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第11話:今の苦労か未来の死か その1

 俺が持つ本型の『召喚器』に謎の原理で画像が追加された翌日。


 一晩明けて再度『召喚器』を出してみたが、一ページ目に夕日に照らされながら微笑むナズナの姿が描かれていることに変わりはなかった。


(えぇ……なにこれ? なんだこれ? なんだよこの『召喚器』。何がしたいの?)


 『魔王の影』の暗躍が云々って聞いたその日の内にこんなことが起こるとは。昨日のナズナとのやり取りが写真でも貼り付けたように描かれているけど、一体何の意味があるんだろうか?


「こ、これが昨日の? 若様からはこんな風に見えてたんですか? その、て、照れますね?」


 当のナズナはといえば、昨日プレゼントしたリボンを髪に結わえた状態で照れ臭そうにしている。それでいてどこか嬉しそうにも見えるのは俺の気のせいか。いや、気のせいじゃないわ。


「お兄様お兄様! わたしも! わたしもこの本になりたい!」


 そして言葉のチョイスを盛大に間違えているのはモモカである。ナズナだけずるい、わたしもわたしも! と訴えてくるけどどうすればいいのか見当もつかないんだ。カメラみたいにボタン一つで写真が撮れたら良かったのにね。あと、なりたいじゃなくて載りたいだよね、多分。


「これが兄上の『召喚器』……えー、すごい……ですね?」


 モモカと違い、言葉を選んでコハクが褒めてくれる。幼いなりに兄ちゃんを気遣おうとするその姿勢、とっても嬉しいし尊いよ。


「それでミナト、何か変わったことは?」


 レオンさんが厳しい表情で尋ねてくるけど、正直に言えばわからない。『花コン』のアルバム機能に近い気もするけど、仮にそうだとすれば一体何の役に立つというのか。


 いつでも思い出の一ページを見ることができる? どうやって記録するの? 記録してどうするの? これなら焼き芋の燃料になった方がまだマシだよ? いやまあ、ナズナの嬉しそうな笑顔まで否定する気は毛頭ないけどさ。


「えーっと……体が少しだけ軽い……ような?」


 たとえるなら五十メートル走で十秒を切れなかったのが、今なら切れそうな感じがする。体感だがそれぐらい差がある気が……いや、それ体調の良し悪しで変わるぐらいの差じゃないか?


「ふむ……『召喚器』を『召喚』しただけでは大した効果はないが、剣なら剣として、盾なら盾として使用できる。つまりお前の場合は本として何かしらの機能があるはずなんだが……」


 俺が自分自身にツッコミを入れていると、レオンさんが思案するように目を細める。


「『活性』の段階に至ると明確に身体能力が向上したり、魔法の威力が上がったりと自覚できるだけの恩恵があるものだ。お前の場合、何かしらの条件を満たすと能力が向上する……いや、『活性』に近付いたのか? さすがに今回の件だけではわからんな……」


 レオンさんが呟いているけど、サンプル数が少なすぎて判断できないやつだな、これ。


「ミナト、何かあれば引き続きすぐ報告するように……いいね?」

「わかりました、父上」


 レオンさんは結論を先延ばしにしたらしい。俺としても判断要素がないから助かるんだけど。


「……そろそろアイツが立ち寄る時期か……ミナトのことを頼んで……」


 執務に戻るために去っていくレオンさんがそんなことを呟いていたのが怖かった。






 本の『召喚器』を発現できるようになって一週間の時が過ぎた。


 その間に画像が描かれたページが新しく増えることはなく、色々と試してみたものの現状では能力の発動条件が不明である、という結論が得られただけだった。


 中断していた魔法の授業も再開されたが、こちらは『召喚器』と違って魔法のまの字も習得できていない。これが魔力かな? っていう薄ぼんやりした感覚がようやく掴めてきたぐらいで、『花コン』のミナトと同様に魔法の才は乏しいようだ。


