第125話:決闘三昧 その6
「以前のエリカ嬢もそうでしたが、ミナト様って無礼な相手に寛容というか、むしろ割と好きですよね?」
決闘ということで第一訓練場に向かう俺だったが、モリオンがどこか不思議そうな顔をしながら尋ねてくる。それを聞いた俺は思わず笑ってしまった。
「おや? 初対面でものすごく突っかかってきた君がそれを聞くのかい?」
「あー……まあ、はい。あの頃は若かったということで……」
今も若いよ、なんてツッコミは野暮か。俺はその点には触れず、前を歩くジェイドの背中を見る。
「新鮮な感じがしてな。もちろん、エリカとジェイド先輩では無礼の方向性が違うが……エリカは礼儀を知らないからこその無礼だが、ジェイド先輩は俺個人への隔意が原因の無礼だ。そして隔意はあっても悪意は感じられなかったからこそ、こうして決闘をやろうと思えたんだ」
ま、それは半分建前だが。残り半分は『花コン』のメインキャラだからこそ、こうして面倒事だろうと対応しようと思えた。というか『花コン』のメインキャラじゃなかったら決闘を仕掛けるとしても普通に剣を使うわ。
面倒ではあるがやる価値がある。そんな判断のもと第一訓練場に向かい、ジェイドと向き合う。
「…………」
今日も今日とて放課後に呼ばれた形になるゲラルドは真顔かつ無言だった。今日もですか、と言わんばかりの目で俺を見ているが……うん、多分、今日で最後だから勘弁してくれ。けっこう暴れたし、ジェイド以外でわざわざ喧嘩を売ってくる生徒もいないだろうから。
「……勝敗の条件は?」
「素手で戦い、気絶するか降参するかで勝敗を決める。先輩もそれでいいですよね?」
「テメエが俺の拳を喰らって死ななかったらな。わざわざ素手で戦って死んだら笑いモンだぜ?」
「ははは、それは怖い。ああ、そうだ」
挑発してくるジェイドに軽く笑い、俺は言う。
「先輩の『召喚器』、使うなら使っていいですからね。剣を携帯せずに喧嘩を売りに来るぐらいですし、筋肉の付き方と間合いの取り方が至近距離での戦いに特化しているように見えます。『召喚器』は手甲とかその辺なんでしょう?」
「……俺はテメェが嫌いだが、その観察眼だけは認めてやるぜ。だが、テメェが武器を使わねえのにこっちが使うと思うか?」
不機嫌そうにジェイドが言うが、俺としてはその気遣いは見当違いだ。
「俺の『召喚器』は武器じゃないですし、既に効果を発動させてるんです。だから先輩が自分の『召喚器』を使うのは不公平ではありません。むしろ使ってもらわないと公平な勝負にならないんですよ」
「ハッ、それなら俺に『召喚器』を使わせてみるんだな」
そう言って凄むように口の端を吊り上げるジェイド。俺もそんなジェイドに笑って返すと、剣帯から『瞬伐悠剣』を外し、予備の武器として持ち歩いている短剣も外してナズナへと渡す。これで身軽になったな。
(さあて……スギイシ流は剣だけに非ず、なんて言ったものの完全に徒手空拳って状況は滅多にないからな。どうなるかねぇ……)
普段から戦う際に打撃も組み込んでいるが、大体の場合で牽制だったり相手との距離を離すためだったりで蹴りを放つことが多かったりする。倒れている相手への追撃は剣を使うよりも蹴った方が早いし、脚甲をつけているなら蹴りも十分凶器になるのだ。
しかし学園内で手甲や脚甲、鎧の類をつけるわけにもいかず、今は完全に徒手空拳である。身一つでの決闘ってわけだ。
今日まで何度も決闘をしてきたが、状況的には今日が一番厳しいだろう。剣での勝負なら譲る気は早々ないが、素手での戦いとなると俺がやや不利か。
いやまあ、使おうと思えば『一の払い』も『二の太刀』も『三の突き』も素手で使えるけどさ。ランドウ先生なら素手でも必殺の威力があるけど、俺の場合はあくまで使えるだけだ。ランドウ先生ほど人間辞めてない。
「両者とも、準備はよろしいか? 勝敗の条件は気絶するか降参するか。サンデューク君は賭けるものがなく、ネフライト君は負ければサンデューク君の質問に答える。相違ないか?」
「相違ない」
「ああ、ねえよ」
このあたりは最早様式美だ。条件を互いに確認し、五メートルほど距離を開けて向き合う。
「それでは、己が信念に従い正々堂々たる勝負を行い給え。決闘……開始っ!」
