第111話:なんかすごい人
指折り数えるようにして『花コン』の主人公が召喚される日を待つ俺だが、現状、困っていることがある。
(ようやく学園に入学したけど、『花コン』のメインキャラの一部が会いにくい……どうすれば自然に会える?)
『花コン』のメインキャラの内、会っていない……正確にいえば本の『召喚器』に記載される条件と思しき、顔を合わせて話すぐらい近付くことができていない者が四人ほどいる。
本当はその内の一人に加わるはずだったカトレアは生徒会室で会うことができ、本の『召喚器』を確認したらきちんと記載されていた。
昔、初陣で野盗の頭目と一対一で戦って仕留めた時の同一ページが変化し、今よりも幼い姿のカトレアが興味津々といった様子で父親と思しき男性から話を聞いている光景になっていたのがまず一つ。
次に『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時の同一ページが変化し、これまた父親と思しき男性から話を聞いている光景になっていたのが一つ。
そして最後に生徒会室で俺と話をしている時の絵が新たに加わっていた。これが四十四ページ目である。
更に、何やら四十五ページ目にアイリスのページが新たに加わっていた。こちらはアイリスに向かって俺が片膝を突いた時の光景だろう。目線の高さの違いか、見下ろすような形で驚いた様子のアイリスの姿が写っている。何やら口元が微妙に笑みの形に歪んでいるように見えないこともないが……。
まあ、それは良いとして、つまり二ページが変化し、二ページが新規で追加されたわけだが……まさか初陣の時のページがカトレアだったとは。その頃から認識されていたっていうのはビックリだよ。初陣関係で変化せずに残っているのはあと一ページだが、これは誰だろうな?
そんなわけで、今のところ本の『召喚器』に載っていないと思われる『花コン』の隠しキャラ、メリアを除いた残り四人と顔を合わせたいと俺は思っていた。
(ヒーローのジェイドとルチル、サブヒーローのコーラル学園長、サブヒロインのエリカ……残るべくして残ったって感じだけどさ……)
ジェイドは一学年上の先輩であり、会うためには先輩の教室に行かなければならない。
ルチルは同学年だが実家が商人のため、在籍しているのが技術科になる。そのため会うには技術棟に行く必要がある。
コーラル学園長は学園長室に行けば会える……とは思う。
エリカはルチルと同じく技術科に所属しているため技術棟に行って探す必要があった。
つまり、四人とも会うには何かしらの理由を用意する必要がある。先輩のところに乗り込んだら何事かと思われるだろうし、技術棟も俺が行ったら目立つ。学園長室は今のところ行く理由がない。
(行こうと思えば行ける……でも理由なしで強引に探しに行くほど切羽詰まってもいないんだよな)
いくら王立学園が広いといっても限度があり、歩き回っていればいずれ出会う機会もあるだろう。ただ、会いに行って顔を合わせるだけで本の『召喚器』が更新されるのか、言葉を交わさなければ更新されないのかで接触の難易度も変わる。
(ジェイドは貴族科だし、カトレア先輩に用がある振りをして乗り込めばいけるか? そのついでに『王国北部ダンジョン異常成長事件』で世話になったネフライト男爵の息子に挨拶をしたい、みたいな……反抗期中だからネフライト男爵の名前を出すとまずいけどな)
前世でも先輩の教室に乗り込むっていうのは中々に緊張したものである。それが今世みたいに先輩に貴族って要素を付け足すだけで難易度が上がってしまう。やっぱり自然と会えることを祈る方が良いだろう。なんなら貴族寮の食堂で探してみてもいいかもしれない。
(そうなると、コーラル学園長とルチル、エリカの方が接触が難しいかもな)
学園長に関しては生徒会の相談が、なんて口実で訪ねれば怪しまれないか? でもルチルとエリカが本当に困るな。技術棟にいる知り合いはスグリぐらいだし、今の状態だと大名行列を引き連れて会いに行くことになってしまう。スグリも驚きを通り越して気絶でもしそうだ。
(徐々に人を減らして身軽にならないと無理か? いや、無理じゃないんだけど、スグリに迷惑がかかるだろうな……あと、技術科の生徒が何事かと慌てるか)
『野盗百人斬り』なんて噂されている俺が、王国東部の派閥を引き連れて練り歩けばどうなるか。気配を殺し、こっそり抜け出して訪れる手もあるが……人目があるし、そこまでして技術棟を訪れると逆に違和感が……。
(……待てよ? いっそのこと堂々と行くか)
『花コン』の登場人物のことだけを考えていたが、技術科にも王国東部の派閥に属する生徒が複数いる。彼ら、彼女らの様子を見るために足を運ぶっていう理由ならセーフでは?
