第106話:王立学園へ その2
王都へ向かう旅を続ける俺だったが、一つ思ったことがある。
「なあ、ナズナ……野盗が多くないか?」
「わたしは王都へ行ったことがないのでこんなものなのかな、と思っていましたが……やっぱり多いんですね」
馬に乗って街道を進むこと十日余り。予定よりもやや遅れてここまで進んできた俺達だったが、既に三回野盗に遭遇している。一回あたりの数は二十から三十程度とそこそこの人数でしかないが、三日に一回は野盗の一団に遭遇している計算になるのだ。
(もうすぐモリオンの家に着くけど、なんでこんなに野盗が多いのかね……)
いくらこの時期にカモが街道を通りやすいといっても、さすがに野盗の数が多い。
これでカリスマのあるリーダーがいて、その人物を中心として集まっている……なんてことがあればまだ理解もできるのだが、それぞれ独立した野盗団がたまたま王国東部に集まっている感じがした。
(おかしいなぁ……俺の虚名が広まってるのなら他所に移動しても良さそうなもんだが。それとも俺達が通るから安全だと思った商人や旅人を狙ってる?)
可能性としてはあり得そうだが、何を考えていたのかは最早わからない。野盗はなるべく生け捕りにしたが、既に現地の領主に引き渡してあるのだ。今から戻って聞くわけにもいかないし、先を急ぐからと聞き出すこともしなかった。
(……まあ、既に捕まえてるんだし、別にいいか)
これで逃がしたのなら話は別だが、包囲して生け捕りにしているから討ち漏らしもない。引き渡した領主からは協力金をもらったり物資を提供してもらったりしたから、こちらとしても損はなかった。
そんなわけで野盗の対処をしつつ、街道を進んでユナカイト子爵家の領地に到着。以前みたいにユナカイト子爵家のお膝元であるロライナの町を訪れ、挨拶とモリオンの回収を行うべく屋敷へと足を伸ばす。
「お久しぶりです、ミナト様。この日を待っておりました」
すると、旅の準備を整えたモリオンが俺を出迎えた。
「久しぶりだな、モリオン。息災そうで何よりだ」
モリオンも俺と同じく、十五歳を迎えてだいぶ大人びた顔付きへと変わっていた。
身長は百七十センチを僅かに超える程度まで伸び、伸びた髪をうなじ付近でまとめて縛っている。相変わらず理知的な顔立ちに眼鏡をかけ、手には打撃や棒術にも使えそうな長い杖を握っている。
「ミナト様の噂は度々流れてきていましたよ。何度も大規模ダンジョンに赴き、モンスターを狩っていたとか。私も領内のダンジョンに挑んで腕を磨いてきましたが、ミナト様のように大規模ダンジョンに行ってみれば良かった、とも思いました」
「噂って……手紙も出したじゃないか。そりゃまあ、頻度はあまり高くなかったけどさ」
ここ二年余り、出会ったことがある『花コン』のメインキャラには何度か手紙を出してある。内容は近況を尋ねるためのもので、何か異常が起きていないかを確認するためだ。
ただし、この世界は前世みたいに郵便が発達しているわけではない。そのため送った手紙が届かないことも珍しくはなく、俺の場合はサンデューク辺境伯家が贔屓にしている御用商人に手紙を託したり、軍役で王都に向かう騎士や兵士に預けたりしていた。
軍役の騎士や兵士ならほぼ確実に王都までは届くし、重要なものはこちらに預けるのが主流となっている。
「手紙でもお報せいただきましたが、ミナト様の噂には常に耳を立てておりますので」
「そ、そうか……」
やばい、久しぶりに会ったのに以前のままだ。なんでこんなにモリオンからの好感度が高いんだろう。
「…………」
俺がそんなことを考えていると、ナズナが無言で俺の前に立った。それはまるでモリオンとの接触を遮るかのようで、モリオンは怪訝そうにナズナを見る。
「貴殿は?」
「初めまして。三歳の頃からミナト様の傍付きを務めております、ナズナ=ブルサ=パストリスと申します」
待って、その三歳の頃からって情報は必要? 何のアピールなの?
