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ハッピーエンドの未来を目指して  作者: 池崎数也
第6章

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第144話:野外実習 その2

 『穏やかな風吹く森林』の外で今夜使うテントを設営し、持ってきた携帯食料で昼食を終えたらダンジョンに潜る時間である。


 ちなみに夕食はダンジョンに潜っている間、ついてきた使用人が外で準備する手筈になっていた。大空の下でバーベキューだ。大人数過ぎるから準備だけでも大変だろうけど。


「……なんか今になって緊張してきたんだけど」


 そしてせっかくの機会だからと俺と一緒に行動することになった透輝が、ポツリと呟く。


 うんうん、初陣の実戦前はそんなもんだって。大丈夫、俺は前振りもなくいきなり野盗の頭目を斬れ、なんてことは言わないから。


「ハッハッハ、十分に緊張したまえ。それも実戦の醍醐味ってやつさ」


 からかう意図はなく、純粋に微笑ましく思いながら俺は笑う。


 訓練をほとんど積んでいない素人同然の透輝だが、モンスター相手の初の戦闘でどんな戦いぶりを見せてくれるのか。それが少し……いや、かなり楽しみだ。


「それに、仮に怪我をしてもアイリス殿下が治してくれるさ。おっと、だからといってわざと怪我をするのはなしだからな?」

「しねえよ……怪我どころじゃ済まないかもしれないし……」


 そんな会話をしつつ、ダンジョンへと足を踏み入れる。『穏やかな風吹く森林』の場合、入ってすぐの場所は整備されているからモンスターの不意打ちを気にする必要もない。

 だが、ダンジョンと外を隔てる()()を跨いだ、次の瞬間だった。


「っ!? な、なんだコレ!? 空気が……変わった!?」


 透輝が驚いたように周囲を見回し、右手が空中を彷徨う。反射的に『召喚器』を発現しようとしたのだろう。うーん、良い反応だ。


 周りを見れば、透輝と同じように驚いて騒ぐ生徒が続出している。騒いでないのは俺やナズナ、モリオンやアレクといった実戦経験がある者、実戦経験がなくともダンジョンに潜ったことがある者だけだ。


(これが小規模ダンジョンの空気……うん、なんというか、()()な……)


 大規模ダンジョンと比べると威圧感がほぼなく、中規模ダンジョンと比べてもなお、その空気の緩さに逆に驚く。もちろんダンジョンの外と比べれば違和感があるものの、このぐらいなら『雨雲でも流れてきて気圧が変わったかな?』なんて程度の違和感だ。


 ただし、慣れない者には大きな影響があるのだろう。アイリスも緊張した様子で透輝の服の裾を摘まんでいる。


(よし、さすが主人公。アイリスからもきちんと頼られているな。あとはモンスター相手に格好良いところを見せたら完璧だ)


 内心でそんなことを考えつつも、目線を動かして周囲を警戒する。


 ダンジョン特有の気配はするがおかしなところはない。違和感も、何者かが潜んでいる様子も、モンスターの気配も殺気もない。

 このダンジョン特有の空気がなければダンジョンの外と変わらないぐらい、平和で長閑のどかなように思える。


「よーし、各科ごとに向こうの空き地に整列。実戦経験がある者は前の方に並んでくれ」


 引率の教師にそう言われ、視線を先へと向けるとそこにはたしかにグラウンドのような空き地があった。更にその先には農場としか言いようがない大規模な畑や作業小屋が見え、その周囲にはモンスターの侵入を防ぐために石の壁が築かれている。


 畑では農作業をする者、モンスターに備えているのか武装して歩き回っている者がおり、この場所がしっかりと管理されていることがうかがえた。


(ダンジョンの半分……まではさすがにいかないか。三分の一ぐらいが農場になってるかな? こうやって有効利用できる分にはダンジョンも悪くないんだがなぁ……)


 こうやって管理しやすく、錬金の素材が育ちやすいという()()()()()()()()()は多くない。少なくともサンデューク辺境伯家の領内にはないし、近隣の貴族の領地もそれは同様だった。


 今まで足を踏み入れたことがあるダンジョンは全て危険な場所だったため、少しばかり新鮮な気持ちになりながら空き地で整列する。引率の教師に言われた通り、前の方……というか貴族科の先頭に並んだ。


「各員、ダンジョンの空気を感じ取れたな? ダンジョンの外ではなくこうして内側で話をするのは、この空気を感じさせ、慣れさせるためだ。何も説明がないと驚いただろう?」


 そうして並ぶと、引率の教師が野外実習に関して話を始める。


「事前に伝えた通り、このダンジョンでは錬金術に使用する薬草の栽培が行われている。また、出現するモンスターも弱い。それぞれ興味がある方を選んで()()()()みてくれ。まあ、まずはこの空気に慣れることをお勧めするがな」


 そう言って教師が笑うが、生徒達の反応は毎年恒例なのだろう。反発することなく頷く生徒が多かった。


「実戦経験がある生徒はモンスターと戦ってみたいって生徒の引率を頼む。といってもお前達の先輩もいるから、ちょっとした補助程度に思ってくれ」


 教師がそう言うと、背後からいくつもの視線が突き刺さるのを感じた。うーん……これは引率を期待されている空気がするな……()()()を見せれば大丈夫かな?


