第99話:時が経って
ランドウ先生指導の下、修行を初めて早くも三ヶ月近い時が経った。
大規模ダンジョンの空気に慣れるのに一ヶ月。そこから二ヶ月はひたすら実戦の毎日である。
悪天候だろうとお構いなし。場合によっては夜の大規模ダンジョンに足を踏み入れ、圧倒的に不利な状況で戦う日々だ。
ランドウ先生が一緒だからどうにかなっているが、俺が単独だったら既に何度死んでいるかわからない。それぐらい危険で命懸けの毎日である。
「若様、もう一本お願いしますっ!」
そんな毎日だが、ナズナが盾の『召喚器』を発現して以来、俺は時間が空けばナズナとも訓練をしている。
最初は駐屯地で盾の基本的な扱いに関して学び、最低限形になったら大規模ダンジョンの中で俺と模擬戦を行う。ランドウ先生がそれとなく時間を取ってくれているのは……まあ、以前の昔話が関係しているんだろうな、と思う。
あくまでナズナが盾の扱いに慣れるためなので、こちらは『瞬伐悠剣』は使わない。駐屯地にあった刃を潰した訓練用の剣や木剣を使ってナズナへ打ち込んでいく。
「それじゃあ行くぞ」
「はいっ!」
ナズナは盾だけを構え、腰を落とす。将来的には剣と盾の両方を同時に使うことになるだろうが、今はまだ盾だけだ。
盾というのはきちんと攻撃を防げる目と腕の良さがあれば便利だが、その間合いは剣よりも更に短い。ナズナが召喚した盾は裏面に二つ持ち手があり、片方に前腕を通し、もう片方を手で握って構える形になる。
体を半身開いて腰を落とし、体を極力隠すように盾を構えるのがナズナの構え方だ。その状態で剣を握ることができるようになれば、盾で相手の攻撃を弾き、体勢を崩して剣で斬るといった運用が可能になるだろう。
もっとも、今は様々な方向から斬撃を叩き込み、どの斬撃をどうやって弾くか体に染み込ませている段階だ。剣ほどには使えないが槍や弓でも攻撃し、防げる攻撃の種類を増やしていく。
それらに慣れたらモンスター相手に実践し、人間では行えない位置からの攻撃にも慣れていく予定である。
あとは駐屯地の兵士に協力してもらい、魔法を防ぐ訓練も並行して進めていく。ナズナの盾は『召喚器』だからか、物理攻撃だけでなく魔法攻撃もある程度は防いでくれるのだ。
ある程度、というのが問題で、現状だと攻撃範囲が狭い下級魔法ぐらいしか防げない。中級以上の魔法は範囲攻撃になるため、盾の部分だけは防げてもそれ以外の部分が防げないのだ。
「次、飛ばすぞー」
「はいっ!」
最後に、俺の練習がてら斬撃を飛ばす。
ナズナを斬る気は毛頭ないため魔力を固めて飛ばすだけだが、『一の払い』の飛ぶ斬撃版だ。今はまだ射程が短く、剣から飛ばしても二、三メートル程度で魔力が霧散してしまう。それでも俺が下級魔法を使うよりは遥かにマシな遠距離攻撃手段だ。遠距離ってほど飛ばないけども。
木刀から斬撃を飛ばしてみれば、ナズナはしっかりと目を見開いて盾を合わせる。そして衝突の瞬間に盾を動かして受け流しつつ弾くという芸当を見せてくれた。
「……よし、だいぶ慣れてきたな」
