第150話:再び その3
『花コン』における、ドラゴン系モンスターの特徴。
それは簡単に言えば、デカい、強い、硬いだ。
ゲームという媒体の表現上の制約なのか、製作会社の慈悲なのか、ドラゴン系モンスターはその巨体が影響したように単体でしか出現せず、それでいて単体という不利を覆すレベルでステータスが高い。
HP、MP、攻撃力、防御力、魔法攻撃力、魔法防御力、素早さといったそれぞれのステータスが同じ等級の他のモンスターと比べて全体的に高く、十段階で評価すると一番低い素早さでさえ六から七程度はある。
そのため物理にも魔法にも強く、現在より遥かに未熟だったとはいえ、かつてはランドウ先生をギリギリのところまで追い込んだのもドラゴン系モンスターだ。
ただ、ランドウ先生の場合は複数のドラゴンに襲われたのが原因だった。そして普通なら複数どころかドラゴン単体でも死ぬ。なんで複数のドラゴンに襲われて生きているんだろうな、あの人……ジョージさんに話を聞いた感じ、まだ二十歳前ぐらいの年齢だったはずなんだけど。
そんな、現実逃避したくなるような強さを持つのがドラゴンだ。俺も大規模ダンジョンでは何度も見かけたし、ランドウ先生に倒されるところを何度も見てきたが、俺自身が倒したことはない。
以前ランドウ先生から課された上級モンスターを倒せという試験でも、相手の選択肢には入っていたができれば避けたかった相手だ。
なにせ、以前『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時に戦ったデュラハンと互角か、それ以上の強さがあると思えば避けるのも当然だろう。ナズナとタッグを組んでも勝率はそこまで高くないはずだ。
強さで見れば全モンスターの中でもトップクラス。それがドラゴンというモンスターで、そんなドラゴンが今、『花コン』でならチュートリアルのダンジョンに出現したのだ。
(こいつはまた……さすがにきつい、か?)
リンネと一対一でほぼ互角だったというのに、そこに火竜が加わればどうなるか。それは火を見るよりも明らかで、こちらが一気に不利になったといえるだろう。
俺は大規模ダンジョンでそれなりに長い間、修行をしてきた。それでもドラゴンを倒したことがないのは、単純に倒せなかったからだ。
見上げるほどにデカい巨体は急所までの距離を遠くし、仮に急所に近付けてもその鱗は金属のように硬く、それでいて攻撃は打撃に爪に牙に魔法にと多彩だ。特に魔法が厄介で、豊富なMPを使って上級魔法を連射することすら可能である。
火竜が使う上級魔法はもちろん火属性で、敵全体を薙ぎ払いながら火傷を負わせる『火炎旋封』が得意技だ。当然ながら上級以下の火属性魔法、『火球』や『火砕砲』も使ってくる。
ランドウ先生なら丁度良い訓練になると喜ぶほどの相手――そう、あのランドウ先生の訓練相手になるぐらいに強いと思えば、その強さが知れるというものだ。
「安心してください。わたしは手を出しません」
そんな俺の心中を見抜いたようにリンネが言う。頭から信じるのは危険だが、どうやら二対一で俺と戦うつもりはないようだ。それでも火竜と一対一なら勝てるのか、といわれると微妙なところだが。
(ナズナ達の方が片付けば……もしくは向こうに誘導するか? ナズナの防御とモリオンの魔法、あとはアレクの援護があれば……)
どんなモンスターが向こうを襲ったのかはわからないが、仮に中級モンスターだとすればそこに上級モンスターである火竜を引き連れて行くとどうなるか……いや、農場まで避難しているのならパニックになってダンジョン内に飛び出す、なんてことは起きないか。
