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第9話:オレア教と『召喚器』 その1

 サンデューク辺境伯領はパエオニア王国の最東端にあり、なおかつ広大な領地を持つ。

 代々パエオニア王国東部の防衛を任されており、父親であるレオンさんで十二代目だ。仮に俺が継げたら十三代目である。不吉な数字に思えるのは気のせいか。


 なんでも初代のサンデューク辺境伯は東方にある日本を模したと思しきキッカの国――『花コン』にも登場するキャラの一人の故郷で生まれ、家を出奔してアーノルド大陸に渡ってきたそうだ。


 初代様はアーノルド大陸を放浪中、急成長したダンジョンに運悪く飲み込まれ、これまた偶然同じようにダンジョンに飲み込まれていた当時の王族を救い、その褒美として騎士として叙され、そこから武勲を挙げ続けて貴族に叙され、ダンジョンで救った王族に求婚されて辺境伯になったらしい。


 立志伝にもほどがあるが元々キッカの国でも良家の生まれだったらしく、伝手を頼りにキッカの国とパエオニア王国の間で同盟を結び付け、何かあればパエオニア王国の東側に存在する国々を挟撃できる体制を築き上げる政治的な大功まで挙げたらしい。

 噓か真か、元々はサンデュークではなくサンジョウケという家名だったらしいが、当時の国王に仕える際に新たな家名を求め、似た響きの家名を授けられたそうな。


 しかしながらキッカの国との付き合いも考え、俺のようにミナト、弟妹のコハクやモモカといったようにキッカの国風の名前を代々つけられることも多い。レオンさんも漢字として書けるし、会った記憶はないけど祖父はジョージという名前だ。


 サンデューク辺境伯家の本拠地であるラレーテはいわゆる城塞都市で、形は星型要塞になる。それでいて都市に沿うように堀が設けられ、なおかつ堀の外側に土塁を築いて斜堤が設けられた非常に防御力が高い造りになっていた。

 他国と大規模ダンジョンに備えているだけあって非常に頑強なラレーテだが、内部には三万を超える人々が住んでいる。これを多いと見るか少ないと見るか。多分、多いんだろう。前世でいえば地方の市に住む人々が集まっている状態なのだから。


 そういうわけでラレーテは大きく、この世界では人口も多い都市なのだ。そんなラレーテは東西南北に門があり、サンデューク辺境伯家の邸宅および庭、練兵場等が北西の位置にある。


 町の造りはシンプルで町の中心に十字路があり、ラレーテにおける中心市街地になっている。そして中心市街地に接続する形で各方角の門からジグザグの街路が伸びている。町の内部まで攻め込まれた際、防衛しやすくするための工夫らしい。


 サンデューク辺境伯家の邸宅を除き、町の中心に近ければ近いほど裕福な者達やサンデューク辺境伯家の高位の家臣が住んでいる。いわば一等地だ。


 ――()()()()()に、その建物はあった。


 外観はシンプルな石とコンクリートで造られた平屋建て。ただし二階がない割に高さがあり、中心市街にもかかわらず横に広く奥行もかなりある。正面入口は来訪者を歓迎するように木製のアーチ状の門扉が開け放たれ、誰でも中に入ることができるようになっていた。


 建物の中は俺が前世で知る教会の内部構造に似ており、入口から真っすぐ絨毯が伸び、その絨毯を境にして等間隔に長椅子が並んでいる。

 絨毯を踏みしめて進めば一段高くなった場所に台座があり、そこには三つの石像が置かれていた。石像のため正確な年齢はわからないが、一人は中年手前ぐらいの男性。一人は年若い男性。最後の一人は年若い女性の石像である。


