第131話:攻略開始 その3
オリヴィアと運良く会うことができ、今後の段取りを確認できた俺は透輝の後を追って図書館の奥へと進んでいく。絵本の場所を確認し、貸し出し可能なおすすめの絵本も借りてきたから準備はバッチリだ。
しかしオリヴィアを通してオレア教と協力し、こっそり主人公を鍛えていくなんてゲームの悪役かボスキャラか、なんて思ったけどそのどちらも間違ってはいない。
『花コン』だと悪役……と呼ぶには格が足りないけど一応悪役だったし、中ボスみたいな感じで立ちはだかるのがミナト=ラレーテ=サンデュークという存在だからだ。
まあ、中ボスというのも言い過ぎで、割とあっけなく負けるんだが。
(主人公を誘導して暗躍する敵キャラみたいだな、俺……立場的には間違ってないのがなんとも言えないけどさ……)
それもこれも『魔王』をどうにかして平和な未来を掴み取るためだ――なんて建前と言い訳は誘導される透輝には関係がない。そのためせめて透輝に対しては誠実であろう、と思うのだが。
(それも自分が楽になるための言い訳、と……さて、現実と向き合いますかね)
透輝がメリアと会っていることを期待し、気配を殺しながらそっと図書館の奥を覗き込む。そこには小さな休憩スペースがあり、そこをメリアが普段使っているはずだ。
(……おっ?)
するとそこには、たしかにメリアがいた。
以前見たように小柄で、三年弱経ってもあまり成長しなかったらしい。
椅子に座っているため詳細にはわからないが、身長は百四十センチを僅かに超える程度か。新品を買ったのか汚れもほつれもない学園の冬服を着込んだ体は小柄かつ細身で、とても同年代には見えない。何を考えているのかわからない、無感情な青い瞳を透輝に向けている。
他に目を引く部分としては癖がない白銀の髪が真っすぐ、長く伸びており、椅子に座った状態だと毛先が床につきそうだ。
あれはたしか、誰も切る人がいないから伸ばしっぱなしになっている、みたいな裏話があったはず……オリヴィアが切ってあげればいいのに。
まあ、それは置いておくとして、本当にメリアがいた。俺が知る姿で、俺が知る場所に。
(良かった……ああ、本当に良かった……以前がイレギュラー過ぎたからどうなることかと思ったけど、ちゃんといてくれた……)
軍役で王都を訪れ、『王国北部ダンジョン異常成長事件』があった後。王立図書館への入館許可証をもらってこの場所を訪れた俺が見た、メリアの姿が脳裏に思い浮かぶ。
本棚の陰からこちらを覗く、メリアの姿。その時の興味か、恐怖か、絶望か、切望か。ごちゃ混ぜすぎて理解ができない表情を、よく覚えている。
その時の表情と異なり、透輝と相対しているメリアが俺が『花コン』でよく知る表情を浮かべている。無感情かつ無表情、何を考えているかよくわからない、無機質な顔だ。
そんな顔で、スケッチブックみたいなものにデフォルメされたアイリス達の顔……おそらく透輝が出会ったことがある『花コン』のキャラクターを横に並べて描き、透輝に無言で見せているのは何かのジョークだろうか。
(最初から好感度を教えてくれている……だと?)
いや待て、そうじゃない。と自分にツッコミを入れる。そもそもそんなことをしていること自体にツッコミを入れるべきだ。
「…………」
「えーっと……」
無言でスケッチブックを見せるメリアと、スケッチブックとメリアの顔を交互に見ながら困ったような声を漏らす透輝。うん、そうだね、さすがに無言でそんなものを見せられても困るよね。
(『花コン』ならゲームだからっていう前提があった……ゲームだから好感度を教えてくれるキャラがいてもおかしくないって。でも、現実で見るとこう……なんで? って感情が先にくるな)
たしか、『花コン』だと『想書』に書かれた情報をもとにしてメリアが好感度の一覧を描いている、なんて話があった。それがメリアが『想書』を利用して戦う伏線になってもいる、と。
(メリアが透輝……いや、主人公に興味を示したのは、自分と同じ光属性の魔法を使える同類だからだったはずだ。初めて会った同類だからこそ興味をひかれて、こうして反応を見せるって……)
そうなるとやっぱり、以前俺に対して見せた反応がおかしい。オリヴィアが『巧視魂動』で確認していたけど、俺は魔法の才能が皆無で光属性とは無縁の存在だ。
なんか顔が怖い奴が来たぞ、みたいな平和な理由であんなリアクションをされたのかもしれないが……俺の心境的に平和じゃないな、それ。
「…………」
「え? あの、ちょっと? な、何? なんでスケッチブックを押し付けるんだ?」