(騎士科も回れば説得力があるだろ。よし、これでいくか)
大名行列が邪魔なら、逆に利用すればいいじゃない。寮から出る時は大勢いるけど、貴族科にいる時は当然ながら貴族の子しかいない。つまり比較的少ない人数で歩き回れるってわけだ。それでも十人近くいるけどな。
(そうと決まれば放課後、行ってみるか)
今は授業中だったが、放課後になれば行動に移そうと思う俺だった。
そして放課後、ナズナやモリオンに騎士科を通って技術科に行くぞ、と話をしたら何故かモリオンが大きく頷いた。
「なるほど……そういうことですか。さすがミナト様、良い案かと」
「モリオン殿、良い案とはどういうことですか?」
うん、どういうこと? 何が良い案なんだろうか……放っておくのも怖いし、俺もしっかりと聞いておこう。モリオンなら大丈夫だと思うけど、変な勘違いから暴走されたら困るし。
「我々貴族はミナト様のご実家と寄り子の関係の者が多いですが、騎士やそれ以外の者はそうではありません。そこでミナト様自ら足を運ばれ、彼ら、彼女らが自分の派閥の者だと周囲に喧伝すると共に、引き抜きを防止する一石二鳥の案だと思いました」
「……引き抜きがあると思うか?」
たしかにそういう面がないとは言わないが、と思っていたら気になることをモリオンが言うため確認するように尋ねる。
「あるでしょう。ミナト様は新入生の中でトップの実績があります。知名度に関してもトップクラス……さすがにアイリス殿下を差し置いてトップとは言えませんが、総合すればトップでしょう。その動向、為人、弱点……それらを探るためにも引き抜きは絶対に起きます」
完全に派閥から抜けずに情報を流すだけでもいいんです、とモリオンは言う。たしかに、他所の派閥が何かしらの行動に出る可能性はあるか。
「私が見たところ、騎士科の面々は大丈夫でしょう。しかし技術科の面々が条件次第では転びかねないかと」
「それなら注意して見ておかないとな」
政治やら謀略やらに強いモリオンがいるから大丈夫だと思うけど、他所の派閥に足を引っ張られて『花コン』のミナトみたいに落ちぶれたらまずいからな。俺が落ちぶれると死亡フラグが大量に発生しかねないし。
そんなこんなで教室を出て騎士棟に向かって歩き出す――と、俺の後ろに続いていた貴族の子の内、準男爵家と男爵家の男子生徒がそれぞれ先行するように小走りで駆けていく。
二人はいわば斥候だ。進む先に他の派閥の集団がいないかをチェックしているのである。これまた面倒臭いことだが、他所の派閥の集団と正面から向き合ってしまったらどちらが道を譲るかという問題が出てくるのである。
一列になったらすれ違えるんだけど、こちらも貴族で相手も貴族だ。面子があるし意地がある。互いにそっちが道を譲れと意地を張り合うことになってしまう。
先行した二人はそれを避けるための人員で、少数ならともかく大人数で他所の派閥がいるなら進むかどうかを判断する基準となる。
俺としては学生の内からそんなにバチバチとやりあってどうするんだ、なんて思う気持ちがあった。しかし学生だからこそできることでもある。領地を継いだ者同士で似たようなことをやった場合、最悪戦争に発展するからだ。
本当に面倒なことだ……なんて思いながら歩いていくが、幸いにも行く手を遮るような者はいない。そのため予定通り騎士棟へと足を向け、うちの派閥の子達を見つけたら名前を呼んで笑顔で声をかける。そして大名行列に加えたら再び歩いていく。
(こうして歩いてみると、貴族棟の建物が一番立派な感じだな……身分的に金をかけてあるんだろうな)
学園なんだから全ての建物を同じ建設様式にすればいいのに、なんて思う。いや、根本は同じかもしれないが、柱のちょっとした装飾なんかが違うのだ。