『花コン』と違う『召喚器』を発現したため最初はどうなることかと思ったが、慣れてきたのかナズナの盾捌きも様になってきている。
ナズナは元々剣を振って体を鍛えていたし、盾というリーチの短さに慣れ、攻撃に怯えずしっかりと防ぐ度胸がつけば盾による堅牢な防御が期待できそうだった。
まあ、今の状態ではランドウ先生どころか俺が本気で斬り込んでも防ぐのは難しそうだが……まだ盾を扱い始めて二ヶ月ほどである。むしろ二ヶ月でここまで扱えるようになったんだから、才能が豊かといえるだろう。羨ましいぐらいだ。
「ふぅ……盾で防ぐだけでこんなに大変で、ここから武器を持っての対応まで身に着けるとなると……学園に入るまでに形になりますか……ね?」
少しばかり不安そうにナズナが尋ねてくる。それを聞いた俺は脳裏で今後の成長曲線を思い描き……うん。
「形になるぐらいだったら余裕で間に合うんじゃないか? というか、盾だけでも実戦を経験したら割とすぐに身に着くと思っているんだけど」
『花コン』のメインキャラの中では才能値や活躍の面でやや劣っていたナズナだが、そこはさすがのメインキャラというべきか。俺がランドウ先生に師事したように明確な指導者がいるわけでもないというのに、目を瞠る速度でどんどん成長していく。
(これでランドウ先生みたいな指導者がいたらどうなるのか……あれ? 『花コン』だとほとんどのキャラがモンスターとの戦闘で経験値を稼いでレベルアップ、みたいな感じで成長するけど、誰かに師事するのって主人公だけだよな……)
メインキャラ達はそれぞれ実家で戦い方を学んでいたり、我流だけど実戦経験があったりと、現代高校生という設定だった主人公と比べれば強さのバックボーンがある。
そんなメインキャラ達に追いつき、追い越すための手段として主人公がランドウ先生に弟子入りするイベントがあるのだが、他のキャラ達は師事する相手……つまり見本や手本とするべき人物なしで勝手に育つのだ。
ナズナを見ているとその才覚を今更ながらに実感するわけで。いいなぁ、羨ましいなぁ、と思う気持ちが少しは出てきてしまう。
現状だと東部の若き英雄なんて呼ばれている俺だが、これから先、学園に入ってから『花コン』のメインキャラ達にドンドン追い越されていくんだろうか……もちろんそうならないよう努力を続けるつもりだが、そうなったら才能の差という現実にくじけそうだ。
(ま、それで『魔王』をどうにかしてくれるなら大歓迎だけどさ……)
俺がこうしてナズナの相手を務めているのも、ランドウ先生に師事して更に強くなろうとしているのも、全ては『魔王』をどうにかするため――ひいては自分が死なないようにするためだ。
『魔王』を倒すには主人公の力を利用するのが手っ取り早くて確実である。だが、主人公が弱いままだと『魔王』どころか『魔王の影』すら倒せないため。彼あるいは彼女を鍛えられるだけ鍛える必要があった。
しかしランドウ先生が学園に臨時講師として現れるのは主人公が二年生になってからである。つまり一年生の間は師事する相手がおらず、我流で育つことになるのだ。
――それを俺がカバーすればどうなるか?
