第123話:決闘三昧 その4
カトレアが握っていた剣が刃同士を連結した鞭のように伸びたのを見た俺は、やっぱりか、と内心で呟く。
『召喚器』を発現するだけでなく、ある程度は能力を解放できる水準まで至っているらしい。
カトレアが持つ『召喚器』――その名も『砕触剣尾』。
形状は前世だと現実には存在しなかった武器である蛇腹剣が該当するだろう。縮めればそのまま普通の剣としても使えるが、鞭のように振るって中距離攻撃が可能となる『召喚器』だ。
その上で、だが。カトレアはたしかに剣士として才能がある。俺と比べれば遥かに優れた才能がある。しかし、カトレアの真骨頂は剣士ではない。剣術と魔法を両方こなせる万能性、いわば魔法剣士だ。
たしかに、現時点では剣も魔法も一流に届かない中途半端な強さかもしれない。だが、組み合わせればいつかは一流にも届き得るのだ。
「『猛火』、『疾風』……これで少しは差が縮まるのかしら? こちらだけ補助魔法を使うのも気が引けるのだけど、ね」
「気にしないでください。それを言い出したらこっちは『召喚器』が身体能力を上げていますから」
そんなことに構う必要はないとも。心からそう思っていることを伝えるように笑うと、カトレアも笑みを返してくる。
「それならお言葉に甘えて……いくわ」
その宣言と共に、カトレアが腕を振るう。するとそれに合わせて連結刃が鞭のようにしなり、通常の斬撃ではあり得ない軌道で上から降ってくる。
(っ……こりゃ驚いた。相対してみるとこんな感じなのか)
鞭という武器は扱いが難しいが、卓越した使い手が用いればとんでもなく厄介な武器になる。なにせその先端の速度は目で追えないほどに加速するからだ。
もちろん、カトレアが使っているのは純粋な鞭ではないためそこまでの速度は出ない。だが、振るっているのは切れ味鋭い刃付きの鞭だ。速度が出ない代わりに威力がある。
俺は上から降ってきた刃に剣を合わせて弾く。手応えは……これまでよりも重い。『召喚器』としての頑丈さと切れ味があるから、振り回されるだけでも中々に厄介だ。
カトレアが振るう度に、通常の斬り合いでは体験できない軌道で刃が飛んでくる。真下からすくい上げるように、ホップアップするように切っ先が飛んでくるとか何の冗談だ、コレ。
突くように真っすぐ切っ先が飛んできたかと思えば、カトレアが僅かに手首を返すだけで空中で軌道が変化し、波打つように揺れながら飛んでくる。
そうやって縦横無尽に振るわれる刃を弾き、逸らすこと十度ほど。先ほど以上に防御に徹する俺を見てどう思ったのか、カトレアの瞳に強い意思の光が宿った。
――くる!
ここまでは準備運動の試運転。『砕触剣尾』がどんな武器かを俺に見せた上で、勝負を仕掛けようという意思が伝わってくる。
「はっ!」
再び蛇腹剣が振るわれ、加速した切っ先が迫りくる。風を切るどころか貫く勢いで突っ込んでくる切っ先――と、カトレア自身。
右手に蛇腹剣を、左手は俺に向かって突き出して魔法を撃つ準備を、そして伸びて俺へと迫る蛇腹剣が、鍔から途中まで剣の状態を保っている。長さ的に短剣程度の長さだが、振るえば十分に人を殺傷できる刃渡りだ。
蛇腹剣、魔法、直接の斬撃。その三つ全ての対応を迫るカトレアに、俺は無意識の内に笑っていた、と思う。
スギイシ流――『一の払い』。
飛んでくる蛇腹剣の切っ先を、こちらも飛ぶ斬撃で迎撃。銃弾を銃弾で撃ち落とすような曲芸だったが、それなりに切っ先が大きいため外すことなく迎撃できた。
それと同時にカトレアから『火球』が放たれたため、俺は剣の柄から左手を離す。そして魔力を込めて手刀で迎え撃った。『一の払い』は使おうと思えば素手でも使えるし、仮に失敗しても『火球』程度なら最悪、指が吹き飛ぶ程度で済むという判断からだ。
更に、返す刃でカトレアが振るう蛇腹剣の残り――短剣ほどの長さで繰り出された斬撃を片手で振るった『瞬伐悠剣』で受ける。
「っ!?」
そうして拮抗状態に持ち込めば、カトレアが驚いたように目を見開いた。
「う、そ……これでも届かないのっ?」
「もう少し威力がある魔法を撃たれていたらやばかったですけどね……剣と魔法と『召喚器』による三位一体の攻撃、堪能させていただきましたよ」
蛇腹剣の切っ先を弾き、根元を押さえ込んだことでカトレアの打つ手はなくなった。蛇腹剣の加速した刃は厄介だが、加速させなければ攻撃のしようがない。押さえ込んだ以上、腕を振るって加速させることができないのだ。
