第127話:本当のはじまり
ジェイドとの決闘を終え、日課の夜間の訓練も終えた俺は寮の自室に戻ってシャワーを浴び、寝る準備を整えてから備え付けの椅子に座って本の『召喚器』を発現していた。日課の『召喚器』の確認である。
すると予想通りというべきか、これまで変化がなく残っていたページ……初陣の際に野盗の頭目を斬ったページ、ボスモンスターと化したデュラハンを倒した際のページ、王都でパレードが行われた際のページが全て、ジェイドのページに変化していた。
ジェイドが語っていた通り、ネフライト男爵から色々と言われていたのだろう。
初陣の時のページは少し不満そうな様子で話を聞くジェイドの姿に変わっており、デュラハンを倒した時のページでは明らかに不満そうな、不貞腐れたような顔のジェイドが描かれている。
そして王都でパレードが行われた際のページでは、睨みつけるようにしてパレードを見るジェイドの姿が描かれているが……。
(ルチルもそうだったけど、ジェイドにもしっかりと見られてたんだな。しかし『花コン』だとミナトに好意的だった二人が揃って敵対的に……ルチルは隠そうとしているけど、ジェイドは露骨に嫌ってたし、どうしたもんか……)
いや、この場合は隠そうとしているルチルの方が厄介なのか。ジェイドはあからさまに俺を嫌っていたが、それでも真っ向から嫌いだと言って勝負を挑んできた。このタイプはまだ打ち解けられると俺は思う。
しかし表面上だけでも仲良くしようとしているルチルの場合は……打ち解けるとしてもかなりの時間がかかりそうだ。
しかも所属する科が異なるため、常日頃から声をかけて少しでも仲良くするという手段も使えない。ルチルに会うために毎日技術科に通っていたらさすがに周囲も何事かと思うだろう。数回ぐらいなら誤魔化せるけど、回数が増えれば誤魔化しようがなくなる。
さて、どうしたものか……なんて思いながら『召喚器』のページをめくっていく。予想通り過去の分がジェイドのページに変わっていたが、今日の決闘で新しいページが増えているのではないか、なんて思ったのだ。
「おっ……増えてるな」
思わず呟く。予想通りというべきか、手甲の『召喚器』を装備して俺と戦うジェイドの姿が新しいページとして描かれていたのだ。
学園に通うになってから何度かページが増えているが、これで五十ページ目である。仮にこの本の『召喚器』が百ページまで表示されるのだとすれば、半分に到達したのだ。
これまでページが増える度に身体能力を底上げしてくれていたが、ここまでページが増えれば何かが起きるのではないか。予測に過ぎないが全ページの半分という、区切りを迎えたのだ。
何かが起きても不思議ではない。これまでにはない何かが起こってくれても、不思議ではない。具体的には取扱説明書が表示されるとか、使い方を教えてくれるとか、名前を教えてくれるとか!
俺は何か変化が起きていないかと、ペラペラとページをめくっていく。頭の中でカウントしていくが今のところは百ページ分のページが綴じられており、これから先、ページが増えなければ半分に到達したという予想も間違っていないはずなのだ。
五十ページ以降は裏も表も全て白紙である。真っ白だ。シミ一つないし破れてもいない。相変わらず不思議な手触りで、頑丈で、引っ張っても破れる気配がない。ケツを拭く紙にもなりゃしねえ。
そうして確認していき、最後のページに到達する。中身がきっちり百ページあることを確認した俺は一つ頷くと、表紙に戻って頭から何か変化がないかを確認していく。
ナズナに白いリボンをプレゼントした時の一ページ目から始まり、ランドウ先生と出会って試験を受けて、半年間手解きを受けて、コハクやモモカと会話をした時の様子が描かれ、初陣を乗り越えた俺の話を聞くモリオン達の絵、ランドウ先生に連れられて娼館に行く俺を止めようとするナズナの姿など、懐かしさすら感じる絵が連続している。
続いて軍役で王都に行き、スグリの母親を助けた時の絵や異常成長したダンジョンでのゴタゴタ、『王国北部ダンジョン異常成長事件』の話を聞いていると思しき『花コン』のメンバー達、リンネとの戦いや王都で行ったパレード関係の絵。
あとは大規模ダンジョンで修行をした際のランドウ先生やナズナの絵が続き、学園に入学してからの絵が並ぶ。
それらを一枚一枚確認して、何か変化がないかを探ることしばし。数え直しても今日増えたジェイドのページを含めて五十ページ存在することを確認した俺はふっと笑い、息を吐いた。
(……何もないのかよっ!)