「どうですか? わたしのプレゼント、喜んでくれますか?」
「……ああ。嬉しさのあまり涙が零れそうだよ」
何の目的があってこんなことをするのか。
俺とドラゴンを戦わせて何になる? 俺を強くしようとしている? でもその意味は? 透輝ならともかく、俺が強くなっても限度があるぞ。伸びしろって意味なら俺は割と限界ギリギリだ。あとは経験を積んでじわじわと強くなるぐらいしか先がない。
「ふふ……それじゃあ楽しんでくださいね?」
そう言うなり、リンネの姿が透け始める。そこにいたのが嘘のように、存在感が曖昧になって消えていく。そして瞬きをした次の瞬間には完全に姿が消えていた。
(チィッ……こんな物騒なもん置いていきやがって……)
残ったのは、火竜が一匹。その巨体をゆっくりと動かし、周囲を確認するように視線を巡らせ、俺の存在に気付くと一気に殺気が膨れ上がった。
「グルアアアアアアアアアアアァァッ!」
そして放たれる咆哮。それは大気を震わせ、至近距離で浴びれば鼓膜を破裂させそうな衝撃を伴っていた。
十メートルを優に超える巨体が大口開けて咆哮するだけで、一種の武器となる。俺はそれをうるさく思いながらやり過ごし、剣を構えながらも全身を軽く脱力させてすぐさま動けるように意識した。
咆哮を終えた火竜が俺を見る。そしてボッ、と音が出る速度でその場から消えた。
その巨体が嘘のような移動速度。そして外見通りの体重を感じさせる、地面を揺らすほどの踏み込み。続いて振り上げられた右の前肢が空気を切り裂きながら俺へと振り下ろされる。
地を蹴って前肢を振り下ろすまでにかかった時間は一秒未満。巨体だろうとそのデカさに見合った筋力を備えているのなら動きが鈍重になるなんてことはあり得ないのだ。
だが、そんな火竜の暴風すら伴う速度の挙動だろうと、大規模ダンジョンで何度も見てきた。残念ながらランドウ先生と違って向かってきた火竜をそのまま両断するような真似はできないが、来るとわかっていれば回避もできる。
地面を揺らす衝撃に足を取られないよう、低空かつ水平に飛ぶようにして後方へ跳ぶ。それだけで火竜の振り下ろしを回避したが、手応えから俺を潰せていないと感じ取ったのだろう。火竜は即座に身を翻し、周囲の木を薙ぎ倒す勢いで尻尾を振り回す。
「――ハハッ」
その光景を見て、俺は思わず笑っていた。
迫りくる、俺の胴体よりも太い火竜の尻尾。そしてそんな尻尾の進路上に生えていた木々が根こそぎ引っこ抜かれ、圧し折れ、散弾のように俺へと飛んでくる。
なお、散弾は散弾でも一発一発が砲弾みたいなものだ。木が丸々一本、あるいは圧し折れて丸太か切り株みたいな物体がまとまって飛んでくる。最早笑うしかない。
スギイシ流――『一の払い』。
飛んでくる物体は飛ぶ斬撃で迎撃だ。コンマ数秒で飛来物の進路を見切り、自分に影響がある物だけ切り裂き、進路を変える。それでいて迫りくる火竜の尻尾は跳躍して回避だ。
さすがに俺の胴体よりも太く、それでいて金属並みに硬い物体を両断するのは無理である。こちらから斬りかかるのならともかく、向こうから迫ってくるのだ。中途半端に刃が食い込み、あとは剣を弾かれて終わるだろう。
当たれば即死しそうな大縄跳びと、木々の弾幕の合わせ技を回避した俺は地面に足がつくなり後方へと跳ぶ。斬りかかろうにも圧し折れた木々の枝や土砂が宙を舞っていて邪魔なのだ。
(さあて、こいつは困ったことになった)
間合いを取りつつ、的を絞らせないよう火竜の周囲を駆ける。それと同時に周囲の気配を探り、本当にリンネが消えたのかを確認するが……いない、か?
