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第108話:入学式 その2

 幸いにも天候に恵まれ、採光用の窓硝子から降り注ぐ光が厳かに照らす大ホール。

 そこには今年度の新入生がずらりと並び、入学式の開始を今か今かと待っていた。するとステージに二人の人間が姿を見せる。


 片方は制服を着た女子生徒だ。


 新入生ではなく在学生らしく、大人びた綺麗系の顔立ちに背中辺りまで伸びた金糸のような髪、赤い瞳が印象的な女性である。

 身長は目測で百六十センチの半ばといったところで、なんとも女性的なスタイルが目を引く。それでいて全体的に注目を集めるような華があった。


 そんな女子生徒の隣に立つのは小柄な男子生徒……ではない。パッと見た感じ、俺よりも年下に見えたが『花コン』をプレイしているとその素性がわかる。この王立学園の学園長だ。


(となると、隣の生徒は髪と瞳の色から判断するならカトレアか……)


 女子生徒はおそらく『花コン』のヒロインの一人――カトレア=リンド=ラビアータだろう。


 ラビアータ伯爵家の長女で、俗にいう先輩キャラだ。『花コン』の主人公が活動することになる生徒会の副会長で、最初からパーティに加入しているキャラでもある。


 ゲームキャラとしての特徴は剣術も魔法も両方こなせる器用さだ。オールラウンダーというべきか、どんな組み合わせのパーティでも()()()()()活躍できる。うん、器用だけど、どちらかというと器用貧乏系というか……育てると強いんだけどね?


 この世界に関して何も知らない主人公の相談にも応じるし、何かあれば優しく教えるし、生徒会のメンバーの中で性格的にも頼りになる存在だった。能力的には……うん、設定上は強めだったかな。


 そしてもう片方の男性は『花コン』のサブヒーローの一人――コーラル=モルガナイトだ。


 モルガナイト伯爵家の()()()だが今は隠居し、国王陛下からの勧めで学園長を務めることになった男性である。つまり、小柄で若々しく学生でも通じそうな外見だが、ランドウ先生よりも年上……しかも十歳近く年上だ。


 『花コン』のプレイヤーからもイケメンショタ爺とか見た目詐欺とか言われていたが、明るい赤色の髪に気弱そうな少年にしか見えない顔立ちと違って性格は老獪かつ老練。権謀術数に長けていて自分の外見すら策略に使うようなキャラだ。

 ただ、学園長としては生徒に親身になって接するし、相談事があれば真剣に応じるなど、好々爺な面もある。戦闘スタイルは接近戦もできる魔法使いだが、一番相応しい呼び方をするとなると『召喚器』使いが正しいだろうか。


 その立場上、パーティに加入する条件が厳しめだが、加入当初から『召喚器』の『顕現』――すなわち必殺技が使えるという数少ない特徴を持っている。他のキャラよりも遥かに年上ということで、『召喚器』を使いこなせるのがキャラクターとしての特徴になるだろう。


 そうやって俺が観察していると、ステージの上に立った女子生徒が一歩前に出る。


「新入生のみなさん、はじめまして。生徒会の副会長カトレア=リンド=ラビアータと申します。この度はご入学、まことにおめでとうございます」


 木属性の風魔法を応用しているのか、自分の声を風に乗せて遠くまで響かせる女子生徒――カトレア。俺には真似できない芸当である。


「まずは当校の学園長であるコーラル=モルガナイト学園長より、新入生へのご挨拶がございます」

「紹介にあった通り、ワシがこの王立ペオノール学園で学園長を務めるコーラル=モルガナイトじゃ。新入生の諸君、よろしく頼むぞ?」


 そう言って親しみを覚える笑みを浮かべる男性――コーラルの姿に、新入生達からざわつくような声が漏れる。外見はスーツを着た少年ショタだから仕方がないね。


「まずは諸君らの入学を祝わせていただこうかの。今年も多くの生徒を迎えることでき、学園長として喜びに堪えん。また、今年は現時点で優秀な実績を挙げた生徒もいる。この学園での三年間で切磋琢磨し、気が早いが少しでも成長して学園を飛び立ってもらうのが学園長としての望みじゃ」