 ちなみに一緒に訓練しているナズナも似たような感じである。『花コン』だとナズナは物理寄りの剣士かつタンク役だったし、魔法の防御力は高めだったはずだけど魔法の才能は俺と同じでよろしくないらしい。

 ゲームだと防御力を高める魔法ぐらいは使えるようになるはずだけど……今のところレベルの概念はないみたいだし、訓練を重ねる内に使えるようになるのだろうか。


 ミナト? 『魔王の影』にそそのかされて闇落ちしても魔法を使ってこなかったし、通常時だととあるキャラの超絶劣化剣術を使ってくるぐらいだったから――。


「っ!?」


 そんなことを考えたのが悪かったのか、ただの偶然か。


 ナズナと練兵場で魔法の訓練をしていると不意に全身が粟立つような、突如として真冬の雪原に全裸で放り出されたような寒気が襲ってきた。


「若様?」


 反射的に周囲を見渡す俺と、そんな俺を見て不思議そうに首を傾げるナズナ。俺はあまりにものんきなナズナの反応に、何かしらの勘違いでもしたか、あるいは風邪でも引いたのかと混乱しながら周囲の様子を確認し続ける。


 今やっているのは魔力を感じ取る練習のため危険性がなく、なおかつ何故かメイドさんが魔法の先生を呼びに来て連れ出したからすぐ傍に護衛がいない。もちろん誰もいないというわけではないが、少し離れた場所で()()に備えて周囲を警戒している。


「――勘は悪くないようだな」


 そして、それまで誰もいなかったはずだというのに、俺の背後からそんな声が響いた。足音も何もなく、本当に突如として声が響いたのだ。


「な、んだぁっ!?」

「きゃっ!?」


 咄嗟に――本当に咄嗟の判断だった。俺は傍にいたナズナを抱き締めながら全力で地面を蹴り、押し倒すようにして背後の存在から少しでも距離を取ろうとする。


 それは地面に転がるだけで意味がない、隙を晒すだけの行動だと頭でわかっていても、体が背後の存在から離れるよう訴えかけてきたのだ。


「わ、若様っ!? 何を」


 突然俺に押し倒されたナズナが声を上擦らせるが、それに構っている暇はない。俺は本の『召喚器』を右手に生み出すとしっかりと握り、左手を背後へと向けながら振り返った。そんな俺の動きに気付いたのか、腕の中でナズナが硬直している。


 魔法を撃つことはできない。本当に魔力を感じ取ることができているのか、自分でもわからない程度の技量しかない。それでも子どもが『召喚器』を取り出し、なおかつ攻撃の態勢を見せれば少しぐらいは戸惑ってくれるのではないか――なんて、絶望の中に希望を見つけたかったのだ。


「――――」


 そして、背後にいた存在を見て、あ、無理だ、勝てっこないって、あっさりと本能が告げた。


 そこにいたのは一人の男である。年齢はレオンさんと同じぐらいか、やや上か。ところどころが擦り切れた着物に袴、足元は足袋に草履、腰元には刀と脇差。そんな日本の戦国時代か江戸時代辺りから抜け出てきたような様相だった。


 頭も黒に近い藍色の髪を総髪――髪を剃らずに丁髷ちょんまげだけ作った形で、顎には無精ひげが生えている。それでいて顔立ちは整っているが野性味が強い。


 それになによりも意識を奪われるのは、その目だ。怒り猛った野生の獣ですらここまでの憤怒は込められないだろう、というほどに強烈な眼差しだった。それでいて、それほどの怒りを強靭な意思で抑え込んでいるような、奇妙なアンバランスさを感じた。

 同時に、仮に殺気という存在を人間の形に押し固めれば()()()()のではないか。そんな馬鹿なことを考えてしまうほど、素人同然の俺が感じ取れるほどに恐ろしい気配がある。


(和服……いや、キッカの国の服……それにこの顔と髪型……)