(ピクニックが一転してドラゴン退治とは……『花コン』ならまだダンジョンのチュートリアルをやってる段階だぞ? 『花コン』通りカリン関係のイベントが起きたかと思えばコレだ)
『花コン』同様のイベント起きるのか、そうじゃないのか。起きた上で追加でイベントが重なっているのか。まさか俺が原作と違う行動を取ったからこそ起きたのか。
俺は火竜の周囲を駆けつつ、それとなく進路を農場へと近付けていく。
これが以前のようにランドウ先生から課された試験なら一対一で挑むが、リンネがどこからともなく呼び出したモンスターだ。ここで倒さなければ大惨事につながりかねないし、この『穏やかな風吹く森林』が破壊される可能性すらある。
そのためナズナ達が来るまで時間を稼ぎながら、少しでも農場に近付く。さすがに火竜が相手では透輝の訓練相手に丁度良いかも、なんてことは言わない。今の透輝ではすぐに死ぬだろう。
そうやって駆け回る俺を見てどう思ったのか、火竜の周囲にいくつも火の玉が生み出されていく。火属性の下級魔法、『火球』だ。
「っと、あまりばら撒くなよ。火事になるだろ」
剣に魔力を乗せ、飛んできた『火球』を片っ端から斬っていく。すると今度は『火砕砲』が飛んできたためこちらも両断。真っ二つになった巨大な火の玉が解け、宙に散っていく。
(さすがはドラゴン……斬れるけど魔法の威力が並のモンスターよりも強いな)
そりゃあこんなモンスター複数体に襲われたらランドウ先生でも苦戦するわ、と俺は納得する。今ならそこまで苦戦することはないだろうが、二十歳程度の頃なら仕方ないだろう。
そんなランドウ先生と比べ、俺はどうか? このまま距離を取って逃げ続けるだけならどうとでもなるが、一対一で戦って勝てるか? 複数体が相手ならどうなるか?
(複数が相手なら死ぬな……一対一ならなんとかなるか?)
客観的に見て分析するなら、命懸けで戦ってなんとかギリギリ勝てるかどうか、というところだろう。生きるか死ぬかはコイントス、つまりその時の運次第か。いや、俺の方がやや不利かな?
そうやって火竜に魔法を撃たせて迎撃しながら農場を目指していると、遠目に石の壁が見えてきた。方向は合っていたらしく門も見える。
――こちらに向かって手を振る、先輩達の姿も見えた。
「おーい! そっちからデカい声が――ヒイイイィッ!?」
一年生達は農場に避難させたのだろう。そのため俺の加勢に来たのだろうが、火竜を見て腰を抜かさんばかりに驚き、悲鳴を上げている。
「農場に下がれ! ナズナ!」
「はい!」
さすがに敬語を使う余裕もなく、先輩達に叫んで指示を出す。それと同時にナズナの名前を呼ぶと、即座に返事があった。
「こちらもワイルドベアとグリフォンでしたが、モリオン殿やアレク殿と協力して仕留めています……声でわかってはいましたが、何故ドラゴンが……」
俺の隣に並んだナズナが心底不思議そうな声を漏らす。本当、なんで小規模ダンジョンの中でも特に小さい『穏やかな風吹く森林』でドラゴンと対峙しているんだろうな。
「ミナト様!」
「こっちは避難させ終わったわ。そっちは……まぁ、咆哮が聞こえていたけどドラゴンなんて……ビックリしちゃうわね」
ナズナに続き、モリオンとアレクが駆けてきた。そしてアレクは火竜を見て驚いたように、それでいてまだ余裕を保ったように感想を漏らす。
「引率の先生は?」
「生徒達を誘導して農場の中に。農場からダンジョンの外へ出るまでに中級モンスターが襲ってくると危険なため、動けないようです」
「……こっちは火竜がいるしな」
モリオンの返事に思わず呟く。
リンネがそんなことをするかは微妙なところだが、撤退の最中に襲われるのが一番危険だ。少なくともこのまま火竜を連れて農場に戻るのは無理だろう。生徒達がパニックになりかねない。
そのため、まずはあの火竜を仕留める。そして農場からダンジョンを抜けるまでに他に強力なモンスターが潜んでいないか確認し、いればそちらも仕留める。
「ここで火竜を仕留めるぞ! 力を貸してくれ!」
こちらの人数が増えたからか、警戒したように足を止めた火竜を見ながら俺はそう叫ぶのだった。