第114話:主人公がいる学園生活 その1
――王家の花たるアイリス殿下が謎の人間を召喚した。
――召喚された人間は殿下が後見人となり、学園に通うこととなった。
――名前はトウキ=テンカワというらしい。
透輝が召喚されたその日。すぐさま学園中に噂というか透輝に関する情報が広まり、透輝は名前だけなら在学生の中でもトップクラスに有名な人間になってしまった。
それもこれも王女であるアイリスが召喚した、というのが大きい。
他の生徒ならばいざ知らず、アイリスが相手となるとさすがのコーラル学園長も相応の扱いをしなければならず、諸々の事情からすぐに学籍が発行された。ただし他の生徒と違い、現状だとどこかの科に所属しているわけではない。
透輝に関してはアイリスの『召喚器』から召喚されたのだから他の『召喚器』と同様、本人の魂の具現と見るべきか否か、なんて話にまで発展しているらしく、アイリスと同様なら貴族科に、しかし透輝本人が貴族とは言えないため別の科に、なんて揉めた結果学籍だけが発行された形になる。
これから透輝は学園で生活を送り、他の生徒と同じく授業を受け、定期テスト、進級テストなども受けることとなる。
『花コン』だと進級テストで不合格だとバッドエンドの一つ、『落第エンド』に入ってゲームオーバーになった。しかも一年目、二年目、三年目のそれぞれで別のエンディングとしてカウントされ、百あるルートの数稼ぎでは? とプレイヤーの間では噂されていたが……。
兎にも角にも、待ち望んでいた『花コン』の主人公である透輝がこの学園に現れ、学園生活を送り始めたというのは非常に大きい。
まだ『魔王』の対策に関してほとんど進められていないが、少なくとも『花コン』の通りなら、『魔王』に対して特効となり得る主人公が召喚されたのは喜ばしい話だった。
――同時に、『魔王』の発生も確定したと判断せざるを得ないが。
さて、そんな透輝だが、召喚されてアイリスがコーラル学園長に話を通して学籍を得たばかりで何をしているか。
「ハァ……こりゃすげえ……行ったことないけどどっかの大学みたいだな」
「大学、とやらが何かはわかりませんが、透輝さんのいた場所にはこの学園と似たような場所が?」
「この規模の大学ってなると数が減るけど、それでも何十カ所はあるんじゃないかな?」
それはアイリスの先導を受け、この王立学園に関する説明を受けているところだった。
学園には売店があり、そこでは様々な物が売ってある。そのため売店で制服を買い、着替えさせたら休み時間を利用してあちらこちらの案内をしているのだ。
なんで俺がそれを知っているか? それはいくらアイリスの『召喚器』から召喚された人間とはいえ、この国の王女と見知らぬ男を二人きりになんてできないからだ。
あとはアイリスが説明できない場所――男子トイレや男子更衣室なんかは俺が案内するためである。それ以外はアイリスに任せ、俺は距離を取ってついていっている。
「まったく……いくら王女殿下の要望とはいえ、ミナト様がこのような雑事に駆り出されるとは……うちの派閥から適当に誰か選んで任せれば良かったのではないですか?」
そして俺についてきているナズナがプリプリと怒っている。どうやら俺がアイリスの護衛というか、透輝の案内についているのが不満なようだ。
「そういうな、ナズナ。ないとは思うが、透輝がいきなり豹変して殿下に襲い掛かる危険性もあるんだ。それなら護衛に向いた君と、多少距離があっても敵を斬れる俺がいた方が良い」
まあ、そんなことはあり得ないんだが、理由がなければナズナも納得しないだろう。