(手本を見せて、さあ実践を! って流れで透輝にモンスターと戦ってもらうか……)


 それなら自然な流れに見えるだろう。他の生徒も指導すれば完璧だ。


 現状、ダンジョン内での戦闘に関して俺を上回る一年生はいないはずだ。メリアがいれば負けるだろうけど、さすがに今回はついてきていない。まだ生徒会パーティに加入していないし、学園から離れるのは無理なはずだ。

 そのため俺の立ち位置から考えると、他の生徒に紛れて透輝を誘導するのは容易である。問題があるとすれば、モンスターが襲ってこないと実戦も何もないってことぐらいか。


(あとはカリンのイベントか……といっても野外実習の最中ってだけで、タイミングがわからないんだよな。ひとまず透輝とカリンの間に立つようにすれば大丈夫だろ)


 他に注意することはあるか? この時期にダンジョンで発生するイベントは……うん、ないはずだ。


 そう結論付け、まずは手本を見せるところから始めよう、なんて思った。






 貴族科だけでなく、他の科の生徒も連れて薬草の農場を眺めながら進むことしばし。


 二メートル近い石の壁でしっかりと囲われた農場の端まで来ると、足を止めて背後へと振り返る。


「これから人の手で管理されていない場所に行くわけだが、間違っても単独行動はしないこと。下級モンスターといっても下手を打てば死ぬことも十分あり得るからな」


 とりあえずそんな声をかける――と、なんで護衛の先輩達も俺の後ろに回ってるんですかね?


「いや、だってよ……」

「なあ……」


 俺の目線に気付いたのか、先輩達が視線を逸らす。実習服の俺達と違い、きちんと金属製の防具を身に着けているんだから前に出てほしいんだが。


 生徒の引率として俺、ナズナが先頭に立ち、殿にはモリオンとアレクを置いてある。上級モンスターでも襲ってこない限りは突破されない布陣だ。


「訓練は積んでいるし、後輩に頼るのは情けないとは思うんだが……さすがに勲章持ちに勝てるかって言われると無理だしな」

「むしろ指揮を執ってほしいぐらいだよな? 『王国北部ダンジョン異常成長事件』で大人数の指揮を執ったんだろ?」


 それでいいのか、と思わないでもないが、言いたいことも理解できてしまうため反応に困る。

 実習という意味では俺が指揮を執るのも間違いじゃないしなぁ。ただ、きちんと指揮を執る必要があるほどこのダンジョンは危険じゃない。下手な行動を取らないように統率できればそれで十分だろう。


「先頭には立ちますが、周囲の索敵は頼みますよ? これだけ人数が多いとさすがに全体のカバーはできませんからね?」


 『一の払い』で遠距離攻撃はできるけど、さすがに限度がある。ないとは思うが、予想外の事態が起きて一斉に散らばられると守り切れないだろう。


(ま、何かあればモリオンに薙ぎ払ってもらうか……)


 いざという時は頼れる仲間を頼るとしよう。そう結論付け、ダンジョンと農場を隔てる金属製の門を開けてもらう。


 門の先は一見すると普通の森だ。道がきちんと整備されておらず、あるのは人の行き来で自然とできた獣道みたいな細い道だけである。


(モンスターの気配は……ない、か。そうだよな、『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時が異常だったんだよな……)


 あの時はタイミングによっては次から次へとモンスターが押し寄せる時があったし、扉を開けたらモンスターの群れがいる、なんて可能性も考慮していたんだが。


 モンスターはダンジョンの中に人工物があると優先して破壊しにくる。しかしモンスター自体が少ないのか、あるいは自力では破壊できないと悟っているのか、石の壁を破壊しに来るモンスターはいないようだ。


(これが普通のダンジョン……と考えてしまうと逆に危ないか。『花コン』でもモンスターの出現率はダンジョンごとに変わるしな)


 そんなことを思うが、隣に立つナズナを見ると俺と似たようなことを考えているのか表情が妙なことになっている。頭の中で大規模ダンジョンと比べているんだろう。


「ナズナ、油断はするなよ」

「はい、もちろんです」


 一応声をかけると、表情を引き締めて返事をしてくる。そんなナズナの様子を確認した俺は視線をずらし、森の中へと向けた。


(こっちは風上か……モンスターが近くにいるなら匂いで気付かれるな。でもこれだけ大人数で移動してたらどのみち音で気付かれるか)


 それなのに襲ってこないということは、近くにモンスターがいないということだ。ホーンラビットはともかく、ファングウルフは名前の通り狼のモンスターだし、匂いや音には敏感だと思うんだが。


 チラ、と背後へ視線を向ける。するとついてきていた生徒達の多くが開いた門から外へ出るのを躊躇しているようで、渋滞が起きているのが見えた。


(ダンジョンに入ったら空気が違うし、石の壁に門っていう頑丈な防衛設備から出るのが怖いのか。貴族科と騎士科の連中はまだしも、技術科はさすがに厳しいか?)