俺の腕はランドウ先生に遠く及ばないが、スギイシ流を長年学び、実戦で磨いてきた。その経験をもとに主人公を鍛え、ランドウ先生が臨時講師として現れたらバトンタッチして鍛えてもらう……そうすればどこまで育つか。
俺という存在がいて、なおかつ『王国北部ダンジョン異常成長事件』やリンネの件で目立ちまくったのだ。ここまできて『花コン』がそのまま原作通り進むなんて考えられないし、そう思えるほど俺も頭がお花畑ではない。
そろそろ本格的に冬が来るが、冬が明ければ『花コン』が始まるまで残り二年しかないのだ。自分自身を可能な限り鍛え、主人公が召喚されたらそれまでの経験をもとに可能な限り鍛える。
ただ、主人公が召喚されなければ別の手段を取る必要があるし、スギイシ流に向いているのは男性主人公だ。女性主人公だと魔法向きのステータスだから召喚されるなら男性の方が良い……いや、女性でもスギイシ流を学べるし、ランドウ先生の強化イベントも発生するか。悩みどころだ。
……これで本当に主人公が召喚されなかったらどうしよう、と不安になって夜も眠れない時があるが、その時が来るまで確かめようがない。
そのため今はモンスター相手に剣を振り、時間があればナズナの訓練相手を務め、自らを磨くことしかできなかった。
そんな日々を過ごし、更に時が経ち。
本格的に訪れた冬の寒さにも負けず、毎日のように大規模ダンジョンを駆け回ってランドウ先生に挑んだり、モンスター相手に実戦を行ったり、空いた時間でナズナ相手に剣を振るったり、そういえば一回も帰ってなかったとサンデュークの屋敷に顔を出したりとしてる内に春が来た。
修業を始めて半年近い月日が経ったわけだが……正直、実感としては劇的に強くなったような感じはしない。
もちろん修行した分は強くなっているはずだが、明確にどれぐらい強くなったかはわからないのだ。一応、飛ぶ方の『一の払い』はそれなりに形になったけど、『三の突き』は未だに形になっていない。練習を続けたとして、学園に入るまでに覚えきれるかな、といった塩梅だ。
駐屯地での生活にも慣れて、借りていた部屋が最早実家の自室みたいに馴染んできた日のことである。
「そろそろ一区切りだな……」
朝食をとっていたら、不意にランドウ先生がそんなことを呟いた。それを聞いた俺は首を傾げる。
「先生、一区切りとは?」
「お前を半年間鍛えてきたわけだが、ここ最近成長が鈍化しているだろ。そろそろ刺激というか、一皮剝けるために試験が必要だと思ってな」
「……試験、ですか」
ランドウ先生の試験というと初陣のことを思い出す。それでもこうして事前に言ってくれるだけありがたいというか、心の準備ができるから助かるな。その分、やばい試験を課される可能性があるけどさ。
「最初は手頃な中規模ダンジョンに放り込んでボスモンスターを倒してこい、なんて試験で良いかと思ったんだが……近くに手頃なダンジョンがなくてな。今のお前なら相性によっては簡単だろうし、もっと難しい方が良いと思ったわけだ」
「……はい」
難しい方を選択するなんて、ありがたすぎて涙が出そうだ。
ちなみに、今の俺にとって攻略が簡単な中規模ダンジョンとなると、東の大規模ダンジョンと同様に獣系モンスターが中心のダンジョンが該当するだろう。大規模ダンジョンと比べて出てくるモンスターを弱くして、面積を狭くしたようなダンジョンなら俺でも単独で攻略できそうだ。
逆に攻略が難しいダンジョンとなると、鳥系モンスターが中心のダンジョンだろうか。遠距離攻撃が飛ぶ方の『一の払い』とへっぽこ魔法しかないし、攻撃手段が限られ過ぎて攻略が難しそうだ。マジックポーションが大量にあればなんとか、といったところだろうか。
「この半年、大規模ダンジョンで中級モンスターの対処にも慣れたもんだろ?」
「慣れましたが……その口振り、相手は上級モンスターですか」
まだ俺の実力が足りなかったからか、あるいはランドウ先生なりに心配してくれたのか、これまでの期間で中級モンスターは多く斬ったが上級モンスターに関してはコカトリス以外、まともに戦っていない。
正直なところコカトリスは状態異常に特化した強めの中級モンスター、といった印象しかなく、本当の上級モンスターが相手となると苦戦は免れないだろう。
ボスモンスター化したデュラハンという、強さだけ見れば上級モンスターの中でも上位に入りそうなモンスターを俺は倒している。だが、あの時は高品質のポーションが通じなければ勝てず、そのまま死んでいたはずだ。