これで『召喚器』としての特殊な機能として蛇腹剣が勝手に動き出せば厄介極まりなかったが、さすがにそんな動きはなかった。
カトレアに打てる手があるとすれば、あとは至近距離から自爆覚悟で魔法を撃つことぐらいだが――。
「……一応聞いておくけど、この距離で中級魔法を撃てばあなたに通じるのかしら?」
「当たれば通じますよ。さすがに魔法が直撃して平気、みたいなおかしな体はしてませんからね」
「当たれば、ね……」
そう呟いて鍔迫り合いをしている『瞬伐悠剣』に視線を向けるカトレア。うん、正解だ。『瞬伐悠剣』の力を開放すれば魔法を撃つタイミングで離脱できるし、なんなら『一の払い』も間に合う。
俺はカトレアと向き合って笑い合い――背後から飛んできた殺気に、即座に身を返す。するとすぐ横を蛇腹剣の切っ先が通過し、カトレアの手元でもとの剣に戻った。
「むぅ……最後のとっておきも通じなかったわね」
「なるほど、振らずとも戻すだけなら自由にできると。いや、ビックリしましたよ」
今思ったけど、蛇腹剣の切っ先って寸止めできないよね? 避けなかったら直撃してたんだけど……まあ、ポーションがあるから治せるけどさ。それに、俺とカトレアの戦いを見ているナズナが止めてくれたはずだ。
「困ったわね……斬り合っても歯が立たないし、中距離、遠距離から攻撃しても通じない。魔法も斬れるし、なんというか、さっき斬撃が飛んだわよね? 剣士なのに遠距離攻撃も可能ってどういうことなの?」
「それがスギイシ流の教えですから。それで? 諦めますか?」
これで終わりにするか、という意図を込めて尋ねる。するとカトレアは『召喚器』を握る手に力を込め、自身を鼓舞するように笑った。
「いいえ、まだまだこれからでしょう?」
「ははっ……ええ、これからですね」
どうやらまだ戦いを続けてくれるらしい。
その事実に俺は小さく笑い、カトレアも笑い。開けた間合いを潰すように、同時に踏み込んで剣を振るう。
「――いや、お主ら熱中しすぎじゃろ」
そして、そんな声が響いて俺もカトレアも動きを止めた。『瞬伐悠剣』と『砕触剣尾』がぶつかり合い、澄んだ金属音を響かせながら。
「……コーラル学園長」
声が響いた方向へ視線を向けてみれば、いつからそこにいたのか、暗がりに立つようにしてコーラル学園長の姿があった。子どもみたいな外見に似合わない、呆れたような顔をしながらこちらへと歩み寄ってくる。
「審判ももっと早めに止めないと意味がないじゃろ。盛り上がり過ぎてそのまま殺し合いそうな勢いじゃったぞ」
「若様が楽しそうだったので、つい」
「えぇ……主の気持ちを汲むにも限度があるじゃろ、それ……」
顔だけでなく声にも呆れを滲ませ、やれやれ、と言わんばかりの仕草をするコーラル学園長。
(気配は感じなかった……というか、熱中してたから気付かなかった、か。未熟だな)
カトレアが多彩な戦い方を見せてくれたものだから、つい、そちらに集中してしまった。そのため周囲への警戒が疎かになっていたことを恥じ、俺は剣を鞘へと納める。
「ミナト君、その若さで中々大したものじゃが、少しばかりやんちゃが過ぎるようじゃな。ここ数日、学園では君の噂で持ちきりじゃぞ?」
「それはなんとも……お恥ずかしい限りです、学園長。私としてももう少し静かに学園生活を送りたいのですけどね」
「まあ、それに関してはお主だけが悪いわけでもない。挑む方も同罪じゃ。いや、決闘を罪と言ってしまえば貴族として成り立たんかのう……アイリス殿下の付き人の時のように、お主も弁えて行動しておるようじゃしな」
どうやら透輝との決闘に関しても知られているらしい。いや、学園長なんだから学園内で起きたことに関して知っているのは当然といえば当然かもしれないが。
「さすがに連日何度も決闘を挑み、挑まれとここまでやんちゃな子は学園の長い歴史の中でも初めてじゃろうが……きちんと加減をしておるし、ワシとしては言うこともない。しかし、こうして自主的な訓練でやりすぎるのは禁物じゃ。わかるな?」
「はい。少し羽目を外してしまったようで……」
思った以上に楽しくなってしまったのは自覚しているし、俺は素直に頷く。
「カトレア嬢もじゃ。相手が相手だから無事に済んだものの、訓練で寸止めできん攻撃は使ってはいかんじゃろ」
