第102話:試験 その3
上級モンスター――ケルベロス。
それは『花コン』だけでなく、様々なゲームで知られた存在だろう。さすがにドラゴンほど有名ではないが、ゲームや漫画にはよく登場する存在だと思う。
『花コン』においては獣系の上級モンスターということで上級魔法を使うし、ドラゴンには劣るが高水準でバランスが良いステータスをしている。
つまりは以前戦ったボスモンスターのデュラハンと似たような手合いだ。違いがあるとすれば人型でも騎兵でもなく、見たままに獣だということか。
そして、ゲームの『花コン』では起こり得ず、現実だからこそ起きた違いが一つある。
こちらに向かって炎を吐き出す三つ首――そう、三つ首だ。
それぞれドーベルマンを凶悪にしたような顔で口を開き、それぞれが魔法を撃ってきたのだ。
俺は剣に魔力を通し、飛来する『火球』を『一の払い』で両断し、続いて飛んできた『火砕砲』は飛ぶ斬撃を二回重ねて減衰してから両断。最後に飛んできた『火球』も両断して霧散させ、大きく息を吐く。
(初手から『火炎旋封』じゃなくて助かった……消耗するMPを考えると気軽に撃てるもんじゃないけど、撃たれたらこっちも『一の払い』を連射しまくらないと対抗できそうにないからな)
一応は飛ぶ斬撃の『一の払い』も使えるようになったが、ランドウ先生と比べると射程が短いから重ねるにも限度がある。もっと長い射程で使えれば楽に無効化できるのだが、今はまだ、至近距離で斬ることしかできなかった。
「どうだナズナ、『火球』なら盾で防げそうか?」
警戒した様子で近付いてくるケルベロスを注視しつつ、ナズナに尋ねる。火事になると後々こちらが不利になると思って無効化したが、俺とケルベロスを比べると最大MPで負けてしまう。一応ダンジョンで見つけた低品質のマジックポーションが一本あるが、それだけでは足りないだろう。
ナズナが盾で防げるのならそれに越したことはない。訓練では下級の魔法なら防げたが、実戦でどうなるか不安で尋ねたのだが。
「え? ほ、本当? あ、はい! 『火球』なら問題なく防げる……みたいです!」
ナズナは自分の盾に視線を落とし、会話するような仕草を見せてから頷く。もしかして今、自分の『召喚器』と話してなかったか?
「盾からそんな感覚が……と、とにかく大丈夫だと思います!」
「…………」
俺は『瞬伐悠剣』の方はともかく、自分自身の『召喚器』である本からは何も感じないんだが……そんな俺と比べ、ナズナは『召喚器』を発現して数ヶ月で感覚的なつながりが理解できたらしい。
(いやはや……これも才能の差ってやつかねぇ)
思わず苦笑を一つ零し、剣を構え直す。うちの『召喚器』と交換してほしいぐらい素直な『召喚器』で羨ましい限りだ。身体能力の強化は助かっているけどさ。
「それじゃあ『火球』は頼む。それ以上の魔法は俺が防ぐか回避だ」
「はいっ!」
ナズナの力強い返事を聞きつつ、俺は前に出る。向かってくるケルベロスは体高が二メートル程度で、そこから三つの首が伸びているため実質三メートルほどの高さがあった。首は一つ一つが太く、獣らしい分厚い筋肉が見て取れる。
(魔法を三ヶ所から撃つだけじゃなく、噛みつきにも注意しないとな)
首が多いということは、それだけ手数も増えるということだ。
ケルベロスに関してはランドウ先生が戦っているところは何度も見たことがあった。ただし戦っているのがランドウ先生のため参考になるかというと怪しいところで、ケルベロスの戦闘方法がわかっている分、こちらが有利になるかどうか。
『オオオオオオオオオオオオオォォォッ!』
駆け寄りつつ、こちらを威嚇するように咆哮するケルベロス。その咆哮は大気を揺らし、俺の肌をビリビリと震わせる。
「ハハッ……プレッシャーがきっついなぁオイ!」
上級モンスターが放つ威圧感に抗うよう、意識して笑い、声に出して吠える。
「剣よ! 悠敵を瞬く間に伐るための力をこの身に宿せ!」
出し惜しみはなしだ。最初から全力にして全速。握った剣の柄を握り締め、その名を叫ぶ。
「――『瞬伐悠剣』!」
一気に加速し、ケルベロスとの間合いを詰めた。それによってこちらを見失ったケルベロスの首を落とすべく剣閃を奔らせ――唸りながら振るわれた首が鞭のようにしなり、ケルベロスの牙とこちらの刃がぶつかりあって火花を散らす。
鉤爪ならまだしも牙をぶつけてくるとは……さすがは上級モンスターってことか。大した動体視力だ。
『瞬伐悠剣』の能力によって、速度は互角か俺の方がやや優勢。力は体格差が大きすぎて勝ちようがない。それでも、力で負けていようと『瞬伐悠剣』の鋭い切れ味なら当たれば勝てるといったところか。
「っ!? おっとぉっ!?」
首から先、頭が三つあるということはそれぞれ脳が独立しているのか、それともどれか一つが本体なのか。三つの頭がそれぞれ噛みつこうと動きつつ、前肢も振るわれて鉤爪が飛んでくる。
それはケルベロス一匹による連携攻撃か、波状攻撃か。次から次へと放たれる噛みつきと鉤爪を剣で弾き、逸らし、時には足捌きだけで回避し、至近距離で斬り結ぶ。
牙を弾く際に歯茎や口周りを多少なり斬っているはずだが、それに構わず噛みつこうとしてくるあたり戦意が非常に高いのだろう。回復魔法は使えなかったはずだから、自身の負傷に無頓着なのかもしれない。
(こっちは少しの怪我でも影響が大きいっていうのに!)