つまり、正真正銘己の実力で上級モンスターを倒すのは初めてになるわけだ。
「相手はなんですか?」
「それはお前次第だ」
「え?」
思わぬ返答に俺は首を傾げる。俺次第ってどういうことだろうか。
「これまでは俺が引率して大規模ダンジョンに入ったが、今回俺はついていかない。この半年で覚えたことを駆使して大規模ダンジョンに挑み、上級モンスターを探し出して倒してこい。ただし、コカトリス以外でな」
「なるほど……それはたしかに今までの訓練と実戦の集大成、試験らしい試験ですね」
なんというか、実に真っ当な試験で逆に拍子抜けした俺がいる。これまで習ってきたことを活用すればどうにかなりそうで、それでいて適度に難易度も高い。不要な戦闘を避けて上級モンスターを探し、一対一で戦える状況に持ち込めばなんとかなるだろう。
「ああ、ついでにあの嬢ちゃんも連れていけ。十分訓練をしたし、そろそろ初陣でいいだろ」
「……そうきましたか」
今しがたなんとかなると考えたのは、あくまで俺が単独で行動した場合の話だ。そこに俺よりもダンジョン内での立ち回りが苦手なナズナが加わると、難易度が一気に上昇することとなる。
(盾の扱いは慣れているし、戦力として考えればアリな話か? ただ、気配を消したり逆に察知したりっていうのが苦手だしな……モンスターがどれだけ寄ってきて、どこまで避けられるか……)
大規模ダンジョンに半年ほど挑んだ感想としては、モンスターの数自体はそこまで多くない。
今でこそ慣れたがダンジョン内の空気はヤバいし、場合によっては浅い場所で上級モンスターに遭遇するが、少なくとも『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時みたいに大量のモンスターが押し寄せてくる、というようなことはなかった。
ランドウ先生と一緒にダンジョン内を一日走り回り、中級モンスターが十匹に届かないぐらい、上級モンスターは二、三匹見つかるかどうか、といった感じである。
ただし、これは駐屯地からもほど近い、浅い場所だからだ。ランドウ先生が言うには奥に行けば行くほどモンスターが増え、上級モンスターの割合が増えるらしい。
(つまり、今回の試験は時間がかかっても一日程度……で、中級モンスターを避けるか倒すかしながら奥に進んで、上級モンスターを見つけて討伐……相手は運次第……いや、勝てないと思えば他の上級モンスターを探してもいいのか)
その辺りはこちらの判断次第になるだろう。ただし、相手に見つかって逃げられない場合は選択肢がなくなるが。
(コカトリスが除外となるとケルベロスかドラゴン系……あとは何が出たっけな? 少なくとも実物は見てないんだよな)
ランドウ先生が何度も倒すところを見ているが、遭遇しやすいのはドラゴン系モンスターだろう。なにせ相手は巨体だ。立ち回り次第ではこちらの存在を悟らせず、相手の位置だけ探ることもできる。
(あとはナズナの扱いをどうするか、か……ナズナにとっても試験になりそうだな)
今回の修行にナズナが同行しているのは、正式に傍付きとして復帰できるかのテストを兼ねてのことである。
ナズナとの生活が馴染み過ぎて忘れそうになるが、これを乗り越えなければ王立学園で『花コン』が始まるのにヒロインであるナズナがいない、というスタートの時点で詰んだ状況になりかねない。それは是が非でも避けたいのだが……。
(ランドウ先生の雰囲気的に、盾の『召喚器』を発現した時点で合格ライン近くまで評価が上がっている気がするんだよな)
『召喚器』は当人の魂の具現だ。それを思えば、主君を守るためにと盾の『召喚器』を発現したナズナはその在り方を『召喚器』で示したことになる。
(まあ、あとは今回の試験を文句なしの合格で突破すれば大丈夫だろ……大丈夫だよな?)
確証はなかったが、それでも試験を合格して乗り越えるしかないと自分に気合いを入れるのだった。
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。
今回の更新でプロローグ込みで100話になりました。
早いもので毎日更新も三ヶ月が目前となっております。
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それでは、こんな拙作ではありますがこれからもお付き合いいただければ幸いに思います。