第101話:試験 その2
ランドウ先生抜きで挑む、東の大規模ダンジョン。
ボスモンスターを討伐するわけではないし、奥深くまで足を延ばすわけではないから危険は控えめ……いや、大規模ダンジョンってだけで危険地帯だけど、入ってすぐの浅い場所なら今の俺でも対処ができる範疇だ。
『グルアアアアアアァァァッ!』
「このっ! てぇいっ!」
巨大な熊にしか見えない中級モンスター、ワイルドベアが繰り出す鉤爪を盾で器用に、時折強引に弾くナズナを横目に見つつ、俺は周囲を警戒する。
こう言っては何だが、思った以上にナズナの動きが良かった。事前に大規模ダンジョンの中で長期間訓練を重ね、この威圧的な空気に慣れていたのが良かったのか。あるいは単純にナズナの才能が優れていただけか。おっと、ナズナが努力したっていう点も忘れることはできないな。
(『花コン』のメインキャラは成長が著しいとしても、ここまで伸びるものなのか……こりゃ主人公が召喚されてくれたら期待ができるな)
思い返してみれば、モリオンも特に師事する相手がいなかったはずなのに魔法に関してあれほどの万能性と器用さがあった。アレクは言わずもがな、師事するとしたら家族ぐらいだろうけど、戦闘において非常に頼りになる。
さすがに貴族の令嬢として戦闘訓練をほとんど受けていないカリンは年齢相応、といった感じだったが、ナズナのこの成長ぶりを見ているとちょっと鍛えただけで一気に伸びそうだ。
あとはスグリも年齢に見合わぬ錬金術の腕を持っているし、まだまだこれからが伸び盛りといった感じだった。
直接的な戦闘能力なら俺も負けない……というか、ランドウ先生に長年師事している以上負けていられないといった方が正しいが、とにかく『花コン』のメインキャラにも劣らないだろうという自負がある。
しかしそれが今後も続く保証はなく、努力を重ねていってもいつかは勝てなくなる日が来るかもしれない。
(でも、俺が歯が立たないぐらい強くなってくれて、『魔王』を『消滅』させてくれるのなら……)
それならそれで良い。俺は別に最強を目指しているわけではないし、最終的な目標は『魔王』を『消滅』させること。それが無理なら可能な限り長期間『封印』することだ。
『消滅』はできればグランドエンドを目指し、グランドエンドに入れないようならオレア教と協力してメリアの力を借り、ランドウ先生の力も借りて『魔王』を『消滅』させる。ただ、これは確実性がないからちょっと厳しいか?
長期間の『封印』は条件的に割と簡単だ。アイリスのグッドエンドに入ればいい。サブキャラを除いて誰かしらのグッドエンドに入れば『封印』は可能だから難易度がだいぶ下がる。
もしくは特殊グッドエンド狙いだ。
周回している主人公なら誰とも絆を築かず、一人で『魔王』を『消滅』させる『ひとりぼっちの英雄』エンドなんてものもあったが……その後『魔王』を超える脅威だと恐れられて暗殺されるし、周回しているのならもっと良いエンディングを狙えるから他のルートだな。
(っと、いかんいかん。少し気が逸れたか)
ナズナがあまりにも予想以上の成長ぶりを見せてくれたから、捕らぬ狸の皮算用というか、将来のことを考えてしまった。
ワイルドベア相手に盾一つで渡り合っているが、勝負が付かないからさすがに体格差が響いてきている。そろそろ助けよう。
『グルルルルル……ァッ』
スギイシ流――『三の突き』もどき。
気配を消し、ワイルドベアの視界から外れて背後を取る。そして俺の意図に気付いたナズナが飛び退いた瞬間、繰り出した『瞬伐悠剣』の切っ先がワイルドベアの心臓を貫き、一撃で絶命させた。
「お見事です、若様っ!」
「いや、ナズナがコイツの気を引いてくれたおかげだ。しかしランドウ先生みたいにはいかない、か……」
一撃でワイルドベアを仕留めることができたが、ランドウ先生みたいに綺麗にくり抜いたような傷跡にはならなかった。普通に剣で突いて即死させただけである。
剣を抜いて血振るいをしてから鞘に納めるが、隙だらけの背中を刺してもこの程度の出来とは……『一の払い』と『二の太刀』はだいぶ習熟してきたものの、『三の突き』はまだまだ完成にはほど遠い。
「周囲に魔物はいないし、今の内に少し休憩を取ろう。ナズナも水分を取っておくこと。いいな?」
「はいっ」
ここまでで既に五回ほど戦闘を行っているが、今しがた倒したものを含めてワイルドベアが二匹、キマイラが一匹、グリフォンが一匹、バジリスクが一匹とナズナにとって程良い試験になっている。
ただ、魔物の種類を考えると『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時みたいにもう少しバリエーションが欲しくもあった。
