第100話:試験 その1
「わたしと若様で上級モンスターを倒す……ですか」
ランドウ先生から試験について知らされた後、ナズナにも伝えたが反応は微妙なものだった。
これまで訓練を重ねてきたとはいえ、初陣を大規模ダンジョンで行うとなればそれも当然だろう。
ただ、初陣といっても俺の時のように一対一で敵を倒すわけではない。俺の試験に同行して俺と一緒に戦う形になるだろう。
(でも、モンスター相手に動き回って戦う俺と、盾を構えて防御に徹するナズナだと組み合わせが……その辺りも俺のテストか?)
一緒に戦うといっても、俺とナズナでは戦闘スタイルが違う。以前の剣を使っていた頃のナズナならともかく、今のナズナはまだ盾と武器を同時に使える水準まで至っていないため盾だけで戦うことになる。
そうなると初陣と言いつつ戦いの場にいるだけ、みたいな意味が薄いものになってしまいかねない。それなら俺の初陣の時、実戦の空気を味合わせたいからと途中まで同行させたのと変わらないだろう。
つまり、実際に盾を使った戦闘……初陣と呼ぶに相応しい、命の危険を感じるぐらいの戦闘は体験させないといけないわけだ。
盾しか持っていないというのなら、いっそのこと常に俺に追従させて防御を全て任せるか? 守り損ねたら俺が負傷する。下手すれば死ぬ。そんなプレッシャーを与えながら戦わせれば十分な初陣になるのではないか。
(それなら上級モンスターを探す過程で中級モンスターと戦わせるか……中級モンスターが相手なら俺でもサポートが務まるだろ)
幼い頃からナズナと共にいた身としては、なるべく安全な初陣を経験してもらいたい。だが、一人の剣士としてはそれはナズナのためにならない甘やかしだと感じる。今後も俺と共に在って、俺を守る盾になるというのなら。
(このぐらいは乗り越えてもらわないとな)
俺も上級モンスターの討伐という難題を抱えているわけだが、ナズナの主君として、そう願わずにはいられなかった。
そんなわけで、準備を整えたら大規模ダンジョンへ出発である。
ランドウ先生に見送られ、歩いて大規模ダンジョンへ移動。今日中に終わらせるつもりだが何が起きるかわからないため、食料や水、薬やポーション類が揃っていることをナズナと共に確認し合う。
俺はいつもの部分鎧に手甲と脚甲を身に着けた機動力優先の装備で、ナズナは騎士甲冑を改造して軽量化したものを身に着けている。俺は速度が重要だから防具は必要最小限だけど、ナズナは防御向きの装備で試験に挑むつもりらしい。
ランドウ先生がいないし、細かいところまでチェックだ。装備がしっかりと固定されているか、ガタつきがないか、脱落しそうな部分や穴があいていないか、ナズナとお互いにチェックしていく。うん……問題ないな、よし。
(でも、試験といってもランドウ先生は気配を消してこっそりついてくるかもな……手出しはしないだろうし、どうせ気配は見つけられないだろうから気にするだけ無駄なんだけどさ)
可能性は低いが、またリンネが何かしら仕掛けてくるかもしれない。そうなった場合、気配を消したランドウ先生が潜んでいれば一気にこちらが有利になるだろう。
前回戦った時は何かしらの隠し玉がありそうな感じがしたが、さすがにランドウ先生が相手ならどうにもならないだろう。隠し玉ごと斬られて終わりだ……いや、斬る前にオウカ姫かどうかの確認はするだろうけどさ。
(まあ、俺だったらランドウ先生を警戒して何もしないけど……一番困るのは遠隔で何かを仕掛けてくることか。ナズナに対して『俊足の指輪』を渡したのも、それっぽい誘導を感じたし……でも盾の『召喚器』を発現させて何がしたいんだろうな?)