「それは……はい……ミナト君もごめんなさい」
「いえ、当たっていたらそれは俺が未熟だっただけのことですから」
カトレアと互いに頭を下げ合う。そういう問題じゃない? いや、俺としてはそういう問題だ。
カトレアもつい、テンションが上がって寸止めのことを忘れてしまったんだろう。俺もそういう気分だったから何も言えない。
「お主達ぐらいの腕になればじゃれ合いで済むが、未熟な者を相手にしてさっきのようなことはしてはいかんぞ?」
言い含めるようなコーラル学園長の言葉に頷きを返す。そりゃ相手の技量や戦い方によっては今回みたいなことはしませんとも。
(しかし、学園長の方から会いに来てくれるとはな……)
どうやって会いに行こうかと悩んでいたが、向こうから来てくれたのは僥倖だ。これで本の『召喚器』のページも更新されただろう。
そんなことを考えつつ、俺はせっかくの機会だからとコーラル学園長を上から下まで眺める。
年齢的には四十路前後のはずだが、低い身長、張りがあって瑞々しい肌、髭の一本も生えていない童顔と年齢と外見が乖離しすぎだろう。何も知らない人が見れば俺の方が年上に見られるかもしれない。いや、普通に俺の方が年上に見えるか。
これで『花コン』の主人公が女性の場合、二人が並ぶと姉弟にしか見えないだとか、プレイヤーからはおねショタ(詐欺)とか、じじまごとか、半ズボン履かせたいとか色々言われていたが……。
(気軽な感じを見せてるのに、隙がない……強いな……)
外見はともかくとして好々爺っぽい雰囲気を出しているコーラル学園長だが、その立ち姿に隙が見つからない。なんというかこう、ランドウ先生が達人ならコーラル学園長は熟練者って感じがする。
コーラル学園長も貴族とあって剣などの武器も扱えるはずだが、それ以上に戦闘巧者というか、何をしてくるかわからない怖さがある。『花コン』で戦い方は知っているんだけど、実物を見るとそんな印象を抱いてしまった。
「――なんじゃ? ワシとも戦いたいのか?」
そうやってコーラル学園長を観察していると、苦笑するようにして聞かれた。いやぁ、戦いたいかと言われれば戦いたいけど、俺が求める方向性とはズレるんだよなぁ……その点、カトレアは割とピッタリなんだけど。
「機会があれば、といったところでしょうか」
「そこは否定しておくところじゃぞ? ん?」
ジト目を向けられたため、ハハハと笑って誤魔化す俺だった。
その日の深夜。
訓練を終えて寮に戻った俺は本の『召喚器』を発現して内容を確認する。
すると新しく四十八ページ目に俺と戦うカトレアの姿が表示され、『王国北部ダンジョン異常成長事件』の際の同一ページの一つが報告書らしき書類を読むコーラル学園長へと変化していた。
更に、俺とカトレアが戦うところを眺めているコーラル学園長の姿が新しく描かれており、これで四十九ページ目である。
(うーん……なんだかんだでページ数が増えてきたな……)
そんなことを思い、過去のページをパラパラとめくる。他に何か変化はないかと思ったが、特に変わった様子はない。
(メリアは載っていないと仮定したら、残り一人以外全員表示されたな……あとは一人、か……)
初陣の時と『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時、それと王都でパレードをした時のページが一人分、変化せずに残ったままだ。残り一人――おそらくはジェイドの分が。
(カトレア先輩と同じで初陣の時から影響があったんだとしたら……どうなってる?)
『花コン』だとジェイドはルチルと同じく、数少ないミナトに対して好意的なキャラである。
逆に他のヒロインよりマシだが、ミナトに対してあまり良く思っていなかったカトレアが俺とは剣を交えてみたいと言ってきた。そうなるとジェイドにはどんな変化が起こっているか。
(明日からはジェイドが近くにいないか、もっと気を張ってチェックしておくか)
学年が違うため、一番会いやすいは食堂だろう。あとは学園内でもどこかですれ違えるかもしれない。
本の『召喚器』に載っている者が全部開示されたからといって何かが起こるかもわからないが、ひとまずはジェイドに会ってから考えよう。
そう思いつつ、本の『召喚器』を消した俺はベッドへと倒れ込むのだった。