思わずバシーン、と本を机に叩きつける俺。その音で我に返ると、いそいそと本を拾い直す。
(いかんいかん……こういう扱いが駄目なのかもしれないし、改めないと。でもさすがにさ、なんかこう、少しぐらい変化があっても良くないか?)
『召喚器』は当人の魂の具現だと言われている。つまり、この何もわからない『召喚器』は俺自身を表しているとも言えるわけだが、ここまで何もわからないような性格をしている……のか? 本当に? 自分で言うのもなんだけど、割と単純な性格をしていると思うよ?
(うーん……やっぱり何もない……よな? ピカピカ光ったり、文字が浮かび上がったり、何かわかりやすく教えてくれればいいんだけど……)
本型なのに身体能力を上昇させるだけっていうのも疑問だ。これまで見たことがある『召喚器』のように、外見と能力が一致していない。
いやまあ、本型らしく援護魔法として俺の身体能力を強化してくれているのかもしれないけど……モリオンやアレクがかけてくれたからわかっているけど、『召喚器』の強化と援護魔法は共存していたから魔法での強化とは別っぽいんだよな。
(えー……周りから見たら俺ってこの『召喚器』みたいにわかりにくいというか、何もわからないように見えてたりするのか? そりゃ自分自身のことを全部わかっている、なんて言わないけどさ)
前世で聞いた自己分析を行う際の心理学モデルの話でも、自分だけが知っている、他人だけが知っている、自分も他人も知っている、自分も他人も知らない、なんて四パターンに分けて分析する手法があったと思うけど……そんなに自己分析から乖離しているんだろうか?
(魂の具現がどうこうっていうなら、俺は転生しているからな……それが原因とか?)
色々と考えてみるが答えは出ない。この世界に生まれて『召喚器』を発現してから何度も考えてきたことだが、教えてくれる者もいない。
「ふぅ……もっと俺に優しくしてくれてもいいんだぞ?」
これも何度同じことを考えたかわからないが、本の『召喚器』にそう呟いてみても変化はなく。俺は苦笑して『召喚器』を指で弾くと、明日に備えてベッドに潜るのだった。
そして翌日。
今日という今日こそは誰かに決闘を挑まれることがなく、俺が挑むこともなく。ジェイドのように決闘ではなく喧嘩を売られることもなく、放課後になったら生徒会室へ足を運ぶことができた。
今はまだモリオン達は生徒会のメンバーではないが途中までついてきたため、最後には大名行列を解散する。決闘騒ぎも一段落したのならこの大名行列もいらないと思うんだけど……駄目かな?
そんなことを考えつつ生徒会室の扉を開けて中に入り……おや?
「あっ……よ、よう、ミナト」
そこには落ち着かない様子で椅子に座る、透輝の姿があった。そんな透輝よりも更に部屋の奥、生徒会長の席にはアイリスが座って書類仕事に勤しんでいる。
「やあ、透輝。アイリス殿下の付き添いかい?」
「あー……付き添いというか、なんというか……」
透輝は何やら気まずそうに目を逸らす。んん? なんだいその反応は。俺が何か怒るとでも思っていそうな反応だな。
「どうした? 歯切れが悪いじゃないか」
「いや、そりゃ悪くもなるって。ほら、決闘というか喧嘩というか、とにかくやり合ったわけだし……なあ?」
どうやら俺と決闘をしたことが尾を引いているらしい。そのため俺は小さく笑い、透輝の肩を叩く。
「なるほど……敗者の俺が言うのもなんだが、遺恨は決闘で晴らしたからな。君さえ気にしないのなら俺も気にしないさ」
「そ、そうか? いやぁ、ミナトならそう言ってくれると思ったんだけど、本人に聞くまでは気まずくて……ほら、なんかお前ってば、最近あちこちに喧嘩売ったり買ったりしてるし……」
「なに、有名税というやつさ。それも昨日で落ち着いた……はずだ」
「はー……こっちの世界にもあるんだな、有名税……」
そんな税金はないけどな。そしてアイリス? 書類仕事をしているかと思ったらチラチラこっちを見てくるじゃないか。俺と透輝の確執が気になるのか?
