第104話:たしかな成長
倒したケルベロスが起き上がってくるようなことはなく、他のモンスターが乱入してくるようなこともなく。戦闘を終えた俺は剣に付いた血や脂を取り除きつつ、これからのことを思う。
ポーションで治したが、五体満足での勝利だ。魔力は大部分を消耗してしまったが戦闘不能というわけではなく、中級モンスターぐらいなら相手にできる余力が残っている。たしかな成長が感じられる勝利だった。
「えっと……若様? これからどうすれば……」
「ああ……そうだな。倒した証拠を確保しないといけない……か?」
ナズナからの問いかけにそう答え、どうしたものかと首を傾げる。ケルベロスを倒した証として何を持ち帰ればいいのやら……首? それとも耳ぐらいで大丈夫か?
「その必要はねえ――お前達の成長、たしかに見せてもらった」
そんなことを考えていると、不意にそんな声が聞こえた。そして音も気配もなく、木々の隙間からランドウ先生が姿を見せる。
(……やっぱり、ついてきてたのか)
予想したことではあったが、まったく気配が感じ取れなかった。ケルベロス相手に己の成長を実感したが、まだまだランドウ先生には敵わないということなのだろう。
「出てきて良かったんですか? こういう時って帰るまでが遠足ですよね?」
「別に構わねえよ。きちんと余力を残しているしな」
そう言いつつ、ランドウ先生が近付いてくる。そして俺の前に立つと、真っすぐな視線を向けてきた。
「『一の払い』はほぼ完璧に身に付いたな。魔力と意識を集中させる時間がもっと短くなれば上出来だが……それはこれからの慣れ次第だ。精進しろ」
「はい!」
「『三の突き』に関してはまだまだだが、習得の手応えは掴めたな? ここから徐々に完成度を上げていけ。いいな?」
「はい!」
俺が背筋を伸ばして元気よく返事をする。するとランドウ先生は僅かに視線を彷徨わせたあと、俺の頭に右手を置いた。
「それとまあ、なんだ……よくやったな」
そう言って撫でる、というよりはグシャグシャと俺の頭を揺らす。先生らしくも珍しい、直接的な褒め方だった。
「……ありがとう、ございます」
それはくすぐったくも、どこか嬉しく。俺は笑いながら頷く。
「あとは……嬢ちゃん」
「な、なんですか?」
俺の頭をひとしきり撫でてから、ランドウ先生がナズナへと視線を向けた。ナズナは俺の頭を撫でるランドウ先生をどこか不満そうに見ていたが、声をかけられて警戒したように返事をする。
「お前さんの在り方も見せてもらった。防御特化……ミナトを守ることだけを意識したような『召喚器』を見れば、お前さんが何をどう想っているのかもおおよそ見当がつく」
「っ……」
「別にそれが悪いとは言わねえよ。いきすぎなければ問題もねえ。ま、それは何事にも言えることだがな」
僅かに息を呑んだナズナに対し、ランドウ先生は苦笑しながら言う。
「とりあえずは合格だ……だが、在り方を損なうなよ」
「えっ……あ、は、はい!」
ランドウの言葉が何を意味しているのか、僅かな間をおいて理解したと思しきナズナ。そんなナズナが元気よく返事をするのを見て、俺も密かに安堵のため息を吐く。
(良かった……『花コン』が始まるのにメインキャラが欠けている、なんて事態は避けられそうだ……)
『花コン』が始まるまでまだ二年ほどあるが、とりあえず原作崩壊は免れそうだ。いやまあ、現時点でだいぶ崩壊しているけども。
悪役にもライバルにもなれない噛ませ犬だったはずの俺が、上級モンスター相手に剣を振って倒しているんだからまったくの別人といえるだろう。ナズナも『召喚器』自体が別物になっているし……うん、やっぱり『花コン』が始まってからの俺の行動次第か。
だけどまあ、今は。
(さすがに少し、疲れたな)
ナズナを連れて大規模ダンジョンの中を進み、中級モンスターを何体も倒し、上級モンスターであるケルベロスを倒す。時間にすれば一日にも満たない短い時間だったが、さすがに肉体的にも精神的にも疲れた。
それでも、握り締めた拳にはたしかな達成感があって。『三の突き』に関しては完全には成功しなかったものの、また一つ強くなれたという実感があった。
「お前らが仕留めたモンスターについては、いつも通り冒険者が回収する。今日のところはこのまま帰るぞ」
「わかりました」
どうやら疲れていることを見抜かれたらしい。このまま駐屯地に戻るという提案が、今ばかりはありがたかった。
さて、駐屯地に戻り、ささやかながら試験の合格を祝って飲み食いして、一晩ぐっすりと眠ったらサンデュークの屋敷に帰ることとなった。