「ほう……こちらこそ、初めまして。ミナト様に仕え、憚りながら戦友として共に『王国北部ダンジョン異常成長事件』を乗り切りました、モリオン=ロライナ=ユナカイトと申します」
モリオン、君も待ってくれ。普通に名乗るだけじゃ駄目だったのかい? 事実だけど今、わざわざ名乗りに付け足す必要はなかったよね? あと、いつの間に俺に仕えるなんてことに?
「ミナト様に仕える……はて、これは異なことを。従者として幼少の頃からミナト様の家臣の方とは多く会ってきましたが、貴殿のような他家の方がお仕えとは初耳です」
普段の態度からは予想もできない慇懃無礼さでナズナがモリオンへ言葉をぶつける。ナズナ、君もそういう貴族らしい仕草ができたんだね。成長を感じるよ。
「初めてお会いしたのですから、知りようがないのも当然のことでは? 『王国北部ダンジョン異常成長事件』の際に仕える者としてミナト様に御助力しましたが……ああ、そういえばパストリスの御令嬢殿は軍役には参加されておりませんでしたね。これは失礼しました」
知りようがないのも当然でした、と形だけ謝罪するモリオン。君達なんでそんなにバチバチに言葉をぶつけ合ってるの? いくら貴族が言葉を武器にするといっても限度があるよ? それもう刃物を超えて鈍器じゃんか。切れ味の良さを競うんじゃなくて殴り倒そうとしてるでしょ?
「二人とも、初対面の割に中々楽しそうにじゃれ合っているがそこまでだ。話が進まん」
俺は主君として二人の会話を止める。いやうん、モリオンに関しては主君ってわけじゃない……はず、なんだけどね?
「……はい」
「おっと、これは失礼をいたしました」
不承不承といった様子で引き下がるナズナと、肩を竦めるモリオン。性格的に仕方ないが、ナズナとモリオンでは相性が悪そうだな。
「とはいえ、ナズナ殿がミナト様と共に大規模ダンジョンで修行をしていた、という話は聞いております。改めて、これからよろしくお願いします」
だが、予想外にというべきか。先ほどまで言葉をぶつけ合っていたモリオンが先に折れてナズナへ握手を求める。モリオン、君、そんな柔軟性もあったんだな……。
「……こちらこそ。よろしくお願いいたします、モリオン殿」
ナズナも握手に応じるが、お互いに敬称呼びだ。まあ、それは仕方ない。性格の相性は良くないだろうし、打ち解けるとしても時間がかかるだろう。
「モリオン、ナズナはゲラルドの妹でもあるんだ。仲良くしろとは言わんが、その辺りは考慮してやってくれ」
「……そういえばそうでしたね。戦友の妹とあれば相応に礼儀を払うとしましょう」
俺の言葉にモリオンは頷くが……いやはや、上に立つ人間ってのは大変だ、なんてことを今更ながらに再確認するのだった。
モリオンや他の寄り子の子女、それに見送りのための兵士を加え、当初の倍を超える大所帯になりながら王都を目指して進んでいく。
王国東部の貴族は他にも多くいるが、進路上あるいは進路上に近い領地の家で同年代の者は全員回収し、それ以外の者はそれぞれ別のルートで王都を目指すこととなる。
今年入学する者達は長男長女、それ以外と問わず生まれが貴族のため移動手段は馬か馬車、兵士達は徒歩で、あとは物資を積んだ荷馬車がガタゴト音を立てながら街道を進むこと更に十日余り。
