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第105話:王立学園へ その1

 大規模ダンジョンで修行を行い、ランドウ先生から試験を課されてから二年近い月日が流れた。


 ランドウ先生が語っていた()()()()というのは正しかったらしく、あれからは以前のようなはっきりとした成長の手応えは感じられなくなっていた。


 毎日剣を振って、少しでも成長できるよう訓練を重ねて。時折大規模ダンジョンに赴いてはモンスター相手に実戦を行ったものの、明確にコツを掴んだり、強くなったという実感は得られなくなってしまった。


 ランドウ先生が言うには一応、一流とか達人とか言われる腕前――の、端っこも端っこには指がかかったらしく、ここから劇的な成長を遂げるには何かしらの要素が必要になるらしい。


 その要素こそが才能って言われるものなんだろうけど、残念ながら俺はミナト=ラレーテ=サンデュークである。むしろ僅かなりとも一流を名乗れる水準まで至れたこと自体奇跡みたいなものだろう。本の『召喚器』で身体能力が向上していなかったら無理だっただろうけどさ。


 これからは腕が落ちないようにしつつ、どれだけ()()()()()()()()が課題らしい。剣士として一流というのはあくまで土台で、ここからがスタートなのだ。


 ランドウ先生っていう優れた師匠がいて、勉学に割くべき時間を剣術に割り振ってギリギリ一流……うん、到達しただけ頑張った、凡才の割に大したもんだと自分自身を褒めたい。『花コン』が始まる的な意味でもこれからがスタートなんだけどね。

 それでいて貴族としての知識や勉学、身に着けた礼儀作法が失われないよう、最低限だが座学も欠かさなかった。その影響かここ二年ほどがあっという間に過ぎて、俺ももう十五歳である。


 貴族らしく恵まれた豊かな食事と毎日の訓練が功を奏したのか、身長が伸びて体も大きくなり、既に百七十センチの半ばを超えている。百八十センチには届かないが王立学園に在学している間に超えるかもしれない。

 顔立ちも鏡で見た感じだとだいぶ大人びた。ただやっぱり、元々の悪役フェイスが影響しているのか、顔立ちが鋭いというかきついというか……一応、イケメンの範疇だとは思うが、人によっては怖いと思われそうな感じだ。


 ……この二年間、年がら年中剣を振って、モンスターだけでなく実戦経験を積むために野盗退治にも同行して何人も斬ったし、顔立ちが険しくなるのも仕方ないかもしれないが。


 意識して目尻を下げて、頑張って笑えばそれなりに柔らかくも見える……といいなぁ、なんて感じに成長した二年間である。強面だから柔らかく笑おうとすると胡散臭くも見えるけど。


「若様、準備が整いました……鏡の前に立ってどうされたんですか?」


 そんな言葉をかけてきたのはナズナである。俺と同じように十五歳を迎えてだいぶ女性らしくなったが、長く一緒にいると昔のままにも思えてくるから不思議だ。


 ナズナは身長が百六十センチを僅かに超え、この世界の女性の平均身長から見るとやや高めといったところか。俺と一緒に剣や盾を振り回していたから背が伸びたのかもしれない。体付きも女性らしくなり、それでいて剣と盾を振り回していたから非常に健康的だ。


 ここ二年ほどの訓練で盾の『召喚器』だけでなく武器――片手剣を同時に扱えるようになり、『召喚器』と併せて攻撃も防御もだいぶ達者になった。上級モンスターが相手だと攻撃力が不足しているため勝つことはできないが、負けないことぐらいはできるようになっている。


 相変わらず緑髪を肩口あたりで切り揃え、白いリボンをつけようとはしてくれない。剣の鞘に結ばれたままで『花コン』のナズナと同じ外見になってしまっているが……さすがに今のナズナがリボンを外したら俺を裏切る、なんてことはない……と思いたい。


 さて、そんなナズナに準備がどうこうって言われたのは、王立学園に入学するべく王都へ向かうための準備のことだ。

 俺が住むのはパエオニア王国の中でも最東端と呼ぶべき場所、サンデューク辺境伯領である。当然ではあるが学園に入学するためには王都まで行かなければならないのだ。


 さすがに学園への入学のために王家が竜騎士を出すようなことはなく、この時期は王国各地に住む生徒が王都へ向かって旅することとなる。


 俺もナズナもそれなりに強くなったが、さすがに護衛の兵士なしで王都まで旅をするのは認められなかった。この時期は王都に向かう貴族の子女が多いことから野盗の活動も活発になり、街道の危険性が増すことになるからだ。

 そのため王都の別邸に詰める兵士の交代人員を連れ、道中は寄り子の領地を通って同じように王都へ向かう者を拾い、ちょっとした部隊を形成して進んでいくことになる。


 俺とナズナだけなら馬に乗って移動してかなり時間を短縮できたんだが、まあ、こればかりは仕方ない。

 この二年間で大規模ダンジョンで寝泊りもしてみたし、平地で野宿するぐらい全然平気だけど、俺には辺境伯家の嫡男という立場がある。旅人みたいに少人数で移動してどうこうっていうのは駄目らしい。大規模ダンジョンに行くのは領地内の移動だし、ランドウ先生も一緒だからセーフみたいだけどさ。