 ステンドグラスはないが採光用の窓から室内へと光が通り、石像を厳かに照らしている。


「えっと……若様? なんでわたし達は教会に連れてこられたのでしょう?」

「……なんでだろうね」


 『花コン』でも登場するオレア教。その中でもラレーテに居を構える大きめの教会に連れてこられた俺は、ナズナの疑問に投げやりな返事を返すのだった。






 少しばかり時を遡り、俺がナズナと一緒に屋敷の裏庭で焼き芋作りにチャレンジしていた時のことである。


 魔法の先生が帰ってきたかと思うと、その後ろには何故かレオンさんとのアンヌさんの姿があったのだ。ついでに兵士がぞろぞろとダース単位でついてきている。


「ミナト、今すぐ外出の準備をしなさ……何をしている?」

「えー……『召喚器』の使い方がわからないので、色々と試しているところです」


 芋を焼くための燃料にしようとしました、なんてさすがに言えない。ナズナに口裏を合わせるよう素早く目配せをするとすぐさま頷きを返してきた。さすが幼馴染み。


「温度で何か変わるかも、と若様が」

「炙り出しとか、火に近付けたら変化があるかもとか、少し実験をしていました」


 嘘である。本当に焼き芋の燃料にしてやろうと思っただけだ。しかし真面目くさった顔で言うと、レオンさんはため息一つで流してくれた。


「『召喚器』は持ち主の魂の具現とも言われているんだ。変なことをしないように。いいな?」

「若様、『召喚器』は持ち主の分身とも言えるものです。大事になさいますよう」


 レオンさんだけでなく魔法の先生にまでそんなことを言われる。それを聞いた俺は『花コン』でもそういった描写があったなぁ、なんて自分の記憶を探った。


 どんな見た目や能力の『召喚器』でも馬鹿にしてはいけない。『召喚器』を侮辱することは本人を侮辱するのと大差なく、その結果決闘を挑まれることすらあり得るのだ。

 そしてその決闘で侮辱した側が負けても侮辱された側は基本的にお咎めなし。たとえ侮辱したのが貴族で、侮辱されたのが平民だとしても、だ。たとえるなら平民を無礼討ちしようとして失敗した武士の末路みたいである。いや、ちょっと違うか?


 そんな大事な『召喚器』を焼き芋の燃料にしようとした俺だが、魔法の勉強中に突然『召喚器』が現れて気が動転していたのだ。いやもう、本当に。剣じゃなくて本型っていうところが特に。


 そしてそんな会話の後、ナズナ共々馬車に詰め込まれて教会へと連れてこられた。一体何があるのかと不安に思う俺だったが、十分ほど待たされた後に教会の奥にある部屋へと通される。

 おそらくは一般の来訪者が足を踏み入れることができない部屋なのだろう。部屋の中には質素ながらもテーブルにソファー、絨毯に飾り棚と応接室のように整っているが、何故かそこでナズナと別にわけられ、ナズナはアンヌさんと一緒に別の部屋へと連れて行かれる。


「お待たせいたしました、辺境伯様」

「なに、大して待ってはいないとも。こちらこそ急にすまないな」


 応接室で出迎えたのは牧師のように黒い衣服を身に纏った老人だった。ここまでついてきていたレオンさんに頭を下げると、レオンさんは鷹揚に返す。


 応接室にいたのは牧師っぽい老人だけではない。部屋の隅に二人ほど、鎧を着込んだ壮年の男性が立っているのが見えた。この御老人の護衛かな?


(……強そうな人達だな)


 ほぼ素人の俺から見てもすぐにわかるほどの手練れだ。気配なんて読み取れない俺だけど、立ち姿が綺麗すぎる。あとガタイが良い。


 そうやって俺が護衛らしき二人を見ていると、牧師の男性がレオンさんへ声をかける。


「辺境伯様、本日の御用件は……」

「うむ。私の息子であるミナトが『召喚器』を発現してな。それも本の『召喚器』だ」

「なんと……」


 驚いたように牧師の男性が目を見開くけど、本の『召喚器』ってだけでそんな反応する? それなら特別感があってちょっと嬉しい……と言いたいんだけど、護衛らしき二人が僅かに姿勢を変えて俺を警戒するような素振りを見せたことに気付く。


(なんか嫌な雰囲気が……本の『召喚器』って何かまずいんだっけ?)


 『花コン』でもそんな話はなかった。隠しキャラの『召喚器』が本型だったけど、俺の『召喚器』とは外見が全く違うし。他に本がどうのっていうと『想書』ぐらいしか思いつかない。


「ミナト、『召喚器』を出しなさい」


 穏やかに、しかし有無を言わせない迫力が込められたレオンさんの声。俺はそれに内心で驚きながらも意識を右手に集中させると、数秒と経たない内にズシリと重い感触が生まれる。

