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ハッピーエンドの未来を目指して  作者: 池崎数也
第5章

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第115話:主人公がいる学園生活 その2

 いきなり透輝へ決闘を挑むと言い出した男子生徒から詳しい事情を聞くと、俺が知らないところで透輝が色々と()()()()()()()ことがわかった。


 透輝がこちらの世界に召喚され、既に五日ほど経っている。間に日曜日を挟んでいるため学園生活は四日目だが、俺も付きっ切りで透輝を観察しているわけではない。自主訓練をしたり、生徒会に行ったり、派閥の生徒の相談に乗ったりと、やるべきことが色々とあるのだ。


 そのため透輝が問題を起こしているということを知らなかったわけだが――。


「彼が問題を起こしているなら、何故その時点で俺に相談しなかった?」


 俺は首を傾げて尋ねる。報告、連絡、相談はしっかりしろと伝えてあったはずだが。


 すると俺に話しかけてきた男子生徒……普段は大名行列の先導をしてくれる男爵家の少年は、気まずそうに視線を逸らす。


「その……ミナト様が親しくされているようなので、大きな問題を起こすまではと黙っていました。東部の派閥の中でもミナト様がアイリス殿下の要望に従い、従者のように学園内を案内して回った件も不満に思っている者が多いですが……そちらはミナト様のことなので何かお考えがあるのだろう、と」

「あー……」


 どうやら俺が何かと透輝に対して気を遣っていたため、忖度して黙っていたらしい。それでも何かあった段階で報告してほしかったけど、それは贅沢だろうか。

 ただ、問題として報告されたのはグレーゾーンというか……透輝の常識だと問題にならないことというか。


 王国東部の派閥は俺を頂点としたトップダウン型の組織構造になっているが、当然ながら派閥の中に更に派閥が存在する。

 まあ、派閥といってもサンデューク辺境伯家の寄り子とその更に寄り子、つまり俺から見ると直臣と陪臣みたいな関係の子達で小さな派閥が形成されているわけで。


 寄り子とその寄り子三人で、今の俺がやってる大名行列みたいな集まりを小規模にしたものを作って歩き回ることがよくあるのだ。


 その際、廊下の向こうから来た透輝が一向に道を譲らなかったらしい。相手はアイリスの庇護下にあるからその時は道を譲ったが、貴族の感覚からすると面子を潰される行為だ。

 しかし、アイリスの庇護下にあるし、俺も気を遣っているからとその時は怒りを飲み込んだらしい。透輝は彼らの怒りに気付いた様子もなく、そのまま通り過ぎていったため貴族の慣習に疎いのだろう、と納得するための理由もあった。


 そういうことが複数人で複数回あったようで、徐々に怒りが溜まってきたらしい。


 そしてなんで透輝が一人で歩き回っているかといえば、トイレや更衣室の利用にアイリスを同行させるわけにはいかないからだ。さすがにそれをやったら不敬すぎて俺が止めるレベルである。


 他にもわからないことを尋ねてきたと思ったらタメ口だった、呼び捨てで呼ばれた、仕草が失礼である……まあ、そんな感じで()()()()()()()失礼なことを連発しているわけだ。

 上位者が下位者に対して呼び捨てにしたり対等な口を利いたりするのは良くても、逆は駄目ということだ。


 これが透輝の方からすると、同じクラスのクラスメートに話しかけたり質問したりと、特に問題がない行為だと思える。で、本来はアイリスがすぐさま止めるべきだろうが、アイリスがいないタイミングでの出来事だからどう注意したものか迷うようだ。


 アイリスがいればやんわり注意したり謝罪したりと、間を取り持つことができる。その上アイリスから謝罪されれば引き下がるしかないが、謝罪を受けたということで溜飲も下がりやすい。


(うーん……高校生として考えると迂闊なんだけど、多分、初陣の時の俺みたいに()()()()()()んだろうな……)


 さすがにまずいと透輝も思うべきだろうが、おそらくはそんな余裕もないのだろう。いきなり常識が異なる他所の世界に召喚され、貴族ばかりの教室に放り込まれ、そこで生活していかなければならないのだ。


 すぐさま適応するのはさすがに不可能だろう。こうして微妙な問題は起こしているが、ストレスで暴発せずに生活しているだけで大したものだと思う。


(でも、それは俺だから言えることか)


 透輝が『花コン』の主人公で、今後『魔王』が発生した際に重要な存在となるとわかっているからこそ、俺は鷹揚に構えることができる。それに日本で生きた経験があるから、透輝の行動もそんなものだろうな、と思える。