軍役のために鍛えた兵士ばかりというわけにもいかず、合計で二十日間を超えての旅は俺が頭として音頭を取り、無事に王都へ到着となった。
うん……無事だ。モリオンが合流してからも一回野盗に襲われたけど、返り討ちにしたから無事だ。前衛が俺とナズナ、後衛に光と闇属性以外の属性全てで魔法が使えるモリオンという、割と容赦ない布陣で迎え撃ったら楽勝だったわ。やっぱり範囲攻撃は正義だった。
今回は威力が過剰だから使わなかったけど、モリオンはなんと、上級魔法をいくつか使えるようになったらしい。制御が難しくて自信を持って使えると言えるのは得意な木属性の上級魔法、『風食轟雷』だけって話だけど、大したもんだと思うよ。
『風食轟雷』は敵全体を風で削りつつ雷で薙ぎ払うため、並の人間相手に使うにはオーバーキルもいいところだ。捕縛を考慮しないのなら野盗団に撃てばそれだけで事足りるほど強力な魔法である。むしろ後始末の方が大変なぐらいだろう。
(モリオンが『風食轟雷』を覚えるのは……『花コン』だと十レベル代後半だったか? 二十レベルには届かなかったはずだけど……)
ずいぶんと成長したもんだ、と俺は感心する。魔法使いの役割を砲台として見れば、上級魔法は上等も上等だ。上級魔法はサンデューク辺境伯家の騎士団ですら使える者が僅かにしかいないというのに、王立学園へ入学前の子どもが使えるようになっているんだからな。
他の属性も制御にミスって自傷する危険性があるが、発動自体は可能らしい。いやはや、ナズナの時も思ったが、『花コン』のメインキャラは成長が著しくて頼もしいやら羨ましいやら。
『花コン』が始まる前にだいぶ成長してしまっている点から、そっと目を逸らしながらそんなことを思った。そして目を逸らしたついでにこれからのことを考える。
(えーっと、入学まではあと三日か。制服の受け取りをして、手直しが必要ならナズナに頼んで……あとは何かあるか? 知り合いのところに顔を出すぐらいか)
『花コン』は日本で作られたゲームだからか、現代日本のように四月に入ってからの入学になる。既に三月も終わりが近付いてきており、入学が目前に迫っていた。
なお、余談だが制服に関しては王都の服飾店に様々なサイズが用意してあり、事前に自分の体に合ったサイズの制服を取りに行く必要がある。
貴族の場合は使用人に取りに行かせるか、店を訪れて自分の体の大きさに合ったものを選ぶか。貴族以外の場合は自分で直接取りに行くしかないだろう。俺は少しでも動きに支障があると困るから直接確認しに行くが。
そんなわけで入学まであと少しだが、王都で過ごす必要があるため別邸に行って久しぶりにジョージさんやアイヴィさんと会う。王都に来たのに顔を出さなかったらアイヴィさんが拗ねちゃうから仕方ないのだ。
そう、思って別邸を訪ねたのだが――。
「久しぶりだな、ミナト。王都に来て早速で悪いが、到着次第王城に来るよう国王陛下からお呼び出しを受けている。礼服に着替えてきなさい」
(えぇ……どういうことなの?)
別邸に着いてナズナの紹介をして、挨拶もそこそこにそんなことをジョージさんから言われてしまった。
国王陛下からの呼び出しってなんだろう? 家臣だけど一応血縁者だし、王都に来るなら顔を見たいから呼んだ……なんてパターンならここまで急かされないわな。いや、入学前ギリギリだからこそ急かされてるのか?
