プロローグ
――ゲームの実況プレイというものがある。
読んで字のごとくゲームを実況しながら遊ぶことを指すが、古くは昭和末期にテレビ番組で行われ、近年では動画共有サービスの隆盛と共に広く認知されるようになった分野だ。
ゲームをプレイするところを録画し、編集して投稿する動画投稿。
実際にゲームをプレイするところをリアルタイムで視聴者に見せるライブ配信。
大まかに分けてその二つのパターンがあるが、認知されてからは老若男女国籍問わず広まった。
違いがあるとすれば実況しているゲームの内容や視聴者の数、腕の良し悪し、喋るのが上手いか下手か。あとは録画や録音、編集機材の質が異なる程度。中には企業に属する者もいるが、それは人気がある極少数の話だ。
『――銀行の職員が複数の個人情報が記録された記録媒体を無断で持ち出して紛失し――』
点けておいたテレビからニュースキャスターが原稿を読み上げるのを聞きつつ、俺は慣れた手付きで準備を進めていく。
『――等の情報が流出したとのことです。では次のニュース――』
近所迷惑にならないよう防音のカーテンを閉め、軽く咳払いをして喉の調子をチェックする。あー、あー、と声を出してみるが特に違和感もない。
『――警察官一人を含む三人が死亡した殺傷事件に関して――』
ゲーム機、モニター、ゲーミングPC、ゲームの映像をパソコンに取り込むためのキャプチャーボード、マイク等の接続も確認し、問題なし。ついでに部屋の中を見回してこれからのこと――ゲームの実況配信に差し障る要素がないことも確認する。
俺が住むのは古い三階建てアパートの一階である。3LDKながら築五十年超えかつ日当たりが悪いため家賃は安め。春を過ぎれば蚊やゴキブリ、ムカデにも遭遇する。
一人で住むには広いものの、両親の遺品が二部屋を占有しているため実質1LDK。都心まで一時間足らずで行けるのと安い家賃がなければ住む場所として選ぶことはなかっただろう。
「ふぅ……よし!」
ついでに用意しておいた水で喉を潤し、俺はテレビを切る。
これから行うゲームの実況配信だが、そう大層なものではない。ゲームのプレイ画面をパソコンに出力し、インターネット上で放送しながら駄弁るだけである。
これまでの同時視聴者数は多くて五人程度、少なければほんの一人か二人。0人の日もあるが、時折書き込まれるコメントに反応しながらのんびりとゲームをする。そんなスタイルだ。
そうして準備を整え終わった俺は、ふと、今の生活に至った理由を想起した。
元々、ゲームの実況配信を始めたのも大した理由じゃなかった。
平日は仕事で疲れ、休日は仕事の疲れを癒しつつ家事や食料品の買い出しだけで過ぎ去る。そんな日々の中で、これまでやったことがない何かをふとやりたくなっただけだ。
だが、仕事があるから疲れを残したくないという理由でスポーツは却下。
料理が美味い店を探し回ったり、買い物に出かけてみたり、名所を巡ってみたり。そういった出歩くことも続けるうちに面倒になったため却下。
スマートフォンで遊べるゲームの内、人気が高いものに手を出したけれど結局は面倒になって触れなくなってしまった。
移り気なのか、ただの面倒くさがりなのか。自分のことながら長続きしないことに呆れ、最早趣味を探すことが趣味になりつつあったある日、掃除をしていた際にたまには押し入れも掃除しようと思ったのがゲームの実況配信を始めたきっかけだった。
押し入れにあったのは地元から出てくる際に準備したものの、結局は開封しなかった段ボールである。一人暮らしと社会人生活が始まると必須の物以外開封する余裕がなく、両親が事故で亡くなってから再度引っ越しを行った結果開封されず、そのままずるずると年月が経ってしまった代物だ。
何を入れていたのかさえ記憶が怪しかったため開封すると、中から出てきたのはテレビゲーム機といくつかのゲームソフトだ。現在の最新ゲーム機と比べて既に三世代も古い機種だったが、買った当時は寝食を忘れるようにして遊んでいたものである。
物は試しにと目についたゲームソフトをセットし、ゲーム機をテレビとコンセントにつないで電源を入れた。すると特に故障もなく、記憶を掘り返すような音と映像がテレビの中に映し出され――俺は、コントローラーを握ってスタートボタンを押していた。
「うわ、懐かしー」
「ん? ここ、こんな感じだったっけ?」
そしてそのまま、当時の楽しさと懐かしさ、忘れかけていた記憶との齟齬すら楽しむ俺がいた。
それはさながら、掃除の途中に見つけた古い漫画を開いたら、そのまま読み始めて掃除を忘れてしまったかのような中毒性である。事実掃除を放り出していたが、気付くことはない。