グイグイ、とスケッチブックを透輝の顔に押し付けるメリア。そんなメリアの行動に困惑し、どうすれば良いのかと焦る透輝。なんだこの状況、面白いな。
(このままもう少し見ているか……)
メリアの不思議な行動を観察するため、気配を消したままで本棚の陰に潜む。傍目から見たら絶対怪しいわ。でもそう簡単にバレるような気配の殺し方じゃない。この程度でバレると大規模ダンジョンで寝泊りできないからな。
(そうそう、メリアは最初、あんな感じなんだよな。情緒が育ってないというか、無感情というか……好感度が上がるにつれて行動に変化が出るんだよな)
それが可愛い、とプレイヤーにも大人気で、その強さや各ルートでの散り様から、人気投票でも上位に入ったほどだ。というかヒロイン部門だと一位である。総合部門だとランドウ先生に負けるけど、ヒロイン部門だとアイリスを抑えての一位だ。
(しかし、あの行動がゲームを踏襲してのものか、透輝が自分と同じ光属性だから興味を持ってのことなのか、どっちなのか……聞いても答えてくれないよな)
好感度が低い内はろくに喋ってくれないしな。
真顔かつ無言でスケッチブックを透輝へ押し付けるメリアの姿を見ながらそんなことを思い、その姿に思わず小さく笑ってしまう。
「…………? ……っ」
するとメリアが俺に気付いたのか視線を向け、視線を外して透輝に再度スケッチブックを押し付けたかと思うと再度俺に視線を向けてくる。そしてビクッと驚いたように小さく身を震わせた。
「ん? どうした? ってうわっ!? み、ミナト!? いつからそこに!?」
「いつから、と言われると君がその少女にスケッチブックを押し付けられている時からだが?」
「最初から!? 怖っ!? 全然気づかなかったぞ!?」
なんか二度見されたな、なんて思いながら答えると、透輝は焦ったように叫ぶ。図書館ではお静かに、だ。
「やあ、こんにちはお嬢さん。私はミナト=ラレーテ=サンデュークと申します。お嬢さんのお名前をお聞きしても?」
話すのは初めてだし、まずは自己紹介から始める。名前や性格、その他色々と知っているけど、知っていたらおかしい情報だからな。
『花コン』だとミナトとメリアは面識がない。メリアが生徒会メンバーの仲間入りをしている状態でミナトが悪堕ちすると、少しばかりセリフがあるぐらいだ。まあ、セリフといっても『誰?』って透輝に尋ねるだけなんだが。
『花コン』ではそれぐらい関わりがないが、俺の場合はそうもいかない。透輝を誘導する以上、俺についても多少は知っていてもらわないと困る。
「…………」
「以前、ここでお会いしましたよね? あの時は名乗れずじまいでしたが、こうしてご挨拶できる機会に感謝いたします」
「…………」
「お嬢さん? ああ、もしかしてこの呼び方がお好きではない? それなら名前を教えていただけると嬉しいのですが」
いかん、駄目だ。いくら話しかけてもリアクションがない。アンヌさん仕込みのトーク術も、何の反応もなければ意味がないわ。
(おかしいなぁ……ここまで反応がないとなると、前回会った時のアレはなんだったんだ?)
いや本当に、一体なんだったの? あの時はなんでわざわざ俺を観察するように見てたの? 気まぐれ? たまたまそういう気分だった?
「えっと……こういう時って名前を勝手に教えて大丈夫なのか? なあメリア、ミナトに名前を教えて大丈夫か?」
俺が内心で首を傾げていると、透輝がメリアにそんなことを尋ねている。うん、気持ちは嬉しいよ透輝。この世界のルールや常識を意識した振る舞いを心がけているのが伝わってくる……が、既に名前を言っちゃってるんだよなぁ。
それでも俺が指摘せずに黙っていると、メリアが透輝に向かって小さく頷くのが見えた。
「あ、いいのか。ミナト、この子はメリア=アルストロって名前で……あー……うん、そんな名前なんだ」
それ以上のことはわからないから紹介できない、と。俺には答えてくれないから助かるけど、それでよく紹介しようと思ったな。
「メリア嬢か……リボンの色を見る限り同級生のようだが、貴族科では見たことがないな。技術科の生徒かな?」
とりあえず敬語を崩して尋ねるが、メリアからの反応はない。俺をチラ、と見て視線を逸らす。
(なんだろう? 警戒されてる? 突然現れたから警戒するのは当たり前っちゃ当たり前だけど、その割には無関心なんだよな)
今までに会ったことがないタイプの子だ。『花コン』でその性格を知ってはいたが、実際に会ってみるとリアクションに困る。
(オレア教の決戦兵器にして秘密兵器……『魔王の影』を警戒して秘密にするのはわかるけど、もう少しこう、常識とか愛想とかも教えておいた方が良かったんじゃないか?)
