第103話:試験 その4
ナズナが盾の『召喚器』の力を発揮してみせた。
それを見た俺は思わず笑ってしまう。
(見た感じ、中級魔法を防げる強度はあった……さすがに二発連続で受け止めるのは無理だったみたいだけど、単発の『火砕砲』なら十分防げそうだな。おそらくは『活性』でコレってことは、『掌握』や『顕現』に至ればどうなるか……)
能力的に、おそらくは上級の『召喚器』になるのだろう。『掌握』や『顕現』に至った際の能力次第では最上級もあり得る。『花コン』で使っていた『召喚器』は中級だったんだけど、一体何が影響したのやら。
俺が使っている『瞬伐悠剣』は元々他人の『召喚器』だからか、能力を開放しても今以上の効果を見込めるかわからない。『顕現』に至れば多少は効果が見込めるんだろうけど、自分自身が生み出した『召喚器』と比べればさすがに劣ってしまう。
まあ、それでも助かる。すごく助かっている。本の『召喚器』は名前も教えてくれないし、能力は『瞬伐悠剣』と似たような感じだし……味方の魔法でバフを盛れるんだから、本の『召喚器』の能力は身体強化以外が望ましいけど、どうなることやら。
『グウゥゥ……グルルルルル……』
『火炎旋封』に加えて二発の『火砕砲』まで防がれたからか、ケルベロスが警戒するような唸り声を上げた。距離を開けたままで間合いを測るような素振りを見せているが、警戒して踏み込んでこられないのが目に見えてわかる。
その間に俺は剣帯から低品質のミストポーションを取り出し、片手でコルクを飛ばしてから地面に叩きつける。以前宝箱から入手したものだが、そろそろ使用期限も近いから使ってしまおう。
地面に叩きつけたミストポーションはそのまま蒸気となって広がり、俺とナズナを包み込む。それによってナズナはともかく、全身に火傷を負っていた俺の体は瞬く間に治癒されていく。
『ッ!?』
おそらく、ミストポーションなんて見たことがなかったのだろう。突然広がった治癒の霧にケルベロスが警戒を強めたのを見て、俺は思わず笑ってしまった。
(モンスターも驚いて怯えることがあるんだな。しかも上級のモンスターでさえ……そりゃランドウ先生が頻繁に現れる場所は避けるわけだ)
ゲームみたいに歩いていたら確率でエンカウント、なんてことは現実ではあり得ない。モンスターとはいえ野生の獣のように相手の強さ推し量り、勝てると思ったから襲ってくるのだろう。
もちろん、モンスターの中にはそこまで頭が回らず、人間を発見すれば襲い掛かるものも多い。というか中級ぐらいのモンスターまでは大抵がそうで、上級モンスターの場合は強さもあるが相応の知性もあるということだろう。
ただ、『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時みたいにダンジョン内に人工物があれば率先して襲ってくるし、モンスターなりの優先順位が存在するのだろうが。
「若様、これからどう動きましょうか?」
ケルベロスを見つつ、ナズナが尋ねてくる。その表情には先ほどまでは存在しなかった自信のような物が見て取れるが……おそらく、二発目は無理だったとはいえ『火砕砲』を防ぎきれるだけの能力が自身の盾にあるとわかったからだろう。
実際、中級の攻撃魔法は直撃を許せば複数の人間を殺せる威力がある。『火砕砲』も巨大な炎の砲弾だが、着弾すれば爆発して大勢を巻き込むのだ。そんな威力の魔法を防ぎきれたとなれば、自信がつくのも当然だろう。
(へえ……中級モンスターと戦った時よりも良い顔になったな。今度こそ本当に一皮剝けたか)
自信や自覚というのは厄介なものだ。目には見えないし、性格によっては中々身につかないし、場合によっては過信になったりもする。
適度かつ適切な自信、自覚を得られたというのは大きい。そして根底にしっかりとした土台ができれば戦闘でも迷わないし、自身の力を振るう際にも正確な判断ができるようになる。
要は、訓練で培ってきた実力を発揮するために必要となる要素だ。緊張や不安、焦りによって発揮できなかった実力の全てを発揮できるようになるのだ。
(俺は初陣直後にしばらく意識が飛んでたし、ゲラルドもなんか浮かれてたんだけど……モリオンといいアレクといいナズナといい、『花コン』のメインキャラはいざとなったら本番に強すぎるな)
例外はカリンぐらいか。でもカリンも戦闘訓練を受けていない割に取り乱していなかったし、自分にできることとして俺に援護魔法をかけてきた。十分に天才側の人間だろう。
