第121話:決闘三昧 その1
ミナト=ラレーテ=サンデュークが同学年の南部貴族八人を相手に一人で決闘を挑み、傷一つ負うことなく圧勝した。
透輝の時と同様にそんな一報が学園内を駆け巡り、今度はたしかな驚愕と衝撃をもたらした――らしい。
完全に素人だった透輝と異なり、全員が貴族として幼少の頃から訓練を積んでいたことがその理由として大きいようだ。
何やら得意顔のモリオンが眼鏡のツルを指で押し上げつつ、『テンカワとの決闘を撒き餌にして、大きな評価を釣り上げましたね』なんて言っていたが、そんな意図はないからね? ランドウ先生に関して侮辱してきたから喧嘩を買っただけだからね?
ただまあ、モリオンがそう言いたくなるのもわかる。昨日透輝に負けたことで俺が気に食わない、目立っているから嫌い、東部貴族の派閥の勢いを削ぎたい、なんて奴がいれば利用するだろう。
だが、俺としては直接挑発してきたのは少し予想外だったりする。透輝との決闘を直接見ていた者なら、俺が手加減した上で色々と条件を付けて負ける方向へ持っていったのは理解できるはずだ。
俺なら負けたという事実を徹底的に利用する。俺個人、そして派閥の勢力を削ぐためにもまずは色々と噂を流すだろう。それも負けたこと自体は事実だから否定できないような噂をだ。
それなのに直接俺を挑発し、煽り、最後には自爆した。ランドウ先生のことを侮辱しなければ俺も流していたが……なんで口を滑らせたんだろうか?
(思った以上に俺が目障り……とか?)
もしかすると俺の評判が心底気に食わず、俺が透輝に負けたのを良いことに直接挑発せずにはいられなかったのかもしれない。しかし俺が受け流し続けたためエスカレートしてあんなことを言い出した、とか。
(前世でいえば高校生になったばかりの年齢だし、自制心が足りなかったのかな……)
貴族としての教育を受けているはずだが、それでも俺を煽らずにはいられなかったのだろうか。
そんなに疎まれているとなると少しへこむが……自画自賛になるが同年代の中ではトップクラスの実績を残しているし、ランドウ先生に鍛え直してもらったし、政治的な隙を晒したら食いつかざるを得なかったのかもしれない。
(だからモリオンもあんなにウキウキとしてたのか? 別に誰かがかかるのを待っていたわけじゃないんだけど……)
それでも結果オーライというか、一年生の中で南部貴族の派閥の勢いは一気に削いだ形になる。
北部貴族はカリンの関係であまり敵対したくないが……カリンは侯爵家の人間だし、派閥の中でもトップに近いはずだ。上手くやれば中立か友好関係を築ける。
西部貴族は……あまり伝手がないんだよな。伝手は王都で開かれたパーティで知り合ったリネット嬢……カリンと間違えて声をかけた彼女ぐらいか。リネット嬢の実家は子爵家だからこっちはあまり影響力が強くない。
そして最後は中央貴族の派閥、すなわちアイリスをトップとした面々だ。
ただ、ここは俺がアイリスとはとこだし、『王国北部ダンジョン異常成長事件』で王領を守り抜いた実績がある。透輝との決闘騒ぎを抜きにすれば付き合いやすい派閥のはずだ。
さて、なんでこんなに派閥のことを考えているか?
「君がミナト=ラレーテ=サンデューク君だな。我々南部貴族の面子をかけ、決闘を申し込む」
朝方エリック達に決闘を申し込んだ俺だったが、放課後になると南部貴族の先輩方――二年生に決闘を申し込まれたからだった。
俺が通う貴族科は、名前のそれとない特別感は別として前世の高校みたいな感じであり、一年生、二年生、三年生と三学年存在する。
つまり学年ごとに各方面の貴族の派閥が存在するわけだが、他の科と違って貴族科の先輩後輩関係は少し複雑だったりする。
他の科の場合は純粋に学年だけで先輩後輩にわかれるが、貴族科の場合は異なる。一年生の俺の下に三年生のゲラルドがいるように、当人ではなく実家の力関係が原因で先輩後輩の垣根を飛び越えることがあるのだ。
まあ、入学までに明確な実績を残していたり、本人の実力があったりすればその垣根を超えやすく、実力主義といえるのかもしれない。
しかし、である。たとえ先輩後輩の垣根を飛び越えることがあるとしても、俺が王国東部の派閥の人間であることに変わりはない。
これは学園のみならず、貴族社会全体での話にもつながる。
たとえばだが、『魔王』が発生して死ぬことがなければ俺はサンデューク辺境伯を継ぐことになり、弟のコハクは新しく家を作るか入り婿として他所の貴族の家に行くだろう。その際、東部以外の貴族の家に婿として入ればどうなるか?