 一度『召喚器』を出せるようになったら消すのも出すのも割と簡単だった。消す時は右手から力を抜くだけである。


「おお……これは、たしかに……」


 牧師の男性が驚くようにして呟く。そして護衛らしき男性達の雰囲気がますます険しいものへと変わっており、俺としてはそっちの方が気になってしまう。


「この『召喚器』は中身が真っ白でな。効果がわからぬ。この子の父としては()()と思っているが、貴族の責務として連れてきた。もしもの時は――」


 言葉を切ったレオンさんだったが、いつの間にかその手に一振りの剣が握られていた。反りがない両刃で長さは先端から柄頭まで一メートル程度だろう。華美な装飾はないものの、真剣らしい妙な凄味がある。


「……父上?」


 もしもの時ってどんな時ですか? 『召喚器』だと思うけどその剣で何をするんですか? そんな疑問を吐き出せずにいると、なにやら小さな鐘が運ばれてきてテーブルに置かれる。

 形は洋鐘に近いが音を鳴らすためのぜつがなく、金属製の土台と鐘を吊るすための支柱があるものの全長は三十センチ程度しかない。何のための道具だろうか?


 そうやって俺が鐘を観察していると、牧師の男性が真剣な表情と声を俺に向けてくる。 


「サンデューク辺境伯家嫡男、ミナト様。無礼は承知なれど、これより行う問いかけに対して嘘偽りなくお答えください。肯定、否定のどちらかだけでも構いません」

「……わかりました」


 とりあえず頷くが、前振りが怖い。雰囲気的に嘘や誤魔化しは言うなってことだろうし、正直に答えるべきだろう。


『あなたは人間ですか?』

「……? はい」


 え? 何その質問? 思いっきり顔に疑問が出ちゃったけど、さすがに予想外の質問過ぎる。


『あなたはミナト=ラレーテ=サンデュークですか?』

「……はい」


 ()()に関しては肯定できないけど、今の俺は間違いなくミナトだ。そこに嘘はない。


『あなたは人間に仇なす存在ですか?』

「……いいえ」


 品行方正で人畜無害とまでは言えないけど、()()人間に仇なすような存在ではない。『花コン』のミナトは仇なすことも多々あったけどね。


『あなたは自分の『召喚器』の使い方が本当に理解できていませんか?』

「……はい」


 むしろどうやって使えばいいのか。知っていたら教えてほしいぐらいである。


『あなたは『魔王の影』ですか?』

「っ……いいえ」


 その質問で、俺はようやく何を疑われているか理解した。


 ――『魔王の影』。


 それは『魔王』の発生を早めるべく暗躍する、『魔王』側の手先だ。『魔王』がラスボスなら『魔王の影』は中ボスで、ミナトが死ぬ切っ掛けにもなる。それも一つのルートではなく、複数のルートでだ。


 『花コン』では『魔王の影』が複数登場し、中にはミナトを殺して姿を真似て学園に潜り込み、ミナトのふりをして情報収集を行う者もいた。

 ただし、周囲にバレないよう『魔王の影』なりに()()()()()振る舞いをしていたら普段のミナトよりも立派かつ威厳があったため、逆に怪しまれて正体がバレるというミナト本人にとって悲しい出来事も起こるが。


『今、答えに詰まったのは何故ですか?』

「……『魔王』という存在については習いましたが、それに関連する何かだと疑われていることがわかったからです」


 兎にも角にも『魔王の影』だとオレア教に認定されたらまずい。レオンさんが『召喚器』の剣を握ったまま真剣かつ悲痛さを滲ませた顔で俺の隣に立ってるし、下手したら殺されるのでは?

 『花コン』を乗り越えるどころか始まる前に殺されるとか泣くに泣けない。さすがに二回も刃物で殺されるのは勘弁してほしい。いや、刃物以外なら殺されていいって話じゃないけど。


『今までの質問に対する返答に嘘偽りはありませんか?』

「ありません」


 牧師の男性は俺の返答を聞くとテーブルに置かれた鐘を見た。しかし鐘には何の変化もなく、それを確認した牧師の男性とレオンさんからピリピリした空気が霧散していく。


「えーっと……今までの質問に何の意味が?」


 それを感じ取った俺は恐る恐る尋ねる。聞かずに流すべきかもしれないし、大体の予想はつくけど、知らずにいるのも怖すぎるのだ。


「当然の疑問ですね。それではミナト様、説明する前に今度は質問に対してわざと嘘を吐いていただけますか?」


 俺の質問を聞いた牧師の男性は苦笑すると、テーブルに置いた鐘へ視線を落とす。


『あなたは女性である』

「……はい」


 俺がそう言って頷いた瞬間だった。それまで沈黙を保っていた鐘がカーン、と小気味良い音を立てたのである。鐘を鳴らすためのぜつがないにもかかわらず、音を鳴らしたのだ。


(その鐘って嘘発見器だったのかよ!?)