(ま、ないものねだりをしても仕方ねえわな)
苦笑を一つ零して浮かんだ考えを飲み込み、ナズナの質問への解答を思案する。
必要なのはケルベロスの倒し方だが……。
「『火球』と『火砕砲』はナズナに任せる。『火炎旋封』は撃つのに時間がかかるみたいだし、撃たせないようにする。それでも撃ってくるなら俺がどうにかする……うん、それだけだな」
ボスモンスター化したデュラハンを倒した時みたいな搦め手はいらない。試験として真っ向から斬り伏せる。それを可能とするだけの訓練は積んできたのだ。
今はまだ、一対一で勝てるかどうか。ナズナに防御を任せてやや有利程度。それならば勝てる。いや――勝つ。
「俺の背中についてこい!」
「っ……はい!」
ナズナに声をかけて、一気に駆け出す。ミストポーションで火傷は治ったし、魔力は多少減っているが意気軒昂。気合いも十分にケルベロスへと挑みかかる。
『ガアアアアアァァッ!』
ケルベロスが咆哮し、三つの頭が口を開いて魔法を発動する。『火炎旋封』のような威力重視ではなく、手数を優先した『火球』の連射だ。三つの頭から同時に、あるいはタイミングがズレて放たれる様は機関銃のようだ。
「防ぎます!」
ナズナが盾をかざし、再びバリアを展開する。『火球』とはいえ連射されればどうなるか、と僅かに危惧したがナズナの盾は揺らがず、飛んできた『火球』を次から次へと防いでいく。
『グルァァッ!』
それを見たケルベロスが僅かな間を置き、『火球』から『火砕砲』へと切り替える。たしかに『火砕砲』を連射されれば二発で突破されるが――。
「それはもう見たぞ」
放たれた『火砕砲』へ『一の払い』を叩きつけ、威力を減衰する。それによって防御膜は『火砕砲』を二発受け止め、三発目で砕け散ったが相殺して霧散させた。目測と予測ピッタリだ。
「おおおぉっ!」
舞い散る火の粉と爆炎を掻き分け、一気に突撃。僅かな火傷に構わず踏み込み、剣を奔らせる。
『一の払い』を放った直後のため、『二の太刀』でも『三の突き』もどきでもない。長い間振り続けた型どおり、袈裟懸けに繰り出した斬撃がケルベロスの首を一つ刎ね飛ばす。
「もう――ひとぉつっ!」
そして、返す刃で更にもう一つの首を斬り飛ばした。それによってケルベロスは中央の首一つになったが。
『ギ――グルアアアアアアァァッ!』
痛みを堪えるようにして咆哮し、超至近距離にも関わらず『火砕砲』を発射。それは俺が時折使う『火球』での自爆のように、自身の負傷を厭わない自爆だった。
「若様っ!」
背後に跳ぶ俺と、ケルベロスとの間に滑り込んでくるナズナ。先ほど砕かれた防御膜が再び展開され、威力よりも範囲を優先した『火砕砲』での自爆を頑強な壁のように防ぎきる。
(今の内に……ちっ、退いたか)
ナズナが防いだ間に地を蹴り、前に出ようとしたがケルベロスの動きはもっと速い。首を二つ落とされて大量に出血し、激痛もあるはずだというのに瞬時に後退して距離を開けたのだ。
『グ……ル、ゥ……ッ!』
開いた距離は二十メートル程度。ケルベロスは僅かに、逃げるような素振りを見せた。しかし傷が深くて逃げられない、あるいは逃げても命を落とすと悟ったのか、俺を睨みつけながらどっしりと四肢を地面に下ろす。
ケルベロスが選んだのは、魔法による攻撃だった。それも『火炎旋封』による真っ向勝負で、大きく口を開いて魔力を集中させていく。
「若様、わたしが防ぐので威力を削いで」
「いや、いい。ナズナは下がっててくれ」
それを見た俺は言葉を途中で遮り、ナズナの前に立つ。このまま戦い続ければこちらの勝ちだが、ケルベロスは命が尽き果てる前にこちらを殺そうと全力を尽くしている。
だからこそ、真っ向から打ち破るのだ。
「しかし若様」
「ナズナ」
なおも言い募ろうとするナズナに対し、俺はその名前を読んだ。いっそ穏やかに、静かに語りかけるように。
「思った以上に君の成長を見れた。ああ、その点に関しては俺も満足だよ」
「……若様?」
修行の旅に出る前、久しぶりに再会した時は何やら思い詰めていたし、髪をバッサリと切っていたし、白いリボンが『花コン』と同じ位置に移動していたし、大丈夫かと心配になった。
だけどこうして成長した姿を見て、杞憂だったかな、と思う。まだまだ未熟な部分も多いけれど、以前と比べるとたしかな成長が感じられた。
「だから、俺も成長しないとな」