浮世離れしている、とでも表現するべきか。あるいは単純に無知で無感情なだけか。これでいざ戦闘になればとんでもなく強いんだから、ギャップがすごいと思う。
「…………」
そして俺の質問に対し、メリアは何も答えてくれない。チラ、と透輝に視線を向けるだけだ。
現状だとメリアは制服こそ着ているが、どこかの科に所属しているわけではない。それをわかっていて尋ねる俺も悪いが、ここまで何も答えてくれないとは……。
(こんなに反応がないとな……透輝に一週間の間に三回図書館に来させて、メリアを攻略可能にするっていうのは無理に思えてくるんだが)
もっと透輝とメリアの会話が盛り上がっているのなら期待もできるが、基本的に透輝が話しかけてメリアが小さく頷く、といった感じだ。俺が話しかけても頷きすらしてくれないし、透輝を何度も図書館に来させる方法が俺には思い浮かばない。
(いかん、メリアルートが最初から頓挫しそうだ……貴族らしくこちらが話しかけているのに何も答えないとは無礼だ、みたいな言葉をかけて反応を見たり……いや、それでも何も反応しなさそうだな。意味がない、か)
こうなったら早速オリヴィアに頼んで、メリアが学園に通えるよう取り計らってもらうか? でも、本人にその気がないなら意味がないしな。
「ふむ……透輝、君の新たな友人との出会いは祝福するが、どうやら俺には心を開いてもらえないようだ。残念だよ」
「えぇ……これって心を開いてるのか? たしかにミナトが話しかけるよりは反応があるけど、俺もさっき出会ったばっかりだぞ?」
とりあえずメリアの方ではなく、透輝の方から気にかけるよう誘導してみるか。でも正直、誘導する俺としても厳しく感じる。もっと打ち解けた様子を見せてくれればなぁ。
「さっき出会ったばかり、か……その姿を見るとそうは思えないが」
「ん、んん……いや、これは、俺も何がなんだが……」
再び好感度表と思しき図が描かれたスケッチブックを透輝へ押し付け始めるメリア。透輝は困った様子でなすがままにされているが――。
(好感度は……当然というか、アイリスが一番高いな。出会ってすぐだから誤差といえば誤差だけどさ)
好感度が二番目に高いのはカトレアで、他の人物は一列になって横に並んでいる。
アイリスが一番高いといっても、数値的にアイリスだけは最初から友人と呼べるだけの好感度が設定されているため、全員がほぼ初期値といっても過言ではない。
アイリスは透輝を召喚した張本人だから、これで好感度が他者と同じく最低値からのスタートだったらさすがにおかしいしな。
「まあ、君には懐いている……と表現するのが相応しいのかはわからないが、反応をしているんだし、今後も会いに来てあげたらどうだ?」
「う、うーん……まあ、それぐらいなら……メリアの方から会いにきてくれてもいいんだけどなぁ」
とりあえず今後も図書館に来てメリアに会うよう勧めると、透輝は苦笑するようにして頷く。
差し当たってはほら、絵本を持ってきたからこれを読み終わったら返しに来て、メリアに会えばいいと思うよ?
そして、次の日の放課後。
授業も終わったし生徒会室に顔を出すかぁ、なんて思って廊下に出たら、何やら視線を感じた。
そのためそちらへと視線を向けてみると、何やら柱の陰からメリアが覗き込んでいる。
(……おかしいな……まだメリアの方から動き回る時期じゃないはずなんだが)
そんなことを思いつつ、俺はメリアの方へと足を向ける。
「やあ、メリア嬢。透輝に会いにきたのかい?」
「…………」
俺が話しかけると、チラ、とメリアが視線を向けてくる。喋りこそしないが、俺を覚えてはいるようだ。
「透輝ならまだ教室にいるから、もう少し待っているといい。すぐに出てくるよ」
「…………」
俺の言葉を聞き、メリアは小さく頷いた。どうやら透輝を待っているという予想は合っていたらしい。
「若様、今の生徒は……」
このまま待っているのも不自然だろうと思った俺が離れると、いつも通り大名行列みたいについてきていたナズナが尋ねてくる。
「透輝の友人だ。俺も一度顔を合わせていてな。どうやら彼に会いに来たらしい」
「なるほど、テンカワの……それにしても不思議な雰囲気の子ですね」
うん、本当にね。俺はナズナの言葉に同意するように頷くと、その場を後にする。
なお、メリアには何の影響も与えられていないのか、本の『召喚器』を確認しても新しいページが増えている、なんてことはなかったのだった。