ランドウ先生曰く、修行が一区切りついたら屋敷に戻ってくるようレオンさんから言われていたらしい。たしかに何かしらの区切りを設けないと中々帰ろうと思えないため、丁度良い機会だろう。
フェリクス達に挨拶をしてから馬に乗り、駐屯地を出発。途中で一泊して翌日の午後にはサンデュークの屋敷へと戻ってくることができた。
「おう、戻ったぞレオン。これは土産だ」
そう言って、出迎えたレオンさんにポーション類が入ったバッグを渡すランドウ先生。俺だけでなくランドウ先生も宝箱を見つけては中身を回収していたため、けっこうな数のポーションが集まったのだ。
そして、ランドウ先生に稽古をつけてもらっていた俺だが、当然ながらランドウ先生は自身の訓練や目的に関して手を抜くことはない。俺が駐屯地で休んでいる間に大規模ダンジョンを駆け巡り、モンスター相手に剣を振るい続けていた。
その結果、ポーション類だけでなくいくつかの『召喚器』も見つけたようだが……どれもランドウ先生が求めるものではなく、キッカの国の人間の物と思しき『召喚器』は伝手を使ってキッカの国へ送り、他の物は商人を通じて売り払っていた。
使えそうな物があれば俺にくれるとのことだったが、どれもこれもいまいちピンとこず、おそらくは相性が悪いのだろうと判断して断っている。『瞬伐悠剣』みたいに力を貸してくれるぐらい相性が良い『召喚器』は珍しいのだろう。
そんなわけでレオンさんへの土産はポーション類という、ある意味いつもと変わらない代物になったのだ。
「まったく、お前ときたら……いつも通りすぎて逆に安心するよ」
レオンさんはそんなランドウ先生に苦笑を零し、それから俺へと視線を向ける。そして僅かに目を見開いた。
「これはまた……強くなったな、ミナト……いや、何があればこうなるんだ? ランドウ、お前どんな試験を課した?」
「上級モンスターを狩らせた。今回は運良くケルベロスだったぞ」
「運、良く? いや、お前……上級モンスターって……」
呆れたようにランドウ先生を見るレオンさん。正気か? と言わんばかりに視線を向けているが……間違いなく正気ですよ、父さん。
「はぁ……いや、こうして無事に帰ってきたんだし、試験も合格したんだろう? さすがに上級モンスターは予想外だったが……」
そう言いつつ、レオンさんは視線をずらしてナズナを見る。その視線を受けたナズナは緊張した様子で背筋を伸ばした。
「嬢ちゃん、盾を見せてやれ。レオンならそれでわかるはずだ」
「は、はい」
ランドウ先生の言葉に頷き、ナズナが盾の『召喚器』を発現する。見せろと言われて数秒とかけずに盾を発現してみせたナズナに対し、レオンさんは眉間にしわを寄せ、呆れた様子で何故か俺を見た。
「ミナト……お前……」
「え? ちょ、なんで俺を見るんですか?」
なんで俺が何かをやらかしたみたいな目で見るんですかね。俺がそんな抗議を込めて視線を返すと、レオンさんはため息を一つ吐いてからナズナと目を合わせる。
「ナズナ、その盾の『召喚器』……何を想って発現したんだい?」
そう問いかけつつ、レオンさんはナズナの盾の『召喚器』を……正確には盾を構える右手とは反対側、左手の小指付近を見ながら尋ねる。そこに何があるか? 俺が渡した『俊足の指輪』だ。
「このいただいた指輪にかけて、若様を守り抜いてみせる……そう誓いました」
「…………そうか」
僅かに間を置いて、もう一度、そうかと呟くレオンさん。おかしい、何も言われていないのに責められている気がする……うん、責められているんだよな、これ。
レオンさんが俺を手招きしながら歩き出したため、それを追って歩いていく。そしてナズナとランドウ先生から距離を取ると、小声で俺に話しかけてくる。
「ミナト?」
「待ってください父さん、誤解です。あの指輪は俺もランドウ先生も使い道がなかったので、売り払うのも勿体ないと思ってナズナに渡しただけなんです」
婚約者候補が別にいるのに異性に指輪を渡しているのだ。そりゃ父親としては気になるよね、と思いながら弁明する。
「いいかいミナト、たしかに私情を利用して家臣を統率するという手法もある……が、それは不安定だし、父親としても領主としても推奨したくない。その理由はわかるな?」
「わかりますから勘弁してください。俺としても誘導されたというか、本当、ナズナを弄ぶとかそういう気持ちは微塵もないんですから」
俺がそう言うと、レオンさんは僅かに眉を寄せる。
「誘導? つまり、またリンネとやらの干渉があったと?」
