第137話:休日の過ごし方 その2
この世界だけのことなのか、前世でもかつてはそうだったのか、貴族にとって色街――性風俗産業というものは中々に扱いが難しい。
なければないで領民の不満につながるし、あればあるで犯罪の温床になることもある。しかしなくても性犯罪につながったり、あっても逆に領民の不満につながったりと、その時々で変わるからだ。
もちろん扱い方次第でどうとでも変化するのだが、サンデューク辺境伯家の領地にも王都にもある以上、必要な場所に必要とされて存在するのだろう。
色街も節度を守り、商人と同じように売上に課された税金をきちんと納めてくれるのなら、俺としてはあっても良いと思う。
その辺りは判断する人の立場や性別、年齢、信条その他で変わるんだろうけど、前世で世界最古の職業は売春婦だって説があるぐらいには需要があったわけだし、こうして実際に存在するわけだしな。
王都にある色街は主に二種類。
第二層の北西部に集まってできた色街と、第三層の東西南北の兵舎近くに散らばる形で点在している娼館だ。今回俺が足を向けたのは第二層の色街である。
風俗関係というと夜にやっていそうなイメージがあるし、実際にそうなのだろう。一部、昼間でもやっている店舗があるようだが、大通りとは比べ物にならないほど人が少ない。
(周囲に民家はあるけど寂びれた雰囲気が……風俗店だらけだから、住む場所としてはランクが低くなるのかな?)
第二層で安い家を探すならこの辺になるのだろう。食料品や日用品を扱っている店もほとんどないようだし、遊び専用の通りって感じだ。
もしかすると王都の中では比較的治安が悪い場所になるのかもしれない。まあ、それでも馬車を襲うような輩はいないようだが。
そのまま御者に運転を任せたまま馬車が進んで行き、しばらくすると一軒の店の前で止まる。窓を開けて確認してみると二階建てかつ床面積もそれなりに広い、周囲の店と比べると大きな店だ。
「ここか……すまない、助かった。待っている間近場で遊んでくるか?」
御者をしてくれた使用人二人にそんな話を振るが、苦笑を浮かべて首を横に振られる。
「これも職務ですので。私は邪魔にならない場所に馬車を移動して待機しております」
「そうか……ありがとう。それじゃあせめて何か飲み食いだけでもしておいてくれ」
そう言って小金貨を一枚渡す。ジョージさんから給料が出てるんだろうけど、今回は俺の私用だ。小遣いというには少し多いが、こういった場所だと飲み食いするだけでもそれなりに金がかかるだろう。
俺に続いてナズナとモリオンも馬車から降りると、モリオンは色街という場所そのものが珍しいのか周囲を見回し、ナズナは気まずそうに視線を伏せている。
「なんだモリオン、興味深そうな顔をしているな?」
「はい。知識としては知っていましたが、実際に訪れると中々興味深く……性風俗に限らず、日中も客を呼び込めればかなりの税収が見込めそうだな、と思いまして」
「ははは、君らしい意見だ。しかしその場合は従業員を更に増やす必要があるだろうし、何かやったからすぐに税収につながるってわけでもないだろう。それに大通りで店を構える者達とサービスの内容がかぶるかもしれないぞ?」
「たしかに……大通りの店と比べられると厳しいですか。もったいないと思いましたが、これはこれで最適の形で運営されているのかもしれませんね」
モリオンとそんな言葉を交わしつつ、せっかくだからと俺も周囲を見回す。モリオンが言う通り、日中も稼げる仕組みを導入できれば税収自体は上がりそうだが……。
「うーん……いくつか案は浮かぶが、どれも確実性がないというか、やっぱり大通りの店があるからそっちを利用されるか……俺が客ならそうするしなぁ」
「大通りは高級店が多いですし、いっそ住民向けに安い食堂を、と思いましたがこの区域は住民自体が少なそうですよね。客一人当たりの単価が低いと数を増やさないとどうにもなりませんし、わざわざここまで足を運ばせる強味が値段だけではどうにも……」
「……お客さんら、店の前で何の話をしてるんだい?」
俺とモリオンが真剣に案を出し合っていると、店のドアから顔を覗かせた中年男性にそんなことを言われた。服装はタキシードに近く、おそらくは店の受付か何かだろう。
「ああ、これは失礼。初めて来た場所でつい、興味深い話題が出てね」
そう言いつつ、俺は笑顔で歩み寄っていく。すると男性はビクリと体を震わせ、視線を横へと逸らした。
「そ、そうですかい。ここは学園の生徒が利用するような店じゃありませんぜ? それにアンタ、お貴族様……多分、お貴族様だろう? こんな場所に来ちゃいけませんって」
なんで多分ってつけたの? 自分で言うのもなんだけど、辺境伯家の嫡男っていうバリバリの貴族ですよ?
