第139話:舞踏会 その2
日が経って、一年生の舞踏会当日。
既に三年生、二年生の舞踏会が行われたこともあり、学園内はその時の話で持ちきりになっていた。
今年入学したばかりの一年生と比べて関係性が定まりつつあるが、誰が誰をダンスに誘った、その結果はどうだった、その時の雰囲気が云々、と次から次へと話が飛び交い、女子生徒の中には黄色い声を上げる者もいたほどである。
それは貴族科だろうと関係なく、この時ばかりは貴族という仮面を脱ぎ捨てて年頃の娘らしくキャイキャイと騒ぐ者が多かった。
俺はといえば、そんな噂話に興じることはなく……むしろ興じる余裕がないというか……。
(これは……アレだな。今年はジョージさんの件が知れ渡ってるな……)
自然と広まったのか、誰かが意図して広めたのかはわからないが、そう判断するしかなかった。
教室にいると、何やらチラチラと視線が飛んでくる。婚約者候補がいない女子生徒、婚約者候補がいる男子生徒から、妙に視線が飛んでくるのだ。
女子生徒からは期待の色が、男子生徒からは警戒の色が透けて見える。
うん、そうだよね、婚約者候補がいるのに別の女子生徒に惚れて告白してオッケーもらってゴールインした人の孫だもんね。同じことをやらないか期待と警戒をするよね。
厄介なのは、見世物としてそれなり以上に面白いだろう、と俺自身思えることだ。レオンさんも苦労したらしいけど、多分、俺はそれ以上に苦労しそうだ。
傍目から見る分には俺が婚約者候補のカリンを捨てて別の女性に走るんじゃないか、なんて昼ドラよろしく楽しめるわけで。
(婚約者候補がいない女子からの目が……あと男子生徒の目が痛い……)
自分で言うのもなんだが、客観的に見ると今年の新入生の貴族科の中で俺は大当たりの部類になるのだろう。
既に初陣を終え、『王国北部ダンジョン異常成長事件』やリンネの件で名前を売り、勲章までもらい、嫡男であることと併せて辺境伯の地位を継ぐのがほぼ確定している身だ。そんな俺と結婚すれば辺境伯婦人である。大抵の女子生徒からすれば玉の輿だ。
婚約者候補がいない女子生徒からするとワンチャン狙うのもアリだろう。普通ならカリンという婚約者候補がいるからアリナシでいえばナシなんだが、そこにジョージさんという『伝説』を仕出かした人物の孫という要素が加わればどうなるか。
――婚約者候補がいるけど、本当に惚れた相手がいればそちらに乗り換えるのでは?
そんな期待をされるわけだ。
これは俺がいくら否定しても収まりようがない。なにせ、惚れた腫れたは突然起こり得る。確率が非常に低かろうと、そのもしもを狙う価値がある……そう、思われている可能性が非常に高い。お腹痛い。
逆に、婚約者候補がいる男子生徒からすれば俺は脅威の存在だ。自分の婚約者候補が横から搔っ攫われるかもしれないのだ。そりゃあ警戒する。俺だって逆の立場なら警戒する。
本来なら他人の婚約者候補を奪うなんて真似をすれば、即決闘になるし、それだけに留まらず家同士の戦に発展しかねない。
惚れたから婚約者候補の関係を破棄します! なんて宣言して丸く収まるのは本当に奇跡だ。普通は戦争である。相手が誰であろうと、面子に泥をかけられたとなれば戦争である。それも寄り親や寄り子を巻き込み、相手を族滅させる勢いでの戦争になる。
それが起きなかったからこそジョージさんは『伝説』となったわけだが、下手するとサンデューク辺境伯家が丸ごとなくなって俺という存在が誕生すらしてなかった可能性すらあった。
(だからさぁ……そんなに俺を見ないでくれよ……やったらやばいってわかってるのにやるわけないだろ……)
やるなよ? やるなよ? なんて意識を向けられて本当にやるのはコントの世界だけだ。そんなことはしない……んだが。
(待てよ? こんなに見られるってことは、俺はそれをやりかねないって思われてる? カリンを捨てて他の女性と結婚するように…………あー…………)
透輝が本当に召喚された以上、『魔王』の発生も本当に起こるとして。『花コン』通りならほぼ確実に死ぬからカリンとの関係もなかったことになる、という前提で行動している部分があった……のか?