ナズナの盾の『召喚器』はどんな能力かはわからないが、『花コン』で使っていた『躇突盲振』よりはマシな能力の可能性が高い。運に自信があるなら確定で盲目を付与する能力っていうのもかなり強力なんだけどな。『魔王』だろうと二分の一の確率で通常攻撃が当たらないと考えると強いと思うんだが。
そんなことを考えつつ、ナズナを連れて大規模ダンジョンへを足を踏み入れる。するとこの半年ほどで慣れた空気が――。
「っ……」
ダンジョン内の空気を感じ取った俺は思わず小さく声を漏らした。
普段は一緒のランドウ先生がいないからか、ダンジョン内の空気が変質しているように感じられる。端的に言うと、怖さが増しているのだ。ランドウ先生がいる時はピリピリと帯電するような感じだが、今はビリビリと、肌が震えそうになるほどの威圧感がある。
(無意識の内にランドウ先生を頼ってた、かな……これが本来の大規模ダンジョンの空気、そして怖さか)
この半年で慣れたはずだが、肌がざらつくような空気が漂っているようにさえ感じられる。これまでの経験から考えるとダンジョンに入ったばかりの場所にはモンスターはいないはずなのに、すぐ傍にモンスターがいてもおかしくないほどの威圧感や気配を感じるのだ。
(よくよく考えると、大規模ダンジョンって子ども二人で足を踏み入れる場所じゃないな。しかも片方は今回が初陣だし……今更だけどうちの大人達はスパルタが過ぎる……)
ことあるごとに俺を試そうとしてくるし、俺のことを叩けば叩くほどよく伸びるとでも思っているのかね? たしかにそんな子どもがいたら大人としては育ててみたくなるのかもしれないけどさ。
「わ、若様……なんというか、これまでと空気が……」
「ランドウ先生がいないからな。どうやらこれが本当の大規模ダンジョンの空気らしい」
俺が周囲の警戒半分、考え事半分といった状態で見回していると、ナズナが僅かに不安そうな声を漏らした。だが、この初陣が今後を左右すると察しているからか、ナズナの表情はほどよい緊張感で満たされているように見える。
(しかし、ランドウ先生がいないからってこんなに空気が違うってのは……そんなにランドウ先生が怖いか? 怖いか……なら仕方ないか……)
さすがにダンジョン側が怯えているのではなく、俺達がランドウ先生を頼もしく思っていたからこその現状なんだろう。いや、もしかするとモンスター側も『今日はヤバい奴がいないぞ』と安堵しているのかもしれないが。
「動くのに問題はなさそうか? 無理なら引き返す……とは言えないけどさ」
俺は自分の体の調子を確認してみるが、威圧感こそ覚えているが不調はない。今のところは普段通り動くことができ、普段通りに剣を振ることができるだろう。
そうやって確認してからナズナに尋ねてみると、ナズナは俺をじっと見つめてくる。
「若様と一緒だから……大丈夫、です」
「……無理はするなよ」
俺も以前より成長したとはいえ、さすがにランドウ先生みたいな安心感は与えてやれない。そのため安心感を与えるというより、一緒に乗り越えていく形になるだろう。あるいは実戦経験の差から、俺が手を引くように先導するか。
「いつ戦闘になるかわからないし、『召喚器』は出しておいてくれ」
「は、はいっ」
俺が指示を出すとナズナは素直に従い、盾の『召喚器』を発現する。以前ランドウ先生に言われた通り、出しては消し、消しては出しと繰り返して練習していたおかげか、大規模ダンジョンのプレッシャーに当てられながらもスムーズに『召喚』できていた。
(不意打ちを受けても反射的に発現できるようにする、なんてのはまだ厳しいか。常に発現しておくには微妙に邪魔な大きさだしな)
俺の『瞬伐悠剣』は鞘に納めて剣帯に吊るせば良いが、ナズナの盾は腕を通して取っ手を握る必要がある。持ち運ぶために専用のホルダーでも作れば良いのかもしれないが、それだと片手で使える盾としての強みが死んでしまうだろう。
常日頃から鎧を着て生活するのは困難だが、『召喚器』だからといって盾を装着したままで生活するのか。それとも必要な時に即座に発現するのか。