俺達を避けるように通路の中央部分が空いた廊下をゆっくり歩いていく。騎士科の次は技術科だ。各棟が渡り廊下でつながっているため、ここで狙い通りルチルかエリカと会いたいんだが……既に寮に帰ってしまった可能性もあるな。
俺はそう思い。
「んー……? んんー……」
俺達を避けるように廊下の端へと移動した生徒達の中から、何やら声が聞こえた。その声はやや幼く聞こえ、何事かと横目で見るとそこには小柄な女子生徒の姿がある。
外見だけで判断するなら俺と同学年……か? 小柄で幼い感じがするから同い年よりも下に見えるんだが……。
小柄な女子生徒は身長が百四十センチに届かず、肩口まで伸びた赤桃色の髪を二つのおさげにまとめて動きやすそうにしており、その印象を裏付けるようになんとも活発というか元気娘っぽい雰囲気がある。
俺を見て右に左にと首を傾げ、何かを思い出すような素振りを見せていた。そんな少女の行動に周囲の生徒が慌てた様子で止めようとしているが、この子、まさか。
「あーーーー! 思い出したぁ!」
そしてぱっと表情を輝かせたかと思うと、叫びながら俺を指さす。人を指さすのは失礼だからやめなさいね?
だが、思い出したと言いながら言葉が続かず、再び何かを考え込んだかと思うと顔を上げる。
「えーっと……うん、と……そう! なんかすごい人だ!」
すごい人て。
「君、たしかにミナト様はすごい方だが、突然失礼だろう?」
どんな反応をしたら良いか悩んでいると、モリオンが優しく注意する。普段ならもっと厳しい対応をしそうだが、声色がどこか柔らかい。もしかしてだけど、女子生徒が俺を褒めているっぽいからか?
「そうだぞ平民が!」
「いきなり何だね君は?」
おっと、モリオンの言葉に乗っかって大名行列の中から声が上がるけど、あまりよろしくない感じの反応だ。そのため俺が左手を上げると、ぴたりと声が止まる。いつも思うけどすごいね。みんな練習してたのかな?
「敵意もなく、嘲るわけでもない。純粋に声を上げただけの同級生に対してそう悪しざまに言うものではないよ」
悪意を込めて何か言ってくるのなら俺も対処するが、この子からはどうにも純粋な気配しか感じられない。そしてその口調や短い時間ながらも感じ取れた性格、そして外見から目的の人物の一人だろうとアタリをつけた。
「初めまして、お嬢さん。貴族科のミナト=ラレーテ=サンデュークだ。君の名前を聞かせてもらえるかい?」
どこかで会ったかな? なんて雰囲気を滲ませながら尋ねると、少女は笑顔で元気よく答えた。
「あたしはエリカっていうの! あっ、じゃない、エリカです! ぎじゅつか? の生徒です!」
「うん、ありがとう。エリカっていうんだね」
ビンゴだ。『花コン』のサブヒロインの一人、エリカに会うことができた。しかしなんというかこう……実際に会ってみるとモモカを思い出すというか、あの子と相性がバッチリそうというか。二人揃ったらずっと笑顔で笑い合ってそうな雰囲気がある。
「それで? エリカは俺とどこかで会ったことが?」
「えっとね……三年ぐらい前? ミナトくんが大通りでパレードしてて……近くにいた人に聞いたら、なんかすごいことをしたんだって聞いたの!」
「ははは、なるほど……だからなんかすごい人なのか」
俺は思わず笑ってしまう。王立学園に来てから色々と考えることだったり生徒会の件だったりで頭が痛かったが、こうもキラキラした目で元気良く言われると肩の力が抜けるよ。
「ミナトくん……」
ナズナがどことなく不満そうに呟くのが聞こえたが、俺は軽くアイコンタクトを送って止める。相手は王都の民だし、貴族同士でもないし、礼儀を知らずとも悪意もない相手を怒るほど狭量ではないつもりだった。
