第113話:ようこそ
アイリスの『召喚器』が光り輝き、突如として現れた一人の少年。
その唐突さに周囲が困惑する中、俺は自分の立場上、すぐさまアイリスを守るべくその前に立った。いくら感動したとはいえ、実戦経験がある俺がぼーっと突っ立っているのは不自然だからだ。
俺の動きにすぐさま気付いたのか、ナズナが盾の『召喚器』を発現してアイリスの傍に立ち、杖の『召喚器』を発現したモリオンが俺に続いたのを気配で感じ取りつつ、俺は少年に向かって尋ねる。
「気配から判断する限り、殿下の『召喚器』から出てきたようだが……言葉は通じるかね?」
「えっ? あ、うん……いや、はい? えーっと……アンタは一体……」
困惑した様子で俺を見て、周囲から向けられる視線を確認して、再度俺を見る少年。その反応、立ち居振る舞いを見た俺は、内心で少しだけ落胆する。
(周回はしてない、か……完全な素人だな)
たとえ一周でもいいから周回していたとすれば、身のこなしにそれが現れているはずだ。二年生に進級できていればランドウ先生に弟子入りしているはずだし、同門の動きなら見間違えるはずもない。
もちろん、演技で素人を装っている可能性もゼロじゃない。しかし貴族として幼少の頃から演技も勉強の一環だった身としては、体付きといい動き方といい、素人と判断するしかなかった。
「は? その鞘って剣が入ってる? 本物? というかここどこ? え!? 本当にどこだ!?」
少年はパニクっているのか、ひどく困惑した様子で周囲を見回す。その焦り具合を見た感じ、やっぱり演技には見えなかった。
「ふむ……言葉は通じているようだが、どうにも混乱しているようだな」
『花コン』の主人公なら言葉が通じて当然だが、俺は話しかけたことで情報を得た、といわんばかりに呟く。
「殿下……アイリス殿下? 彼は殿下の『召喚器』から出てきたようですが、処遇はどうされますか? 一見したところどこぞの民間人のようですが」
殿下と呼んでも反応がなく、名前とあわせて呼ぶ。これで処断する、なんて言われたら止めるつもりだが、さすがにそんなことは言わないだろう。
「わたしの『召喚器』から……出てきた? え? えっと……え?」
あ、駄目だ。アイリスも混乱しているわ。おかしいな……『花コン』だとこんなに呆然と、混乱したような状態にはなっていなかったはずなんだが……『花コン』はゲームだったから、か?
体育教師の男性に視線を向けるが、状況が状況だけにさすがに困っている様子だ。俺と目が合うと、どうする? といわんばかりのアイコンタクトが送られてくる。
こういう時は――。
(困った時のアレク頼みだ。アレク! 助けてくれ!)
俺はアレクを探して視線を送る。体操服にピエロメイクというインパクト抜群の外見だが、だからこそ彼を正気に戻してくれるだろう。俺はその間にアイリスを宥めなければ。
「ハァイ、坊や。ちょっとオネエさんとお話しない?」
「えっ? うわっ!? ぴ、ピエロ!? なんで!?」
……うん、向こうは大丈夫そうだな。
「アイリス殿下、彼の処遇に関しては殿下のご意思が重要になるかと。殿下の『召喚器』が生み出したのか、どこからか連れてきた……召喚したのか。どちらにせよ扱いを決めていただかなければ」
「う、生み出した? 召喚した? えっと……ミナト様? わたし、何がなんだか……」
そりゃ自分の『召喚器』から人が出てきたらビックリするよね。俺も本の『召喚器』から突然人間が召喚されたら驚く自信があるわ。
「光が眩しくて直視はしていませんが、突然気配が現れたのは感じ取れました。間違いなく殿下の『召喚器』の影響でしょう。人間を生み出したか召喚したか、どちらにせよ非常に特殊な『召喚器』かと。おそらくは最上級になりますね」
「特殊……最上級……? わたしの『召喚器』が?」
ピクリとアイリスの表情が動く。それを見た俺は薄く微笑みながら頷いた。
「ええ。それ以外あり得ないでしょう? そうなると次は彼の処遇をどうするか、です。いいですか、殿下? 彼をどうしたいのかをお聞かせください」
落ち着いてね? ほら、深呼吸をしてごらん? そして彼について、穏当な決断を下してね。
「……まだよく理解できない部分もありますが……ミナト様、彼はその、わたしが生み出したか、召喚したと仰いましたね。可能性としてはどちらになるのでしょうか?」