ケルベロスほどではないが俺も無傷とはいかず、僅かながらに手傷が増えつつあった。今のところは戦闘に支障が出るほどではないが、痛みと出血が地味に煩わしい。いつも思うことだが、無傷で切り抜けるランドウ先生はどんな技量をしているんだろうな、なんて。
「若様っ!」
僅かな合間を突いてケルベロスが超至近距離から『火球』を発射してくる――が、それに気付いていたのかナズナが滑り込むようにして割り込み、盾をかざして『火球』を防ぎきる。
「よくやった!」
ナズナの側頭部を狙って繰り出される前肢を剣で弾いて上方へ逸らし、立ち位置を変更。ナズナを背中に庇いつつケルベロスの攻撃を再び弾いていく。
『ガアァッ!』
このままでは埒が明かないと思ったのか、ケルベロスが一気に後方へと跳んだ。それを見た俺は追うべきか迷ったがすぐに断念し、距離を稼がれている間に低品質の回復ポーションを一本飲み干す。
(さすがは上級モンスター……速いし硬いし重いな)
今のところ互角だが、相手は獣らしくスタミナも万全といった様子だ。僅かとはいえ負わせた傷を痛がる素振りも見せず、三十メートルほど距離を取ってから威嚇するように唸り声を上げている。
(逃げる様子はない、と。助かるけどな)
ケルベロスと視線をぶつけ合い、僅かに荒れた呼吸を整えていく。そしてそれと同時に思う。おそらくだけど、ランドウ先生が試験の相手として想定していたのはケルベロスだろうな、と。
ドラゴン系モンスターも上級だが、ケルベロスよりも更に手強い。なにせ体格差がケルベロス以上にあり、ステータスも全体的にケルベロスより上だからだ。
今、ケルベロスと戦っている手応えはやや優勢寄りの互角。ナズナの防御込みで考えると……その後のカバーが必要だから変わらんか。『瞬伐悠剣』の分を差し引けば完全に互角になりそうだが……兎にも角にも、試験としては真っ当かつ丁度良い強さの相手だと感じていた。
(つまり、今の俺の強さは実測でケルベロス程度……強いは強いけど、本当の強者と戦えば一蹴されるレベルってことか)
これでドラゴンが相手だったら俺の方が劣勢で、辛うじて勝負にはなるといったところか。半年前ならどの程度だったんだろうな?