まあ、そのあたりはナズナの今後の課題だろう。今は初陣ということで防具を身に着けているからいいが、普段のようにメイド服姿で盾を装備していたら違和感が大きすぎるしな。
「……っと、いたな」
そんな考えごとをしつつ、周囲を警戒しつつ。ランドウ先生がいる時と比べるとゆっくりしたペースで進んでいると、遠目にモンスターの姿を見つけることができた。
「あれは……キマイラ、ですか?」
「ああ。中級モンスターだし、手頃だな。周囲には……運が良いな。あの一匹だけだ」
キマイラはライオンの頭にヤギの胴体、尻尾が蛇と中々にインパクトがある見た目をしているが、俺としては戦いやすい部類だ。
なにせ四足で駆けて近付いてきて、噛みつくか前肢で殴りつけるか、あるいは火属性の魔法を使うかの三択なのだ。
『王国北部ダンジョン異常成長事件』で戦ったデュラハンみたいに、『致死暗澹』を撃って周囲を薙ぎ払いつつ、視界を封じて接近。乗っている首無し馬ごと突撃してきて大剣を振り回す、といった厄介な行動は取らないし取れない。いや、あのデュラハンが厄介過ぎただけともいえるが。
「いいか、ナズナ。今は盾しか持っていない君じゃあキマイラに勝つことはできない。でも、盾を使って防御して、負けないことはできるはずだ」
「はい」
「モンスターは俺と違って手加減なんてしてくれないし、殺す気で襲ってくる。怖いかもしれないけどそれは当たり前の感情だ。でも、盾で自分自身や味方を守るにはその恐怖心を抑え込みながら戦わないといけない」
「……はい」
俺の言葉に真剣な表情で頷くナズナ。僅かに視線を落として盾の『召喚器』を見ているが、そこに込められた感情はどんなものか。
「これを初陣と考えて良いのかは俺にはわからないけど……間違いなく実戦だ。まずは実戦の空気に慣れてもらう。いいな?」
「っ……はい!」
ナズナが元気良く返事をして……うん、そんなに大きな声を出したらさすがに気付かれるわな。キマイラがこっち目掛けて走ってきている。
「ま、前に出ます! 若様はわたしの後ろへ!」
「いや、まずは勢いを止める。前に出るのはその後だ」
キマイラは体長が三メートルほどと、前世で知るライオンよりやや大きい。モンスターの中にはもっと体が大きいものもいるため三メートル程度なら可愛らしいものだが、人間の何倍も大きくて体重も数倍はあるのだ。勢いよく突っ込んでこられたら盾で防ぐのは困難である。
ナズナの初陣ではあるが、当然ながら死んでほしいわけではない。そのため俺は自分からキマイラの方へと駆けて距離を詰め、もう少しで接触というタイミングで大きく跳躍する。そしてキマイラの顔を蹴りつけて頭上を通過し、こちらに意識を向けさせることで勢いを殺した。
いつもなら一太刀といわず斬れるだけ斬るところだが……今はナズナに戦わせよう。
「えええぇーい!」
俺へと視線を釣られたキマイラの隙をつき、ナズナが距離を詰めてきた。そして手に持った盾を突き出してキマイラの横っ面を殴打する。盾というのは敵の攻撃を防ぐためのものだが、殴打することで相手に痛手を与えることもできるのだ。
(初っ端から殴りにいけるとはな……俺が先に動いたからか? 悪くない動きだ)
キマイラを飛び越して着地し、いつでもナズナを援護できるよう剣に魔力を込めていく。俺も『一の払い』の練習としてちょっと斬撃を飛ばすぐらいなら……いや、今はナズナに任せよう。
『ガアアアアアアアアアァァッ!』
「きなさいっ!」
顔を殴られて激昂したのか咆哮するキマイラに対し、ナズナは盾を構えながら叫ぶ。
距離が近いからか、キマイラが選んだのは前肢による殴打だった。まるで丸太で殴りつけるような一撃だが、ナズナはしっかりと盾を合わせて攻撃を受け流す。
(体重差があるから押し切られてもおかしくないはずなのに、きちんと受け流せてるな。訓練の成果か? それとも『花コン』のメインキャラらしく能力が高いのか、本番に強いのか……その両方か?)