俺の直臣ではあるがアイリス……王家の陪臣になるナズナにとって、王族は敬いこそすれ主君ではない。そのため今の状況があまり面白くないのだろう。
俺としてはもう少し余裕を持ってほしいところだが、ナズナの主君への忠誠心やらも絡むためとやかくは言わない。
(『花コン』だと今やってる学園の説明がチュートリアルになってたんだよな……懐かしいや)
どこに何があって、どんな授業があって、授業を受けたら訓練ポイントが手に入って、貯まった訓練ポイントで好みのステータスを強化したり魔法や技を覚えたりして……そんなゲームシステム上の説明もあったけど、現実だとあり得ないからどんな形になるのやら。
授業を受けたらコツを掴んで魔法や技を覚えたり? いや、いくら『花コン』における主人公だとしても、それは規格外すぎるか。それぐらいの才覚がないと『魔王』を倒すことなんて不可能なのかもしれないけどさ。
(細かい日付まではわからないけど、俺が主人公と戦うイベントは四月の二週目……つまり来週に発生する。礼儀知らずを教育する、みたいなことを言って喧嘩を売るんだっけ)
アイリスの傍にいる透輝を目障りに思っていたのもあるが、ちょっとしたことでミナトやその取り巻きと透輝が揉め、決闘騒ぎに発展するのだ。
ただし、この世界だとミナトは俺である。俺の方から決闘を挑むのは……うん、さすがに無理かなって……何か理由を探さなければ、とは思うが、アイリスの傍にいるという点を使えばどうにかなるだろう。
(何か起きればそれを理由にするけど、王族であるアイリスの傍に侍るのなら相応の覚悟を見せてみろ、みたいな感じでいくかね……俺はアイリスのはとこだからな)
他の者なら難しいが、俺は血縁があるためそれなりの理由を捻り出せる。ただ、俺の方から透輝に戦いを挑むとなると周囲が止めそうだが……王家への忠誠心を盾にしてゴリ押しするか。
これからの先のことに関して、俺はそんなことを考えるのだった。
そうして透輝が召喚され、今後どういう形で誘導していくかを思案する日々を送っていたが、とある日の夜、いつも通り第一訓練場で夜間の訓練を行おうと足を向けた俺は不審な人物を発見した。
錬金術によって作られた光を放つ鉱石を組み込んだ街灯が仄かに通路を照らす中、何やら建物の陰に隠れるようにして一人の少女が立っているのだ。
身長は百五十センチを僅かに超える程度。夜間に見れば黒色にも見えるセミロングの茶髪を目が隠れるほどの長さでパッツンヘアーにし、おどおどとした様子で背中を丸めている。その手には小さなカゴらしきものを握っているが。
「若様、不審者です」
「待てナズナ。たしかに不審者に見えるが俺の知り合いだ」
俺の自主訓練にまで付き従うナズナが即座に盾の『召喚器』を発現して構えたのを見て、俺は即座に腕をかざして止める。
ナズナと同様に、俺と一緒に自主的な訓練を行おうとついてきたモリオンはその少女を見て怪訝そうな顔をしているが……こちらは『召喚器』がなくとも魔法を使えるため、杖を抜くことはない。
「やあ、久しぶりだねスグリ。そんなところでどうしたんだい?」
俺はひとまず少女――スグリへと声をかけた。
以前王都で会った時と比べて身長が多少伸びているが、顔立ちはそのままだ。ただ、『花コン』でのビジュアルでも見たことがあるが、小柄かつ猫背にも見えるほど体を丸めた外見に反し、そのスタイルはかなり良かったりする。こういうの、トランジスタグラマーっていうんだっけ?
「ひゃっ!?」
そんなスグリは俺の声に大きな反応を見せるが……なんか視線を感じたし、俺が通るのを待っていたのかと思ったんだけど。いや、俺の方から声をかけると思っていなかった感じか?