 外見と口調はともかくとして、話している内容自体は真っ当だろう。話す際の声の調子も親しみを覚えやすい落ち着いたものだ。


「色々と話したいことがあるが、年寄りの長話は嫌われるものと相場が決まっておる。ここは来賓の挨拶に移らせてもらうとしようかのう」


 そして手短に挨拶を切り上げたかと思うと、スピーチ台から一歩横にずれて僅かに頭を下げる。するとそれを合図としたように一人の男性がステージの上に姿を見せた。


 うん……誰かっていうと、国王陛下だ。毎年の恒例行事らしく、学園の入学式には陛下が挨拶に来るらしい。


「新入生の諸君、入学おめでとう。余はこの国の王、クラウス=パエオニア=ピオニーである」


 その名乗りに、新入生達が一斉に背筋を伸ばす。コーラル学園長が相手だと困惑していたが、国王陛下が壇上に立っているとなると貴族も平民も問わずに姿勢を正すしかない。


「毎年の恒例行事ではあるが、こうして多くの新入生の顔を見ることができ、王としても、この国に生きる一人の大人としても、実に喜ばしい思いである」


 陛下はそう言って、自然な仕草で新入生達を見回す。その仕草はゆっくりとしたもので、一人ひとりの顔をじっと見ているかのようだ。


「家や家族、親元から離れ、不安に思う者もいるだろう。新たな生活に心躍らせる者もいるだろう。しかし、この学園は()()()()である。不安の乗り越え方を学び、楽しきことを見出し、友を作り、成長していくための場所だ」


 おそらくはカトレアが魔法で風を操り続けているのだろうが、それほど大きく声を張り上げているわけでもないのに陛下の声はよく響く。ややゆっくりとした口調で、新入生によく染み込むように言葉を重ねていく。


「諸君らにとって、三年間という年月は長く感じるかもしれない。だが、人生から見れば短く、過ぎてみればあっという間に思えるだろう。だからこそ後悔のないよう日々を送り、自らを成長させていくための糧としてもらいたい」


 そこまで語り、陛下は小さく笑う。


「さて、モルガナイト学園長からも長話をする年寄りは嫌われると言われてしまったし、最後に一つ、言葉をかけて諸君らの入学を祝う挨拶を締めさせていただこう」


 先ほどのコーラル学園長の言葉を借りてそう言う陛下。俺はそれに笑ってしまったが……どうしよう、周囲の新入生達はビックリするぐらい何も反応してない。陛下相手に笑って良いものか悩んでいるのか、あるいは緊張で固まっているのか。


 そんな新入生達に陛下は微笑を浮かべつつ、言う。


「三年間、よく学びなさい。卒業式の日、この場所から成長した君達の顔を見ることができるのを楽しみにしているよ」


 陛下がそう締め括ると、どこからともなく拍手の音が響く。俺もパチパチと手を打ち合わせるが、その音は徐々に広がって大きな音へと変化していく。

 陛下は最後にもう一度だけ微笑むと壇上を降りて退場し、再びコーラル学園長が壇上に立った。


「国王陛下からのお言葉でした。続きまして、新入生を代表してアイリス=パエオニア=ピオニー殿下からのお言葉です」


 カトレアが僅かに言葉に困った様子で進行を行うが……そうだよね、新入生っていっても殿下相手だと困るよね。

 俺がそんなことを考えているとアイリスが返事をしてステージに上がり、コーラル学園長の前に立つ。


「この度、入学する新入生の皆様を代表し、ご挨拶させていただきます」


 そんな言葉から挨拶を始めたアイリスは、ナズナ同様十五歳を迎えて『花コン』に登場するビジュアルと似た姿に成長していた。


 透き通るような蒼のロングヘアを腰の辺りまで真っすぐ伸ばし、一部を編み込んでリボンで留め、凛とした表情でコーラル学園長を見る姿は『花コン』で見た通りのものだ。


 他の女子生徒と同様に制服で身を包んでいるが、その立ち居振る舞いには貴族よりも洗練された華があり、カトレアとは別方向の美しさで周囲の目を惹きつける。

 王女殿下という立場があるものの、彼女が新入生の代表としてあの場に立つことを不満に思う者は早々いないだろう。少なくとも俺は全く気にしないし、アイリスも成長したなぁ、と感心しながら眺めることができる。


「国王陛下よりいただきましたお言葉の通り、三年間を通してよく学び、友を作り、日々成長していくことをここに誓いまして入学の挨拶とさせていただきます」


 アイリスを眺めていたから途中の文言は聞き逃したけど、最後にそんな締めの言葉を残してアイリスが一礼し、ステージから降りてくる。そのためさっきの陛下と同じように拍手を送り……ん? 目が合ったと思ったら表情が強張った……ような?


 なんだろ? と思ったが、まさか立ち上がって聞きに行くわけにもいかない。そのため俺は首を傾げつつも、入学式を閉会するというカトレアの宣言を静かに聞くのだった。






 入学式が終わると、各自教室に別れてオリエンテーションである。


 実家が準男爵以上の爵位を持つ者は貴族棟へ、騎士や兵士を目指す者は騎士棟へ、それ以外の一般生徒や錬金術等の技術職を目指す者は技術棟へと割り振られる。


 そのため俺は貴族棟へ足を向け――ふと、ナズナへと視線を向けた。


「若様? どうかされましたか?」

「……いや……ナズナは騎士棟……じゃ、ないよな」

「え? はい。何故騎士棟に?」


 『花コン』だとそうだったから、とは言えない。ミナトの従者というより騎士として登場したし、戦闘時は女騎士としか表現しようがない格好だったし。ナズナルートだとミナトに『忠偽ちゅうぎ』かまして主人公に騎士の誓いみたいなことをするし。


 そのため曖昧に微笑んで誤魔化すと、ナズナやモリオンを連れて貴族棟へ向かう。


 すると、何故かそんな俺達の後ろに東部貴族の子達が陣形を組むようにして続き、俺を先頭とした大名行列みたいな形になった。


(……えーっと……これは……どんなリアクションをするのが正解なんだ?)