「おや? 貴族が風俗街を利用してはいけない、なんて王国法はなかったと思うが……それに今回は客というか、この色街を利用する一部の客について話があってね」
「……誰が相手だろうと、客の情報は売れませんぜ?」
おっと、どうやら色街を利用する客の情報を求めてきたと思われたらしい。合っているといえば合っているけど、そういう意味で来たんじゃないんだよなぁ。
「勘違いをさせてすまないな。それと名乗りもしない失礼を詫びよう。王国東部、サンデューク辺境伯家の嫡男、ミナト=ラレーテ=サンデュークだ。今日は学園に通う、うちの派閥の人間について話があってね」
はいこれ紹介状、とジョージさん直筆の紹介状を渡す。すると男性は盛大に頬を引きつらせた。
「み、ミナト=ラレーテ=サンデューク!? 『王国東部の若き英雄』!? 『野盗百人斬り』の!?」
えぇ……その『野盗百人斬り』って噂、色街にも広がってるの? なんでよ? あ、こういうところは商人も利用するだろうし、そっちからかな?
「ははっ、他人に知られているというのはどうにも面映ゆいな。そのミナトだ。まあ、証拠はないがね?」
「い、いや、赤髪にその鋭い顔付き……年齢も今年から学園に通う若さって話だ……それに俺ぁ、以前、パレードでアンタを見たことがある」
鋭い顔付きって……うん、まあ、ね? たしかに顔付きは鋭いというか、強面だけどさ。
「へ、へへ……それで何の御用でしょう? おっと、お茶の一杯も出さずに失礼しました! ささ、店の中へどうぞ!」
男性は揉み手でもしそうな様子になり、顔を笑顔にして店の中へと案内してくれる。そのため俺達は店の中へと足を踏み入れたが……。
(へぇ……こう言っちゃなんだけど、綺麗にしてあるな)
以前、初陣を終えた後にランドウ先生に娼館へ連れていかれた時もそうだったけど、パッと見はバーというか食事処というか、飲食ができるようになっている。
木製のカウンターと、いくつも並べられた客用のテーブルや椅子。おそらくは普通に食事も出すのだろう。お楽しみは二階で、一階は受付兼食事処なのかな?
「祖父であるジョージ=ラレーズ=サンデューク男爵より、この店を紹介されてね。色街の顔役に会いたいんだが……」
出された紅茶を軽く飲み、香りと味わいを確認してからそう切り出す。というか普通に紅茶が出てくるんだな。ビックリだよ。
「へい、そりゃアッシのことです。顔役といってもこの色街には複数いるんですが……ジョージの旦那には色々と世話になっておりやす。できる限りの便宜は図らせていただきやす」
紹介状を確認した顔役の男性はそう言って営業スマイルとは異なる、親しみのある笑みを浮かべる。どうやらジョージさんの知り合いというのは本当らしい。
でも、さっきまでのビクついた顔はなんだったんだろう……なんて俺が考えると、職業柄こちらの考えを見抜いたのか、顔役の男性は苦笑する。
「こう言っちゃあ失礼かもしれませんが、ジョージの旦那のお孫さんならお答えしやしょう。職業柄、色んな人間を見る機会がございましてね? 扉を開けたら人斬りの人相をされてる方が立っていたら、さすがに警戒の一つもするってもんでさあ」
「へぇ……一目でわかるのか」
そりゃすごい。でも一目でわかるぐらい人を斬ってる顔をしているんだろうか……雰囲気?
(一目で見抜けるぐらい目が良いのか……さすが顔役だな)
これは期待できそうだ、なんて思いながら俺は本題を切り出す。
「ま、それは置いておこう。今日訪ねたのは他でもない、王国東部の派閥に所属する学園の生徒に関してだ。特に、今年入学した一年生についてだが……」
俺がそう言うと、途中で用件に思い至ったのか顔役の男性は苦笑を浮かべる。
「羽目を外し過ぎたお坊ちゃん、お嬢ちゃん方に関してですかい?」
「話が早くて助か……お嬢ちゃん? こういうことを聞くのは失礼かもしれないが、女性向けの店が?」
もしかしてホストクラブみたいなものがあるのか? 異世界進んでんな。
そんなことを考える俺だが、こうして色街を訪れたのは『花コン』での依頼の中に『金稼ぎに関して教えてほしい』という異色の依頼があるからだ。そうやってやらかす生徒がいると知っているため、こうして事前の根回しに来たわけである。
色街で金を使い過ぎて首が回らなくなった生徒が生徒会に依頼を出すわけだが……現実で考えるとすごい度胸だわ。
ちなみにこの依頼ではダンジョンに潜ってアイテムを集めて換金し、一定金額稼いで渡すとその依頼者から報酬として錬金術のレシピを渡される。
錬金術のレシピはスグリと交流していると無用の長物になりかねないが、そうでなければそれなりに役に立つアイテムの作り方が複数載っていた。それらのアイテムを作って売れば金も稼げただろうが、依頼者自身はレシピを知っていても錬金の腕が悪くて作れなかったらしい。
「店の数は少ないんですが、ハマる子は男子生徒以上にハマっちまいやして……貢ぎに貢いで借金を抱える、なんてことも……話を聞いた感じ、実家で厳しい教育を受けてきた子ほど反動でハマっているんじゃないか、と」
「……王城側から潰されていない以上合法なんだろうが、ほどほどにな?」
この店は違うんだろうけど、思わず心配の声をかけてしまう。
「いやいや! うちは品行方正、明朗会計でやってますから! ええ! 本当ですとも!」
本当か? そうやって言われると逆に疑わしいぞ?