ランドウ先生と修行をして、以前より強くなった実感がある。だけどランドウ先生の言う通り、俺も一皮剝けなければならない。
初陣をこなした後、『王国北部ダンジョン異常成長事件』を乗り切った後、強く成長を実感できたものだ。だが、今の俺にはそれがない。成長はしたが、それを強く実感することができていない。
ある程度強くなったからこそ、一皮剥けるのも大変なのかもしれないな、なんて思う。ゲームでたとえるとレベルアップに多くの経験値が必要となったような、そんな感覚があった。
命を燃やして魔力を集中するケルベロスを前に、俺も剣を構えて魔力を込めていく。するとナズナから焦ったような気配が感じ取れたため、俺は意識して笑ってみせた。
「見ていてくれ、ナズナ。アレは俺が超えるべき壁で、今からやるのは修行の集大成だ。俺が君の主だと、主に相応しい存在だというところを見ていてくれ」
「ぁ……は、はいっ!」
貴族の嫡男としては間違った在り方かもしれない。だが、今の俺は一人の剣士だ。ランドウ=スギイシの一番弟子だ。これから先、『花コン』が始まった時に戦い抜けるようにと鍛えてきたのだ。
「――撃ってこい、ケルベロス」
そう呟き、剣を大上段に構える。斬撃を飛ばして威力を減衰するなんて真似はしない。ランドウ先生が俺に見せてくれた方法でなく、その背中に少しでも追い付くために剣を構える。
本来は、こうして戦闘中に向き合ってよーいドンみたいな戦いは起こり得ないだろう。だが、死にかけのケルベロスと真っ向勝負を望む俺という条件が噛み合い、互いに一撃必殺に懸ける。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッ!』
ケルベロスが咆哮する。残った生命の全てを絞り出すように、せめて眼前の敵だけは道連れにするといわんばかりに、大気を震わせるほどに咆哮する。
そして一撃目の時以上に巨大で、熱量を蓄えた炎の渦が発射された。
「――――」
鋭く息を吐き、『瞬伐悠剣』の力を借りたまま前へ。音を置き去りにするように駆け、膝や足首が砕けないギリギリのところを見極めて全力で踏み込む。
スギイシ流――『一の払い』。
大上段に構えた剣を振り下ろし、俺を飲み込まんとする炎の渦へと真っ向から挑みかかる。手数ではなく、一撃の威力によって上級魔法を両断しようと試みる。
炎に実体はないはずだというのに、振り下ろした剣越しにしっかりとした手応えが返ってきた。魔力を乗せた刃が『火炎旋封』を構成する魔力を断ち切っていく手応えだ。
しかし拮抗は一瞬で、俺の全力に『瞬伐悠剣』の刃が応えてくれる。振るった刃が力を増し、真っ向から炎の渦を両断していく。
そこに音はなく、ただ、望んだ通りに斬ることができた手応えだけがあって。
両断した炎の渦を突き抜け、更に前へと駆け、魔法を撃ったことで限界だったのか今にも倒れそうなケルベロスの懐、その一歩手前へと踏み込む。
『ッ!』
そんな俺の姿に触発されたのか、今にも消えそうだったケルベロスの瞳にたしかな意思が宿った。俺を仕留めるという殺気であり、闘志がしっかりと。
距離が近すぎたためか、ケルベロスは反射的に前肢を持ち上げていた。残った首一つで噛みつくのではなく、殴り殺そうと前肢を持ち上げた――持ち上げてしまった。
微妙に開けた間合いの分、退くのではなく殴ることを選択したのだろう。そう誘導した俺は更に一歩、前に踏み込んだ。
切っ先を構え、踏み込んだ勢いと重心の移動を乗せ、ただ真っすぐに突く。
スギイシ流『三の突き』――もどき。
狙いは違わず、しかし望んだ効果は得られず。以前見たランドウ先生みたいに、一撃を以て即死とはいかなかった。
前肢を持ち上げたことでがら空きになったケルベロスの心臓を貫いた俺は、剣を通してその体から力が抜けたのを感じ取る。
頭が一つ残っているため危険だったが、既に二つの頭を斬り飛ばし、真っ向勝負で放った『火炎旋封』も斬られ、心臓を破壊されればさすがに限界だったのだろう。
「チッ……締まらねえなぁ」
死んだふりではなく確実に死んだことを確認した俺は剣を引き抜き、そう呟く。
上級魔法を一太刀で斬れたのは成長といえたが、全力を出せるよう集中する時間があってのことだ。そして最後の『三の突き』は完成にはまだ遠く、理想には届かない。
それでも口に出した言葉とは裏腹に、たしかな手応えを感じ取った俺は静かに拳を握り締めるのだった。