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第151話:火竜退治 その1

「いやはや、小規模ダンジョンで火竜とは……」


 火竜を見ながら呆れたような声を漏らしたのは、モリオンである。眼鏡のツルを指で押し上げ、それでいて油断なく火竜を見ている。


「本当、ビックリしちゃうわよね。ミナト君? もしかしなくても()()()かしら?」

「……さすがだな、アレク。その通りだよ。本人は消えてしまったがね」


 リンネの存在を確認してくるアレクに対し、俺は思わず苦笑してしまった。それと同時に立ち位置を変え、モリオンやアレクを庇うよう前に出る。


「若様、いつも通りわたしが魔法を防ぎましょうか?」

「いや、こっちにはモリオンがいるから全部任せる。モリオン、相手は『火球』と『火砕砲』、あとは実物は見てないが『火炎旋封』を撃ってくるはずだ。相殺できるな?」


 ナズナの盾は頼りになるが、さすがに上級魔法までは防げない。そのため最初からモリオンを頼りにすると、当のモリオンはどこか嬉しそうに笑う。


「お任せください。修行の成果をお見せする良い機会です。なんなら相殺するだけでなく、倒してしまっても良いのですが」

「ははは、頼もしい限りだ。できるなら狙ってもいいが、俺やナズナを巻き込むなよ?」

「……素直に迎撃に留めます」


 さすがに俺やナズナを避けつつ魔法だけで火竜を倒すのは無理らしい。多彩な魔法に加えて上級魔法まで操るモリオンなら俺よりもドラゴン系モンスターとの相性が良いだろうし、一対一でも勝てるかもしれないが……ここは安全策といこう。


「アレク」

「はぁい、お任せあれ」


 名前を呼ぶだけで応じてくれる、アレクの頼もしさよ。ウインクしながら返事をするけど、相変わらず実戦でも緊張した様子がない。初陣の時でさえそうだったけど、どんな心臓をしているのやら。


 防御にナズナ、魔法攻撃にモリオン、援護にアレク、そして前衛の俺。パーティとしてはこれ以上ないのではないか、というぐらいバランスが取れている。贅沢を言うなら回復役が欲しいところだが、そこはポーションでカバーだ。


(さすがにアイリスを引っ張ってくるわけにはいかないしな)


 王女であるアイリスを、上級モンスターであるドラゴンの前に連れてきて一緒に戦ってもらう。それは『花コン』では実際にあったことだが、この世界だとなんとも躊躇してしまう事態だ。


「さあ――火竜退治だ」


 そう宣言し、一気に駆け出す。そんな俺に続き、ナズナが駆けてくる音が背後から響く。


「援護するわ。『猛火もうか』、『雷光速らいこうそく』、『岩石鎧がんせきがい』、『浸食しんしょく』、『重逆風じゅうぎゃくふう』っと」


 前衛に立つ俺に向かってアレクが援護の魔法を飛ばしてくれる。『猛火』は味方単体の攻撃力、『雷光速』は味方単体の速度、『岩石鎧』は味方単体の防御力を上げ、『浸食』は敵単体の防御力、『重逆風』は敵全体の速度を下げる魔法だ。


 以前のように下級の援護魔法を連打するのではなく、下級の援護魔法と効果が高い中級の援護魔法を混ぜて使うスタイルに変えたらしい。


 速度が上がり、火竜との距離を一気に詰める。その巨体に見合った速度があろうと、俺とは逆に魔法で速度を下げられた今なら俺の方が上だ。


 すれ違うようにして踏み込み、胴体を両断しようと『瞬伐悠剣』を一閃。手応えを確認する意味も兼ねて繰り出した斬撃だったが、切っ先から返ってくる手応えは中々に硬い。


(デバフで柔らかくなってるはずなのにこれかよ!?)


 まったくの無傷ではないが、火竜の巨体からすればかすり傷程度の傷だろう。俺に続いたナズナが傷口を広げるように盾でぶん殴っていくが、そこまで痛手ではないのか火竜の反応は鈍い。


「若様! 手応えがかなり硬いです!」


 俺と比べれば高い防御力があるからか、ナズナに対する援護の魔法は『雷光速』しか飛んできていない。しかし速度が上がれば俺に遅れず追従できるため、十分といえば十分だろう。


「二年前に戦わなくて良かったな! コイツは骨が折れそうだ! っ! 跳べ!」


 ドラゴンを殴りつけた手応えを報告するナズナに叫んで返し、続いて、迫りくる尻尾を回避するべく指示を出す。


「『雷撃槍』を撃ちます!」


 回避した俺達に追撃がこないよう、モリオンが注意を引くように魔法を放つ。もっとも、注意を引くだけでなく十分にダメージを与えられる威力の魔法だが。


 火竜の尻尾を回避して着地すると、背後に『雷撃槍』の着弾音が響く。雷が弾けるような音を聞きながら駆け、再び斬りかかる。


 スギイシ流――『二の太刀』。


 今度は加減も確認も抜きだ。全力で、機動力を削ぐべく後ろ脚を刎ね飛ばすつもりで刃を繰り出す――が、先ほどよりは深く斬れたが、予想よりも傷が浅い。


(コイツ……斬られる瞬間に筋肉を締めやがった)