 一応、普段の俺のスタンスとしても舐められたら()()が、そもそも払うべき礼儀自体がどんなものかわからない、無知が原因の無礼なら注意して済ます。あとは『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時の冒険者のように、必要と思わないタイミングでの礼儀も気にしない方だ。


 その辺は割と実戦経験の有無が左右する部分があると思う。一度命がかかった場を経験していると、このぐらいは注意で済ませるか、と()()()()()()()()()()()が自然と身につくからだ。


 もちろん、『花コン』のミナトのように、まがりなりにも実戦を経験しているはずだというのに色々とやらかす性格の者もいるのだが。


(でも、そういう意味でいうと決闘を挑むには透輝側のやらかしが足りないよな?)


 透輝に貴族としての常識がなく、礼儀作法も修めていないというのは少し見ればわかることだ。そのため多少腹が立つことがあったとしても、アイリスの手前仕方ないと飲み込める範疇のはずである。


「大きな問題が起きなければ俺に相談するつもりはなかったと言ったな? つまり、何か起きたのか?」


 つまり、そういうことだろう。ただしそれが本当に大きな問題なのか、ちょっとしたことなのに当人が騒ぎ立てているだけなのか、見極める必要があるが。

 俺が問いかけると、男爵家の生徒は真剣な顔になる。


「先ほどのことですが、食堂で食事中、剣帯から外して立てかけておいた剣を蹴り飛ばされまして」

「…………」


 思わず俺は沈黙する。すごい……本当に大きな問題を起こしてる……。


「従者に預けず手の届く場所に置いていたかった私が悪いといえばそうなのでしょう。人が通る場所で立てかけていたのも事実です。しかし、この剣は父より贈られたものなのです。私は私自身と父の名誉に懸け、あの男に決闘を申し込まなければなりません」

「…………」


 たとえ話だが、俺がランドウ先生から贈られた『瞬伐悠剣』を誰かに蹴り飛ばされたら即座に手袋を叩きつけるだろう。いや、手袋を叩きつける手間さえ惜しんでその場で斬りかかるかもしれない。それぐらいの事態だ。


「その場で決闘を申し込まず、こうして俺に相談しているのは事前に言い含めたからか?」

「はい。あの男も『あ、ごめん』と言っていましたが、その程度の謝罪では収まりません。しかしながらアイリス殿下の庇護下にあるのも事実。私があの男を斬ればミナト様にも迷惑がかかるため、派閥からの追放をお願いした次第です」


 そう話す男爵家の生徒の瞳は真剣だった。決闘で透輝を斬る、と覚悟を決めている。この生徒の腕前がどれほどのものかは体付きと身のこなしからある程度わかるが、素人の透輝に負けるはずがないと断言できるぐらいには鍛えてあった。


 それを確認した俺は真剣な表情を僅かに崩し、薄い笑みを浮かべる。


「そうか……俺の言葉を守ってくれたのか。嬉しく思うぞ、バリー」


 そう言って俺は男爵家の生徒――バリーの両肩に手を置く。


 うちの派閥の人間は全員名前と顔を覚えたけど、その中でも貴族科の人間は普段から接する機会も多い。そのため俺としても自然と呼びかけられた。


「……ミナト様?」


 怪訝そうに、何故そんな顔をするのかと言わんばかりの様子で俺の名前を呼ぶバリー。いや本当、その場で決闘を申し込まれてたら大惨事だったわ。


 『花コン』でミナトが主人公に決闘を申し込んだ場合、仮に主人公が負けたとしてもその後のイベントで逆転勝利する形になる。というか勝っても負けてもイベントで主人公が覚醒し、ミナトが逆転負けするのだ。

 しかし眼前のバリーが透輝に決闘を挑んだらどうなっていたか。透輝がズバッと斬られてそのまま終わるかもしれない。


 だが、今ならまだ、修正ができる。


「バリー、君のその怒り、俺に預けるつもりはあるか?」

「……え?」


 アイリスの管理下にある透輝に決闘を申し込むから派閥から追放してくれと言われ、わかったと素直に頷く旗頭がどうなるか。相手の立場が立場だけにバリーの好きなようにさせて派閥から切り捨てるのもアリな選択肢だろうが、俺が選ぶには少々……いや、かなりまずいだろう。


 派閥の人間を切り捨てるということは、()()()()()()()()()ということだ。そして『花コン』においてミナトは派閥からどんどん人が抜け、最終的には周りから嘲笑の的になるぐらい落ちぶれる。