俺は周囲の雰囲気に気付いているのか、今日は朝から俺の隣の席で授業を受けていたカリンへ視線を向ける。
(でも、仮に死ななければこの子と結婚するってことに文句も不満もないしなぁ……そりゃ愛してるかって言われれば年齢差が……いやまあ、外見の年齢は一緒だけど中身がね? それでも結婚してから愛を育めば良いし……)
学生らしく、甘酸っぱいやり取りでもしていれば周囲の視線もなくなるんだろうか。しかし甘酸っぱいやり取り……中身が歳を取っているとどうにも思い浮かばないぞ……。
「カリン」
「はい? どうかされましたか?」
俺が名前を呼ぶと、カリンが首を傾げながら振り向く。うん、初めて会った時と比べて成長し、ずいぶんと女性らしくなった。可愛らしいというよりは美人さんで、平均値よりも身長が高いのもあってモデルでも通用しそうな見た目である。
「学生らしくイチャイチャしようか」
「はい……はい? え? ど、どういうことですか?」
カリンは困惑した様子で目を瞬かせる。イチャイチャって死語だから通じない? いや、単純に理解が追い付いていないだけか。その証拠にというべきか、カリンの首筋から徐々に赤みがさし始めている。
「よくよく考えたら、婚約者候補らしく仲が良いところを周囲に見せていなかった、と思ってな」
「い、一緒にお茶を飲んだり、お話したりしてますよね?」
「それだけだと周囲の目が、なぁ……節度を守りつつイチャつくのはどうかなって」
「そ、そのために今夜の舞踏会で一緒に踊るのではっ?」
ああ、そうか。それはたしかに……でもやっぱり、普段からもっと親しくするべきだったのかって疑問に思ったのよ。
待てよ? こうやって教室でカリンと仲良く喋っていればそれで目的を達成できるのでは? 今夜のダンスもそうだけど、これからはもっとカリンと会話するようにしないとな。
(でも、グランドエンドに入るには透輝とカリンの関係を良くする必要もあるしな……その辺りを上手く見極めないと……)
そんなことを思いつつ、舞踏会までの時間を潰すのだった。
そして夜。
貴族棟の四階にはパーティ用のフロアがあり、そこでは壁際にテーブルが並び、運び込まれた料理が並べられ、ダンスのためのスペースを確保しつつ立食形式で軽く飲み食いできるよう、準備が整えられていた。別室にはしっかりとした食事も用意されている。
一昨日は三年生、昨日は二年生、今日は一年生と、三日連続で準備に奔走した使用人やメイドさん達に感謝である。寮の方から料理を運んでくるだけでも大変だっただろうに。
そんなパーティ会場だが、奥はステージになっていて楽器を携えた集団が演奏の準備を進めている。ダンスの音楽を奏でる音楽隊だ。
彼らは王都で活動するプロ集団で、こういったパーティの場に呼ばれては音楽を奏で、報酬を得て生活しているらしい。そして名前が売れると王城に呼ばれることもあるそうだ。こうして学園に呼ばれている時点でトップクラスの腕と評判があるのだろう。
(腰元が落ち着かんな……)
俺はといえば、さすがに舞踏会に剣を持ち込むのは禁止ということで丸腰のため、どうにも違和感を覚えていた。
普段は必ずある重みがないのだから当然と言えば当然だろうが、礼装に着替えて髪は綺麗に撫でつけてオールバックにしてあり、色々な違いが違和感を大きくしている。
(ただでさえ強面なのにオールバックにすると余計に……でもナズナには評判が良かったんだよな……)
準備を手伝ったナズナが大興奮で勧めてきたのが今の髪型だ。顔付きと目付きが鋭いから、髪型をオールバックにすると怖がられると思うんだが……女性目線だと違うんだろうか?