 そんな道具もあるのか、という疑問と共に、俺は自分の記憶が刺激されるのを自覚した。


 『花コン』の舞台となる王立ペオノール学園。その敷地の中央には『真実の鐘』と呼ばれる時を告げる鐘楼があり、その鐘楼の傍で心からの想いを込めて告白をすると高らかに鐘が鳴り響くという――恋愛ゲームだとよくある伝説の木みたいなものがあった。


 ただし眼前の鐘はサイズも外見も違い過ぎて、記憶にかすりもしなかったのである。ついでにいえば、こうやって『真実の鐘』とは逆の機能を持たせて噓発見器としてオレア教が利用してくることも予想していなかった。


(オレア教怖い……ん? でもなんでこんなことを? 俺が『召喚器』を出したのが問題なのか? 年齢が若いから? 『召喚器』は良くても本型なのが駄目?)


 レオンさんもどこか不本意そうだし、俺の『召喚器』がオレア教にとって()()がまずかったのだろう。その辺りも説明してくれるんだろうが――。


「何を疑われたのか確信は持てませんが……本の『召喚器』に関して何かあるのですか?」


 『魔王の影』と本の『召喚器』が重要なのだろう。ミナトみたいに成り代わられて、()()()()()を発現することが多い本型の『召喚器』を使えば何ができるのか。


「……いや、何ができる、じゃないな。何でもできる……『魔王の影』が本の『召喚器』で何かでっちあげて、とんでもないことを仕出かした……?」


 それは発想の飛躍というより、これまでの質問と『魔王の影』が『花コン』においてミナトに化けるルートがあると知っているからこそのメタ読みだった。あいにくと何をやったかまではわからないが、逆に言えば大抵のことはできるはずである。


(『花コン』だとその辺りの描写はなかった……『魔王の影』は中ボス役で、その目的も『『魔王』を発生させる』ことだって統一されていたしな。何をやったんだよ本当に……)


 何かを仕出かしたのは確実で、その際に本型の『召喚器』を用いたのだろう。だからこそこうして教会へ連れてこられたに違いない。

 『召喚器』を七歳で発現するというのはたしかに早い方だろうが、『花コン』の登場人物の中には二週間足らずで『召喚器』を発現した者もいる。もっともそれはゲームの主人公で、『花コン』の世界に召喚されてから二週間足らずというだけで年齢は十五歳だが。


「……なるほど。その若さ、いえ、幼さと言うべきでしょうか。十歳にも満たないというのに『召喚器』を発現させるだけでなく、その智謀……神童と呼ぶべき天稟ですな」


 おっと、牧師さんが持ち上げてきたけど『花コン』の知識があってのことだから喜べない。仮に神童だとしても、十で神童十五で才子二十すぎれば只の人、なんて言葉もある。俺の場合十歳の時点で只の人になってそうだが。


「なんとも喜ばしいことです。次代のサンデューク辺境伯家も安泰ですな」

「う、む……あまり手放しに褒めてやってくれるな。この子も調子に乗る……いや、少しぐらいは調子に乗ってくれた方が可愛げもある、か?」


 牧師さんがレオンさんに笑いかけ、レオンさんは照れ隠しのように反論しかけて妙な方向へ思考を着地させた様子。ミナトの境遇で調子に乗れる人って、命知らずか全てを諦めて享楽に走る人ぐらいだと思うんだけど。


「ミナト様、先の疑問にお答えいたします。それは遡ること百年あまり――」


 レオンさんの反応に苦笑を浮かべた牧師さんだったが、真剣な表情へと変わって語り出す。


 ――『魔王の影』が仕出かした、悪辣な惨劇の話を。

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そういえばサンデューク、太陽公辺境伯?貴族社会で何かとめんどくさそうな?
『(その鐘って嘘発見器だったのかよ!?)』 『~その鐘楼の傍で心からの想いを込めて告白をすると高らかに鐘が鳴り響くという~』 →多分鐘楼は、本当だったら鳴る設定になってるのだろうけど、嘘発見器な鐘と…
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