「あ、あの、お、お久しぶりです、ミナト様……え、えっと、わたしのこと、覚えていたり……」
「ははは、何を言っているんだスグリ。さっきも名前を呼んだじゃないか」
緊張しすぎて俺が名前を呼んだことにすら気付いてなかったのか。そんなスグリの反応に思わず笑うと、スグリは恥ずかしそうに顔を真っ赤にする。
学園に通うべく王都に来たものの、スグリのところを訪ねる理由を捻り出せず、再会したのは今日が初めてだった。大規模ダンジョンでポーション類を確保できたため、スグリの店に行く理由がなかったのだ。単純に用もなく訪ねるのは難易度が高い身で、煩わしいことこの上ない。
技術科の生徒へ声をかけに行った際も見つからなかったんだが……もしかしてどこかに隠れていたんだろうか?
「あっ……う、嬉しいです……お、お手紙をいただきましたけど、もう、わたしのことは覚えていらっしゃらないかも、なんて思って……お声をかけるの、躊躇して……」
「おいおい、ひどいな。それじゃあ俺が、贔屓にしている錬金術師をすぐに忘れるような男になってしまうじゃないか」
「わわっ!? い、いえ! そういうつもりじゃ全然なくて!」
わたわたと大慌てで首を横に振るスグリ。最後に会ってから二年半近く経ったが、外見こそ成長しても性格に大きな変化はないようだった。
「……その雰囲気、技術科の生徒ですね? 何故こんなところで若様の待ち伏せを?」
そんな俺とスグリの会話を聞き、ナズナが割って入ってくる。俺に背中を向け、まるで壁にでもなるように俺とスグリの間に立ちふさがるが……視線を向けられたスグリがビクッと大きく体を震わせた。
「えっ……あ、その……み、ミナト様に、少しで良いからお会いしたくて……」
「それで夜に、そんな場所に隠れていたと?」
詰問するように尋ねるナズナ。うん、まあ、そうだね。いつから待っていたんだろう、なんて考えると少し……いや、護衛でもあるナズナからすると看過できないよね。
「あの、えっと……み、ミナト様、いつもこの時間に第一訓練場に行くって、噂になってて……それで……」
え? そんなことまで噂になってるの? たしかに入学してから毎日、下手したら明け方まで剣を振っていたけどさ。
「――それで?」
「あ、あうぅ……」
そして何ともスグリに対するナズナの圧が強い。たしかに待ち方が不審者のそれだったけど、スグリの性格上、日中に堂々と会いに来るっていうのは無理だろうしな。俺の方から技術科に出向かないと貴族科の方に来るのは気後れするだろうし、イチャモンをつけられるだろうし。
「そう威圧するな、ナズナ。彼女は不審者じゃない。俺の友人だ。そして旧友がわざわざ待っていてくれたんだ。立ち話ぐらいさせてくれ」
「……はい、若様がそう仰るのなら」
そう言って引き下がるナズナだが、どこか不満そうだ。わたし不満です、と顔に書いてある。
「それでスグリ、俺に何か用があったのかい? いや、会いに来てくれただけでも嬉しいがね。俺の方から足を運ぶには、まあ、なんだ。スグリを目立たせて迷惑をかけるから難しくてな」
俺が技術科に足を運び、『スグリいますか?』なんて言ったらどうなるか。ただでさえ気弱なスグリに周囲の注目が集まって大きな騒動になるだろう。また、他の派閥からスグリが目をつけられる可能性もある。
(あれ? そう考えると、こうして訓練に向かうタイミングでこっそり会いにきてくれたのは最適解……かな?)
夜間に出歩く生徒もそれなりにいるが、訓練場に向かう生徒はそう多くない。俺みたいに毎日自主的な訓練を行う生徒は珍しいらしく、いるとしても精々騎士科の面々ぐらいだ。
そんなことを考えながら問いかけると、スグリはハッとした様子で手に持っていたカゴを俺へと突き出す。
「あ、あの、こ、これ! 作りました! が、頑張って! マジックポーション!」
「そんなに緊張しなくても……って、マジックポーション?」
久しぶりにあったからか、緊張が酷くなってるなぁ、なんて思っていたらスグリがすごいことを言い出した。マジックポーション? 本当に?