鈍い音を立てながら盾でキマイラの殴打を受け流し、時には強引に弾く。体重差があるため体が浮かないよう腰を落とし、受け流す方向を工夫することで地面から足が離れないようにしているようだ。
(……しっかりと成長しているんだな)
懸命に、それでいて冷静に攻撃を防ぐナズナの姿にそんなことを思う。
そうやってナズナがキマイラ相手に防戦を続けることしばし。キマイラは俺を意識しつつもナズナが崩れないためどうしようもなく、焦ったように二本足で立ち上がる。前肢を二本使ってナズナを先に仕留めようという魂胆なのだろう。
スギイシ流――『二の太刀』。
だが、まあ、なんだ。いくら焦ったとはいえ、さすがに二本足で立ち上がったら駄目だろう。多少距離があったとはいえ、そんなに隙を晒されちゃあ斬らずにはいられない。
瞬時に踏み込んで胴を横薙ぎに一閃。たしかな手応えを感じながら剣を振り抜き、胴を両断する。
「……いかんな。あまりにも隙だらけだったからつい、斬ってしまった」
ナズナに実戦の空気を覚えさせるつもりだったのに、大きな隙を晒されて反射的に斬ってしまった。訓練ならまだしも、実戦だったから体が動いてしまったんだが……いや、よく見るとナズナもどこか安堵したように息を吐いているから、救援のタイミングとして丁度良かったのか。
「大丈夫か? 体に異常がないか確認をしてくれ」
「えっと……はい、大丈夫……です?」
興奮している状態だと痛みを感じにくく、怪我をしていても気付けないことがある。そのため確認するようナズナに促すが、動きを見る限り問題はなさそうだ。
「その、若様? これで初陣をこなしたことになるのでしょうか? 思ったよりもあっけないと言いますか……」
ナズナはそう言うが、中級モンスター相手に盾一つ構えて立ち向かえたんだ。初陣としては上等ではないだろうか?
ナズナの兄であるゲラルドだって、ちゃんとした初陣は中級モンスターであるリッチに槍を構えて突撃した程度だし……。
(でも、あんまり簡単すぎると思われるのもまずいか)
そう思った俺は意識して苦笑を浮かべる。
「今のキマイラは攻撃が単調だったからな……魔法を撃ってこられたらどうなっていたか。ただ、実戦は実戦だ。この調子で次も頼むぞ」
「はいっ! ……次、ですか?」
きょとんとした顔で首を傾げるナズナに対し、俺は苦笑を深めた。どうやら初の実戦で記憶が飛んだらしい。
「忘れたのか? 今回は上級モンスターを探し出して倒すまでが試験だぞ」
「……あっ。そ、そうでした……」
俺の実体験やゲラルドの初陣の時を思い返してみると、このまま一度ダンジョンから出た方が良いのかもしれない。気が抜けてボーっとするというか、俺の場合は数日間正気じゃなかったからな。
このままナズナを連れ回して、変なミスをされると困るんだが。
(調子自体は悪くなさそうなんだよな……とりあえずこのまま続行するか)
ナズナの様子を確認した俺はそう判断する。やっぱり『花コン』のメインキャラは物が違うのか、ナズナはど忘れしたことに対して恥ずかしそうにしながらも精神的には平気そうに見えた。
そのため、ナズナがモンスターとの初めての戦いを終えたことを祝いつつ、ダンジョンの先へと進んでいくのだった。