ゲームソフトを買った当時は気付かなかった要素に気付いたり、歳を取ったからこそ気付く描写があったり、理解できる描写があったり。逆に歳を取ったからこそ共感できなくなった部分があったりと、最低でも一度は遊んだはずのゲームが逆に新鮮に思えたのだった。
そんな新たな発見から一ヶ月の時が過ぎた頃。
思い出に浸るようにして一人で呟いたり頷いたりしつつゲームをするのもどうかと思った俺は、気が赴くままにゲーム実況を始めたのである。
段ボールに入っていたロールプレイングゲーム、アクションゲーム、格闘ゲームなどを細々と、暇を見つけては実況付きで遊び始めたのだ。著作権に引っかかるとまずいため、ゲームメーカーが公開しているガイドラインに沿ったもの限定ではあるが。
曜日は不規則ながら、時間はいつも決まって二十一時から。仕事から帰って晩飯を食べて風呂に入り、その他諸々の雑事を片づけて。そこから体の疲れと相談しつつ、やる気が出ればゲームの実況配信をするというのが俺の日常だ。
今日は金曜日にもかかわらず残業なしで帰宅。ドアノブに引っ掛けてあった町内の回覧板を放り、晩飯と風呂を終えて雑事も終え、明日が休みだからと冷蔵庫から缶ビールも取り出して実況配信の準備をした次第である。
そんなわけで準備を終えた俺は、今日もまた少しだけ非日常的な世界に足を踏み入れた。
「はいこんばんはー。今日からですね、前回言っていた通り新しいゲームで遊んでいきたいと思います」
『ばんわー』
『今度はなにやるん?』
ちら、パソコンの画面に視線をずらす。今日は早速コメントがつき、同時接続数が十を超えている。不規則だけど割と頻繁に配信をするし、プレイしたゲームもエンディングまで到達するからか視聴者が多少増えたようだ。
「ヒント、ジャンルは育成シミュレーション+RPG。キャッチコピーが『百回遊べる』。このゲームで遊んだ当時の感想は、たしかにルート数が百あるけど百回遊ぶのは無理」
『百回遊べるは似たようなキャッチコピー多すぎない?』
『あっ(察し)』
実況を始めた当初は緊張して固くなっていた口調も、それなりに長く続けば自然と砕ける。表示されたコメントに触れつつ、話題を振られては答えつつ、ゲームを起動した。すると軽快な音楽が流れ始め、ゲームのスタート画面が映し出される。
「と、いうわけで! 今日からはこの『花と宝石の協奏曲』を遊んでいきたいと思います!」
軽くテンションを上げながら宣言する。社会人になってからは中々はしゃぐ機会がないし、淡々と実況するのも味気ないのだ。ついでに生ビール缶をカシュッと開ける。
『花コンかー』
『百回遊べるってのも嘘じゃないな。実際に百回遊んだやつはいないだろうけど』
『いつの時代のゲームだよ……てか、叫んだのに合わせてビール開けただろ』
普段よりも同時接続数が多いからか、コメントも割と書き込まれる。人気のある実況者と比べると些細なものだろうが、俺としてはその些細な変化だけでも嬉しい。
「このゲームを知らない人向けにネタバレを伏せて簡単に説明するとですね、貴族とか騎士とか平民とかが通うファンタジー要素満載な学園に現代日本の高校生が召喚されて、勉強したり訓練したりダンジョンに挑んだり異性を口説いたり落第したり死んだりするゲームです」
『待ってさいごまって』
『最近だとあるある要素おおすぎて逆に新鮮かも』
『異世界でファンタジーで学園に召喚って手垢ベッタベタですなぁ……だがそれがいい』
発売から十年以上経っているからか、プレイしたことがない人のコメントが多い。そのためスタート画面で待機しつつ、軽く説明を加えていく。
「もう少し詳しく説明すると、一年あたり五十ターンで三年間過ごして、育成状況や各キャラとの好感度によってエンディングが決まる育成恋愛シミュレーションRPG……いや、ハックアンドスラッシュ? とにかくそんな感じです」
『このゲームの好きなところは攻略キャラが多いこと。このゲームの嫌いなところは攻略キャラが多いこと』
『どういうことなの……』
コメントに軽く噴き出しつつ、俺はビールで喉を湿らせてから口を開く。
「今コメントでありましたけど、攻略キャラが多いのがネックになる部分があるんですよねぇ。最初に主人公の性別を選べるんですけど、どっちを選んでも攻略キャラの性別問わずエンディングがあるのでお目当てのエンディングに到達できないなんてこともあったりで」
『それってつまり、男×男や女×女もありってこと?』
『おいおい日本はじまったな』
『発売日から十年以上経ってるから既に終わったゾ』
あー、こういうやり取りがいいよね、なんて思いつつ更にビールを一口。子どもの頃は友達の家でゲームしながら騒いでたなぁ、学校を卒業したらこういう機会もほとんどなくなったなぁ。