 左手を突き付けたまま硬直していた俺は、その顔立ちや格好を見て思い当たる節があった。


 眼前の人物は『花コン』に登場するキャラクターの一人で、一応はルートがある攻略対象の()()()()()()だ。


 ――ランドウ=スギイシ。


 『花コン』における、物理攻撃を得意とするキャラクターのトップ。魔法攻撃を得意とするキャラクターを含めても全キャラクター中最強と呼んでも過言ではない、剣鬼にして復讐者。


 その凄さを一言で現すなら、主人公すら含めた『花コン』の世界で例外的に()()()()()()()()()()唯一の存在だ。


 ルート次第ではあるが、『花コン』で『魔王』を倒し得るのは三人。


 一人は当然ながら主人公である。これは性別を問わず、男女のどちらを選んでも可能だ。男女で分けて考えるなら『魔王』を倒し得るのは四人になるか。


 もう一人は隠しキャラだが、会い様がないし向こうは俺を歯牙にもかけないだろうから放置。


 最後の一人こそがランドウである。


 特定のルートで主人公達がダンジョンを探索中に『魔王』が発生し、撤退するためにランドウが殿を申し出るというイベントが『花コン』にはある。

 その際、条件を満たしているとランドウは『魔王』に勝利することができ、そのまま特殊なグッドエンドに突入するのだ。ここで言う勝利は『魔王』の『封印』だが限りなく『消滅』に近く、『魔王』は数百年単位で発生しなくなる。


 それを可能とする要素の一つが、プレイヤーにバグじゃないのかと言われる確率とダメージ倍率で発生するクリティカル攻撃だ。それによって通常攻撃が他のキャラの必殺技並に威力があるという、非公式愛称『バグリティカル先生』こそが目の前のランドウなのだが――。


「動きと判断は悪くはねえ……が、その体勢で、撃てもしねえ魔法の構えを取ってどうする?」


 そりゃ一発で見抜かれるよね、と諦めたように苦笑する。


「本命はこちらの『召喚器』でしてね。さすがに能力まではわからないでしょう? カウンター型の『召喚器』……かも、しれませんよ?」


 声が震えないように必死で堪えながら、浮かべた諦観の苦笑が余裕のものだと思われるように祈りながら俺はハッタリをかます。


 俺の『召喚器』は火にくべても燃えないぐらい頑丈だ。盾ぐらいにはなる――と言いたいけど、ゲームで描写されたものと同じ技量をランドウが持っていたら何の役にも立たないだろう。ランドウにとって『召喚器』を避けて斬るぐらいは朝飯前だし、なんなら魔法すら斬れるのだから。


 ランドウは俺をじっと見ていてたが、やがて鼻を鳴らすようにして視線を切る。


「ふん……震えを隠しきれちゃいねえが、そこそこ度胸もあるらしい。なあ、レオン?」

「あまり息子をいじめないでくれよ、ランドウ。君の迫力は幼子にとって毒だろうさ」


 そんな声が聞こえて、俺はレオンさんが歩み寄ってきていたことに気付いた。あまりにもインパクトが強すぎてランドウ以外見えていなかったらしい。


 俺はレオンさんの姿を捉えると、そこでようやく体の力を抜くことができた。ついでに何が起きているのかわからずに混乱しているナズナを立たせると、レオンさんへ抗議の眼差しを向ける。


「父上……」

「そ、そんな目で見ないでくれ。まずはお前の素の行動を見たいって言って聞かなかったんだ」


 安心してくださいレオンさん。怒ってないですよ? 本当に怒ってないですよ? 前世で刺殺された時を超えかねないピンチがいきなり襲ってきて本気で焦ったけど、怒ってないですよ?