 実戦経験がなくともこれまで訓練を積んでいたからか、貴族科の生徒も騎士科の生徒も門の外に出ることはできていた。

 ただし、貴族科の生徒は見栄を張って余裕を装っているが怯えている者が複数、騎士科の生徒も怯えている生徒がちらほらといる。技術科の生徒は純粋に怖がっている生徒が多いが、こればっかりは慣れが物を言うから仕方ない。


「周囲にモンスターの気配はないし、まずは門から外に出てみようか。なあに、仮にモンスターが襲ってきても俺が対処するから心配はいらないさ。それに先輩方も周囲の警戒をしてくれているしね」


 とりあえず技術科の生徒達にそう声をかけるが……うーん、男子生徒はともかく、女子生徒は中々外に出てこれないな。


 ここに何をしにきたんだ、なんて怒るのは簡単だ。しかしそれで解決する問題ではなく、俺は苦笑しながら技術科の生徒達の方へ歩み寄る。あ、ナズナはそのまま警戒しててね?


「お嬢さん、お手を拝借……ついでに失礼」

「えっ? あっ、えっ?」


 怖がっている子の手を取り、ダンスでもするみたいに肩に手を乗せて軽くターン。そうすることで門の外へと移動させる。


「ほら、外に出れた。怖いのはわかるけど、まずはこの一歩が大切だよ。油断は禁物だけど、何事も警戒するばっかりじゃあ始まらないしな」


 そう言って笑いかける。無理矢理外に出しただけじゃないかって言われそうだが、こういうのは無理矢理でも良いから動く方が早い。動くことさえできれば、思ったよりも大したことじゃなかったって思えるからだ。


 俺の言葉を聞き、女子生徒が足元を見る。既にそこは門の外だ。俺からすると門の中だろうとダンジョンの中だし、大差ないんだが……まあ、こういうのは気持ちだ。


「は、はぃ……」


 女子生徒は恥ずかしそうな様子で俯いてしまった。そんなに照れることか? なんて思い――ふと、こちらに接近してくる気配を捉える。どうやらこちらの音や匂いに気付いたモンスターがいたらしい。隠してないから当然か。


 それでも先輩達が周囲の警戒をしているし、俺がやることはないだろう。精々実際にモンスターが襲ってきたのを見て、精神的なショックを受ける生徒がいれば声をかけるぐらいか。


 俺はそう考え、一応気配がする方へ視線を向け、ファングウルフが先輩達の間を縫うようにして突破してそのままこちらへ――。


(おいおい……抜かれるのかよ)


 『瞬伐悠剣』を抜き、軽く一閃する。ファングウルフは下級モンスターの中では速度がそれなりにあるが、今の俺にとっては斬るのに丁度良い速度でしかない。


「…………え?」


 近くにいた技術科の生徒達が、何故俺が剣を抜いて振るったのか理解できないような声を漏らした。そして数秒遅れて、俺が首を刎ねたことで地面に倒れたファングウルフに気付いたようで、きょとんとした顔で瞬きをしている。


「先輩……」


 仕留めたファングウルフがきちんと死んでいることを確認した俺は、そのまま警戒を担当している先輩達へ視線を向けた。


「す、すまん! まさか門を出てすぐの段階でモンスターが襲ってくるとは思わなくて!」

「誰も怪我はしていないか!?」


 慌てた様子で先輩達が駆け寄ってくるが、ファングウルフは姿勢を低くして走るし、気付きにくいのは仕方がない。もしも警戒網を無視せず先輩達に飛び掛かっていたら、いきなり負傷者が出ていたかもしれないが。


(いや、油断していたとしても気付かないっていうのは……俺やナズナ達がいるからって気を抜いていたんじゃないだろうな)


 それに、モンスターがわざわざこちら側へ襲い掛かってきたのも謎だが……って、先輩達は防具を身に着けているけど、こっちは実習服だからか? 傷を負わせやすい相手を狙ったのかもしれないな。


「……しっかりと警戒をお願いしますね?」

「わ、わかった……申し訳ない」


 ひとまず先輩達に警戒を促す。


 いまいち締まらないが、こうして野外実習が本格的に始まるのだった。

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― 新着の感想 ―
西方の親分としても、全体指揮を執ってもいいと思うな。 それと今まで読んだ感じだと、こんなゆるゆるダンジョンで鍛錬できるの?って思っちゃうね。ミナトくんとの落差が(笑)。
なんとも頼り無い先輩方だ… 不安や…
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