笑っていると、透輝は口を閉ざして視線を彷徨わせる。そして数秒ほど経ってから再び俺を見ると、真剣な表情を浮かべた。
「なあ、ミナト……一つ、頼みたいことがあるんだけど」
「頼みたいこと?」
本題に入ったかな、と思いながら俺は首を傾げる。すると透輝は一歩前に出て、どことなく目を輝かせながら言葉を続ける。
「昨日さ、俺に剣を教えてくれるって言っただろ?」
「ああ。それがどうした? まさか嫌になったのか?」
それは困る。すごく困る。ランドウ先生が学園に赴任してくるまでにスギイシ流の技を教えるところまではいけないだろうけど、せめて基礎を叩き込んでおきたいのだ。
そんな焦りを隠して尋ねる俺に、透輝は表情の真剣さをより鋭いものへと変える。
「いや……その話、こっちから頼みたいんだ」
おや、と俺は片眉を上げる。昨日も割と乗り気だったが、今日の透輝にはしっかりと剣を学びたいという意志が見えた。
「今、言ったけどさ。本当にすごいって思ったんだ。人間ってあんな動きができるんだって、とんでもないなって……なんか感動しちゃったんだよな。それで俺も同じようになれるのかなって思ったら、こうしてミナトを探してた」
「…………」
それは、俺がかつてランドウ先生に対して抱いた感想に似ていて。それを向けられていることに、俺は上手く反応することができなくて。
「だから――俺にミナトの剣を教えてください! お願いします! 師匠!」
そう言って頭を下げる透輝の姿に、俺は思わず夜空を仰ぎ見る。
元々教えるつもりだったが、『花コン』の主人公に弟子入りを希望されてしまった。そこまでしっかりとした教え方ではなく、もっと軽い感じで基礎を叩き込むつもりだったんだが。
(悪役が主人公の師匠に? ま、まあ、ランドウ先生が学園に来るまでのつなぎと思えば……)
遠くを見るように目を細めて、現実から逃げるようにそんなことを考える。
それでもこれが好機だと思った俺は、逡巡するように少しの時間を置いてから承諾するのだった。
――俺を師匠と呼ぶのだけは止めておこう、なんて思いながら。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
これにて6章は終了となります。
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それでは、こんな拙作ではありますが7章以降もお付き合いいただければ幸いに思います。