第145話:野外実習 その4
予備の実習服に着替えた透輝が戻ってきたため、そのままダンジョンの内部へと歩を進めていく。
周囲から不思議に思われないよう、透輝以外にも実戦ができそうな生徒を選んでモンスターと戦わせないとな。
そうして歩き回り、時にモンスターと戦わせ、時に薬草を見つけて採取させ、宝箱を見つけ。
「うわっ!? すげえ! 宝箱だ! 本物の宝箱だ! すっげぇっ!」
偽物の宝箱もあるのか? なんて思ったけど、言いたいことは理解できる。外見からしてまさに宝箱って感じだからな。海賊とかがお宝を貯め込んでそうな外見である。
だけどまあ小規模ダンジョン、それもチュートリアルで挑む『穏やかな風吹く森林』で出てくる宝箱となると、その中身も高が知れているわけで。
「あまり期待するなよ? でもせっかくだから開けてみるか?」
「いいのか!?」
小規模ダンジョンだし、中身が空ってこともあり得るけどな。それでも宝箱を開ける時のワクワク感は理解できるため透輝に開けさせる。
(何が起こるかわからないし、一応警戒はしておかないとな……)
このダンジョンならミミックが出ることはないが、それでも一応の警戒として『瞬伐悠剣』の柄に手を乗せる。万が一ミミックだったら即座に対応するためだ。
「いざっ! ……? あれ?」
透輝は宝箱を開けて中を覗き込む。空だったのか? と思ったが、何やら手を突っ込んで中身を拾い上げた。
「これってポーションだよな? どんなポーションかはわからないけど……」
「色合いから判断するんだ。薄い赤色だから低品質の回復ポーションだな」
俺がそう言うと、透輝は手に持ったポーションをしげしげと眺める。
「このサイズの宝箱だから、もうちょっと大きな物が入ってると思ったんだけどなぁ……最初に見た時空っぽかと思っちゃったよ」
どうやら宝箱の大きさに対してポーションが小さかったから見落としかけたようだ。でもまあ、その気持ちはわかる。このサイズの宝箱じゃなくてもいいよなって俺も思うからな。
「ま、まあ、とにかく初めての宝箱で手に入れたポーションだし、大事に使わせてもらうとするか! あー……でも、どうやって持ち運べばいいんだ?」
透輝は困ったように周囲を見回す。
ゲームでならこういったアイテムは種類と数がいくつだろうと平気で持ち運べるものが多いし、『花コン』もその類だったが、現実ではそうはいかない。持てる荷物には限りがあるし、重たいものを持てば動きが鈍ってしまう。
「透輝もこういう形のベルトを使うといい。ほら、ポーションを差すところがあるだろ?」
俺の場合は剣帯にポーションを差すためのポケットがついているし、ズボンを留めるためのベルトにも同じ加工がしてある。ダンジョンで見つかったポーションは頑丈な瓶に入っているためこういった運搬方法でも十分なのだ。
「なるほどなー……そういうベルトってどこで買えるんだ?」
「学園の購買でも売っているぞ? 実習から戻ったら買いに行くといい」
「……でも高くない? 俺、こっちの世界の金はあまり持ってないんだけど」
持ってる分もアイリスからの小遣いなんだけど、なんて呟く透輝。そういえば『花コン』の初期はそうだったな、なんて懐かしく思いながら俺は薄く微笑む。
「そうか……それなら透輝、今度生徒会に寄せられた依頼をこなしてみないか? さすがに大金は出ないが、ベルトを買うぐらいの金なら出るぞ?」
適切な依頼がなければオリヴィアに手紙を出して用意してもらおう、なんて思いながら提案する。『花コン』同様、生徒会に寄せられた依頼をこなしつつ、強くなってもらわないといけないからな。
「え? 生徒会の仕事って金がもらえるようなもんなの? 学校……じゃない、学園の仕事だろ? 俺がいた世界じゃ、生徒会の仕事やって金をもらうって話は聞いたことがないんだけど」
「そこは仕事による、としか言いようがないな。食堂でも時間外の利用には金がかかるだろう? それと一緒さ。誰かに何かをやってもらうというのは、普通は金銭がかかるものなんだよ」
特に、『花コン』だとどこぞのダンジョンを潰してくれ、みたいな依頼もあったからな。本来軍を動かして潰すダンジョンを生徒会の面子で潰すことができれば、軍を動員するための金が浮く。その浮くであろう金を依頼料に回していると思えば妥当だろう。
(…………ん?)