コハクは元東部貴族の人間として便宜を図りつつ、婿として入った家を切り盛りしつつ、といった形で実家のサンデューク辺境伯家に利益をもたらすだろう。貴族として、派閥の人間として、そういった役割を求められるのである。
もちろん実家と仲が悪かったり、派閥なんて知ったことか、なんて人間ならその限りではない。しかし俺としては面倒だと思えるほどのしがらみが派閥にはあり、そのしがらみは学年を超えて降りかかってくるのだ。
要は、南部貴族の一年生が恥を晒したからその恥を雪ぎに来ましたよ、と先輩が一年生の教室に突撃してきたのである。派閥全体での尻ぬぐいってわけだ。
ただし、恥を雪ぐといっても何がなんでも俺を倒す、なんて話じゃない。決闘の勝敗に関しては取り決め通りだし、そこにイチャモンをつけるのはそれこそ赤っ恥になる。
「決闘で負けるのはまだ良い……だが、八対一で挑んで傷一つつけられずに負ける? それは恥だ。傷をつけられなかったことは許せるし、負けたこともまだ許せるが、八人がかりで挑んだことは南部貴族として大きな恥だ」
そう断言するのは決闘を挑んできた先輩である。
「一年生に挑むのも年上としては恥ずべきことだが……今は南部貴族が複数で一人に挑んで負けたという恥をどうにかしたいんだ」
そう言って先輩が提示した決闘の条件は一対一。武器も魔法も『召喚器』も自由。勝敗の条件は死ぬか気絶するか負けを認めるか。つまりオーソドックスな決闘だ。
そんな条件ながら、相手側は勝ったとしても俺に何も求めないらしい。恥を雪ぐことが目的であり、俺に何かを要求するのはそれもまた恥、とのことだ。一対一で正々堂々戦うこと自体が目的ってわけである。
そういうわけで決闘を挑まれたわけだが、決闘は一応拒否することもできる。ただ、拒否するってことは相手の言い分を丸呑みする、なんて取られかねないため基本的には受けるしかない。
透輝もその辺りを知っていたら俺との決闘を避けられたんだが、この世界の常識にも知識にも疎いからな。本来ならアイリスが断らなければならないところだったが、謝罪からの回避も俺が止めたし。
「なるほど……気持ちもわかりますし、良いです。その決闘、受けましょう」
というわけで、俺は決闘を受諾して第一訓練場に向かう。すると放課後だからかすぐに情報が広まり、移動する俺達を追うようにして人混みが移動していく。決闘は当事者以外にとっては娯楽みたいなものだから仕方ない。
「…………若様」
そして誰かが呼びに行ったのか、朝方ぶりに顔を合わせたゲラルドはなんとも言い難い顔で俺を見ていた。『コイツマジかよ……』と言わんばかりの顔だ。だが待ってほしい、今回の決闘は仕掛けられたのであって俺は仕掛けていないんだが。
「同罪ですよ」
「同罪かぁ……待て、決闘を受けるのも罪なのか?」
学園の校則でも決闘は一日何回まで、みたいな記載はなかったはず。
「少なくとも二日で三回、同日に二回決闘をやった生徒は若様以外に知らないです」
「そうか……学園の生徒は案外大人しいんだな?」
「去年の回数で言えば、一週間に一、二回決闘が発生するかしないかだったぐらいには大人しいですよ」
「そうか……そんなものなのか……」
レオンさんは学園だと決闘が日常茶飯事、みたいに言ってたんだけどな。いや、一週間に一、二回でも十分多いのか。
「ところでゲラルド、決闘の回数は一対一が複数回でも一回として数えるのか?」
そう尋ねた俺の視線の先。そこには決闘を挑んできた南部貴族の先輩一人だけでなく、明らかに同派閥と思しき先輩方が複数いた。これ、俺が勝ったら追加で決闘を挑んでくるやつでは?
「別人なら別カウントですよ。若様、大人気ですね」
「こんな人気は嬉しくないな……」
複数人で決闘を挑むのはアウトでも、一対一を繰り返すのはセーフらしい。いや、どんな基準だ? 一対一なら負けても良いってわけじゃないだろうけど、複数回に分ければいつか俺に勝てるんじゃないかって考えか?