「いくぜぇっ!」
決闘の開始と同時に、ジェイドが動いた。地を蹴って一気に距離を詰め、右拳を振りかぶって突っ込んでくる。
なるほど、素手で戦いを挑んでくるだけあって動きが速い。五メートルの距離を瞬時に潰して間合いへと踏み込んできた。
(たしかに速いが――)
こっちは拳よりも更に速い、斬撃を見切って捌く身だ。遠心力、腕力、踏み込みの勢い、体重移動等々、様々な要素が後押しして振るわれる剣の切っ先は拳とは比べ物にならないほど速く、鋭いのだから。
繰り出されるジェイドの拳を左手で弾き、そのまま弾いた勢いで右拳を繰り出す。するとジェイドもこちらの拳を左手で弾き、至近距離での拳の刺し合いに発展した。
まるでボクシングのように腕を伸ばせば届く距離で、固めた拳を繰り出しては弾き、逸らし、回避し、時に受ける。俺とジェイドは互いにクリーンヒットを許すことなく、次から次へと拳の応酬を続けていく。
(徹底的に拳のみ……蹴りの意識は薄い……かといってこちらが蹴ろうとすれば対応できるよう反応しているな。肘か膝はどうだ?)
そんなことを考えながらも拳をかわしていくが、急に肘や膝での打撃に切り替えてもそれはそれで隙になるか。打撃だけでなく関節技や投げ技もランドウ先生から教わってはいるが……さすがに剣術と同等の練度は備えていない。
(単純な拳闘の技術はやや不利……実戦経験の差でトントンってところか。なんでもありならどうかな……っと!)
不意を突くように、それまで弾いていたジェイドの拳を手首を握ることで掴まえる。そして瞬時に腕を引っ張ってバランスを崩すと、空いた腹部目掛けて拳を突き立てる。
「フンッ!」
ドム、と鈍い音と共に腹筋で阻まれた。丈夫な腹筋してるわ。
「オラァッ!」
腹筋で拳を受け止めたジェイドはこちらの動きが止まった僅かな隙を突き、拳を振り下ろしてくる。そのため俺は首を傾けつつ腕を回すようにして拳を引き上げ、振り下ろされた拳の外側からジェイドの横っ面を殴りつけた。
ジェイドの拳が紙一重で耳の横をかすめ、風切り音を立てる。それと同時に俺の右拳がジェイドの横っ面を捉えた感触が伝わってくる。こういうの、クロスカウンターっていうんだったか?
それなりに力を込めて殴ったからか、ジェイドはたたらを踏むようにして二、三歩と後ろへ下がる。俺は追撃することよりも体勢を戻すことを優先し、拳を構え直して腰を落とす。
そしてジェイドはというと、俺が殴った左頬を手で撫でたかと思うと口を大きく笑みの形に変え、歯を剥き出しにするようにして笑った。
「ハハッ! 辺境伯家のお坊ちゃんの癖にイイ拳持ってるじゃねえか!」
「モンスター相手に殴って鍛えたからなぁっ!」
吠えるように叫ぶジェイドに叫んで返し、今度はこちらから踏み込む――と見せかけて直前で停止し、さっきのお返しといわんばかりに繰り出されたジェイドの拳を空振りさせる。
しかしある程度は読まれていたのかジェイドはすぐに拳を戻し、こちらの攻撃に備えるように軽くステップを刻んだ。そのためステップに合わせて踏み込み、握った左拳を大きく後ろへと回して目を引く。それと同時に右腕を折り畳み、拳ではなく肘での打撃を繰り出す。
腹筋で拳を受け止めるのなら、横から抉るようにして肘で肋骨を砕いてやるわ。
そう思ったものの、さすがに肋骨を砕かれるのはきついのかジェイドも腕を折り畳んで即座に防御する。それによってジェイドの意識が下へと向けられ――今しがた後ろへと回した左拳を瞬時に引き戻してジェイドの右頬を打ち抜く。
「ッ!?」
さすがに二回連続で頬を打たれるのは響くのだろう。それに、強制的に視界をずらされる形になる。相手の動きが見えなくなるっていうのは致命的な隙だ。
右頬を打ったことで強制的に左を向く羽目になったジェイド。しかし悠長に顔を戻すのを待ってやる義理もない。俺は瞬時に地を蹴ってジェイドの視界の死角、視線の向きとは逆方向へと体を移動させ、そのついでに横っ腹を拳で打つ。
俺ならたとえ相手が視界から消えようと、足音、匂い、呼吸音や衣擦れの音から相手の位置を探って攻撃するが、ジェイドはどうだ? この状況でそれを可能とするぐらい気配を探る術を持っているか?