ふと、視線を感じて周囲を探る。今、遠くから見られたように感じたんだが……。
(モンスター……か? 少しばかり気配があるが……)
隠れたモンスターが遠くからこちらを窺っているのだろうか。そう考えながら気配の出所を探るが、距離があるのか上手く隠れているのか、居場所がつかめない。
(ん……消えたな。他のモンスターより賢い個体が潜んでいたのか?)
煙が掻き消えるようにして気配が消え失せる。こちらから攻撃を仕掛けようにも、居場所がわからないため動きようがなかった。
「ミナト? どうしたんだ?」
「……見られていたんだが、こちらからだと気配が探れなくてね。モンスターだろうが、気配を隠すのが上手いのか、臆病なのか……」
人間と見れば襲い掛かってくるのがモンスターだが、当然ながらモンスターにも個性というものがある。『花コン』だとステータスに多少のランダム性があったし、性格や行動原理に違いがあるモンスターがいてもおかしくはないだろう。
(視線には殺気も敵意もなかったしな……襲ってくるなら透輝に戦わせたんだが)
惜しいな、なんて思いつつ、一応は確認しておこうと石を拾い上げる。そして大まかながら、気配を感じた方向へと投擲した。
『ギャッ!?』
木々の合間を縫って三十メートルほど飛んでいった石が茂みに入るなり、そんな悲鳴が聞こえた。割と勘頼りに投げたんだが、隠れていたモンスターに当たったらしい。
(ありゃ? 当たったか……あそこまで警戒が強いモンスターなら逃げ……いやこっちに来るのかい)
痛みと驚愕で逃げるかな、と思ったら茂みからファングウルフが飛び出してきた。その視線は俺へと向けられており、それを確認した俺は剣を抜く――が、すぐに斬ることはしない。
「出番だぞ、透輝。今度はファングウルフだ。これまでの説明をもとに、倒してみるといい」
「いきなり!? ちょ、心の準備が」
「アイリス殿下も見ているぞ?」
「――ああもうっ! やってやるよぉっ!」
即座に意識を切り替えて実戦に臨めないのは減点だな、なんて思いつつ透輝を促す。でもアイリスを引き合いに出したらすぐに立ち向かえるところは加点だな。
(しかし、これじゃあ俺の訓練にはならんか。モンスターの出現頻度も少なめだし、複数で襲ってくることもない……大人しく他の生徒を守りつつ、透輝に経験を積ませるかぁ……)
透輝がファングウルフに立ち向かうのを横目で見つつ、周囲を警戒する。最初はモンスターを通した先輩達も意識を切り替えたのか、真剣な表情で周囲の索敵をしているのが見えた。
そんな先輩達の警戒網の内側では、一年生達が緊張の面持ちで周囲をキョロキョロと見回している。ダンジョン内の空気にも多少は慣れたようだが、いつ、どこからモンスターが襲ってくるかわからないため、過剰ながらも警戒しているようだ。
(緊張しっぱなしだし、あれじゃもたんぞ……適度に気を抜くことも教えないとな。でも初めてのダンジョンならこんなもんか?)
透輝は……うん、ファングウルフ相手に剣を振り回している。おそらく牽制のつもりだろうけど、振り回すだけだと疲れるぞ?
「透輝、牽制は剣を振り回すんじゃなくて目線やちょっとした動作でやれ。空振りは思った以上に疲れるからな」
「ちょっとした動作ってどういう動作!?」
そこはほら、相手の技量次第だけど、剣先を揺らすとか肘や膝をわざと動かすとか……ファングウルフぐらいのモンスターなら剣を振り回すのも正解っちゃ正解だけどさ。
(とりあえずあのまま戦わせるか……おっと、こっちにも来たな)
透輝が戦っているのとは別方向、時計で見れば九時の方向に気配を感じた。そのためモンスターの進路上から先輩に退いてもらうと、目についた生徒の中から武器を持っている者を前に出させる。
「ほら、ファングウルフがもう一匹来たぞ。剣を構えろ。まずは避けることに集中して、相手の隙を見つけたら斬るといい。死にそうならすぐに助けるからな」
「死にそうになる前に助けてくれませんか!?」
俺が指名した男子生徒が悲鳴を上げるようにして叫ぶ。
なんでだよ。実戦なんだし、多少の怪我は織り込んで戦わないと。ファングウルフが相手ならわざと腕を噛ませてその間に斬る、なんてこともできるだろ?