 ……待て、落ち着こう。三歳の時から感情の制御法は学ばされてきた。深呼吸をして怒りのスイッチを無理矢理切断して、地面に転がった際に付着した砂を手で払って落ち着こう。ついでに抱き締めていたナズナの服も砂だらけだから叩いて砂を落とそう。


「ひゃっ!? わ、若様!?」


 ナズナが驚いたように体を跳ねさせるが、俺はもう一度深呼吸をしてようやく平静を取り戻す。


 そして改めてランドウを――ランドウさんを見て冷や汗を一筋流した。


 『花コン』でもミナトはランドウさんと幼少時に会ったことがある。凄腕の剣客として名高いランドウさんを招聘しょうへいし、ほんの短い期間だが剣術を教わるのだ。

 なお、短い期間になったのはミナトが修行に耐え切れなかったからである。辺境伯家の嫡男として教育を受けつつも、ワガママ盛りのミナトには厳しい修行が耐えられず投げ出したらしい。


(それなのに『花コン』本編だと『俺はあの剣聖ランドウ=スギイシの一番弟子だ!』とか言っちゃうんだよな……)


 魔法の才能が乏しく、一応は幼い頃から学んできた剣術。そこにランドウ=スギイシの一番弟子というブランド効果を乗せて吹聴しまくる問題児の完成だ。


 そんなわけで、幼い頃はとんでもない鬼教師だと思っていた相手がすごい人だったからと、当時学んだ剣術をふるう――ランドウの苗字を冠したスギイシ流の技を好んで使うのがミナトという人間だった。超絶劣化版すぎて本当は技と呼べるものじゃないみたいだけどね。


 ちなみにランドウさんがレオンさんに対してタメ口を聞いているのは、それだけこの人が()()()()()()()()()()()()()()からだ。


 その偉業こそが、単身での中規模ダンジョン攻略である。


 キッカの国で急成長して中規模になったダンジョンに様々な事情から三年ほど潜り続け、最後にはダンジョンの主を叩き斬って帰還したという御伽噺の主人公みたいな人なのだ。


 本来なら中規模ダンジョンは『花コン』の主人公みたいに本物ガチの御伽噺の主役が優秀なメンバーでパーティを組んで、レベルを上げてスキルを覚えて装備を整えて、それでようやく攻略できる難易度である。

 あるいはうちみたいな武闘派の辺境伯家クラスの精強な騎士団を投入して攻略できるかどうか、といった難易度だ。そんな中規模ダンジョンを単身で攻略し、なおかつボスモンスターまで斬ったのだから偉業も偉業、その辺の貴族や王族より名前が売れるぐらいには偉業である。


 それがどれぐらいの偉業かというと貴族の権威と身分差を無視しても許されるぐらいで、なおかつ周囲もその無礼さを許容するか、むしろ親しく話せたと喜ぶほどだ。特に、サンデューク辺境伯家みたいな尚武の気風を持つ家だと尚更なほどに。

 あと、元々はキッカの国の人間だからパエオニア王国の貴族であるレオンさんに敬意を払う義務がないっていうのも大きいのかもしれない。それでも普通は敬意を払うべきだし、レオンさんも怒ってもいいんだけどね? 怒ってもどうしようもないんだけどね。


(しかし、ランドウさんが俺のところに来たってことは……)


 これもまた、俺がナズナに白いリボンを贈った時のように原作で起きたイベントなのだろう。


「ごほん……とりあえず、だ。ミナト、これからしばらくの間、このランドウが屋敷に滞在してお前に剣を教えてくれることになった。きちんと師事するように」


 俺の考えを肯定するように、レオンさんがそんなことを言う。いきなりすぎて心の準備ができていないし、()()よりも年単位で前倒しになっている気もするけど。


「俺は貴族のガキが相手でも容赦はしねえ。骨の一本や二本は折れる覚悟をしろ。いいな?」


 『花コン』において闇落ちしたミナトに対し、ほんの僅かとはいえ剣を教えた者の責務として様々なルートで引導を渡す剣鬼ランドウ


 そんな男の言葉に、俺はヤケクソ気味に大きく頷くのだった。

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