 そんなわけで準備を整え、屋敷を出発をするのが今日というわけだ。


 ここ三年ほどは屋敷にいる時間が短かったため、以前よりコハクやモモカと話したり遊んだり触れ合ったりする時間が減ったことだけが残念だった。


 その分、モモカもしっかりと兄離れして――いたら良かったんだけど、昨日まで盛大に甘えてきて大変だった。それでも後はコハクに託して出発となる。甘え方が兄というより父親に対する甘え方っぽくて、レオンさんがちょっと凹んでいたのは内緒だ。


「王都に行くことがあれば顔を見ることもできるだろうが……何もなければ再会は三年後になるか。ミナト、()()()()()()()()()から何かあれば遠慮なく連絡しなさい。いいね?」

「はい、父さん」


 そのレオンさんはといえば、昨日までの凹んでいた顔を父親としてのものに戻し、俺に声をかけてくる。何か相談事があれば手紙を送ってもいいだろうし、軍役で王都に来ることもあるだろうからその時に尋ねてもいい。


「兄上、俺とモモカは来年度の入学になりますが……それまでお元気で。もし暇があるようなら手紙を出してくれると嬉しいです」


 絶対に返事を書きます、と言って見送ってくれるのはコハクだ。ええい、可愛い奴め。勲章の年金も出るし、手紙の一枚や二枚、十枚や百枚ぐらい書くよ、うん。


「むぅ……いつもナズナばっかりズルいですわ! わたしもお兄さまと一緒に旅をしてみたいっ!」


 そして不満そうに唇を尖らせるのはモモカである。俺にというよりナズナに文句を言っているが、俺と同じように幼い頃からの付き合いだ。呼び捨てでこそあるが姉に甘えるように袖を引っ張り、文句を言っている。


「ふふっ、モモカお嬢様は相変わらずミナト様のことがお好きですね。ですが今回はお譲り下さいませ。さすがにお嬢様の年齢を引き上げる魔法はございませんから」


 ナズナも慣れたもので、委縮するどころかむしろ微笑ましいものを見るように笑っている。するとモモカも文句を言って満足したのか、俺に向かってドレスの裾を摘まんで一礼してみせた。


「旅のご無事をお祈りしておりますわ、お兄さま」

「ああ、ありがとうモモカ。コハク、家族や家のことは頼むな」


 甘えてくる時はとことん甘えてくるけど、締めるべき時は締めることができる。そんなモモカの姿に成長を感じつつ、コハクには家族のことを頼み、屋敷を出発するのだった。






 王都に向かう人員は俺とナズナ、斥候込みで兵士が十五人、荷馬車を操る兵士が二人、それと有事の際に指揮権を預ける騎士を一人という構成である。

 合計で二十人とやや少なめだが、進んでいく内に寄り子のところの子女や兵士も加わるし、王都に着く頃には人数も多くなっている予定だ。


 それでも現時点では人数が少なめという点に変わりはなく、規模が大きい野盗の一団がいれば人質にして身代金を取ったり、持ち運んでいる金品や食料を奪ったりと()()()の人数だろう。こちらに勝てずとも荷馬車だけ狙い、旅の資金を奪うこともできる。


 人数が少ないと『魔王の影』であるリンネの件も不安になるが、リンネに関してはここ二年ほど接触も誘導もなく、ランドウ先生を伏せた状態で単独行動しても釣れず、ランドウ先生抜きで単独行動しても姿を見せることはなかった。

 まあ、ナズナが盾の『召喚器』を発現した今なら、リンネが相手でも二対一で良い勝負ができるだろう。というかさすがに勝ち目が大きいと思う。そのため今回の旅もレオンさんに許可されたのだが――。


「うーん……敵の斥候がいるなぁ。規模が大きい野盗団か、複数の野盗が合流して手を組んだか?」


 目を細めて遠くを見て、そんなことを呟く。こちらの斥候は少なめだが精鋭だ。相手の斥候を避けながら情報を収集するよう命じたが、相手側は遠目に見てバレる程度の練度でしかないらしい。数は多いけど烏合の衆って感じかな?


