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第136話:休日の過ごし方 その1

 王立ペオノール学園は週休一日制であり、日曜日だけが完全な休暇である。


 日曜日になると朝から王都に向かうべく正門周辺が大賑わいとなり、増便された馬車に乗り込んで次から次へと学園の生徒が王都へ向かっていく。中には馬車を待ちきれないのか、歩いて王都へ向かう者もいるほどだ。


 特に新入生が入学してすぐの四月中は週末に王都へ向かう者が多いらしく、通りがかった上級生達が懐かしそうに目を細めているのが印象的だった。


 学園に通うべくここまで来たものの、王都は王都で時間があれば行ってみたい、と思う者が多いのだ。特に王都から遠い場所に領地がある者ほどそれが顕著で、週末になる度に()()()()()()に足を運ぶ者がいるほどだ。


 俺はといえば、別に王都に憧れがあるわけでもないため率先して行動することもない。むしろ休日は朝から晩まで集中して体を動かせる機会ということもあって、訓練場でずっと剣を振っているぐらいだ。


 ただし王都の別邸にいるジョージさんやアイヴィさんからたまには顔を出すように言われているし、領地のレオンさんへシトリン商会がポーション類を売り出した件について、手紙で知らせたい。その上、学園における東部派閥の頭として()()()()()()もあるため、今回の休日は王都へ向かうことにした。


 同じように王都へ向かう馬車を待つ新入生、恋人か婚約者候補同士なのか、男女二人で馬車を待つ者などと共に、正門前で待つことしばし。


「ミナト様、あちらの馬車が空いているようです」


 そう言って俺を促したのはモリオンだ。休日にもかかわらず、俺が王都に行くと言ったらついてきたのである。そして当然というべきか、モリオンだけでなくナズナも一緒だ。


(たまの休日ぐらい、ゆっくりしていてもいいんだが……)


 それが従者の役割だと言われればそうなんだが、今は学生だ。休みたいなら休んでくれていい。まあ、モリオンは俺の従者じゃないけどさ。


「いかなる時も若様をお守りするのがわたしの役目ですから」


 俺の考えていることが伝わったのか、ナズナがそんなことを言ってくる。今、顔にも声にも出してなかったと思うんだけど……すごいね、さすが幼馴染み。俺の方はそこまでナズナのことを理解できている自信がないよ。


 そんなわけでナズナやモリオンと一緒に馬車に乗り込み、俺達の後に乗ってきた生徒と相乗りする――うん?


「あーっ! ミナトくんだー!」


 俺達の後に馬車に乗ってきたのは、ここ最近探していたエリカだった。目を丸くして俺を指さしたかと思うと、嬉しそうに笑う。人を指さすのはやめなさいね?


「ミナトくんも王都に行くの? 何か用事? お買い物?」

「ハッハッハ。エリカ、質問には答えるからまずは席に座りなさい。馬車が出発するからね」

「あ、はーい!」


 俺が言うと、エリカは素直に席に座る。そして馬車が動き出して車体が安定すると、俺に向かってエリカがキラキラとした瞳を向けてきた。うん、質問には答えるさ。


「王都には用があってね。エリカは実家に顔を出すのかい?」

「うんっ! 毎週おかーさん達に会いに行ってるんだ!」

「そうかそうか。それはいいことだな」


 純粋に、家族に会えるのが嬉しいって顔だ。それでいて全身からも嬉しさが伝わるオーラのようなものが放たれている感じがする。

 普段なら注意するであろうモリオンは興味深そうに俺とエリカのやり取りを見ており、ナズナは小声で『モモカ様に似ている……』と呟いているのが聞こえた。そうだな、似ているし相性がバッチリそうだよな。


「それはそうとエリカ、最近、技術科の方で何か変わった噂が流れていたりしないか?」

「変わった噂? えーと、どんなの?」

「そうだな……エリカはトウキ=テンカワって知っているか?」


 俺はスグリに対しても行った質問をする。エリカはサブヒロインのため、透輝がエリカルートに入ると困るんだが。


「んー……んん? なんだっけ? お姫様に決闘を挑んだ人だっけ?」

「ふふっ、そりゃ一大事だな」


 思わず吹き出す。透輝がアイリスに決闘を挑んでいたら変わった噂じゃ済まないわ。


「多分、情報が混ざってるんだな。アイリス殿下が召喚したのが透輝で、その透輝と決闘をやったのは俺だよ」

「あ、そうなんだ! んっと……怪我してない? だいじょぶ?」


 そう言って心配そうな顔をしてくるエリカ。気持ちは嬉しいけど、その決闘、半月近く前の話なんだよね。おそらく全然興味がなかったんだろう。


(エリカも透輝と知り合っていない……というか、名前すら知らない感じか。やっぱりゲームと現実の違いか?)