持っていないなら――コイツは避けられんぞ。
視界を強制的にずらされて、相手は死角へと移動した。その場合、最初にやってしまうことといえば?
「テ、メェッ! ッ!?」
相手を視界に入れようとして、振り向いてしまうわけだ。そしてそこに拳を合わせれば向こうの方からぶつかってくるのと変わらない。
顎先を打ち抜いて盛大に脳を揺らし、立てなくしてやっても良かったが、敢えて相手にあわせて頬を殴り飛ばす。
下手するとそれだけで死にかねないが、『花コン』においてジェイドはHPと物理防御力、魔法防御力の才能値がずば抜けて高い。育てるとたとえ『魔王』の必殺技だろうと一撃は必ず耐えてくれる能力もあるため、この程度で死ぬことはないだろう。
それでも多少は脳を揺らされ、すぐさま反撃できるほど人間を辞めてはいないらしい。二歩、三歩と足をよろけさせ、最後には尻もちをついて呆然と俺を見上げてくる。
実戦ならここから顔面を蹴り飛ばしているが、これは決闘だ。それも、ただ殴って勝てば解決するような決闘ではない。接した時間は短いが、ジェイドの性格的に納得できる負け方をしなければ素直にならないだろう。
ジェイドは状況を飲み込めないように数度瞬きをして、ハッと我に返ったように立ち上がろうとする。しかし体がついてこないのかふらついて膝を突き、頬を引きつらせるようにして笑った。
「っつぁ……あー、クッソ、剣士が素手で戦うなんざ舐めやがって……なんて思ったが舐めてたのは俺の方だったか」
殴った拍子に切ってしまったのか口の端から流れる血を乱雑に拭い、ジェイドが呟く。
格闘の才能という意味では、ジェイドの方が遥かに優れているだろう。こっちはミナトだ。剣が凡才なら格闘に関しても凡才で、何かしらの優劣があるとすればこちらは実戦経験が豊富ってことぐらいだ。
だが、それが大きい。ジェイドも喧嘩慣れした雰囲気があるが、あくまで喧嘩だ。実戦経験と呼ぶには温く、俺の格闘の才能と練度の低さを補って余りあるほどに差ができている。
ジェイドもそれを実感したのか、自分の足元を確かめるようにゆっくりと立ち上がり、地面を踏み締めて体がきちんと動くことを確認して俺を見た。けっこう強めに殴ったんだけどなぁ……もう立てるのかい。
「上がった血の気が殴られて下がった気がするぜ……本当によ、テメエは気に食わねえが、その実力は本物ってわけだ。剣を持たねえテメエに、こっちが得意な徒手空拳に合わせられて、それでも届かねえのか」
才能だけでなく、徒手空拳での戦いならジェイドの方が実力は上だ。ただしジェイドに実力を発揮させず、なおかつ完全に実力を発揮する前に封殺できるぐらい立ち回れるってだけの話だ。
「ああ……ったく、嫌になるぜ。つまり、アレか? テメエの見立てじゃあ、俺が『召喚器』を使って丁度良いってわけだ」
「さて、それは実際に試してみないとわからないな」
さすがにそこまではっきりと力量差を読み取ったわけじゃない。それでも俺の言葉を謙遜か、皮肉か、どちらかに捉えたのだろう。ジェイドは両腕を前に突き出すようにして構える。
「そうかい。結局言葉に乗るようで情けねえがよ……それじゃあ試してみるとしようかぁっ!」
構えたジェイドの両腕に光が宿り、瞬く間に形を成す。ジェイドの『召喚器』は黒みを帯びた金属の手甲で、指先から肘までを覆うようにして発現されている。防御力もそうだが、拳を握ればそのまま打撃武器となるだろう。
「さあ、第二ラウンドだ! いくぜぇっ!」
そう叫び、突っ込んでくるジェイドに対して俺は再び拳を構えるのだった。