そんなことを考えていると、ケルベロスが徐々に魔力を集中させているのに気付いた。そのため意識を集中させ、手に握る剣へ魔力を込めていく。
火属性の中級魔法の『火砕砲』か、上級魔法の『火炎旋封』か。タメの長さから考えると『火炎旋封』の方だな。
(……これも試験の内、か)
これまで体験したことがある攻撃用の上級魔法はデュラハンが使った『致死暗澹』のみ。あの時はモリオンに中級魔法を撃ってもらい、威力を減衰した上で『一の払い』で直接斬って乗り切ったが……ステータスから考えると今回の方が威力が高いだろう。
そして、ランドウ先生のことだ。この程度は真正面から切り抜けてみせろ、という言外の意図を感じる。俺の思い違いかもしれないけど、師匠の弟子ならこのくらいできるだろ? なんて声が脳裏に過ぎるのだ。
「まったく……自分で勝手に自分を追い込んでるだけ、なのかね」
剣の柄を握り直し、腰を落としてどっしりと構える。撃つなら撃てと、そう挑発するように。
ランドウ先生は『火炎旋封』を斬ったと語っていたし、実際に斬るところも見た。それならば、まったく同じというわけにはいかないが俺にも斬れるはずだ。
これは実戦であり、試験だ。ランドウ先生は上級モンスターを倒してこいと言ったが、コカトリスを除外しての話である。つまり、既に斬っているものに価値はないということだろう。
上級モンスターに勝つことは前提で、それ以上のものを掴まなければならない。
ケルベロスの口内で炎が渦巻くのが見える。こちらが追撃をしないのをいいことに、しっかりと魔力を込めているのが感じ取れる。普通の戦闘なら起こり得ない、十分以上に魔力を込めての魔法の行使だ。
「さあ……撃ってこいよ」
俺も準備を整え、挑発するように、引き金を引くように言う。するとその言葉を理解したわけでもないだろうが、ケルベロスから放たれる殺気が大きく膨らんだ。
火属性の上級魔法――『火炎旋封』。
煌々と輝く炎が渦を巻き、剣を構えた俺目掛けて一気に発射された。
迫りくる炎は水分を多く含む人体だろうと瞬く間に燃やし尽くしそうな迫力があり、三十メートルほどあった距離を瞬く間に突破してくる。
「オオォッ!」
応じるように短く、鋭く声と呼気を吐き、両手で握った『瞬伐悠剣』を振るう。
スギイシ流――『一の払い』。
ランドウ先生に教わった『一の払い』において、相手の魔法を斬る際は威力か手数かで斬り方が変わる。一太刀で魔力の結合を複数両断するような威力で斬るか、複数の斬撃で両断していくかの二択だ。
『火炎旋封』に対し、俺が選択したのは両方だった。
迫りくる炎の渦の速度を見切り、直撃までに振るえる斬撃の数を瞬時に割り出し、思考するよりも早く体を動かす。
可能な限り魔力を込め、研ぎ澄ました上で刃を飛ばすこと三度。『瞬伐悠剣』の力を用いて瞬きの間に斬撃を三つ重ね、最後の一太刀の後に上段に振りかぶる。
飛ばした斬撃によって『火炎旋封』はやや減衰。破壊には至らず、最初からそこまで都合よくいくはずがないと判断していた俺は前へと踏み込んだ。
全身全霊、今の俺が成し得る最高の『一の払い』を振り下ろし、全身を飲み込まんとする炎の渦を真っ向から両断していく。
「ッゥ!?」
ランドウ先生のようにはいかない。斬れなかった炎の残滓が俺の服や腕を焼き、焦げるような臭いと共に痛みを伝えてくる。ああ、元からわかっていたことだ。ランドウ先生のようには、いかないのだ。
「アアアアアァァッ!」
吠えるようにして、両腕に力を込める。そして炎の渦の大部分を両断し、真っ二つになった炎が俺の背後にわかれるようにして流れていく。
俺は無傷じゃない……が、少なくとも背後に庇ったナズナは無傷だった。
『火炎旋封』を斬られたことで、ケルベロスの頭の一つが驚愕したような顔をする。人間ではないため確証はないが、うん、アレは間違いなく驚いている。
そして、残った二つの頭はといえば。
「っ、マジか!?」
『火炎旋封』に続き、高まった魔力を感じ取った。その魔力の集まり具合から再度の『火炎旋封』ではないようだが、『火球』にしては強い……『火砕砲』だ。
「わたしが防ぎます!」
『火炎旋封』を斬るのに魔力をそれなりに使ってしまったが、『火砕砲』ならまだ斬れる。そう思って剣を構え直そうとした俺の前に、盾を構えたナズナが飛び込んできた。
『火球』ならともかく、『火砕砲』は防げないのではないか。そう思った矢先にケルベロスの頭の二つが口を開き、巨大な炎の砲弾を発射してくる。同時ではなく、僅かに時間差をつけての発射だ。
「お願い! 力を貸して!」
ナズナの前に出ようと思った俺だったが、その言葉を聞いて思わず足を止めていた。そしてまさか、と思った瞬間、ナズナが構えた盾を中心として半透明の膜が――バリアとしか言いようがない代物が展開された。
そして『火砕砲』がバリアに直撃し、炎を撒き散らしながらも受け止め、突破されることなく防ぎきる。だが、時間差で飛来したもう一発の『火砕砲』によってバリアが大きく揺らぎ、突破される。
「させるかよっ!」
その前に、俺が威力が減衰した『火砕砲』を『一の払い』で両断した。
元々俺の方で斬るつもりだったが――。
「まさか、だな……成長したな、ナズナ」
『掌握』までは至らなかったようだが、それでも『活性』の位階には至ったようだ。一皮剝けた、という言葉は俺よりもナズナの方が相応しいかもしれない。
(俺の試験でもあったんだがなぁ……)
そう思いながらも、ナズナの成長を喜ぶように俺は口元を笑みの形に変えるのだった。