「ま、何かあれば王城側が対処するだろ……それで、だ。そうやって醜聞が広まる前にある程度は対処しておきたくてここに来た」
そう言いつつ、俺は懐から布袋を取り出す。実はずっと入れていたんだけど、地味に重かったわ。
「相場がわからなかったから、とりあえずの手付金だ。うちの派閥の人間がやらかしたら揉み消しておいてくれ。もちろん、揉み消せないぐらい派手にやったら本人に責任を取らせて構わない」
布袋の中身は金貨が三十枚ほど入っている。日本円だと三百万程度だ。
「……手付金、というにはかなり多いですな。毎年似たような話を持ってくる学園の生徒がいますが、相場は半分以下ですぜ?」
「それなら残った分は報酬に回してくれ。個人的に依頼したいこともあるんでね」
俺がそう言うと、顔役の男性の目が光る。
「個人的な依頼……なるほど、うちの若いのは美人揃いだ。金額以上のサービスを約束しますぜ」
ガタッ、と音を立ててナズナが椅子から立ち上がり、俺を見る。待ってくれ、誰もそんなことは言ってない。
「違う違う。人探しをお願いしたいんだ」
「……さっきも言いましたが、客の情報は売れませんぜ?」
「客じゃない。もしもいるとすれば店側の人間だよ」
商売人の仁義なのか、客の情報は売らないと断言する顔役の男性に俺は一枚の紙を手渡す。
「ここに書いてある女性を探しているんだが……」
「似たような外見の嬢が在籍してますが、この後お相手させましょうか? でも年齢と髪の色が違うか……別料金がかかりますが、髪の色を変えます?」
錬金術で作れる物の中には髪の染色剤もあったはずだが、それを常備しているらしい。こういうのもオプションっていうんだろうか。
「これでも婚約者候補がいる身だ。そこから離れてくれ……この女性は以前、王都で暴れて俺が撃退した危険人物だ」
「ああ……例の件ですかい。話にゃ聞いてましたが……」
俺の言葉を聞き、真剣な顔になって顔役の男性が紙を眺める。
「キッカの国の服を着ていて、年齢は若く、長い黒髪でサクラ? って花の模様……ああ、この端っこに描いてある柄ですか。コレを刻んだ白い面をしている……お言葉ですがね? こんな特徴的な人間なら嫌でも情報が入ってますぜ?」
少なくとも顔役の男性は何も知らないらしい。
俺が色街に来た理由の一つ――それはリンネに関する情報を求めてのことだ。
思いつく限りのリンネに関する情報を書いたが、見ればわかるっていうのは俺も同意する。それでもこうして情報を求めているのは、あのアレクでさえ何の情報も掴めていないからだ。
『魔王の影』なら人間社会から離れて活動している可能性が高いが、色街というある意味で非日常的な場所に潜んでいる可能性もゼロではない。それにこちらが探しているという動きを見せれば、警戒して動きを封じることができるかもしれない。
(やらないよりマシかもしれない、ぐらいの手だけどな……)
それでもできる限りのことはしておかなければ。『魔王の影』に暗躍されて『魔王』の発生が前倒しになった場合、透輝がメインキャラと仲を深める時間も短くなってしまう。俺としては可能な限り避けたいところだ。
王国東部の派閥の頭として、そして『魔王の影』への対策として、今回は休日を潰してでも行動したわけである。金をかけても効果があるかはわからない……というか、こんなことで『魔王の影』に関する情報が集まるとも思えないが、できる限りのことはやっておきたい。
「何かあればサンデュークの別邸へ使いを出してくれ。祖父に話を通してあるから、そこから学園の俺に伝わる手筈になっている。結果次第で追加で報酬を出す」
「わかりやした。ひとまず他の顔役にも周知しておきやす」
これでひとまず、何かあれば王都の裏側から情報が流れてくるはずだ。
望みは薄いが、期待せずに待つとしよう――俺はそう思った。