(この時期に何かあったっけ? まあ、行けばわかることだけどさ)
俺はエスパーじゃないし、アレクみたいに頭がキレるわけでもない。そのため会って話を聞けばいいか、と思って王城に使者を出し、すぐさま使者が帰ってきたため王城へと足を運ぶ。
すると謁見の間ではなく三階の応接室へと案内されてしまった。どうやら公的な用事ではなく私的な用事らしいが、呼ばれる心当たりがない。どうすんべ、と思いながらも親戚のおじさんに呼ばれたぐらいの心持ちで応接室へと入る。
「お久しぶりでございます、陛下。御尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じます」
私的な場だが久しぶりの再会ということで片膝を突いて最敬礼を送りつつ、定番の文言を口にした。すると陛下から苦笑の気配が伝わってくる。
「久しいな、ミナト。今回は私的な場だ。楽にせよ」
「それでは失礼いたしまして……お久しぶりです、陛下。お元気そうでなによりです」
言葉をやや崩して笑いかけると、陛下も笑って返してくれる。しかしすぐに小さく目を見開くと、なにやら俺の顔をじっと見つめてきた。
「ふむ……なにやら修行に明け暮れているとレオンからの報告にあったが、ずいぶんと見違えたな。以前会った時よりも更に精悍な顔付きになった。いや、驚いたな」
「父上からそのような報告が……お恥ずかしい限りで。未熟な腕を少しでも磨きたいと思いまして、剣の師に再度師事して参りました」
「それで大規模ダンジョンに繰り返し挑んだと? まったく、時間が許すならその辺りのことも詳しく聞きたいところだ」
そう言って苦笑する陛下。どうやら今日はあまり時間がないらしい。それを察した俺が口を閉ざして本題を促すと、陛下は真剣な表情になる。
「ミナトよ、あと少しで王立学園への入学となるが、入学式では新入生の代表が挨拶を行うのが通例となっているのは知っているか?」
「話に聞いた程度ではありますが……」
おや、と俺は内心だけで首を傾げた。
『花コン』では入学式の際、王族であるアイリスが新入生の代表として挨拶をしたはずだ。代表を誰にするか、というのは貴族の面子にもかかわるため、王族を代表に据えるのは揉め事を回避する上で的確な案である。
実際、王族以外で代表を選出する際は実家の爵位が高い者を選ぶか、入学時点で突出した功績を挙げている者が選ばれるそうだが――。
(あ、それだと俺も該当してるな)
今更ながらに気付く。しかも実家の爵位が高くて俺自身勲章をもらう程度には功績を挙げているため、両方該当しているわ。
『花コン』だと入学式が終わった後、数日ほど経ってから物語が始まるため、入学式に関してはコハクやモモカが入学してくる際に少しばかり話題になるぐらいで、そこまで印象に残っていなかったのだ。
ちなみに、入学式の代表に関してはそんな感じだが、卒業式の代表に関しては在学時の成績や評価が基準となって選出される。
突出した成績の者がいなかったり、評価が同じぐらいの生徒が複数いると角を立てないために王族が選ばれることもあるみたいだが、卒業式の場合は割とレアケースらしい。もちろん、王族かつ優秀な成績を修めていると選ばれやすいが。
「うむ……今年の代表を誰にするか、王城でも議題に挙がってな。例年ならばアイリスになるが、今年はお主がいる。そこでお主の希望を聞いておこうと思って呼び出したのだ」
ここまでギリギリになるとは思わなかったが、と告げる陛下に俺は謝るしかない。ええ、俺としても四回も野盗に遭遇したのは想定外でして。
「王城の皆様方に評価していただけたのは嬉しい話ですが、通例を守りアイリス殿下が代表の方がよろしいかと」
そりゃ新入生に王族が誰もいないっていうのなら俺も代表を務めさせてもらうけど、アイリスがいるのに俺が代表を務めるのはさすがにちょっと……なんて思ってしまう。既に名前を売っているし、これ以上悪目立ちはしたくないのだ。
「こちらとしては通例通りに進められる方が助かるが……それで良いのか?」
「ええ。新入生達も王家の花たるアイリス殿下が代表を務める方が喜ぶでしょう。もちろん、私もですがね」
そう言って俺は微笑む。ここは素直に譲って王家への忠誠心をアピールするところだ、と判断した。こういう積み重ねが大事なのだ。
「そうか……わかった。アイリスにもそう伝えておこう」
是非そうしてください。アイリスならそつなくこなすでしょうよ。
どうやら用件は入学式の代表に関するものだけだったらしく、陛下も色々と仕事が立て込んでいるそうでこれで退室となる。挨拶をしてから応接室を退室し、扉を閉めて王城を後にするべく歩き出し――ふと、思った。
(入学式、か……『花コン』の始まりが近付いている……うわ、心臓がドキドキしてきた)
そのドキドキは何度も遊んだ『花コン』の舞台が幕を上げるから――では、ない。残念ながらそうではない。
『花コン』の主人公が召喚されなければ、『魔王』が発生した際の対抗手段が一気に減ってしまうこと。ひいては人類が滅亡する危険性が一気に増すことへの緊張と不安からだ。
(頼むぞ、アイリス……)
入学式の代表云々ではなく、『花コン』の主人公を召喚してくれるよう祈りつつ、王城を後にするのだった。