「百回遊べるっていうのも、エンディングの数が百あるからですね。だからまあ、キャッチコピーも嘘ではないんですけど……サブキャラ以外の攻略対象キャラ一人につきバッドエンド、ノーマルエンド、グッドエンドの三種類で水増ししているところもあるんですよねぇ」
ネタバレに注意しつつ、話しても良さそうな部分は軽く話す。実況しているゲーム以外に雑談も挟むけど、こうして興味を惹かないとね。
「あとこのゲーム、周回前提のゲームなんで初見プレイで一番ハッピーなエンディングには……っと、ネタバレになりますかねコレ。実況のために攻略本読み直して攻略サイトも確認してきましたけど、それでも周回なしで完全攻略は無理なゲームってだけ覚えておいてください」
チートを使って内部のデータをいじればなんとかなるかなってレベルである。ただ、そんな技術もツールも持っていないが。
「まあ、別に周回なしで完全攻略みたいな縛りプレイでもないですし、のんびりまったりプレイしていきたいなーっと思います」
兎にも角にも、そんな宣言と共にゲームを始めるのだった。
『ん? 何の音?』
『なんか割れたような音がしたな』
――が、ゲームを進めていると、何やら妙なコメントが目に入る。
ゲームの主人公の性別を選択して、ゲームのシステムに関して説明しつつ実際にプレイしつつ、登場したキャラに関して説明しつつ、と実況プレイらしいことをしていた時のことだ。
ヘッドホンでゲームの音楽やキャラクターの音声を聞きながらプレイしていたが、マイクが環境音を拾ったことに気付かなかったらしい。家の近くをパトカーや救急車が通るとコメントに反応があったりするが、今回はどうにもおかしい。
「割れた音? なんですかね、台所でコップでも落ちたのかな?」
こういうハプニングも実況の醍醐味ではあるものの、さすがにゲームを始めたばかりでタイミングが悪い。そう思ってヘッドホンを外しながら振り返り――目出し帽で顔を隠す、包丁を持った不審者が立っていた。
「■■■! ■■■■■■■!」
「…………は?」
思わず、そんな間の抜けた声が漏れる。
発音が流暢すぎて聞き取れねえよ何言ってんだとか、ここは日本だぞ日本語で喋れとか、チャイム鳴らせよとか、色々な考えが浮かんでは消えていく。それでもじわじわと、耳の裏、脳の端っこから痺れるような恐怖と焦燥が思考を真っ白にしていく。
だからこそ、というべきか。思考が回らない頭とは裏腹に俺の体は動いていて、無意識の内に傍に置いていたスマートフォンへ手を伸ばしていた。
――通報しなきゃ。
――そういえば外国人に道を聞かれた時に翻訳アプリを入れてたっけ。
――スマホを盗られたらまずい。
きっと、そんな考えがごちゃ混ぜになっていた。
こういう時に何をするべきで、何をしちゃいけないのか。そんなことを考える余裕もなく動いた結果は、最悪のものだった。
「■■■■■!? ■■■■■!」
目を血走らせ、興奮した様子で包丁を腰だめに構えながら突撃してくる不審者。そのあまりの剣幕に俺は慌て、転がるようにして避けようとするが遅かった。
体ごとぶつかるようにして突き出された包丁が、やけにスローモーションに見える。避けようとしたのが悪かったのか、あるいは狙ってのものなのか。寝かせるようにして水平にされた刃が、胸骨の隙間を縫うようにして俺の胸部にめり込んでいく。
「――――ッ!?」
声にならない激痛と熱した鉄棒でも刺し込まれたような熱さ。体内に異物が侵入した気持ち悪さが脳内を占め、まともな思考一つできやしない。
痛すぎて悲鳴を上げることさえできないなんて、人生で初めてのことで。それでも反射的に不審者の腕を掴んで止めさせようとするが、刃を押し込みながら何度も捻られて一気に力が抜けた。
それが何なのか理解する余裕もなく体が勝手に傾き、頭が床に打ち付けられる。そして帰ってくるなりその辺に放り出した回覧板に、『不審者に注意』という文字が躍っているのを見ながら。
俺の意識は濁るようにして途絶えていった。
初めましての方は初めまして、過去作を読んでくださっている方はお久しぶりです。
作者の池崎数也です。
今作も異世界ファンタジーになりますが、これまでと違って一人称での作品になります。
過去作同様長編になると思いますので、気長にお付き合いいただければと思います。
しばらくの間は毎日更新できるよう頑張りたいと思います。
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それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。