「安心しろ。ポーションがあるし、アイリス殿下に治してもらうこともできる」
さすがに四肢を欠損すると今のアイリスじゃ治せないだろうし、手持ちのポーションじゃ治し切れない。そうなる前に助けるつもりだ。だから安心して戦ってほしい。骨折ぐらいなら誤差だよ。
「や、やってやる! 東の英雄に比べたらモンスターの方がマシだ!」
なんでそんなことを言うの? 俺は何かあった時に助ける側だよ? でもモンスターに立ち向かえるのならいいか。
(こっちも牽制に剣を振り回しちゃって……慣れるとファングウルフぐらいなら怖くなくなるけど、慣れるまでが大変か。いや、あまり慣れ過ぎても油断につながるし、あれぐらいが丁度いいか?)
うーむ……他人を指導するっていうのは中々に難しい。透輝ぐらい才能があるのならある程度放任でもいいし、ちょっとぐらい難易度を高めに設定してもいいんだろうけど。
(今度近場の中規模ダンジョンにでも連れて行ってみるか? 死地に放り込んだらガンガン成長していくかもしれないしな……でも王都からだと中規模ダンジョンって遠いんだよなぁ)
『花コン』だと明らかに数日以上かかってるだろ、なんて距離でも一日で行けたんだが、現実ではさすがにあり得ない。透輝が長距離用の移動手段であるドラゴンを入手するのはまだ先のはずだし、足が速い馬を用意しても日帰りだと難しいな。
(オリヴィア経由で依頼を出して、課外授業扱いで行けないかな……いや、やっぱりまずは基本を固めるところから始めるか。あのザマじゃあまだ中規模ダンジョンは早いし)
透輝の様子を確認すると、ファングウルフに多少の手傷は負わせているが息を乱しているのが見えた。牽制のために剣を振り回した結果、疲労が先にきたらしい。
何かあった時に備えてナズナが透輝の近くに待機しているが、ハラハラとした表情で透輝を見ている。うっかりナズナが手を出しそうだな。そんなナズナの傍では心配そうな顔をしているカリンもいるが。
もう一人の生徒もファングウルフ相手におっかなびっくり、剣を突き出して牽制している。そんなへっぴり腰じゃファングウルフに飛び掛かられたら回避できないぞ?
(やれやれ……後方は……うん、問題ないな)
近場だけでなく、後方にも視線を向けるがそちらにはモリオンとアレクがいる。距離は二十メートルも離れていないが、油断なく周囲を警戒しているのが見えた。そんなモリオンとアレクの更に後方では先輩達が警戒しているから大丈夫……大丈夫かな?
「ヒィッ! き、斬れた! ちょっと斬れた!」
「そりゃ君が斬ったんだから当然だろう? ほら、傷を負った怒りで唸り声が変わった。よくもやったなこの野郎、何が何でもぶっ殺してやる、なんて殺意を感じるだろ? 今まで以上に注意するんだ」
「そんな怖いこと言わないでくださいよぉっ!?」
そんなこと言われても……斬られたら痛みで怯えるか、怒るかの二択だ。モンスターでも生存本能が刺激されるだろうし、元々人間に対して攻撃的だし、傷の有無で動きが変わるのは当然と言えるだろう。
そうやって、俺が男子生徒に注意を促している時だった。
「きゃっ!?」
不意を突くようにして、そんな悲鳴が上がる。
何事かと思って『瞬伐悠剣』を抜きつつ声の方向へと向き直り――思わず絶句した。
俺が感じ取れないほど気配を隠したモンスターの襲撃でもあったのかと思ったが、そんなものではない。いや、ある意味モンスターが襲撃してきた方が驚きは少なかっただろう。
俺が向けた視線の先。
そこには透輝が仕留めたファングウルフの死体と、その傍で倒れるカリンと、そんなカリンに覆いかぶさるようにして地面に手をつく、カリンを押し倒した形になる透輝の姿があったのだった。