先日のカリンとの会話を忘れたように、二番目に踊るのはわたしですからね? 絶対ですからね? って念押ししてきたほどだ。
そうしてフロアで待つことしばし。そろそろパーティが始まる時間だな、なんて思っていると女子生徒達がフロアに入ってくる。
男子生徒もそうだが、今日ばかりは貴族棟に他の科の生徒も集まっており、騎士科、技術科関係なくドレスを着た女子生徒がゾロゾロと……ん? 数が少ないけど制服姿の子がいるな。って、あー……スグリか。
本人の性格的にドレスを着る勇気が出なかったのか、あるいは体形に合ったドレスがなかったのか。身長はともかく、スタイルが良すぎるからな……いや、スグリの性格的にドレスを着たくなかっただけか。そのまま壁際に移動して壁の花になってるな。
逆にエリカなんかは小柄な体形だから、少し大きめのドレスを選んで上手く着込んでいる。アレはエリカが選んだというより、周りの女子生徒が選んで着せ替え人形にした結果か? エリカ本人は嬉しそうというか、楽しそうだが……。
そうやって観察していると、貴族科の女子生徒達もフロアに姿を見せる――が。
(うん、さすがに着慣れてるな。こう言っちゃなんだけど、騎士科や技術科の子とは場数が違うからなぁ……)
技術科の子の中には初めてドレスを着る子もいるだろうが、貴族科の面々は皆、子どもの頃からドレスを何度も着ているため着こなしもバッチリだ。それを見た男子生徒からも、おお、と感嘆の声が漏れている。
(学園に入ってからは制服姿ばっかりだったし、ドレス姿になると印象も変わるな。うん、眼福眼福)
中身の年齢差はあるが、綺麗に着飾った姿を見るとそれはそれで美しいと思えるわけで。花を愛でる心境になりながら内心だけで一つ、二つと頷く。
「モリオンはドレス姿の御令嬢方を見てどう思う?」
俺はせっかくだからとモリオンに話を振った。他の男子生徒と違って舞踏会に興味がないらしく、普段通りの制服姿で持ち込んだ本を読んでいる。
「私ですか? まあ、たまには着飾るのも良いと思いますが……」
チラ、と横目で女子生徒達を見てそう呟くモリオン。聞かれたから答えた、というだけで興味はなさそうだ。もっと興味津々になれ、とまでは言わないけど、年頃の男の子として大丈夫か?
「それだけか? 君は立場的に独立して功績を挙げて家を作るか、どこかに婿入りする必要があるだろうに」
まあ、モリオンの知力と魔法の腕があれば、家を作ることも容易だろうが。そう思って話す俺に対し、モリオンは顎に手を当てながら目を細める。
「そう……ですね……たしかに、お仕えするにあたって家を構える方が立場も安定するというものですか……家中にて手頃な相手を見繕っていただくか、学園で見つけるか……悩ましいところです」
「…………」
誰に仕えるんだとか、仕えるために結婚相手を選ぶのかとか、色々とツッコミを入れたい。しかしモリオンの性格と、これまでの言動から考えるに――。
(あれ? 卒業後はサンデューク辺境伯家というか、俺に仕える気満々じゃない? 既にそういう形で人生設計してない?)
なんとなく、というには露骨にそれらしい言動をしていたが、本気も本気で俺に仕えるつもりなのか。『花コン』だと俺を利用していたあのモリオンが、本気で。いやもう仕えている気満々っぽい感じがしないでもないが。
(これは喜んでいい……のか? え、本当に? これ喜ぶところ?)
何が君をそうさせたんだ、と困惑する。たしかに『花コン』と比べると友好的な関係を築いた自覚があるし、一緒に『王国北部ダンジョン異常成長事件』を乗り越えた間柄ではあるけども。
(ま、まあ? 学園に通っている内に気が変わるかもしれないし……)
とりあえずは目先の舞踏会を乗り切ろう。
俺は現実から逃避するように、そんなことを考えるのだった。