そしてやっぱりというべきか、『王国北部ダンジョン異常成長事件』やリンネを撃退した件で行われたパレードは王都中で注目を浴びていたらしい。後で確認するが本の『召喚器』に表示されたパレードの同一ページの内、一人はエリカのものなのだろう。
「それにクラスでもみんながミナトくんの噂してるよ? なんかすごいことをしたんだって!」
「あっはっは! そうか、すごいことか!」
「うん! すごいことだよ!」
拳を握って力説するエリカだが、肝心の部分が曖昧過ぎて思わず笑ってしまった。いやぁ、やっぱりモモカを思い出すわこの子。
普段ならお世辞だと思うところだが、この子の場合は純粋にすごいと思っているのだろう。深く観察しなくてもそれが伝わってくる。だからこそ俺も笑っていた。
「いや、笑わせてもらったよ。それじゃあエリカ、俺は用があるからこの辺で失礼させてもらうよ」
「わかった! またねー!」
そう言って手を振ってくるエリカに対し、俺も笑いながら手を振って応える。そしてエリカの元から歩き去ると、後ろの方から『新しい友達が増えたー!』なんて声が聞こえた。
「ミナト様、よろしいのですか?」
ナズナが小声で尋ねてくるが、それを聞いた俺は口元に笑みを浮かべて答える。
「なあに、構わないとも。他の貴族への接し方が心配になるが、あの子は本当に失礼なことは無意識の内に避けるタイプだろうしな」
年齢の割に幼い印象を受けたが、幼い頃からみっちりと礼儀作法を叩き込まれる貴族と異なり、一般人の中にはあんな子もいる。もちろん無礼打ちをされない程度には礼儀を教え込まれるのが普通だが――。
「それに、失礼だなんだと腹を立てて決闘にまで発展させてみろ。負けるのはこちらかもしれんぞ?」
俺がそう言うと、モリオンが背後へ視線を向けながら納得したような声を漏らす。
「なるほど……魔力はほとんど感じず、身のこなしも素人に見えますが、ミナト様がそう仰るということは『召喚器』が特殊なタイプですか」
「勘だがな」
そう言って俺は建前上の目的だった技術科にいる派閥の生徒を探す。
モリオンには勘だと言ったが、エリカは『花コン』だと『召喚器』特化のキャラクターだ。コーラル学園長が『召喚器』使いと呼べるほど卓越した腕前だとすれば、エリカはその逆である。
非常に強力な『召喚器』――『天震嵐幡』を有するものの強力過ぎて使いこなせず。しかし使いこなせれば人類にとって有益だろうということでオレア教が推薦し、王立学園に入学することになった、なんて経緯があったりする。
オレア教が直々に鍛えれば良いのだろうが、『召喚器』というのは成長の仕方が特殊だ。かといって普通に鍛えようにも魔法や体術の才能が突出しているわけでもないため、学園に入れて切磋琢磨させてようとしたらしい。
ちなみにエリカの『天震嵐幡』は天を震わせるほど強力な嵐を発生させる幡で、効果はシンプルながら威力が強すぎて上級『召喚器』詐欺である。その分エリカのステータスや才能値は低めだが、それを補って余りある力が『天震嵐幡』にはあるのだ。
まあ、『花コン』の主人公が好感度を上げて専用のイベントをこなして、上手いこと『天震嵐幡』を制御できるようにならないと、うっかり味方を薙ぎ払って大ダメージを与え、下手するとそのままゲームオーバーになることもあるんだが……。
ひとまず、目的の人物の一人に会うことができた。俺はそれに満足して引き上げることにする。
そして貴族寮に戻り、本の『召喚器』を発現して確認してみると、予想通りというべきか『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時とパレードの時の同一ページがそれぞれエリカの絵に変わり、キラキラとした目で話を聞いていたり、何かを見ている光景になっていた。
ついでに今日、俺と会った時の光景も新たなページとして加わっており、これが四十六ページ目となるのだった。