 『花コン』と違って俺は色々と実績があるし、多少は大丈夫だと思う。しかしどこから足場が崩れるかわからず、派閥が崩壊したら透輝を誘導しつつ学園生活を送るための難易度が跳ね上がってしまうだろう。


 それに、だ。


(どうやって透輝に決闘を挑むか考えていたけど、丁度良いチャンスだ……)


 バリーには悪いが、渡りに船というやつだ。そのため俺は本心を隠し、バリーを思いやるように優しく笑いかける。


「君なら透輝を斬れるだろうが、派閥を抜けたとしてもそれをやると君自身に悪影響が大きいだろう。だから透輝を斬らせるわけにはいかない――が、俺が()()()()()()()と思ってな」

「えっ……み、ミナト様が、ですか?」

「ああ、そうだとも。斬るわけじゃないから君の溜飲も下がり切らないかもしれないが、俺の派閥から追放なんて真似はせず、なおかつ多少なり君の溜飲を下げ、そしてアイリス殿下が相手でも文句を言わせない程度に教育しよう。それでどうだい?」


 後々のことを考えると、『花コン』の通り透輝に覚醒してもらわないと困る。そのためには俺が適度に追い込み、なおかつこの世界で生きるにあたって必要な()()()を叩き込もうと思った。


「そんな、ミナト様のお手を煩わせるのはさすがに……」


 バリーは恐縮した様子だが、俺の派閥から追放した上で決闘を挑まれる方が困るからね?


「なに、剣士にとって剣は魂のようなものだ。俺も剣の先生に贈られた『召喚器』があるが、これを蹴られたらその場で斬るだろう。だがバリー、君は俺との約束を守り、こうして事前に相談をしてくれた……そんな君のために骨を折るのは当然のことだろう?」


 だから派閥から抜けるなんて言わないでね? 入学式が終わって一ヶ月も経ってないのに派閥から貴族クラスの人間が抜けるとか、他の派閥から舐められる原因になるしね。


 そんな内心を隠して提案する俺に対し、バリーはしばらく逡巡してから頷いてくれたのだった。






 さて、そんなわけで教室に向かい、アイリスの隣に用意された席に座っている透輝のもとへ向かう――前に、なにやら向こうから小走りに駆け寄ってきた。


「ミナト、おはよう! 早速で悪いんだけどさ、ミナトの派閥? にバリーってやついるだろ? 朝飯食べようとしたらそいつの剣を蹴っちゃってさ……」

「ああ、俺もその件で君に会いに来た」


 透輝の話が聞こえたのか、椅子に座ったアイリスが目を見開いたのが見えた。女性の朝は準備に時間がかかるものだし、透輝がやったことを知らなかったのだろう。


(というか報告してなかったのか……いや、俺が来たらすぐに相談しにきたし、この場でアイリスに報告するつもりだったな?)


 一応、透輝も報告、連絡、相談の精神を持ち合わせているらしい。ただ、やったことがやったことだけに、相談されてもこちらの対応が変わるわけではないが。


「その場で謝ったんだけど、もっとちゃんとした詫びを」

「いや、それには及ばない」


 俺が透輝の言葉を途中で止めると、透輝は不思議そうに首を傾げ、アイリスは開いた目を更に見開き、顔色を悪い方へ変化させる。


「透輝、君は殿下から色々と教わっているようだが、やった時点で取り返しがつかないことがある。今回君がやったのは()()で、俺はバリーの庇護者としてやるべきことがある」


 そう言いつつ、俺は懐から白い手袋を取り出し、透輝へと投げつけた。


「決闘だ――友人のよしみで教育してやろう」


 そして、『花コン』でのセリフとは若干異なるが、ミナトとしての言葉を吐き出すのだった。

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― 新着の感想 ―
最初打ち首?とか言ってたのに姫様以外にも貴族いるって分かってるのに気使えんのか。
透輝くん、しっかりとヤラカシているんだけど、ほぼほぼ事故じゃん……。きちんとフォローしていないアイリスが一番悪いのは確定なんだけど、うっかり蹴られるような所に大事な剣を置くバリーもかなりダメだと思う。…
剣を人が通る所に立て掛けた私も悪いじゃなくて、私が悪いとならないところに未熟さを感じてしまう。その剣が本人にとってどれ程大事かなんて透輝君には解らないことを考慮してあげないと。 時代劇のせいで誤解さ…
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