 まだ入学して一ヶ月も経っていないが、一学年だけでも三百人以上いるのだ。その中から『花コン』のメインキャラを狙い撃ちして知り合うというのは、確率的にもかなり低いだろう。


(アイリスとカトレア先輩は透輝の立場上必ず知り合えるし、モリオンとナズナ、カリンとアレクはクラスメートだ。ジェイド先輩はこの前俺が決闘をしたから認識しているだろうけど、知り合ってはいない……そうなるとやっぱり、技術科の面々とは出会えないか)


 特にメインヒーローであるルチルと知り合って欲しいんだが……商人のルチルならアイリスが召喚した人間という立場に価値を見出して向こうから接触してくるか?


 残りのグランドエンドに必要なヒロインとヒーローはモモカとコハクだけど、この二人は来年入学だし、現時点ではどうしようもない。入学したら俺を経由して透輝に紹介すれば良いし、こっちは楽だ。


「怪我はしてないとも。その様子だと君の耳には俺のことも届いていないかな?」

「ううん、ミナト君のことは知ってるよ! 決闘で百人斬ったんだよね!」

「そりゃ大惨事だなぁ」


 それ、『野盗百人斬り』と混ざってるよね。野盗も百人は斬ってないけど、学園の決闘で百人斬ってたらとんでもないことになるわ。俺が斬った生徒の家が連合組んでサンデューク辺境伯家と戦争になっても不思議じゃないわ。


 『あれー』と首を傾げるエリカにほっこりとする俺を乗せ、王都行きの馬車はガタゴトと道を行くのだった。






 王都に到着したらエリカと別れ、王都を見学しながら第一層を目指すことしばし。学園の生徒のためなのか、一番利用者が多いであろう第二層まで馬車が運んでくれたものの、そこから先は徒歩での移動となる。

 まあ、徒歩の移動といっても俺もナズナも大規模ダンジョンで慣れているし、モリオンも俺と離れている間に鍛えたのか平地での移動は何の問題もなさそうだ。


 そうして第一層の別邸に到着し、ジョージさんとアイヴィさんに大歓迎され、モリオンを紹介してから軽くお茶をする。ナズナは入学前に紹介済みだ。

 モリオンは寄り子であるユナカイト子爵家の人間で俺の友人だと伝えたら歓迎された。


 ナズナに対しては主にアイヴィさんが対応し、モリオンに対してはジョージさんがよく話しかけていたが……女性同士だと話が弾むだろうし、ジョージさんは先代のサンデューク辺境伯だ。寄り子の息子なら色々と興味も湧くのだろう。


「ミナトちゃんも毎週来てくれていいのよ? むしろ来てちょうだい。歓迎するわ」

「さすがに毎週はご勘弁を、御婆様。今日も王都に用事がありましたので……もちろんこうして顔を出すのは全然構わないのですが、休日でも学園でやることがありまして」


 主に朝から晩まで剣を振るだけだが。しかしこれが非常に大事なのだ。一日だけとはいえしっかりと剣を振らないと腕が鈍ってしまう。というか微妙に、ほんの僅かに、腕が鈍りつつあるような気がする。大規模ダンジョンとは環境が違いすぎるせいだな。


(多分、気のせいなんだろうけどな……大規模ダンジョンでランドウ先生に指導を受けながら修行をしていた時は、腕が磨かれていく感覚しかしなかったから……)


 壁を越えて、一応は一流の端っこに指をかけることができたが、そこからの成長は非常に緩やかだった。しかし、緩やかでも成長しているという実感があったのだ。それが学園では腕を維持するだけで精一杯で、今までと比べて伸びていない分、腕が鈍っていっている気がしてしまう。


 そんなわけで、休日は用事があるのだ。他人から見ると用事じゃないと言われそうだが、俺個人としては大事な用事が。


「王都に用事? 何かあったのか?」


 アイヴィさんとの会話が聞こえたのか、ジョージさんが尋ねてくる。それを丁度良いと思った俺は、ジョージさんに小声で()()()()()を尋ねた。


「……なるほど、派閥の長としての務めか。金はあるのか?」

「この前まで大規模ダンジョンに潜って素材やアイテムを入手しては売っていましたし、勲章の年金もありますから、それなりには」


 自分が使わない、使い道がないアイテム、それと持っていても仕方がない錬金の素材など、修行のついでに集めて売り払うとなんだかんだで金が貯まっていた。今回王都に来たのはその金を使い、()()()()()をしておくのが目的なのだが――。