それが特徴だから仕方ないが、東の大規模ダンジョンに現れるモンスターは獣系が中心である。つまり大体の場合で四足で移動し、攻撃は魔法を使うか後肢で立ち上がって前肢で殴ってくるか、あるいは噛みついてくるかと限られているのだ。
その点『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時は獣系に亜人系に軟体系、鳥系に死霊系と出現するモンスターの種類が豊富だった。強さに関しては大規模ダンジョンの方が勝るが、相手の多様さでは劣る。ナズナの強さ的にもあの時のダンジョンが適正と思えるしな。
「っ……わ、若様、アレを見てください」
休憩しつつ考え事をしていると、ナズナが不意に声を上げる。モンスターを招き寄せないよう抑えた声だったが、どことなく喜色が混ざっているように感じられた。
「ん? ああ、宝箱か」
ナズナが指さした先。そこには茂みの中に隠れるようにして宝箱が置いてあった。ナズナはキラキラとした目で俺と宝箱を交互に見るが……うん、わかるよ。宝箱ってなんかワクワクするよな。前世のお祭りで見かけた宝釣りみたいな感じでさ。
「……開けてみるか?」
ナズナの眼差しを受けて、子どものおねだりってこんな感じなのかな、なんて思いながら促す。中身が何かはわからないが、まあ、何が出ても良い想い出か経験のどちらかになるだろう。
「いいんですか? わぁ……見ててくださいね、若様! わたしが若様に合った装備アイテムを引き当ててみせますっ! 可能なら指輪で!」
そう意気込んで宝箱の方へと駆けていくナズナ。俺は笑顔でそれを見送り……『瞬伐悠剣』の柄に手をかけ、追いかけるようにして距離を詰めていく。でもナズナ? 指輪を引き当ててどうするっていうんだい? 俺は本の『召喚器』が影響しているのか効果がないんだぞ?
「いきますっ!」
ナズナは包装されたクリスマスプレゼントを開ける子どものような顔と声で、宝箱に手をかけた。
そして勢いよく宝箱を開け――宝箱から巨大な蜘蛛のような手足が飛び出て機敏にナズナから距離を取りつつ、ナズナ目掛けて黒い魔力の塊、『黒弾』を発射した。
「油断だな」
そのため『一の払い』で『黒弾』を斬り飛ばし、あけられた分の距離を詰める。続いて宝箱から伸びた手足を斬り飛ばし、落下した宝箱目掛けて剣を振り下ろした。
外見は木箱のため、相応に硬い……が、『瞬伐悠剣』の切れ味の前には硬さが足りない。横に斬ると即死しないかもしれないと考えて縦に斬ったが、やや硬質な手応えと共に両断でき、悲鳴を上げることすらなくミミックが絶命する。
「……え?」
そんな俺の行動を見て、ようやく何が起きたか理解できたのだろう。ナズナが呆けたような呟きを漏らす。
「ミミックだ。で、さっき撃ってきたのは闇属性の下級魔法で『黒弾』っていって……当たると五パーセントの確率で即死するんだ。危なかったな」
そう言いつつ俺は両断したミミックを確認する。宝箱の中には牙だらけのでかい口をした謎生物が詰まっており、剣の切っ先で刺して本当に死んでいるかを確認するが……うん、動かないし気配も消えた。しっかり死んでるな。
(しかし、コイツがミミックか……『暗殺唱』じゃなくて運が良かった、か。『暗殺唱』も斬れるけど、音で他のモンスターが寄ってきただろうしな)
宝箱の中身がミミックだった場合、倒しても旨味はない。『花コン』なら多めの経験値をくれるけど、現実には経験値を溜めてレベルアップなんてないのだ。
「ミミック……」
ナズナは呆然と……初陣としてキマイラ相手に戦った後よりも気が抜けた様子で呟いている。
もしかするとあの宝箱はミミックかもしれない、とは思った。ここまで上手くいきすぎていたため、宝箱がミミックならナズナの教育に丁度良い、と。
(ゲラルドも初陣の直後に浮かれた感じになって、クリフ相手に失言をしていたからな……兄妹らしいというか、なんというか)
これでもう、浮かれた感情は吹き飛んだだろう。そしてダンジョンの危険さを再確認し、宝箱を不用意に開けるなんてこともしなくなるはずだ。
「下手したら今ので死んでたぞ? これからは宝箱を見つけても迂闊に開けるんじゃない。いいな?」
「えっ……あ、はい。も、申し訳、ございません……」
じわじわと実感が湧いてきたのか、ナズナは視線を彷徨わせながら頭を下げてくる。
上手くいっていると思ったところでこの失敗だ。思ったより精神的なダメージが大きいのかもしれない。
(うーん……新兵の初陣ってのは大変だ……俺の初陣って割と適切な難易度だったのかもな)
ナズナと比べ、俺の初陣の容易さよ……昔は初陣の難易度が高いと思っていたが、今となっては易しかったような気がする。いや、野盗の頭目といきなり一騎打ちさせられたし、やっぱり厳しかったか?