「誘導って言葉だけで通じるの、逆に怖いですよ父さん……」
話が通じすぎるレオンさんに戦慄しつつ、俺は何があったか簡単に伝える。一度サンデュークの屋敷に帰還していたが、その際はレオンさんが所用で外出していて会えず、報告できなかったのだ。
「なるほど……誘導に従って『俊足の指輪』を渡したらナズナが盾の『召喚器』を発現した、と……」
話を聞いたレオンさんは思案するように呟く。俺としても驚きの出来事だったが、レオンさんはどのように捉えるのか。
「ただの偶然か、何か意図があってのことか……いや、意図があるな。ただ、『魔王の影』がそんなことをして何になるのか、という疑問を解消するには情報が足りない、か……」
リンネの干渉があったと仮定した場合、さすがのレオンさんでも明確な答えが出せないらしい。俺としてもナズナに盾の『召喚器』を発現させて何になるのか、という点がわからないため答えを導き出せなかった。
「まあ、言いたいこともわかった。ただ、ナズナの変化と成長についてはミナト、お前の影響が大きかったのは事実だろう?」
「……否定はしません」
さすがにこれで俺の影響はなかった、あってもごく僅かだった、なんてことは言えない。そのため頷きを返すと、レオンさんは腕組みをしてから大きく息を吐く。
「お前を守るために盾の『召喚器』を発現させた……『召喚器』は魂の具現と教えただろう? つまり、ナズナにとってお前を守ることがそれだけ大きく、重いということだ」
呆れたような口調だったが、やれやれと、仕方ないな、と言わんばかりにレオンさんが頷く。
「ランドウも合格を出したんだろう? 俺としてもそこまでの在り方を見せられたら不合格とは言えん。ウィリアムも認めるだろう」
帰ってくるタイミングが悪かったのか、ウィリアムは騎士団長としての仕事を行うべく遠出しているらしい。そのため後々の報告になるが、とレオンさんは言う。
そしてそれは、正式にナズナが俺の傍付きに復帰できるということでもあった。
(よし、これで元通り……ってわけじゃないけど、とにかく、『花コン』が始められる)
無事に元の場所まで戻ってこられたと俺は内心だけで安堵する。本当、この状態に戻ってくるだけで大変だったよ……。
俺はレオンさんの気が変わる前に、とナズナへ声をかける。
「ナズナ、今しがた父上と話をしたが、今回の件を以て正式に俺の従者に復帰してもらうことになった。いいな?」
「あ――はいっ! もちろんです!」
俺の言葉を聞いたナズナは一瞬呆けたように目を見開き、続いて喜びを爆発させたように大きく頷く。俺はそんなナズナの様子に頷くと、ランドウ先生の元へと歩み寄って頭を下げた。
「ランドウ先生……大変お世話になりました。おかげさまで少しは強くなれたと思います」
いつもランドウ先生には感謝しているが、今回の件はこちらから言い出したことだ。そのため深々と頭を下げると、頭上からランドウ先生の声が降ってくる。
「何を言ってんだ? 一区切りついたといってもこれで終わりじゃねえ。王立学園とやらの入学までまだまだ時間があるだろ? 今回身に着けたことは反復練習して体に馴染ませろ。馴染んだら実戦としてまた大規模ダンジョンに行くからな」
「あ、はい、そうですね。頑張ります」
すごい、感謝の言葉を伝えたらいつも通りすぎることを言われた。でもこれでこそ、と思っている俺もいるわ。
(でも、そうか……まだまだ強くなれるのか……)
俺としてはだいぶ強くなったつもりだが、ランドウ先生から見れば強くなる余地がまだまだあるらしい。これまでのように順調に成長できるかはわからないが、訓練を続けていけば少しずつだろうと強くなれるのだろう。
これからも驕らず、過信せず、一歩一歩前に進んで行こう……うん、過信したらランドウ先生が容赦なく粉砕してくれるだろうから、そんな過信を抱く余裕はないだろうけどさ。
『花コン』が始まるまで、あと二年。
その間に少しでも強くなろうと思い――あっという間に二年という年月が流れていくのだった。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
これにて4章は終了となります。次の章から王立学園での物語になります。学園モノなのに入学まで4章(100話ちょっと)かかりました。
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それでは、こんな拙作ではありますが5章以降もお付き合いいただければ幸いに思います。