「そうですね……おそらくは召喚かと。今この場で生み出されたにしては人格がはっきりとしているようですし、明らかに他所からこの場所へ、それも承諾もなく急に連れてこられたような反応をしていますから」
下手をせずとも世界を跨いだ誘拐である。そりゃあいくら主人公といっても混乱もするだろうさ。
俺の言葉を聞いたアイリスはハッとした様子になると、アレクの話術と外見のインパクトで正気に戻ったと思しき少年のもとへと歩み寄っていく。
「あの……少し、よろしいでしょうか?」
アイリスが恐る恐る、といった感じで話しかけ、それに気付いたアレクは恭しく一礼してから横へとずれる。
「ありがと、アレク。助かったよ」
「別に大したことじゃないわ。気にしないでちょうだい」
小声で話しかけるとアレクはウインクしながら答えてくれる。いやはや、なんとも頼りになることだ。
「……はー……なんだこの美人さん……なに? どこかのお姫様?」
「え? はい。このパエオニア王国の王であるクラウス陛下の第三子にして長女、アイリス=パエオニア=ピオニーと申します」
多分、外見が綺麗だったから冗談でお姫様なんて単語を口にしたのだろうが、君の目の前にいるのは間違いなくお姫様だよ。
反射的にスカートを摘まんで一礼しようとし、現在の格好から摘まむスカートがなかったためそのまま一礼するに留めたアイリス。そんなアイリスを前に、少年はあんぐりと口を開けている。
「えぇ……本当にお姫様、ですか? うわぁ……すごく失礼なことを……う、打ち首ってやつになる? なります?」
あとなんで体操服なんだ? なんて呟いているが、まだ打ち首にはならないよ。まだ。
「なりませんが……まずはお名前を聞かせてはいただけませんか?」
「あ、ああ……俺は天河透輝。あっ、外国だとトウキ=テンカワ? ここ外国だよね? パエオニア……王国? っていうの、初めて聞いたけどさ」
「パエオニア王国を御存知ではない、と? このアーノルド大陸でも一番の大国だと自負しているのですが……」
「……あーのるどたいりく……は、はは……な、七大陸以外の大陸ってあるんだっけ? 知らなかったなぁ……」
うん……やっぱり演技じゃない、か。周回していない、召喚されたばっかりの男性主人公――透輝だ。
(現実的に考えると、ルート的に入りやすいアイリスルートを狙わせるには異性の方が良い、か……ゲームみたいに好感度を上げたから同性でもオッケー、なんてことにはならないだろうし)
俺は恐々透輝と言葉を交わすアイリスを見つつ、そんなことを思う。グランドエンドは難易度が高いため、長期間『魔王』を『封印』できるアイリスルートを最低ラインとした場合、男性主人公の方が可能性が高そうだ。
「それで? 彼のことはどうするの?」
アレクが耳打ちするように小声で尋ねてくる。それを聞いた俺は腕組みをして眉を寄せた。
「素性が知れないし、どうしたものかね……しかしアイリス殿下が生み出したか召喚したかわからない人物を放置するわけにもいかんだろうさ」
俺は苦笑しながらそう答え、いまいち噛み合っていないアイリスと透輝の会話に割って入ることにした。
「失礼する。透輝君で良かったかな? 俺はミナト=ラレーテ=サンデュークだ」
「あ、さっきの……ど、どう呼べばいいんだ?」
「気軽にミナトで構わないとも」
そう言って俺は警戒を解くように笑いかける。表情と雰囲気の操作は貴族の嗜みの内だ。
「こちらとしてはこのパエオニア王国のみならず、アーノルド大陸のことも知らないとは解せない話なんだ。君の服装を見た限り、服飾技術が優れていてなおかつ文化的に我々に近い……つまり、殿下の『召喚器』が生み出したのでなければ、そう遠くない場所から召喚されたと思ったんだがね」
「そう言われても本当に聞き覚えがなくて……」
「ふむ……となると遠い場所から召喚されたのかもしれないけれど、そうなると今度は服装が気にかかる。俺が知るキッカの国の服とも違うし、王都に流れてくる他国の物とも思えない。そうなると殿下の『召喚器』が生み出した、という可能性が濃厚になってくるが……」
俺は透輝がどこから来たか答えを知っているが、当然ながら知っていたらおかしい話である。そのため現在進行形で推理していますよ、と言わんばかりに言葉を続けていく。
「君はどこからここに、どうやって来たのかな?」
「その、地球にある日本っていう島国……その東京っていう都市からなんだけど……どうやって来たかって聞かれると俺も困るんだよな。学校に行く途中で何かにつまづいて転んだと思ったらここに来てて……あれ? 俺の鞄は?」