 ごく自然と、何の声かけもなく大名行列みたいになっちゃったんだけど……そういえば『花コン』のミナトも最初は派閥の生徒を引き連れて主人公の前に登場したっけ? そして失態を重ねる度、CGに映る派閥の生徒の数が徐々に減っていくという細かい手の入れようを覚えている。


 今? 今は入学初日だから数十人……かな? 騎士科や技術科の子もなんか後ろに続いてるし。『花コン』のミナトと比べると明らかに人が多いが、これが王国東部の派閥の頭として、今の俺に対する期待なんかを表しているのだとすれば重くてしんどい。


「それではミナト様、教室まで行きましょう」

「……ああ、そうだな」


 モリオンの誇らしげな、ワクワクとした感情を含んだ声に、俺は機械的な声でそう返すのだった。






「あああああ…………」


 俺に割り当てられた上級貴族寮の部屋の中。綺麗に整えられたベッドの上で転がりながら俺はそんな声を漏らしていた。


 入学式から教室に向かい、教室でそれぞれが自己紹介、昼食や昼休みを挟みつつ今後の学校生活やら年間行事やらの説明が行われて一日が終わったが、変な疲れが俺の全身を襲っている。


 貴族棟の教室は前世でいうところの大学みたいに教壇が低いところにあり、段々に机や椅子を並べて後ろの生徒もしっかりと前が見れるようになっていた。アレ、なんていうんだろうね?


 名前を呼ばれたら教壇に立って自己紹介を行ったが、『花コン』のメインキャラで同学年の貴族キャラは全員会っているし、貴族以外の会っていないキャラはスグリと一緒に技術棟にいるはずだ。


 貴族棟の教室ではアイリス、カリン、ナズナ、アレク、モリオンがクラスメートとして会えた。カリンやアレクとは久しぶりの再会を祝い、アイリスからはそれとなく距離を取られている。

 残りの同学年の『花コン』のメインキャラは全員技術棟にいるはずで、スグリ以外はサブヒロインが一人、ヒーローが一人の二人だ。


 ただ、本の『召喚器』を発現して確認してみるが変化はない。二年ほど前、大規模ダンジョンでランドウ先生やナズナと共に修行をして以来、ページは増えていないし既存のページが変化することもなかった。

 今日は何か変化があるかと思ったが、今のところ気になる点は何もない。やっぱり直接顔を合わせないと駄目なのか、複数の同一ページが誰かしらのページに変化することはなかった。


 俺は『召喚器』を消すと、体を起こして周囲を見回す。寮生活と聞いていてどんな感じかと思ったが、俺が割り当てられた上級貴族寮は実家と比べれば狭いが、寮生活と考えると広かった。


 前世の間取りでいえば3LDK……部屋が三つにリビングとダイニングとキッチン、それとトイレと風呂がついた、寮生活とはなんぞや? と聞きたくなるような広さだった。


 部屋も寝室、勉強などを行うための私室、使用人を雇った際に待機させる使用人室とわかれている。家具は備え付けのものがあるし、いくら貴族の生まれとはいえ、これは甘やかしすぎではないだろうか?


 上級貴族寮自体、色々と設備が充実しており、食堂、共用の風呂やトイレ、談話室や娯楽室も存在する。申請すれば使用人や立哨を部屋や部屋の前に置くこともできるんだとか。


(ここで三年間生活するのか……)


 もっとこう、学生寮らしくワンルームで風呂トイレ共用、ぐらいの方が逆に落ち着くんだが。一般寮はそんな感じらしいが、学生寮で三年間過ごしたら実家……貴族の屋敷での生活を忘れてしまった、なんて事態を避けるには仕方がないことなのだろう。


(ま、まあ、まずはアイリスが主人公を召喚してくれないと『花コン』が始まらないし、これからだな、うん)


 俺は自分にそう言い聞かせると、まずはシャワーでも浴びて落ち着こうと風呂場に向かう。


 ――こうして、王立ペオノール学園での生活が始まるのだった。

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― 新着の感想 ―
ショタ爺とはまたニッチな属性が来た。 それにしてもアタッカーばかりでバランス悪い。 王女が不明だけど今の所ヒーラーゼロですよね? 数十人の取り巻きか。あとは注意してくる先輩や教師を「面子ガー」と言っ…
いまさら気付いたけど、女子が花、男子が宝石で「花と宝石のコンチェルト」なのか
> まずはシャワーでも浴びて落ち着こうと風呂場に向かう。 シャワーがあるんですね。熱湯はどうやって出してるんだろ
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