「どうしました、はとこ殿。今の言葉に嘘はないです。透輝が気にしないなら俺も気にしないから、はとこ殿も気にせずにいてくれると助かるのですが」
「い、いえ! それも気になっていたんですが、それ以外にも気になるというか、聞きたいことがあるというか……」
「聞きたいこと?」
なんだろう、アイリスの方から俺に聞くようなことって何かあったっけ? それこそ透輝との決闘関係ぐらいしか思いつかないんだが。
そう思って首を傾げてみると、アイリスは恐る恐る、といった様子で尋ねてくる。
「その……ですね? 透輝さんを生徒会に入れて……できれば生徒会長補佐としてわたしを支えてほしいな、なんて……思ったり、するんですが……」
待ってくれ。その提案自体は『花コン』通りだから大賛成だけど、ちょっと待ってくれ。なんでソレを俺にわざわざ確認する? 生徒会長なんだから補佐の任命権もあるし、わざわざ尋ねなくてもいいじゃないか。
(これまでの功績があるし、今回の決闘騒ぎで南部貴族の面々を倒したし、生徒会での影響力を考えてのことかな? 自分で言うのもなんだけど、パワーバランスが偏ってるしなぁ……)
アイリスの『召喚器』扱いだが、本人自体は平民に過ぎない透輝を生徒会に入れ、なおかつ補佐とはいえ役職に就けること。その後ろ盾になってほしいということなのだろう。
(アイリスは自分だけじゃ足りないって考えたわけだ。そこではとこでクラスメートの俺の出番、と)
生徒会長補佐という役職に就いたから平の生徒会メンバーより透輝の方が偉い、なんてことはないが、それをどう思うかは個々人で異なる。
『花コン』の事情を抜きにしても、生徒会長であるアイリスが補佐として任命したいと思った人間なら任命すればいいじゃないか、と俺個人としては思うのだが。
今の透輝はアイリスが召喚した人間という曖昧な立場しかない。『花コン』でもそこに生徒会長補佐という役職に就けることで社会的な立場を与えたわけだが、アイリスからすると俺の後ろ盾があった方が透輝の立場が安定すると思っているらしい。
「いいじゃないか。俺は賛成しますよ、はとこ殿。透輝が貴女を支えてくれるのなら、俺としても心強いですからね」
本当にね? 支えて好感度を稼いで最低でもアイリスルートに進んでグッドエンドに入ってもらわないといけないからね。そのために俺の保証が必要だっていうのならいくらでもしてあげますとも。
そう思ってアイリスを肯定すると、ぱぁっとアイリスの表情が輝く。俺の言葉で頼もしい味方を得た、といわんばかりに。
「良かった……他の生徒会の方々にも協力してもらわないといけないけど、透輝さんとミナト様、あとはカトレア様ぐらいしか頼れる人がいなくて……」
(……ん? あれ?)
アイリスの言葉に内心だけで首を傾げる。あれ……これってもしかして、『花コン』でいう生徒会の初期メンバーに俺が含まれている……?
「透輝さんもそうですけど、貴族科だけに限らず、優秀な生徒がいれば生徒会に入ってもらって力を貸してもらえれば……なんて思っているんです」
考え込む俺を他所に、アイリスが笑顔でこれからの展望を口にする。うん、そうだね、それは『花コン』通りだね。貴族科以外の面子も招集できるようにしないと、騎士科や技術科のメインキャラは放置になるからね。
(待てよ? 『花コン』だと騎士科にいたナズナは貴族科にいるし、技術科は……ルチルがいたかぁ……グランドエンドにはメインヒロインとメインヒーローが必要だからなぁ……)
サブヒロインであるスグリとエリカはグランドエンドで好感度を高めなくてはならないキャラではない。だが、スグリは錬金術が頼りになりすぎるし、エリカは『召喚器』を上手く使えれば広範囲を高火力で薙ぎ払える力がある。
その二人を除いたとしても、ヒーローであるルチルを生徒会メンバーに招く必要があるから貴族科以外の生徒に力を貸してもらう、というアイリスの方針には賛同するしかないわけで。
(でも、ゲームだった『花コン』ならともかく、大商会の跡取り息子ってだけでルチルを生徒会に連れてくるのって難しくないか? いや、それをどうにかするのが主人公なんだけどさ)
王立ペオノール学園にアイリスが入学して二週目も終盤となり、三週目を目前とした今。
それは透輝が召喚されて一通りゲームの進行や戦闘のチュートリアルなどが終わり、自由に動けるようになるタイミングでもある。
入学から三週目になるとプレイヤーは自分で好きなように主人公を操作し、各キャラクターを攻略して望むエンディングへと進んでいくのだ。
(主人公が召喚されて、俺との決闘があって、そこがスタートだと思ったが……そうか、これが本当のスタートか)
笑顔で語るアイリスを見ながら、俺はそっと、右手を拳の形に変えて握り締める。
――主人公に『魔王』を対処してもらうための『花と宝石の協奏曲』が、始まるのだ。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
これにて5章は終了となります。
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それでは、こんな拙作ではありますが6章以降もお付き合いいただければ幸いに思います。