「毎年のようにやらかす子がいるからな……何かあればうちに使いを出すように話を進めなさい。もしも何かあれば学園に使用人を送って報せてやろう。知っている顔役がいるから、そちらへの紹介状もすぐに書いてやる。お忍び用の馬車も出そう」

「ありがとうございます、御爺様」


 そう言って頭を下げ、紹介状を書いてもらったら別邸を出る。アイヴィさんに寂しがられたが、これからの用事がどれだけ時間がかかるかわからないんだ。早ければすぐに終わるとは思うけどさ。


 そしてジョージさんが用意してくれたお忍び用の馬車……家紋をつけておらず、外から中が見えないようガラス窓が使われていないシンプルな馬車を使い、再び第二層へと向かう。


 学生のお目当てといえば、パエオニア王国でも物流の中心にして最先端、王都の大通りである。ここで揃わない物はないと言われるぐらいに様々な物で溢れ、パエオニア王国だけでなくアーノルド大陸全体で見ても最も活気がある場所と言えるだろう。


 そんな大通りをそのまま通り抜けると、一緒に馬車に乗っているナズナがおや? と首を傾げた。


「若様、大通りを抜けてしまいましたが……御用事というのは?」


 今回、ナズナにも用件を伝えていないから不思議に思ったらしい。普段なら用件を聞かれるし、今回も聞かれたものの、行く予定の場所が場所なだけに伝えにくかったのだ。

 しかし、ここまで来て黙っているわけにもいかない。そのため俺はわざとらしく苦笑を浮かべる。


「ん? んー……ちょっと色街へ、な」

「…………」


 ナズナが真顔になった。すごい、瞬時に真顔になった。しかも無言で俺をじっと見つめてくる。怖い。モリオンは平然と持ち込んだ本を読んでいる。すごい。


「若様」

「な、なにかな?」


 平坦な口調で呼ばれたため、ちょっとだけビビりながら答える。いやぁ、後ろめたいことはないし、親しい異性の反応としては予想の範囲内だけどさ。


「かつて、スギイシ様が若様を娼館へ連れて行った際、わたしは自らの感情の赴くままに行動し、若様の傍付きを放棄しました。それは覚えていらっしゃいますね?」

「もちろんだとも」


 『花コン』が始まらないんじゃないかって心底焦ったよ。そしてモリオン? ナズナをそんな目で見るんじゃない。傍付きを放棄って何してるんだ? みたいな顔をするんじゃないよ。


「あの時、わたしは猛省しました。若様が()()()()()をするはずがないと、信じることができなかった……傍付きとして、僭越ながら幼馴染みとして、わたしはあなたを信じ抜くことができなかったんです」

「ナズナ……」


 真剣な顔と声色でナズナが語る。だからこそ俺も真剣な顔で話を聞く。


「だからこそ、今度こそ若様を信じます! 若様! 色街に行って一体何をするつもりなんですか!? 婚約者候補がいる身で、一体何を!?」

「それって俺を信じてない時に言うセリフだよね?」


 前振り通り信じてくれよ、と思ったがこの辺りは感情が絡むことだ。モリオンが白けた目でナズナを見ているけど、そんな目で見ないでやってくれ。


「仮に色街に遊びに行くとして、何故異性である君を連れた状態で、しかもジョージ様に紹介状を書いてもらって、馬車まで出してもらうんだ。お忍びっていうのはそういう意味じゃないだろうに」


 さすがに黙ってはいられなかったのか、モリオンがナズナへとツッコミを入れる。それを聞いたナズナは目を瞬かせると、気持ちを落ち着けるように深呼吸をしてから俺を見た。


「……それでは一体何をしに?」

「場所が場所だけに俺も言いにくかったんだが、うちの派閥の連中が色街を利用して()()()()()()()に備えるんだよ。あとは個人的な依頼だし見つかるかは望み薄なんだが、人探しをお願いしようと思ってな」


 そろそろ学園での生活に慣れて、羽目を外してしまう生徒が出てもおかしくないからな。それを防止というか、問題を起こした場合に備えるべく、今日は外出したわけである。


 俺がそれを説明すると、ナズナは理解するのに数秒要したようで動きが止まり、徐々に顔を赤らめたかと思うと最後には俯いてしまうのだった。

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― 新着の感想 ―
大惨事起こりすぎ!
エリカは元気でいいね。ヒロインだっけ?だれがヒロインやヒーローか分からなくなってきました。すみません。 あとこうやって地盤を引き継いでいくんだね。でも顔繋ぎならお祖父様が連れて行ってもいい感じするけど…
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