そんなことを考えながらナズナへと近付き、ナズナの前に手をかざしてパチンと両手を打ち合わせる。するとその音でナズナが身を震わせ、焦点が合った目で俺を見てきた。
「わ、若様?」
「しっかりしろ。失敗したのなら今後活かせばいいんだ。少なくとも、宝箱を見つけても二度とあんな風に開けないだろ?」
今回は俺がカバーできる失敗だった。というか、失敗を期待していた部分があった。まさか本当に低確率のミミックを引き当てるとは思わなかったが……これも一つの経験だろう。
「上手くいくこともあれば失敗することもある。でも、失敗したことに気を付けて、二度と失敗しないようにすればできることが増えていく。そうだろ?」
一度失敗したから二度と失敗しないようにするというのは、案外難しい。失敗した直後は覚えていても、ふとした拍子に忘れて失敗を繰り返すことがあるからだ。
だが、今回の宝箱の開封については忘れようがないだろう。なにせ状況が特殊過ぎるからな。
そう思って問いかけると、ナズナは力強く頷いた。
「はいっ! 二度と不用意に宝箱を開けたりしませんっ!」
「そうだ。それでいい」
目を輝かせながら断言するナズナに、俺も頷きを返すのだった。
さて、予想外の騒ぎがあったが持ち直したナズナを見て思案する。
(ランドウ先生からは今日中にクリアしろって時間の指定はなかったな。一度帰るか、それともこのまま進むか……)
俺の方は体調も万全で、魔力もまだまだ残っている。一週間以上の籠城戦を行った上でボスモンスターのデュラハンと戦った時と比べれば、コンディションに雲泥の差があるといえた。
ナズナもミミックの件で落ち込んだものの、今は持ち直して周囲を警戒している。上級モンスターと戦うとして、条件は悪くない。
(上級モンスターを探して戦うとして、できれば他のモンスターの乱入は避けたいな。そうなると周辺の掃除をする……いや、もっと単純な方法でいくか)
使えるものは使おう、と決断して進路を変える。俺が足を向けたのは、普段ランドウ先生が狩り場として立ち寄っている場所だ。
あの場所はランドウ先生の縄張りとでも認識されているのか、モンスターが中々寄り付かなかった。中級モンスターは寄り付かず、上級モンスターもほとんど寄り付かない。そのためいつもはモンスターを探して更に移動する必要があったのだが。
(上級モンスターを釣り出して誘導すれば安全に戦えるかもな。問題は何がかかるかだけど……)
できれば戦いやすいモンスターが良いんだが。そんなことを考えつつ、ナズナを連れてランドウ先生の狩り場に到着する。
狩り場はダンジョンに入ってから駆け足で一時間ほどの場所にあるが、比較的開けていて周囲が見渡しやすく、足元の隆起も少ない。剣を振る上で問題は少ないといえるだろう。
「よし……ナズナ、この辺りを中心として上級モンスターを探すぞ。もしも夕暮れの一時間前までに見つからなかったら撤退する」
「は、はい……その、撤退してもいいんですか?」
試験は? と首を傾げるナズナに対し、俺は苦笑を向けた。
「ナズナの初陣は済ませたし、先生からも今日中に倒せとは言われてない……というか、上級モンスターに会えるかは運次第だからな。さすがの先生でも夜の大規模ダンジョンにこもって上級モンスターを探し続けろとは言わないさ」
普通は上級モンスターに遭遇するかどうかが運次第だが、今回はこちらから探しているためどうなることか。得てしてこういう場合は探しても見つからないものだが。
「……あっ、若様、アレを見てください」
さすがに覚えてくれたのか、小声でナズナが促してくるためそちらへと視線を向ける。すると遠くにいた、三つ首でドーベルマンを巨大化させたようなモンスターがこちらに向かって口を開けて――。
「ナズナは防御しろ!」
三つ首のモンスター――ケルベロスがこちらに向かって炎を吐き出すのを見て、俺は即座に剣を抜くのだった。