「若様、どうされますか?」

「ちらほら姿が見えるし、視線も感じるけど、こっちを狙ってるって感じじゃないんだよな。商人が通る時に大変だからどうにかした方がいいんだろうけど……」


 ナズナの問いかけに首を傾げる。俺達の人数を見て襲うかどうか迷っているのかもしれないが、やけに消極的な感じがするのだ。


「こちらの旗を見れば素性がわかりますし、おそらくは若様の武名を恐れてのことかと。人数の差を当てにして襲おうにも、『王国東部の若き英雄』が相手となると二の足を踏むのでは?」


 兵士の一人がそう言ってくるが、数の差っていうのは大きい。相手の練度が並程度、あるいは素人に毛が生えた程度だとしても、こちらの人数的に三倍もいたら厳しいだろう。まあ、その場合は俺が単騎で突撃してかき乱すけど。


「あまりおだててくれるな。そんなことを言われると俺が一人で突撃して仕留めて回った方がいいのかもしれない、なんて思ってしまうだろう?」

「やめてくださいね? 若様の腕ならできると思いますが、相手の数が不明で討ち漏らしが出ますから」

「そうですよ若様っ! 突撃するならわたしも一緒ですっ!」

「違いますナズナ殿。そういう問題じゃないんです」


 兵士との会話を楽しみつつ、かっぽかっぽと街道を進んでいく。うーん、談笑して隙を見せても動かないな。こっちから動いてもいいけど、兵士の言う通り討ち漏らしが出るから無理するのもなぁ。


 並程度の腕の野盗なら複数が相手でも負けないと思うけど、範囲攻撃の手段が乏しいから一斉に逃げられるとどうしようもなくなる。そして兵士の言う通り、俺の虚名を恐れているならすぐに逃げる可能性があるわけで。


(仕留めると後始末に時間がかかるしな……日程にはかなり余裕をもたせているから入学に間に合わないなんてことはないけど、あまり遅くなると寄り子の面々に心配されるかも……とりあえず斥候待ちだな)


 情報がなければ動けないな、と思いながら進んでいると斥候の半分が戻ってくる。欠員は……うん、ゼロだ。怪我人もいないな。これだけで相手の練度の低さが見て取れるわ。


「若様、敵の野盗団は人数が三十人ほどでした。散らばっている斥候を含めればもう五人ほど増えると思われます」

「一キロほど離れた森の中に拠点を構えていました。防衛設備はなし。あくまで寝泊りするための小屋です。周辺に兵を伏せられる地形は見当たりませんでした」

「敵の装備は確認できた限りでは不揃いで、中には防具すらない者もいました。農民崩れと思われます」


 情報も必要な物が集まったようだ。これだけ情報が集まるってことは本当に練度が低い、か。斥候を出すだけの頭はあるようだが、斥候も獲物が街道を通るのを見張るだけって感じがする。


(オレア教が色々頑張っているはずなのに、こうして野盗が出るんだよな……いや、どんな世界だろうと真面目に生きられない、暴力を頼りにして生きる者はいる、か)


 この世界では領主ともなると悪政を敷くような無能は見たことがないし、農民だろうとだいぶ生きやすいはずなんだが。ただ、『魔王の影』が暗躍していることもあるし、こうして野盗が生まれるのも仕方ないか。


 そんなことを考えていると、残り半分の斥候が馬に乗って戻ってくる。街道の先を進ませて何か問題がないかを確認させている者達だ。


「若様、街道の先に武装集団を発見しました。旗を確認したところこの土地の貴族の家紋だったため接触しましたが、どうやら野盗討伐に来た模様です。数は五十名ほどでした」

「この時期だから街道の巡回をしていたのか? 相手側から何か要望は?」

「できるならば加勢をしてほしい、との申し出がありました」


 人数差で考えると二倍には届かないし、加勢が欲しいのも当然っちゃ当然か。


「こっちは学園への入学が控えているんだがな……仕方ない、やるか」


 モンスター相手の実戦はダンジョンに行けばできるけど、人間相手の実戦はこうして野盗でも見つけないと無理だからな。放置すると民に迷惑がかかるし、うん、仕方ないな。


「相手側に伝令。加勢の件、承知した。こちらがかき回すから包囲を頼む、と」

「はっ!」


 俺の命令に斥候がすぐさま動き出す。それを見送った俺は武器や防具の確認を手早く行うと、ナズナへ視線を向けた。


「防御は任せるぞ、ナズナ」

「はい、お任せください!」


 なまじ武名があると、こういう時に無視して進むわけにもいかない。それでも、これも良い修行の機会だと思えるようになったのは良いことなのか悪いことなのか。


 俺は小さく首を傾げつつも、斥候が見つけたという野盗団の拠点へと馬首を向ける。


 そして先頭を切って突撃して剣を振るうことしばし。こちらの手勢に被害を出すことなく野盗団を蹴散らして現地の領主軍に引き渡すと、王都への旅を再開するのだった。

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この時期は王都に向かう貴族の子女が多いことから野盗の活動も活発になり、街道の危険性が増すことになるからだ。 夏休み自由研究、野盗の生態観察(標本付き) ランドウ先生を伏せた状態で単独行動しても釣…
悪政でもなく生活苦でもないのに野盗が湧くのか。 兵に殺されるリスクを上回る実入りがあるのでしょうか。 次回あたりモリオン合流?ナズナとの相性が悪そうな印象。 存分にミナトの胃を痛めつけて欲しい。
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