 鱗が硬いというのもあるが、斬撃が直撃する瞬間に火竜が後ろ脚に力を込めたのが見えた。それによってダメージを軽減したのだ。


「若様!」


 斬撃のお返し、と言わんばかりに火竜が前肢を振り下ろしてくる。前肢には鋭い鉤爪が生えており、当たれば鋭利な刃物で斬りつけるのと変わらない効果をもたらすだろう。

 だが、それはナズナが許さない。俺の前に飛び出したかと思えば振るわれた前肢、その鉤爪に己の盾をぶつけ、斜めに逸らす。体格差が非常に大きいにもかかわらず、見事な度胸と盾捌きだった。


「よくやった!」


 ナズナが防ぐと信頼していた俺は、再び『二の太刀』を繰り出してナズナに弾かれた前肢を斬りつける。人間で言えば二の腕に当たる部分、それも鱗が少ない内側を斬りつけ、これまでで一番深く傷を残す。火竜の腕から、盛大に血が噴き出す。


「ガアアアアアアアァァッ!」


 強い痛みがあったのか、火竜が悲鳴とも怒りとも感じ取れる咆哮を上げる。それと同時に至近距離で駆け回る俺とナズナ目掛け、自爆覚悟で『火砕砲』を打ち込んでくる――が。


「させない!」


 その程度の魔法、ナズナの盾の前では通じない。半透明のバリアを張ったナズナが完全に防ぎきり、俺はその隙に二度、三度と剣を振るって手傷を負わせていく。


 本当は一撃で勝負を決めたいが、体格差が大きすぎて急所を狙いにくい。というか、腕でさえ『瞬伐悠剣』の長さよりも太いのだ。一撃で両断するには剣の長さもそうだが、俺の腕が、技量が足りない。


(ランドウ先生ならできるんだ……魔力で刃を作れば斬れるはずなんだが)


 足りない刃渡りは魔力で作るしかない。しかし俺が作った魔力の刃でドラゴンの肉体を斬れるのかというと微妙なところだ。


(ったく……未熟だな。ああ、そうだ、未熟なんだよ俺は。学園で鈍った気になってたが、まだまだ、いくらでも腕を磨けるんだ)


 戦っている最中に考えることではないが、こうして課題が見つかるとまだまだ強くなれる余地があるんだ、なんて思える。本当は自分でこういった課題を見つけてクリアしていくのが成長につながるんだろうけど。


 そうして俺とナズナが至近距離で攻撃を行い、隙を見てはモリオンが魔法を撃ち込み、タイミングを見てアレクが援護の魔法を飛ばすことしばし。


 少しずつ、しかし確実に傷を増やしていくと、さすがにこのままではまずいと思ったのか火竜が動きを変えた。四肢に力を入れたかと思うと後方へ跳び、そのまま翼を広げて空へと飛び上がったのだ。


 『花コン』では敵が空を飛んで攻撃が届かない、なんてことはなかったが、さすがに現実ではそうもいかないらしい。飛んで間合いを大きく取った火竜は、こちらの斬撃や打撃が届かないことを確認して口元を笑みの形に変える。


「モリオン」

「お任せを」


 だが、それは悪手だ。たしかに俺が『一の払い』で魔力の刃を飛ばしたとしても威力が足りないが、今ここにはモリオンがいる。


 『穏やかな風吹く森林』は国が管理しているダンジョンのため、地形を大規模に破壊するわけにはいかない。だが、()()()()()()()()()のならモリオンは全力で魔法を撃つことができるのだ。


 モリオンは自身の『召喚器』である杖を発現すると、魔力を込めるようにぐっと握り締める。それを見た俺は牽制の魔法が飛んできたら対処するべく、モリオンの前に立った。


「援護はいるかしら?」

「いや、こちらは必要ない。『召喚器』で上乗せされる分、制御が難しくてね」


 アレクの言葉にそう答えるモリオンだが、その視線は火竜を捉えて離さない。


「アレクはこっちを頼む。モリオンが必ず相殺するから、そのタイミングで速度を上昇させる魔法をかけてくれ」

「あら、信頼しているのね? 妬けちゃうわぁ」


 俺の注文にからかうようにアレクが笑うが、それを聞いた俺は真顔で頷いた。


「この場にいる全員、俺は信頼しているよ。今も頼らせてもらってるしな」

「……そ。なら期待に応えなくっちゃね」


 アレクは一瞬だけ目を見開いたかと思うと、どこか嬉しそうに笑う。そしてすぐに真剣な表情へと変わって滞空する火竜へと視線を向けたため、俺も同じように火竜を見る。


(高さは十五……二十メートルってところか)