「は、はい。まだ、低品質のものしか作れないですけど……回復ポーションは、えっと、中品質のものも、だいぶ安定して作れるようになって……」
「へぇ……そりゃすごい。大したもんだ」
俺は本心から感心して呟く。低品質のマジックポーションを作るには錬金レベルが七は必要だったはずだ。中品質の回復ポーションが錬金レベル五で作れたため、順調に錬金術師として成長しているということだろう。
「ほう……マジックポーションを」
それまで黙って会話を聞いていたモリオンが感心したように呟く。うん、そうだよね。君にとってマジックポーションは大事だもんね。
「……なるほど、だから……カリン殿を……」
ほんの僅かに聞こえる程度の大きさでモリオンが言うが……なるほどって何が? 後半がいまいち聞き取れなかったんだけど。カリンがどうしたって? まあ、何か重要なことならモリオンから言ってくるか。
「しかしすまないな。今は訓練に向かう途中で手持ちがないんだ。後払いだと助かるんだが」
「い、いえっ! これはその、プレゼントです! わ、わたしが錬金術師として、その、成長できてるのって、ミナト様のおかげ……ですからっ!」
「…………」
ナズナが何やら無言で見てきてる……そんな目で見ないでくれ。
マジックポーション、低品質のものだろうと買うとなると良い値段がするんだが。無料でもらうには気が引けるんだよな。あ、そうだ。
「さすがにそうはいくまいよ。これは代金の代わりだ」
そう言って俺が手渡したのは、大規模ダンジョンで再入手した低品質のミストポーションである。以前入手したものはスグリに送る前、ランドウ先生の試験で使ってしまったからな。
「……これは?」
「大規模ダンジョンで拾ったんだが、低品質の回復用ミストポーションだ。一度使ったことがあるけどけっこう便利でね。見本があるとスグリも作りやすいんじゃないかと思ってさ」
「わぁ……だ、大事にしますね!」
うん、大事にしてくれるのは嬉しいけど、サンプルとして渡すんだから作れるようになってほしいなって。一応もう一個あるけどさ。
「君が錬金術師として更に腕を磨くのを楽しみにしているよ」
「あ……は、はいっ!」
俺の言葉に元気よく返事をするスグリ。それじゃあ訓練に向かうから、と告げると胸の前で控えめに右手を振ってくれる。
「……ミナト様にあのような知り合いがいたのですね」
そしてスグリから離れると、ナズナがそんなことを尋ねてきた。どことなくスグリに対する隔意を感じるが……。
「聞いたことないか? 彼女は錬金術師の四大家の一つ、『赤』のレッドカラント家の娘だよ」
「っ……彼女が? なるほど、そういうつながりが……」
ナズナは目を見開いたかと思うと、納得した様子で頷く。どうやら俺とスグリが友人関係にあっても不思議ではないと思ってくれたらしい。四大家は錬金術師の中でトップクラスの家だし、貴族の八十八家でたとえるなら公爵家や侯爵家クラスだからな。
(成長しているのは俺だけじゃないんだよな……)
ナズナやモリオンを見て感じていたが、時間が経てばそれぞれ成長する。それを頼もしく思いながら俺は第一訓練場に向かうのだった。
そして、翌日のことである。
「ミナト様、お願いがあるのですが……」
「どうした?」
朝からいつも通りぞろぞろと大名行列を作って教室に向かう――その前に、派閥の中の一人の男子生徒が緊張と覚悟を滲ませた顔で俺に話しかけてきた。
そのため首を傾げた俺に対し、男子生徒は真剣な声色で話を続ける。
「教室に着いたら私をこの派閥から追放していただきたいのです。その後、私はアイリス殿下が召喚した人間に決闘を挑みたいと思います」
「…………」
俺も真剣な顔を浮かべ――何がどうなってそうなった? と心の底から思うのだった。