(でも、実戦形式の訓練と思えば助かる……うん、助かるな)
領地から王都に来る際、野盗相手に実戦経験を積むことができた。しかし学園に入学してからは素振りをするかナズナ相手に剣を振るか、モリオンに魔法を撃ってもらって斬るか、といった感じで訓練の範疇を出ない。
透輝やエリック達との決闘もあったが、実戦かと言われると微妙なところだった。その点、今回決闘を挑んできた先輩方は身のこなしを見た感じ、実戦経験あり、決闘の経験もありといった感じだ。
(向こうの都合で挑まれた決闘だけど、今回は侮辱されたわけでもないし……実戦形式の訓練と考えようかね)
『瞬伐悠剣』を抜いて斬る必要はないだろう。そう判断した俺は得物として木剣を選ぶ。するとそれをどう思ったのか、相手も得物に木剣を選んだ。
(あくまで互角の条件で勝敗を決めたいのか……ちょいとこちらが無作法だったな)
そんなことを考えつつ、俺は木剣を構える。透輝の時のようにだらりと下げたりはしない。きちんと戦うという意思表示だ。
「……ありがたいっ!」
南部貴族の先輩がそう言って木剣を構える。俺と同じく、きちんと幼少の頃から訓練を積んできたことがうかがえる隙の少なさだ。
木剣同士なら下手に当てなければ死ぬことはない。もちろん当て方によっては骨が折れるし関節は砕けるし筋も断てるが、真剣同士で斬り合うよりはまだ死人も出にくいだろう。
「それでは、己が信念に従い正々堂々たる勝負を行い給え。決闘……開始っ!」
条件のすり合わせも終わり、互いに剣を構えて向き合ったところでゲラルドが開始の宣言をするのだった。
そして三十分後。
予想通りというべきか、最初の先輩を倒したら次は俺だと決闘の申し出があったため木剣で殴り倒すこと五人あまり。
一対一かつ正々堂々、真正面からの戦いだったからか先輩達は文句を言うこともなく、俺に負けたことを抗議するでもなく、去っていった。
負けたは負けたが、一対一できちんと戦って負けたのだ。朝方に八対一で戦った時よりも遥かにマシだろう。この後は流れた噂を上書きするべく、南部貴族は一対一で正々堂々戦ったが負けた、なんて噂が流れるに違いない。
連戦に関しては……うん、勝てるなら勝ちたかったんだろうなって。しかし残念ながら、大規模ダンジョンにこもってランドウ先生にしごかれた日々は、木剣での連戦で疲労することを許してはくれない。
一応、相手の攻撃をある程度受け太刀してから倒したが、一人あたり一分もかかっていないのだ。決闘の口上や条件の読み上げの方が時間がかかったぐらいである。
勝つ度に観戦客というか、決闘が行われると聞いて集まってきた生徒達から歓声が上がっていたためそれなりに盛り上がったのだろう。先輩達の意図を汲んでそれなりに見栄え良く戦った甲斐があったってもんである。
(……んー……見られてるな)
で、だ。決闘の途中から、何やら気になる視線を感じ取っていた。決闘が行われているから視線の数は滅茶苦茶多かったが、その中に敵意に似た感情が混ざっていたのである。
昨日の決闘で倒したエリック達が負けたことを根に持ったまま決闘を見ているのか、なんて考えたが何やら声を張り上げて先輩達を必死に応援しているだけで敵意は感じ取れなかった。
そうなると連日決闘騒ぎで目立っていることを良く思っていない何者かがいるのか、単純に元々俺を嫌っているだけか。
可能性はあまり高くないと思うが、俺が誰かの仇で負の感情を抱かれているってこともあり得る。学園に来るまでで何人も野盗を斬っているし、これまでに多くの野盗を斬っている。
その中に学園に通っている生徒とつながりがある人物がいた、なんて可能性は否定できないのだ。まあ、その場合俺としては野盗を斬ったのであって、恨まれても困るのだが。感情は理屈じゃ片付かないし、どうしようもないだろう。
(その可能性を考えるぐらいなら、目立ってる俺が気に食わない生徒がいるって考える方が無難か……)
それとなく周囲を見回すが、見物人が百人近くいるため視線の出所がつかめない。なんでこんなに集まってるんだ? 暇なの? それとも決闘ってそんなに見たいものなの? 露骨に睨んでいる生徒がいれば一発でわかるんだけどな……さすがにいないか。
そんなことを考えつつ、他に決闘を挑んでくる者がいないため撤収の準備に取り掛かる。この調子だと明日には三年の先輩が出てくるかもな、なんてことを思う。
「――いやぁ、素晴らしい! さすがは噂の英雄殿だ!」
木剣を返して寮に帰ろうとしたところで、何やら声をかけられた。はきはきとした通りの良い声で、商人でもやれば受けそうだな――なんて考えたところで俺は動きを止める。
「……君は?」
そこにいたのは、決闘の見物人の中にいた男子生徒だった。
身長は百七十センチにやや届かない程度で、多少伸ばした茶髪をウルフカットに整え、顔には貼り付けたような友好的な笑みを浮かべている。
その立ち居振る舞いは洗練されているが貴族のものではなく、騎士や兵士といった戦いに携わるものでもない。商人としての仕草だ。
「はじめまして、『王国東部の若き英雄』殿! 僕はルチル=シトリンと申します!」
名乗ると同時に折り目正しく一礼し、僅かに顔を上げたかと思うと口の端を緩く吊り上げる。
「――以後、お見知りおきを」
そう言って『花コン』のヒーロー――ルチルは意味深に微笑むのだった。