 『一の払い』で斬撃を飛ばせば届く高さだが、俺は剣士だ。当然ながら普通に剣で斬る方が強い。


 空中に飛び上がってそのまま逃げられたら困るところだったが、火竜にも上級モンスターとしての意地があるのか、翼を羽ばたかせて滞空しながらこちらを見下ろすばかりだ。

 ただ、見下ろしながら魔力を集中させているのが感じ取れる。強力な魔法はゲームみたいに使おうと思って即座に使えるものではなく、相応に準備が必要なのだ。


 魔法を撃つまでのタイムラグをどれだけ減らせるかが魔法使いとしての腕の見せどころだろう。下級の魔法ならまだしも、中級、上級の魔法となると魔力を溜め、使う魔法を制御して、と難易度が上がる。


 杖の『召喚器』を突き出すようにして構えたモリオンだが、こちらも魔力が集中しているのが感じ取れた。


(……羨ましい、なんて思うのは贅沢かねぇ)


 俺は足回りをほぐすように()()()()をしながら、そんなことを思う。魔法に関してはスギイシ流との組み合わせが悪すぎて、結局使わなくなってしまった。昔は時間がかかるが『火球』ぐらいは使えたんだがなぁ。


 ま、今の俺には剣がある。そう思えるぐらいには腕を磨いてきたつもりだ。


 見上げた火竜の口元に火球が生まれ、時間が経つにつれてどんどん大きくなっていく。それに応えるようにモリオンは杖の先端に帯電する小さな風の渦を生み出し、魔力を注ぎ込んでいく。


 時間にしておよそ二十秒程度。モリオンも火竜もこれで決めると言わんばかりに魔力を込め、一撃の威力を高めていく。


 かつてケルベロスが放つ『火炎旋封』は斬ったことがあるが、火竜が放とうとしているのは最早別物かと思うほどに魔力が込められている。

 火竜の高いステータス、そしてしっかりと時間をかけて魔力を溜めたからこそ成し得たのだろう。アレを『一の払い』で斬るには一太刀では足りず、魔力の刃で削り、その上で直接斬るしかなさそうだ。そう思えるぐらい威力がありそうである。


 だが、それはモリオンも同じだ。


「ミナト様、撃てます!」

「おう! 撃て!」


 火竜が発射体勢に入ったのを見て、そう指示を出す。そうして上級魔法同士の撃ち合いという、普通なら見ることはおろか近付くこともできないような状況が発生した。


「ガアアアアアアアアアアアアアアァァァッ!」

「――ッ!」


 火竜が咆哮しながら炎を吐き出し、モリオンが杖を大きく振り下ろす。その瞬間、周囲の気温が瞬間的に跳ね上がり、空気が急激に膨張するような轟音が響き渡った。


 モリオンが放つのは、木属性の上級魔法である『風食轟雷ふうしょくごうらい』。


 ドラゴンが放つのは、火属性の上級魔法である『火炎旋封かえんせんぷう』。


 片や、城塞だろうと穿ち貫く雷を纏った竜巻。


 片や、着弾すれば周囲を巻き込んで燃やし尽くす炎の渦。


 間違っても個人に対して撃つ魔法ではなく、軍隊や城に向かって撃つような破壊力を秘めた大魔法が空中で激突する。


 威力は――互角。


「アレク!」

「はいはいっと。『雷光速』、『猛火』」


 アレクの援護魔法により、速度と攻撃力が増す。それを確認した俺は地を蹴って加速すると、モリオンの『風食轟雷』と撃ち合っている火竜を見上げた。


 少しでも動けば『風食轟雷』が直撃する可能性があるため、今なら動けない。つまりは()()()()ってことだ。


 アレクの『雷光速』が後押しして、どんどん加速していく。地を蹴るごとに歩幅が広がっていく。


(……アレだ!)


 加速した俺が目を付けたのは、これまでの戦闘で火竜が薙ぎ倒した木の中の一本である。俺が乗っても折れず、蹴りつけても問題なさそうな太さの木が火竜に向かって斜めに倒れているのだ。


「剣よ、とおい敵をまたたく間にるための力をこの身に宿せ」


 更に、もう一段階ギアを上げる。今の俺ではこれ以上の速度は出せないと断言できるところまで加速し、まるで()()()のように傾いている木を足場にして駆け上がっていく。


 ――そして跳躍。


 弾丸のように、というには人力すぎるが、俺は二十メートル近い高さで滞空している火竜のもとへと跳ぶ。


 モリオンとの魔法の撃ち合いに気を取られていたのか、同じ高さまで跳び上がった俺を見てドラゴンが目を見開く。ビックリしたか? 俺もここまで余裕を持って跳べるとは思わなかったよ。


 ここまでして跳んだ理由は簡単だ。空の上という、こちらの剣が届かない火竜を地面に叩き落とすためである。本当は首を刎ねたかったが、撃ち合っている最中の魔法が暴発すると危険だからそちらは狙えない。


「撃ち合いを邪魔して悪いな。落ちろ――トカゲ野郎」


 空中で『二の太刀』を繰り出した俺は、必死に回避しようとする火竜の動きに構わず、片翼を両断して斬り飛ばすのだった。

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― 新着の感想 ―
ちょっとかっこよすぎんか? ミナトも若干人間を辞め始めているが、すごいのがランドウ先生はもっと人間辞めているって点だよね。 ランドウ先生がどんくらい人間辞めてるのか気になる
ミナト君の声が急に杉田ボイスに……
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