キョロキョロと周囲を見回す透輝だが、つまづいた拍子にどこかにやったのか、鞄らしき物体はどこにもない。
そんな透輝を眺めつつ、俺は口元に手を当てて表情を隠す。
(学校に行く途中に召喚された、か……『花コン』と一緒だな。ただ、日本は通学途中の時間帯なのにこっちは授業中の時間帯……時間的に完全にリンクしているわけじゃない、か)
透輝が召喚された事実と比べれば大したことじゃないが、少しばかり気になったためそんなことを考える。しかしながら確かめようもないため頭の隅に追いやり、アレクへ視線を向けた。
「殿下の『召喚器』の能力が人間の創造なら透輝君がここにいる理由もわかるが、最初からここまで意識がはっきりしていて自我もあるとなるとさすがに違う、か……アレクはどう思う?」
「何かを召喚する『召喚器』は実在するし、そっちだと思うわ。ただ、人間を召喚したって話は聞かないのよねぇ……地球の日本? という国があの子を取り返しに戦争を仕掛けてこないかしら?」
「さて、どうだろうな……自国民を誘拐されたのなら戦争も一つの手だろうが、そもそも彼が誘拐されたと国側が認識しているかどうか。こちらとしても予想外のことだし、突然過ぎた。まあ、それは今は考えなくてもいいか」
「それもそうね。今この場で重要なのは彼をどうするか、だもの」
アレクと会話をしつつ、揃ってアイリスへ視線を向ける。
「殿下、彼の処遇はどうされますか? 日本とやらが身柄の引き渡しを要求してくる可能性はゼロではありませんが、現状、考えなくても良いほどに可能性は低いかと。いっそなかったことにするという手も取れますし、殿下が命じるのなら私が手を汚しますが」
「あら、ミナト君ったらさすがねぇ。アタシはそんな簡単に言えないわ。それで殿下? どうされますか?」
俺とアレクの問いかけに対し、アイリスはすぐさま答えず沈黙する。そして俺達と透輝を交互に見て、唇を引き結ぶ。
「わたしが彼を召喚したというのなら、彼の身柄に関する責任はわたしにある……と思います。アイリス=パエオニア=ピオニーの名において、身分を保証できれば……と」
「身分を保証、ですか。具体的には?」
「具体的には……」
アイリスの瞳が僅かに揺れた。何が最適解なのかを模索しているんだろうけど、今みたいな状況での最適解なんて早々見つかるはずもない。いや、アレクならすぐに閃くかもしれないけど、アイリスはそういったタイプじゃないはずだ。
ただまあ、この国の王女たるアイリスがどのように身分を保証するか。それによっては騒動の種になる……というか、どんな形にしても騒動は起こるわけで。騒動の規模を決定づけるのが保証の仕方、という話だ。
「わたしの従者に……」
「実績もない民間人が殿下の従者となると、周囲の嫉妬がすごそうですね」
「ひとまずわたしが後見人になって、学園で過ごしてもらう、というのは……」
「それが妥当ですね。殿下の『召喚器』を使えば元いた場所に送り返せる可能性もありますが……できそうですか?」
俺がそう問いかけると、アイリスは鏡の『召喚器』を発現して視線を落とす。
「……そういう感覚は今のところない、です」
「なに、今後もそうだとは限りませんよ。ただ、彼を後見するということは、彼が何か問題を起こせば殿下の問題にもなり得るということです。その辺りを上手く言い含めなければなりませんね」
まあ、『花コン』通り進めるなら問題は何度も起こるし、なんなら真っ先に発生するのは俺との決闘騒動なんだが。
「えーっと……つまり、今はまだ帰れない? 今後も帰れるか……わからない? え、俺はどうなるんだ?」
俺達の話を聞いていた透輝はようやく混乱が収まったのか、アイリスを見ながら首を傾げる。
ただ、本当に心の底から、完全に混乱が収まったかと問われれば答えはノーだろう。現状に対する理解が追い付いた時、不安や怒りがジワジワと精神を責め立て、暴発する可能性は否定できない。
「君にはこれから、この学園で生活してもらうことになる。そのために必要な身分の保証、手続きはアイリス殿下がしてくださるそうだ。右も左もわからない場所で不安だとは思うが、住めば都って言うだろう?」
そのため俺は、アイリスの代わりに畳みかけるように告げる。ひとまず、この世界に召喚されたことを祝うように。
「――王立ペオノール学園へようこそ、天河透輝君」
少なくとも、俺は君を歓迎するよ。




